産経新聞 2010年7月20日より転載

【話の肖像画】

おかんの奮闘記(上)
      放送を福祉の視点から

NHK経営委員・竹中ナミ


 たけなか・なみ 昭和23年、神戸市生まれ。神戸市立本山中学校卒。平成3年、草の根のグループとして「プロップ・ステーション」を発足させ、10年、社会福祉法人格を取得し理事長に就任する。内閣官房雇用戦略対話委員、国土交通省「自律移動支援プロジェクト」スーパーバイザーなどを歴任。21年、米国大使から「勇気ある日本女性賞」を授与される。

 6月にNHKの経営委員に就任したばかり。障害者の社会進出を支える団体を立ち上げて約20年、地道な活動を続けてきた。正義感に突き動かされたのではない、という。自らも障害を持つ娘の母親。すべての人が持てる力を発揮し合う共生・共助社会を実現することこそが、子供たちの未来につながると信じる。「おかんとして、いまできることを考えているだけ」。笑顔がはじけた。

文 三宅陽子
写真 宮川浩和

 −−NHK経営委員になられた心境は
 竹中 国会同意人事ですから、私みたいな人が通るとは思っていなかった。歴代委員の名簿を見せてもらったら、企業経営者や学識経験者ばかり。今回は毛色の変わった人たちを入れている。NHKが大きく変わる節目にきていると感じています。

 −−抱負は
 竹中 NHKをどうするか、という議論の中で、みんなが納得できる答えを見つけていく。「やります」と言った以上、自分に何ができるのかを考えましたが、放送のユニバーサル化は私のテーマだと思っています。

 −−放送のユニバーサル化とは
 竹中 鳩山(由紀夫)さんが辞任会見された直後に聴覚障害の友達と会ったら「すごいショックやった」と言う。何かといえば、一国の総理が真剣な顔をして何か言ってはるけど、字幕がないから何が起きているか分からなかった、と。自分の国で大変なことが起きてもそれを知ることができない人がいる。日本では字幕放送というと福祉政策の一環と思われがちですが、アメリカでは15年以上前からテレビに字幕を付けることがルールになっています。聴覚障害者だけのためではなくて、静けさの必要な病院や家庭で家事をするときなど幅広く活用されています。

 −−福祉の世界に飛び込んだきっかけは
 竹中 私には重症心身障害を持つ37歳の娘がいます。障害者というと世の中は、かわいそうな人、なになにができない人、とネガティブな部分だけを数えはるけど、私にとって娘は宝物みたいな存在で、存在そのものに意味がある。ネガティブなところだけを見て気の毒がることこそが変や、と気がついたんですね。
 〈出産後に障害児医療、福祉、教育を独学。平成3年に草の根グループ「プロップ・ステーション」を創設した。障害者も一般の人と同じように働き、納税者となることを目指す技能訓練の場を提供している。竹中さんは挑戦する課題を与えられた人々を「チャレンジド」と呼ぶ〉

 −−プロップ・ステーションを立ち上げた目的は
 竹中 この子を残して死んで大丈夫な日本なのかということを真剣に考えました。誰かになんとかしてよと言ったって、みんな自分が生きていくことに必死。だから、いま働くのは無理と言われている障害者の中から“支える層”が出てくれば、きっと大きなうねりになると思った。

 −−障害者をめぐる考え方としては、大きな転換だったのでは
 竹中 確かに、世の中では、非常に障害が重くて介護を受けている人に「働け」なんて言ってはいけないのだけど、例えば、お母さんの全面介護で生きているような青年が「実は働きたい」というわけです。本人が働きたいと言っているのなら、働ける方法を見つければいいなというふうに考えたんです。

 −−なるほど
 竹中 チャレンジドは日本では基本的に、気の毒な人という場所に置かれてきたから、親やヘルパーらお世話をするプロに囲まれている。でも、お世話をする人たちは、その子の眠っている力を見つけて伸ばし、引き上げてくれる存在ではない。プロップでは、一流のエンジニアやクリエーターを講師に招いて、技術、魂、裏技まで伝えてもらう。それでプロとなったチャレンジドが講師を務めて次の人材を育てる、そんな循環が生まれています。

 −−IT、パティシエ、イラストレーターなど職種も多岐にわたっていますね
 竹中 成功事例が増え、自分の力で稼げる子が出てくれば、今度はそのシステムを制度化したい。自分の子供が障害を持っていても悲観しない、障害があるから働けないなどと誰もが思わない社会の実現に向けて今、ひとつひとつモデルづくりをしています。

ページの先頭へ戻る