報告書 第2章 チャレンジドに対する教育情報とその提供方法

盲・聾・養護学校の高等部や高等学校へ通う就学中のチャレンジドにとり、大学の進学は専門的な知識を身につけ、その後の自立や就労の幅を広げるのに有効である。しかしながら、チャレンジドが進学を考えた場合、各大学ごとに対応が異なるため、学力以前の問題として、「入学試験の対応状況」や「入学後の授業・設備面での対応」など支援体制の確認が難しいないしは煩雑な面がある。いくらか是正されてきてはいるものの、その進学への道を狭めている現状があることも否めない。

全国障害学生支援センター(NSCSD)

全国障害学生支援センター(以下、NSCSD)では、「大学案内障害者版データ」をデジタルコンテンツとしてインターネット上で公開している。データの基になった調査の質問票も公開されている。その調査結果として、各大学の回答が、文字情報で障害別の受験・入学・卒業の人数や、受験可否をはじめ入試での配慮情報なども掲載されている。また入学後の受け入れ情報では、設備や補助機器の状況、授業での配慮、障害学生の支援体制、通学や下宿関連などが掲載されている。このような情報は、各大学のホームページを見てもほとんど目にすることはなく貴重な情報と言える。

また、受験や学生生活・障害学生サポートに関する相談事業や各大学の障害学生受け入れ状況や設備体制についての情報提供事業の案内も行っている。新しい取り組みとして、支援体制の継承広がり、先輩から後輩へ、大学から大学へと、伝わることを目指した「障害学生ネットワーク」の取り組みを呼びかけている。大学での様子を多くの人々に知ってもらえるような取り組みを作っていきたいとの思いが伝わってくる。

「大学案内障害者版データ」の掲載内容を見るとその労力には敬服を禁じえない。そのような現在の内容に留まらず、最近、速報性の点で改良がなされたという。NSCSD代表の殿岡氏にお伺いした話によると、2002年度の情報のWeb掲載は2003年の1月となったが、調査収集したデータを速やかにWebに公開出来るシステムの構築が完了し、今後は速報性にかなった情報提供が可能となったとのことである。更に、改良の余地があると考える点を2つほど挙げてみる。各校の在学障害学生の承諾が得られるものであれば、障害学生の立場からのキャンパスライフレポートの掲載などがあると、進学を目指すチャレンジドにとり、より分かりやすい情報となると考える。また、現在の文字情報を主としたサイト内容は、テキストデータを音声化して読んでいる視覚障害者が確実にアクセス出来るようにとの考えを反映したもの(殿岡氏による)であるが、情報インフラの高速大容量化に伴い、校内施設の対応をビジュアルに表現した情報と、視覚障害者に対応した情報との両立を目指すことも検討に値すると考える。

ただ、この辺りまでもの対応を大学の協力のもと、ボランティアの労力と各種助成金を中心とした民間組織で支えるには、相当に厳しい面があることは想像に難くない。

ここで、盲・聾・養護学校生へのアンケートの回答で関係すると思われるところを考察する。アンケートの【図a-4-12】「問12」の「卒業後の進路希望」では、進学が半数を超えているが、【図a-4-14】「問14」の「進学先の希望」では、【図a-2-14】【図a-3-14】を合わせ見ると、進学といっても聾の専攻科や養護の職業訓練校などが多い。従来からの「よくある進学先」である。結果として大学への進学希望は、少数である。しかし、【図a-4-5】「問5」の「パソコンとインターネットを日常的に使っていますか」では、「日常的に使う」と「ほどほどには使う」という生徒が8割方を占め、【図a-4-10】「問10」の「どのようなアプリケーションをよく使いますか」より、ブラウザの使用率が高く、デジタルコンテンツを活用する下地は広がりを見せていると考えられる。【図a-4-11】「問11」の「インターネットでどのような情報やサービスがうけられたら便利か」では、進学や就職の具体的情報を求める声は他に比べポイントが高い。就職へと繋がる進学に関する具体的な情報が、何らかの形でより多く提供されるなら、進学を選択する率が高くなる可能性はあると考える。アンケートでは、その情報の各種提供媒体について、比較検討する項目を網羅していないが、少ない経費で手間がかからず速報性があり、利用の裾野に広がりを見ることの出来るWeb上での情報提供は有効であろう。

先の殿岡氏は、情報の提供方法として、まずは「大学案内障害者版データ」がより多くの方々に閲覧され周知されることが必要であると考えておられる。情報内容の更なる充実も大切だが、それ以上に、「大学案内障害者版データ」のような情報を必要とする、より多くのチャレンジドに掲載サイトの存在が広く知られ、閲覧、活用されることの方が重要である。NSCSDサイトのような情報源を増やすより、そのような情報源のあることを紹介するポータルサイトを充実させることが、必要であると考える。

広島大学障害学生支援のための「ボランティア活動室」

バリアフリーの就学環境をめざす広島大学では、障害のある学生の就学及び生活を支援するために、活動の拠点として「ボランティア活動室」を設置している。大学の指針に基づいたサポートシステムと、教官・事務官・ボランティア学生のチームワークによって支援活動を行っているが、その全容がWebサイトで公開されている。入学試験時の支援、合格後授業前の支援、教材に関する支援、授業中の支援、定期試験・レポートに関する支援、情報機器に関する支援など、本人の申請に基づいて、関係者間できめ細かな打ち合わせがされたうえで、具体的な支援内容が決定されている。

障害学生の支援者としてのボランティア学生を育成するため、専門の教官による「ボランティア概論」の講義が開講されている。さらに、講義の要約筆記をするノートテークや自動点字訳のパソコン作業、教室間や学内移動の補助などのボランティア実習で、障害者支援技術を習得することによって単位取得できるため、多くの支援者を育成することが可能なシステムとなっている。

就学支援が効果的に実施されるためには、支援機器を導入したコンピュータや電子メールの利用など、障害学生が情報技術を活用して自立度を高めることが肝要であるとの認識から、さまざまな支援機器の講習会やICTの個別指導が、障害学生および支援関係者に対して実施されている。

広島大学のように、大学全体のシステムとして障害学生を支援し、支援システムの詳細な情報をWeb上で提供している大学はまだまだ少数である。全国の大学が積極的にバリアフリー化を推進し、その情報がインターネットを通じて発信されるようになれば、大学進学を希望するチャレンジドの選択肢が広がり、専門知識を身につけて就労の機会も促進されることになるだろうが、そのためにはまだしばらく時間が必要だろう。

マイクロソフト社開発部 細田和也氏の教育問題に関する考察

現状のように進学情報の少ない中、全盲でありながら大学へ進学・卒業した細田和也氏の経験を基に、教育問題について報告する。細田氏はその後、プロップ・ステーションの紹介により、マイクロソフトに正式雇用され、現在、第一線で活躍している。

簡単な経歴とパソコンを使えるようになるまでの経緯

細田氏は1974年、生まれてすぐに眼のガンにかかり、1歳5ヵ月の時に手術を受けたので「目の見えた記憶」は無いという。子供の頃から機械いじりが好きだったようで、父親がアマチュア無線の愛好家だったこともあり、身近に部品があったのでトランジスタラジオやテスターのようなものを組み立てていた。中学までは地元の盲学校に通い、高校は東京にある「筑波大付属盲学校」に進んだ。「筑波大付属盲学校」を選んだ理由としては、国立の盲学校は他にはなくまた、東京への憧れもあったという。1990年ごろ盲学校でパソコンと出会い、パソコン通信で人間関係が広がった。もう少し時代が違えば、パソコンを使っていなかったかもしれない。その後、淑徳大学社会学部を卒業している。

学生時代のパソコン環境について

現在は仕事柄ウィンドウズを使用、学生のころによく使っていたのはUNIXのフリーウェアやシェアウェアのソフトである。その理由としては以下のとおり。

  • プログラムが公開されているところ(オープンソース)。
  • 「こんなところが使いにくいから改良して欲しい」と要望を出すと、それを直してくれるプログラマがいる。
  • 自分の要望で使いやすいように変わっていくこと。
  • そのプロセスに自分が関わっているということが実感できて、満足感がある。

視覚障害を持ちながらのパソコン技能習得方法について

細田氏がパソコンを使えるようになるまで、それなりの苦労はあったらしい。紙に印刷されたマニュアルが読めないので、アメリカのソフトについていたカセットテープを何十時間も聞く、インターネット上に公開された英語の文献を音声で読む、などかなりの忍耐力が必要であったと容易に想像出来る。

また一通り操作を覚えた後、本格的なプログラミング技術などの勉強には、インターネット上の、英語の書籍をテキスト形式で読めるサイトをうまく活用している。一年間に何冊読んでも金額は一律というサイトもあり、そこには英語の技術文書のデータベースがある。実際に印刷する必要はなく、安く本を読むことができる。事実、専門技術書などは高価なものが多く、購入しているとかなり費用がかさむ。

健常者はパソコン操作を主に目から得た情報で操作するが、彼の場合、目で読む代わりに、すべて耳で聞く。いわゆるテキストリーダと呼ばれるような文字を読み上げてくれるソフトウェアを日常的に利用する。Webサイトだけでなく、ワープロソフトで作った文章、友人などのメール、ファイル名、フォルダ名などすべてのコンピュータやインターネット上の情報を音声で得ている。

パソコンを使えるようになってからの問題について

ウィンドウズ95が出廻るまでは、パソコンの操作は文字による操作が主であったため、視覚障害があってもそれなりに使えたらしい。しかし、意外な事に視覚健常者が使いやすくなればなるほど、全盲などのチャレンジドには使いづらいものになってくる。
細田氏はそのころ、友人と1カ月ほどアメリカを旅行していて、多様な障害者用のコンピュータやソフトウェアがあることを知ることになる。英語版ウィンドウズ95を購入し、輸入の音声ソフトを使いはじめた。プロップ・ステーションの竹中ナミ代表と話す機会があり、アメリカの状況や日本語版ウィンドウズは音声ソフトが使えないことなどを話した。竹中代表が「その苦情を直接、メーカーに伝えてみたらどう?」と進言したことがきっかけで、マイクロソフトに正式雇用された。

もうひとつ見落としがちな問題は、コンピュータに詳しい友人を持つべきだと細田氏は言う。大きな理由としては、自分のパソコン環境が壊れた場合などに協力してくれるからであり、これも重要なポイントである。

チャレンジドが就職するために必要だと思われるスキルについて

現在では、ほとんどの企業が電子メールやワープロなどの基本的なスキルが身についていることが必要条件となっている。そうしたスキルは身につけておいて損はないと言う。理想的にはグループウェアまで使用して仕事ができるというのが一番であるが、最低限メールくらいは出来ないと仕事に支障をきたすおそれもある。

スキルアップのためのスクールなどに関しては、職種によっては通ったほうがよい場合もあるが、コンピュータ関連の仕事の場合では、訓練校で仕事で使えるレベルにまでなれるかは疑問である。むしろ、OJT についていけるだけのスキルを自分で身につけた方が良いだろう。学校へ通うだけでなく、なにかしら独学で勉強し、必要になるであろうスキルを身につけるべきである。

教育情報とその提供方法のまとめ

細田氏の場合はそもそもの基礎学習能力が高く、向上心も旺盛で非常に優秀であり、一般的な視覚障害を持つチャレンジドすべてが、そのまま真似の出来るものではない。しかしながら勉強方法や体験談は参考となる部分も多い。たとえ、全盲であってもそれなりの能力を有する者が、それなりの教育を受ければ充分に社会でも活躍出来る、という生きた証拠ともいえる。

また今後、実際に体験したチャレンジドにしか判らない部分を反映した、彼らの開発するシステムが定着し、チャレンジドにとってより有効なシステムが確立されることも期待できる。

現段階では優秀かつ、粘り強く努力出来る少数のチャレンジドだけが、就労の機会を得ているようだが、一般の健常な学生がここまで努力しているかは疑問が残るところである。少なくともパソコンの操作を習得するのに、海外のソフトウェアについていた、英語のカセットテープを何十時間も聞く努力はしなくて済む。入学試験の対応を心配したり、入学後の設備に頭を痛めることもないだろう。このあたりがチャレンジド特有のハードルの高さや、スタートラインとは明らかに違う。こうした格差是正に何らかの組織的な情報提供などのサポートが無いのは、むしろ不公平とも感じられる。

今後、就労の幅を広げる基礎の一つとなるNSCSDに見られるような進学情報を、チャレンジドの就労支援情報を提供するポータルサイトなどに活用すべきである。また積極的に活用される機会が少しでも増えるように、情報内容の更なる充実が求められる。

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