毎日新聞 2010年7月1日より転載

瓦解(上) 郵便不正事件

「検察こそ組織犯罪」

署名強要される職員たち

大阪地裁に入る上村勉被告=大阪市北区で6月9日、小川昌宏撮影

大阪司法記者クラブで会見する倉沢邦夫被告=大阪市北区で4月27日

厚生労働省のある職員が、大阪地検特捜部の取り調べを終えて駅に向かう途中、携帯電話が鳴った。担当の検事からだった。「もう一点だけ聞きたいことがある」。急きょ、きびすを返した。昨年6月のことだ。

地検で検事は1枚の供述調書を示し「これでよければ署名して」と求めた。調書には、04年当時、福祉制度の変更に向けて職場は忙しかったという趣旨の記載があった。特捜部は一時、この制度変更には有力議員への根回しが必要だったとの前提で捜査を進めていた。しかし、職員は取り調べ中、全く聴かれていないことだった。「こんなこと分かりません」と言ったが、検事は「いいから」と署名を求める。繰り返し続いた取り調べで疲れていた職員は、面倒になり「いいのかな」と思いながら署名した。「そうやって供述調書が作られていった。検察は『厚労省の組織的犯罪と言うけど、検察の方がよっぽど組織的犯罪でしょ」。職員は記者の取材にこう吐き捨てるように言った。

◇ ◇

04年6月、実体がないとされる団体「凛の会」(解散)を障害者団体と認める厚労省の偽証明書が発行された。その5年後の昨年6月、偽証明書は厚労省の現職局長、村木厚子被告(54)が逮捕される事態に発展する。

偽証明書を作成した厚労省元係長、上村勉被告(40)は、今年2月、村木被告の公判に証人として出廷した。検察は「村木さんの指示で偽証明書を作った」という上村被告の供述調書を作成していた。上村被告は法廷ですすり泣きながら声を荒らげた。「検事が調書を作文した。私が何度『違う。1人でやった』と言っても直さない。怖かった。悔しくて仕方ない」

◇ ◇

「凛の会」代表の倉沢邦夫被告(74)。偽証明書を利用して低料金で郵便を発送し、郵便法違反容疑で昨年4月に大阪地検特捜部に逮捕された。取り調べで「(04年当時の厚労省課長だった)村木さんから偽証明書を受け取った」という供述調書ができあがった。

倉沢被告は取材に「本当は村木さんだったのか自信ない。あのころは仕事で女性と会うことも多かったし、ごっちゃになっているのかも」と明かす。「検事から『証明書は課長の印が押してある。あんたは課長からもらったんだよ』と言われ続け、そうなのかなと思って調書に署名した。でも今更そんなこと言えない」。大阪地裁はこの倉沢被告の供述調書を証拠採用しなかった。「言いにくいが、裁判官はちゃんと見てる」

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村木被告の公判では検察官6人を含む17人の証人が出廷。検察官を除く証人11人のうち9人が供述調書の内容に反する証言をした。密室の取り調べで何が起き、法廷で何が問われたのか。関係者の肉声を中心に検証する。

郵便不正・偽証明書事件

実体のない障害者団体「凛の会」に、郵便料金割引制度の適用を認める偽証明書を作成したとして、厚生労働省元局長の村木厚子被告ら4人が虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた。偽証明書によって家電量販会社などのダイレクトメールが格安発送された。

村木被告は、同省元係長の上村勉被告に偽証明書の作成を指示したとして起訴されたが、一貫して無実を主張。上村被告は公判で捜査段階の供述調書を覆し、村木被告の指示を否定した。大阪地裁は5月、検察側から証拠として採用するよう請求があった8証人の供述調書計43通のうち、上村被告の全調書など34通を証拠採用しなかった。

地裁はその理由として「大阪地検特捜部の取り調べに問題があった」とし、村木被告に無罪が言い渡される公算が大きくなっている。

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