NEW MEDIA 1997年3月号より転載

テーマレポート TheChallengedとメディア・サポート7

神戸からの情報発信を障害者が支援!?

「プロップ神戸プロジェクト」がスタート

「チャレンジド(米語で障害者)が子供たちにインターネットを教える」というユニークな活動が去る2月8日、神戸で始まった。
大阪に本部を置くNPO(非営利市民組織)「プロップ・ステーション」(代表・竹中ナミ)が企画した「プロップ神戸プロジェクト」の第一弾「チャレンジドによるインターネット・セミナー」だ。
このプロジェクトは、震災からの復興を進める神戸で、チャレンジド自身が、支えられる側でなく、支える側に回ろうと企画したもの。
コンピュータ・ネットワークの可能性を最大限に活用するこの企画は、自らの手でより良き社会を作ろうとする全国の市民活動にとって、次代の参考事例となろう。

(報告:中和正彦=フリージャーナリスト)

障害があっても情報発信の主体になれる

プロップ・ステーション(以下プロップ)のキャッチフレーズは「チャレンジドを納税者にできる日本」。
これまで、大阪市内でパソコン・セミナーを開くかたわら、「チャレンジドが就労できる社会システムづくり」をテーマにした「チャレンジド・ジャパン・フォーラム」(弊社と共催)を開催するなど、数々の先進的な活動を展開してきた。

「神戸プロジェクト」のキッカケとなったのは、震災だ。プロップはもともと、代表の竹中さんが西宮で行っていたチャレンジドの自立支援活動の中の就労支援部門を独立させて、大阪に設立したもの。スッタフの大半が阪神間に住んでいる。震災ではほとんどの者が被災したものの、全員無事だったため、コンピュータ・ネットワークを活用して被災地への情報支援を行った。安否確認、物資や交通網やチャレンジドのための生活支援活動の情報交換、被災地で活動するボランティアのリストを整理するデータベース・ソフトの作成と無償配付、などである。

こうした活動を通して、竹中さんらプロップのメンバーは、「コンピュータ・ネットワークを日常的に使っていると、チャレンジドでも情報の受発信の主体になることができ、緊急時にもその知識を生かせる」という実感を得た。その自身を背景にして、自らも郷土復興に加わるべく企画したのが「プロップ神戸プロジェクト」というわけだ。企画内容は3つある。まずは冒頭のインターネット・セミナー。チャレンジドと小中学生を対象にし、講師はプロップで腕を磨いたチャレンジドが務める。新しい神戸の情報発信の担い手を育てると共に、チャレンジドが講師という就労の機会をを得ることも大きな目的になっている。

二番目は、車椅子観光ガイドの作成。「エキゾチックでファショナブルな観光都市・神戸がチャレンジドに対しても優しい街であるように」。そんな願いを込めて、チャレンジド自身が神戸のさまざまなスポットやその場所へのアクセスを調査し、インターネットのホームページで発表する。

三番目は、プロジェクトの展開を、冊子や映像やホームページに記録して残すこと。これを参考に供して、全国の同様の活動の輪を広げたいという考えもある。まさに「チャレンジド自身が情報の受発信の主体になっていこう」という企画内容。プロップはこのプロジェクトのために今年1月神戸市内に事務所を開設し、準備を進めてきた。

支え合いの輪の中で順調なスタート

2月8日は第1回セミナーの開講日。ポートアイランドのある通信・放送機構(郵政省の外郭団体)の神戸情報通信研究開発支援センターのコンピュータ・ルームには、ボランティアや家族に伴われた第1期12組みの受講生が集まった。一般の健常児と車椅子の養護学校の生徒や聴覚障害の女性などのチャレンジドが別け隔てなく席を並べた。これを迎えるは、チャレンジドの講師3人。

岡本敏巳さんは、ポリオの後遺症で両手が全く動かないが、足でパソコンを使いこなせる。印刷所を経営しながら、プロップの大阪のセミナーで初級コースの講師を務めてきた実績がある。石田圭介さんは、脳性麻痺で手足と言語の障害を持っているが、プロップのセミナーでパソコンを習得し、現在はその講師を務めるかたわら、堺養護学校のコンピュータクラブの非常勤講師もしている。また、プロップのセミナーで知り合ったボランティアの女性と結婚し、二人で「圭優堂」という工房を設立。デザインや版下、ホームページ作成などの仕事を始めている。

吉田幾俊さんは、脳性麻痺による全身障害で車椅子を使用。動くのは片手のみだが、プロップのセミナーでパソコンを習得。絵画の才能があり、独学でアニメーションなどの動画の制作にも取り組みはじめている。講師をするのは今回が初めて。「自分の体験を交えて『パソコンは楽しいもんや』ということを伝えていきたい」と抱負を述べていた。

この講師3人に、受講生サポート要員として集まったボランティア多数が加わり、セミナーはスタートした。最初は不安げな表情をしていた受講生も、講義が始まるとみるみるパソコンの画面に集中。講師の指示に従い、ボランティアのサポートを受けて恐る恐るマウスをクリックし、画面が指示通りに変わると、思わず笑顔。そうして生まれたなごやかな雰囲気の内に、2時間のセミナーはアッという間に終わった。

セミナーは、1回2時間10回の講義でインターネットへのアクセスから、ワープロ、作画、メール交換、ホームページ作成までを学ぶことになっている。講師の一人岡本さんは講義の前に「10回で全部は覚えられないと思うので、覚え方を覚えてもらおうと思っている」と語っていたが、終了後は「これは思いのほか、うまく行きそうです」と笑顔を見せた。受講生・講師ともに、今後への自身を得たようだ。

また、プロップ代表の竹中さんは、セミナーに先立って「現在の公教育の中にはないノーマライズされたセミナーは、NPOならではのものと自負している」と述べていたが、その言葉どおり、チャレンジドと一般の健常児が何の違和感もなく」なごやかな雰囲気を作りだしているのが印象的だった。

産・官・学の支援を集めた民主導の復興プロジェクト

さて、この第1回セミナーの前には、会場と隣接するホテルで開講式が催された。そこには、神戸プロジェクトの運営をサポートする神戸マルチメディア・インターネット協議会、資金面でバックアップする阪神・淡路コミュニティー基金、その他、産・官・学・マスコミなどから多くの来場者が詰めかけた。社内にプロップ神戸オフィスのスペースを提供した神戸デジタル・ラボ社長の永吉一郎氏は、次のように述べた。「神戸マルチメディア・インターネット協議会に集まった産・官・学の方々を初め、今回のプロジェクトの話を聞いて反対した人は一人もいません。『それ、ええやないか。やろうや』と、一発で話はまとまりました。皆さん、自分の属している組織の顔を完全に忘れて、一個人の顔になっていました」

昨年9月に設立された「スマートバレー・ジャパン」の立役者の一人である通産官僚も東京から駆けつけてあいさつに立った。「スマートバレー」とは、アメリカ西海岸のシリコンバレーで生まれた新しい社会革命運動。電子コミュニティーを形成していく中で産・官・学・市民が知識や資金を持ち寄り、新しい社会システムづくりを推進していこうという運動だ。「ひと言でいえば、コンピュータ・ネットワークを活用して、自分たちの力で自分たちの身の回りを良くしていこうという運動。この運動をぜひ、日本にも根づかせたいと考えたとき、神戸こそ、それを始めるのに最適の地ではないかと思いました。で、見渡してみれば、スマートバレー的な精神で活動している団体がすでに大阪にあった。それがプロップです。そこで、私たちとしては神戸マルチメディア・インターネット協議会の皆さんと共に、プロップの神戸プロジェクトを全面的に支援していこうということになったんです」

神戸大学工学部の田中克己教授からは、両氏がサンテレビで持つ番組で神戸プロジェクトを紹介することが披露され、神戸市広報課の松崎亮太氏も同市の広報番組で扱うことを披露。

ある公務員からは、「プロップは『チャレンジドを納税者に』という。『税金を払おうやないか』というんですから、行政としては涙が出るほど感激します」と、冗談とも本音ともつかない言葉が飛び出し、場内をドッとわかせた。その他、各界の来場者が次々と登壇し、プロジェクトへの熱い期待と支援の言葉が述べられた。またプロップ代表の竹中さんからは、次のような話が披露された。「セミナーは毎週土曜日の午後に行います。会場の通信・放送機構は通常は土曜日はお休みなのに、私たちのために支援を申し出て下さいました。また、セミナーでは受講生の皆さんに自分のホームページを作って情報を発信できるようになってもらうことを目指しますが、神戸市広報からは神戸市のホームページとプロップのホームページのリンクのお話をいただきました」

一ボランティア団体が主催するパソコン・セミナーとしては、異例の支援・注目の集め方である。竹中さんは、このセミナーに寄せる思いを次のように述べている。「チャレンジドと子供たちが一緒にコンピュータを学ぶことで、自然で暖かいネットワークが生まれ、将来は障害を持つ人と持たない人が支え合って仕事をするようになる。震災から復興する新しい神戸が、そんな街になってほしい」。

このような先進的で暖かい理想が、震災復興に賭ける神戸の人々の熱い支持を集めたのであろう。神戸復興に関しては、官主導のプロジェクトの市民への冷たさがしばしば批判されてきたが、そうした中で、官の支援も取り込んだ、このような”民”主導のプロジェクトが生まれたことは、次代の街づくりのあり方を考える上で一つの光であろう。「プロップ神戸プロジェクト」の今後の展開を見守りたい。

*「プロップ・ステーション神戸オフィス」では、現在、第2期インターネット・セミナーの受講希望者(定員12組)と、同セミナー及び車椅子観光ガイド作成のためのボランティアを募集中。

申し込み・問い合わせは、同オフィス(078−845−2263)まで。

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