村木厚子さんの完全な名誉回復を願う

私(竹中ナミ)は、尊敬する親友、村木厚子さんの完全な名誉回復をめざします

トピックス
 

2010年2月8日 NEW 塩田氏、全ては虚構、創られたストーリーと証言!
厚子さん公判傍聴中継 by ナミねぇ

 

2010年2月5日 NEW 「厚子さん公判傍聴記 その2  by ナミねぇ 」を公開しました。

2010年1月27日 【村木厚子さんの裁判を見守り支援する部屋】が開設されました。支援者の、裁判傍聴記録などを公開するサイトです。

第1回公判('10.1.27)を傍聴した、ナミねぇの「厚子さん初公判、傍聴記」が掲載されましたので、ぜひ読んで下さい。

 ■初公判に関する報道記事

2010年1月23日 2010年1月22日(金)司法記者クラブ(東京高等裁判所内)にて、村木厚子さんの記者会見が開催され、ナミねぇは多くの記者に混じって(もぐりこんで!?)厚子さんの会見を聞きました。10台ものTVカメラと、狭い会見場にギッシリの報道各社記者。厚子さんは毅然とした態度で、時々笑顔を見せながら、堂々とお話しされました。一時間弱の会見でしたが、私は必死でメモをとりながら参加。会見記録を、ぜひ読んで下さい。

 ■会見の様子に関する報道記事

過去のトピックスはこちら

2009年6月14日、私の長年の親友でありかつ「ユニバーサル社会」を実現するための同志でもある、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長(現在は大臣官房付け)村木厚子さん(以下、いつもお呼びしているように、厚子さんと書きます)が、障害者割引郵便制度の悪用事件において「障害者団体」と認定するための書類を、申請者が偽の障害者団体であると知りながら、発行することを部下に命じたとして、大阪地検特捜部に逮捕されました。そして厚子さんは、逮捕以来一貫して無実を主張し、それゆえに5ヶ月間も拘置されるという理不尽な体験をされました。今後は、公判の中で無実を明らかにして行く闘いが続きます。

私はこの十数年間、内閣官房、財務省、総務省、厚生労働省、国土交通省、経済産業省、内閣府など多くの省庁の委員会に所属し、あるいは衆参両院に意見発表者として招かれ、チャレンジドの就労促進と「ユニバーサル社会」の実現を訴えてきました。
政治家でもなく、企業人でもなく、公務員でもない一人の民間人の中では、最も多くの官僚と出会ってきた一人といえると思います。

官僚の中(に限らず、どの世界)にも、たしかにその職にふさわしくない人や志の低い人が居ます。
しかしながら、私が出会った官僚の中には、国民生活の向上を真剣に願い、政策を創造しようとする熱い志を持った人が何人も居て、そういう官僚と出会うと、政治や経済の混乱を不安に感じながらも「日本はまだ大丈夫や!!」と、思わず声をあげ、歩み寄って「一緒に日本を元気にしましょう!!」と声をかけ、共に勉強会などを続けてきました。

そのような熱い志を持ち、しかも、しなやかに行動する人。
その代表格といえるのが、村木厚子さんでした。

今回の逮捕は、厚子さんの人柄を熟知し、尊敬し「全ての人が持てる力を発揮し支え合うユニバーサル社会の実現」をめざして、官と民という立場を超えて共に行動してきた私にとって、あまりにも信じられない悪夢のような出来事です。

すでに、彼女の人柄と仕事ぶりを知っている、様々な分野で活躍される多くの人たちが彼女の無実を信じて行動を起こされていますが、私もここに「村木厚子さんの完全な名誉回復」を願って、このサイトを開設します。

サイト開設にあたり、起訴当日(7月4日)厚子さんが支援者に送ったメッセージと、弁護士でありかつ私と村木厚子さんの共通の親友でもある「大平光代さん(以下、いつもお呼びしているように、みっちゃんと書きます)」から、ダウン症の愛娘「悠ちゃん」とのツーショット写真とともに「村木厚子さん、頑張って!」というメッセージが寄せられましたので、お二人からのメッセージをご紹介するとともに、今後はこのサイトで、私が知りうる事件の周辺状況や私の想いなどを、公開していきたいと思います。

一人でも多くの方々が、厚子さんの名誉回復のために声を上げ、行動を起こして下さることを、心から願っています。
このサイトへのご質問、ご意見、ご感想また情報提供などは、私(ナミねぇ)宛に、メールでお願いいたします。

メールの宛先 nami@prop.or.jp

2009年 7月27日 サイト開設
2009年11月25日 改訂

2010年1月22日 厚子さん記者会見記録(於:司法記者クラブ 文責:ナミねぇ)

2010年1月22日(金)13:30〜14:20 司法記者クラブ(東京高等裁判所内)にて
村木厚子さん、記者会見記録
(同席:弘中弁護士、大木弁護士)

◇                     ◇                     ◇

弘中弁護士
今日はメディアの要請で開いた会見なので、質問に答える形で進めるが、今回の事件は「創られた事件だ」と知って戴くために開いたことを、まずお伝えする。公判を控え、個別の内容については話せない部分が多いが、可能な限りお答えする。

公判についての方針は

弘中弁護士
2〜4月にかけて、多くの証人を調べることになるが、全く無罪であると主張する。

公判に臨む胸中は

厚子さん
真実を明らかにして、無罪を勝ち取りたい。

[写真]
記者会見に臨む厚子さん。右:弘中弁護士、左:大木弁護士(撮影:ナミねぇ)

保釈後の生活は

厚子さん
お正月前の保釈だったので、自宅で家事をして家族と過ごした。体力が落ちていたので、取り戻すための生活を送ってきた。6キロ近く体重が落ちていたが、3キロ取り戻した。まだあまり出歩く気にはならない。初体験の「専業主婦」をしている。

拘留中の気持ちは

厚子さん
家族は信じてくれると確信していたが、家族だけでなく多くの友人たちが「信じてるからね」と言葉をかけてくれて、ありがたかった。

支援者へメッセージを送ったそうだが

厚子さん
感謝の言葉を、メールや手紙で送らせて戴いた。支援のサイトを立ち上げて下さっている人もおり、お礼の気持を伝えた。

厚労省の人から保釈後の声は

厚子さん
特別連絡を取り合っているわけではないが、年賀状などで激励の言葉をたくさん戴いた。「真実を貫いて」「体調に気をつけて」という内容。

裁判に不安は

厚子さん
生まれて初めての体験なので不安はあるが、拘留中は自分一人で頑張ったけど、裁判では多くの方から応援していただけるので、勇気を持って臨みたい。

今回の体験は、村木さんの人生にとってどのような意味が

厚子さん
結果がまだ出ていない今だが・・・拘置中に差し入れて戴いた本の主人公が、ティーンエイジャーを励ます言葉として「人生には、罪に落とされる時があるが、それをどう生かすかが大切だ」という部分に共感している。著者はたしか、サラバレッティだったと思う。

Q 娘さんに対して思うことは

厚子さん
人生には避けられない事もあるが、娘が困った時に「母さんも頑張ったから大丈夫」と言えるように頑張ろうと思っている。

障害者政策は、村木さんのライフワークか

厚子さん
旧労働省で障害者対策課長となり、初めて障害者施策に関わったが、とてもやりがいのある仕事だと思った。厚労省になって、福祉・障害者に関わるチャンスを改めて得て、良かったと思っている。

自立支援法に思い入れは

厚子さん
企画課長として関わり、とても大事な中身の法案だったので、厳しい状況だったが重要な仕事だと思って取り組んだ。元の制度では、障害者の社会参画に色々難しい面があり、自立支援法を作った。郵政国会の真っ最中という大変な時で、一度廃案になりながらも、多くの障害者関係の人達と知り合い、お付き合いしながら制度に関わることができ、とても良い体験だった。

支援者からのメッセージに、ALSの人からのものがあったそうだが

厚子さん
メールを戴き、本当に嬉しかった。お礼のメールを送ったら、また返信を戴いた。一文字、一行を打つのがどれだけ大変か分かっているので、改めて頑張らねばと決意した。

その支援者との接点はどのようなものか

厚子さん
個別にか、シンポジウムなどでお会いしたか・・・その両方だったかもしれないが、通訳を介してお話をした。まばたきでパソコンを打たれると聞いた。

検察の取調べに関しての意見は

厚子さん
検事から「あなたが嘘をついてないなら、他の人全員が嘘をついているということか」と言われ「真実を知りたい!」と痛感した。

最近、検察の暴走とか、横暴とか言われているが

厚子さん
私としては、ステレオタイプに暴走とか横暴とか言いたくない。今回のことは「なぜ、こうなったのか、見極めたい」と思っている。

保釈後、ニュースなどを見る目が変わったか

厚子さん
今までは、誰かが逮捕されたというニュースを見聞きすると「悪い人が捕まった」と感じていたが、今では全ての「逮捕というニュース」を、これは間違いではないか、大丈夫か、と気に掛けるようになった。

自身が刑事被告人であることをどう感じているか

厚子さん
被告になって、自分が変わったと一瞬思ったが、すぐに「私は私だ。裁判が終われば答えが出る」と考えた。

起訴内容について

厚子さん
全く身に覚えがない。なぜこうなったのか全く分からない。

上村氏が証言を覆すそうだが

厚子さん
取調べの時、検事から「○○が、こう言ってる」とよく聞かされたが、警察や検事のフィルターを通ってるので、「裁判の中で真実を確認したい」と思っていた。正しい証言をして下さることを期待している。

倉沢に会った記憶は

厚子さん
全く覚えがない。証明書を発行するという手続きは色々あったが、特別な便宜の記憶も全く無い。また証明書を企画課長から手渡すようなことは、制度上、ありえない。

弘中さんにお聞きする。争点としては「違法性を認識して発行したか」という点か。公判のポイントなどは

弘中弁護士
検察と主張が全く違うので、こちらから争点にはしない。証人は11人。取り調べた検察官も出廷請求している。(未定の証人という)
共犯とされた方々や、すでに争いが終わった人もいるが、他の証言との整合性など、詳しいことはこちらの作戦なので、今は言えない。ただ検察官の論は全く不自然、不合理。
検察、特捜は、時に「結論ありき」だが、今回の事件はその代表的なものであると思う。したがって、情状も嘆願も一切しない。

保釈後の村木さんの生活は、どのようなものか。またお嬢さんについて教えて欲しい

厚子さん
家族、娘たちとは公判スケジュールの話などをする。娘は2人で、上は社会人、下は高三の受験生。仕事をしているときは、いつも時間と戦いながら家事をしていたが、時間があるとむしろ「専業主婦」って難しいなぁ・・・と感じる。だから自慢できる「専業主婦」ではないが、お掃除の回数と、お料理の品数は少し増えたと思う。

無罪になったら、再び厚労省で働きたいか

厚子さん
今の状況は、マラソンに挑戦していて、40キロくらいまで走ったところで、外へ引きづり出された感がある。年齢のこともあるが、もう一度元の位置に立たねば、始まらないと思っている。そのためにも、裁判で真実を明らかにし、無罪を勝ち取ります。

[写真]
記者会見場に詰め掛けた報道陣(撮影:ナミねぇ)

起訴当日に発信された村木厚子さんからのメッセージ

やっと第1ラウンドの20日間が終わりました。起訴という結果になりましたが、弘中先生(注:主任弁護士の弘中惇一郎さん)から「この20日間は検事さんたちの一方的な土俵であって「公平」はない。裁判になって初めて検察側と弁護側、双方が対して公平な闘いになる」と聞いていたのでがっかりはしていません。

接見禁止が解除されたので、来ていた40通以上の手紙を受け取ることができました。こちらからの手紙は一日2通までと決まっていますので、返事はすぐには出せないと思いますが、たくさん、たくさん元気をもらい勇気をもらったので、心から感謝しています。
こちらの生活のペースにも少しずつ慣れ、生活のリズムをつくろうと努力しています。ありがたいことに、この間、夜、ちゃんと眠れ、また、食事も食べられています。
第2ステージに向け、まだ心構えが整うというところまではいきませんが、とにかく体調と心のバランスを整えようと思っています。がんばります。応援してくれている皆さんに心から感謝していると伝えてください。

今回のことで一瞬、全てのものが変わってしまったように思えましたが、一方で、昨日までと少しも変わらない自分がここにいるという思いも強く持ちました。
また、一瞬、全てのものを失ってしまったような気がしましたが、たくさんの人が心配して励ましてくれたことで、自分がこんなにも大きな財産をもっていたのかと驚きと喜びでいっぱいになりました。どうか、みんなにこの感謝の気持ちを伝えて下さい。

厚子

弁護士:大平光代さん(みっちゃん)からのメッセージ

「村木厚子さん、頑張って!」
プロップ・ステーションの竹中ナミさん(ナミねぇ)のご紹介で、厚生労働省に勤務される村木厚子さんと出会って、もう6〜7年になります。
ご自身が二人のお嬢さんがいらっしゃる「働く母親」であり、女性が活躍できる日本を創出するために、公私にわたって努力を続けておられる姿に感銘を受けました。
また、女性だけではなく、障害のある人や高齢者など、誰でもが持てる能力を発揮できる日本社会にと、ナミねぇはじめ現場の方々の意見をしっかり聴きながら仕事を進めていかれる様子が印象的でした。

官僚としての矜恃を持っておられる女性、それが私の村木厚子さん像です。

今、村木さんは「障害者割引郵便の手続き」において、立場を利用し、法を犯した人として囚われています。
法律家である私の立場で言えるのは「裁判において、真相が早く明らかになって欲しい」ということですが、村木さんの生き方と仕事ぶりに共感を持つ私個人としては「村木厚子さん頑張って!」と、心からエールを送っています。

村木厚子さんの名誉が回復される日を心待ちにしながら、長女悠と私の写真とともにこのメッセージを送ります。

大平 光代


みっちゃんと悠ちゃん。自宅のテラスにて近影

ナミねぇの、厚子さん面会記

7月15日朝、私は面会が許可された厚子さんを大阪拘置所に訪ね、お会いして来ました。
狭い狭い面会室(たたみ一畳程度?!)で、アクリル板ごしに、いつもと変わらない温かな笑顔と穏やかな声を聴かせて下さった厚子さんにホッとするとともに、一日も早く厚子さんの名誉が回復されることを、改めて強く願いました。

まず最初に、2年前から厚子さんと私が続けている官民連携の「ユニバーサル社会に関する勉強会」について、官僚メンバーの一人が「厚子さんが元気で戻られるまで、自分がサポート役をします。厚子さんが戻ってこられた時に恥ずかしくないよう、キチンと続けて行きましょう!って言って下さった。」というお話しすると、とても嬉しそうに「良かったわ、ナミねぇ。こんなことになっちゃって、すごく申し訳なくって心配してたのよ! 皆さんに、ありがとうございます、よろしくって伝えてね。」と、笑顔でお返事が返ってきました。

その後「厚子さんの完全な名誉回復」について私の決意を伝えるとともに、しばし二人で「おばちゃんトーク」などもしました。(^_^)
「麦メシって、あのね、案外おいしいの。」って、頬に手を当ててニッと笑いながら言う厚子さんの様子には「すごい人やなぁ!!!」と、びっくり!!

厚子さんは、面会の申し込みが続々届いていることを、とても喜ばれてました。
麦飯も悪くないようやけど、今の厚子さんには、親しい人の来訪が一番のエネルギー源になると感じました。
10分の面会はホンマに短い時間やったけど、ご家族からの信頼が最大の支えであること、そして多くの人が支援して下さっていることへの感謝を、静かに話される厚子さんでした。

今回の面会で「自分の無実は自分が誰より知っている」という厚子さんだからこその冷静さなんや! と感じるとともに「静かな闘い」という言葉が頭をよぎりました。
私も冷静に応援しなければいけないということ、そして囚われている厚子さんから「力」を与えられる側にいる自分に気づきました。
それは多くのチャレンジドや娘から私がもらっている「力」と同じ重みのあるものだと感じました。

差し入れについては、面会初日に訪ねられたご家族がご本をいっぱい、私からは(彼女のリクエストに応えて)「英和・和英辞典」「国語辞典」「六法全書」と、自分自身が最近はまっている数独パズルを届けました。
「今、すごいスピードで本が読めるのが嬉しい」という厚子さん。
自分の身に「青天の霹靂」といえることが起きても、それを「人生の糧にしてみせる」という強い意志を厚子さんが持っておられることに気づき、感銘を受けながら大阪拘置所を後にしたナミねぇでした。

近況報告と支援のお願い
マスコミで公開された、厚子さんの長年の友人・知人からのメッセージ
厚子さんを支援するサイトで、現在公開されているものをご紹介します
過去のトピックス

2010年1月21日 2010年1月22日 司法記者クラブ(東京高等裁判所内)にて、村木厚子さんの記者会見が開催されます。一人でも多くのメディア関係者のご参加をお待ちしています。

2010年1月18日 「村木厚子さんの裁判を見守り支援する部屋」を公開しました。
簡単な公判の内容や感想を匿名で掲載し、裁判の状況を応援してくださるみなさんで共有していきます。

2010年1月6日 いわゆる「障害者郵便割引制度偽証明書発行」を指示したとして逮捕・保釈され、1月27日からの公判を待つ、ナミねぇの親友村木厚子さんにとって、大きなニュースが飛び込みました。「自分独りでやった」と逮捕時に供述し、その後「村木局長の指示で偽造証明書を作成した」と供述を覆した元係長が「自分独りでやったこと。局長関与の供述は、検察の誘導」と、公判で述べる見通しです。このことが、厚子さんの名誉回復に向けた、転機となることを願っています!!!

11月24日 村木厚子さんの保釈が決定しご自宅に戻られました。

村木厚子さんから、支援者の皆様へのメッセージが寄せられました。

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