報告書 第4章 チャレンジドの就労後の生活に関する調査

現在、日本には約30万人の外出困難な障害等級1級のチャレンジドが生活するが、インターネットの発達やパソコン機器の普及化により、これまでには考えられなかったような様々な就労体系が現れ始めている。それに伴い、今まで希望しても果たせなかった「在宅で働くことによる社会参加と自己実現」、という方法を求めて模索しているチャレンジドたちが急激に増加している。その潜在的な在宅ワークを希望しているチャレンジドの需要に、社会としてどう応えていくかを提案したい。

まずは、現時点で既に在宅ワーカーとして働いているチャレンジドたちの、体験や考えを聞き取り調査及び本人のレポートにより、実態調査することによって実状を探ってみる。

 

調査対象者A氏の生活体験レポート

最初の調査対象者は四国内の※1 身体障害者療護施設(以下療護施設と記す)で生活する男性(41歳)在宅就労者である。交通事故の後遺症により胸から下、及び右上肢が完全麻痺。日常生活を送るにあたり、介護を必要としながらプロップ・ステーションの在宅ワーカーとして働いている。

レポート

私は22歳の時、交通事故の後遺症により胸から下、及び右上肢が完全麻痺しました。しかし、なんとか働いて自立出来ればという気持ちはありました。工業高校時代にプログラミングなど多少かじった経験もあり、その方面で自立をはかれないかと模索しましたが、インターネットやWindowsマシンも無い時代でかなり難しい状況でした。

平成2年両親の病気や死亡などを機に、実家から約80km離れた療護施設に入所。1995年以降、Windowsマシンの登場とともにインターネットが発達、居ながらにして仕事をする可能性が見え始めた気がしました。入所している療護施設に電話線設置工事、及びインターネットに接続許可を嘆願書で提出しましたが、その時は却下。 結局、約1年半後の1998年末に許可がおり、プロップ・ステーションが、就労に意欲のある障害者を対象に、インターネット上で開催する「システム開発講座」に申し込みました。ISDNシングル64kという接続環境、2人部屋での気疲れなど勉強は中々はかどりませんでした。その頃は体調もあまり優れず、※2 褥瘡などに悩まされながら勉強を続けました。

一年後、実家から約40kmのところに新しい療護施設が建設され移転、設備や接続環境は相変わらずでした。そのうえ設備投資や通信費・書籍代に受講費用と、費用があまりにかさむので諦めかけた時期もありました。その後「労働省」の障害者施策として※3 「障害者に対する在宅就労支援事業」というものがあり、かねてから付き合いのあるプロップ・ステーションから、その対象者に推薦されたことで状況は一変したように思います。いまだに、その時貸与された機器やソフトウェアを活用させて戴いています。

さらに2年後、実家のすぐ近くに新しい療護施設が建設中と聞き、市役所の福祉課の方を通じて情報を得たところ、ケーブルテレビのサービスエリア内にあるらしいとのこと、早速、電話で事情を説明しましたところ、その時の女性施設長が理解ある方で、事情を配慮し、ケーブルテレビのインターネット回線を使えるように追加工事してくれました。さらに私の居室を作業しやすいよう、天井走行リフトとトイレの付いた一人部屋にしてくれました。天井走行リフトを使うことにより、褥瘡などの問題も完全に解消され、作業に充てる時間が大幅に増えたことが、なにより嬉しいことでした。一人部屋なので時間も気にせず遅くまで作業でき、またケーブルTVの高速回線により、ファイルのやり取りも簡単で、通信料金も今までの半分以下の出費で済みます。今まで抱えていた負担が、かなり取り除かれたように感じます。同時に仕事の依頼なども増えだして、今は仕事の打ち合わせなどもほとんど、インターネットを使ったテレビ会議システムや、メーリングリストで行っている状況です。

現在、私は療護施設に入所しながら在宅ワークをしていますが、正直なところもう少し在宅ワークに適した環境があればと思います。好き好んで療護施設にいるわけでもありません。私の場合は天井走行リフトを使うことで、これまで出来なかった殆どのことが、可能になりました。ただ残念ながら、現在の実家にリフトを設置するのは環境的に難しいのと、天井走行リフトの設置工事・購入に関して10分の1にも満たない程度しか補助が降りない、ということも大きな理由です。

また、療護施設入所者の方たちの全員が、就労を望んでいるわけでもありません。例えそれを望んでいても、殆どの方は何らかの理由で諦めておられるようです。だからといって、就労への意欲・能力がある残り数パーセントのチャレンジドの意見を無視していいのだろうか?という疑問は常にあります。時々、市役所の方などとそういったお話をさせて頂くのですが、話が噛み合わずがっかりすることが多いです。今後はそうした環境で在宅ワークを目指す人達に対し、何らかの制度をとるべき時期に来ているのではないかと考えています。

一日のおおよそのスケジュール(日曜日・祭日は休み)

時間 行動
7時 〜 7時45分 起床、洗面、着替えなど
7時45分 〜 8時30分 朝食、歯磨き、メールなどチェック
8時30分 〜 9時30分 トイレなど
9時30分 〜 11時45分 始業の電話、業務(途中で入浴の場合は45分ほど中断)
11時45分 〜 13時 昼食、休憩
13時 〜 17時45分 業務(途中で入浴やリハビリなど1時間ほど中断)
17時45分 〜 19時 夕食、休憩
19時 〜 21時 業務、随時休憩
21時 〜 22時 着替え、洗面など
22時 〜 就寝
補足:
介護が必要なのは入浴。あとは付属の設備などを使って大部分を自分で行っている。実際の時間単位はもっとフレキシブルに行っている。

療護施設で生活するメリットとデメリット

メリット デメリット

生活に不安がない

自分の最小限の用だけすればいいので仕事に充てる時間がとりやすい

集団生活の中で一人多忙なのは孤立感・疎外感がある

時間の融通があまりきかない

参考(用語説明)

※1 身体障害者療護施設
重度の身体障害者であり、常時の介助を必要とする人に対して長期の入所により治療及び養護を行う施設。
※2 褥瘡
俗に床ずれなどと言われ、圧迫や骨突出などの複雑な要因で出来る難治性の傷。創部に壊死などが必発し、悪化すると呼吸不全や心・腎不全の症状を呈することがある。
※3 障害者に対する在宅就労支援事業
労働省が外郭団体の日本障害者雇用促進協会、障害者就労支援団体を通じて行った事業で、既に在宅ワークを目指している障害者を対象に、在宅就労に必要となるパソコン、周辺機器、ソフトウェアを貸与し、併せて在宅就労に必要なノウハウに関する相談、援助、指導を行なうというもの。

部屋の設備などの様子


図4−1−1 A氏の部屋の見取り図

天井走行リフトを使用する操作手順

  1. スリングを自分の脇と足の下に入れて、天井走行リフトのフックに引っ掛ける。
  2. リフトは上下左右(レールのある間)と自在に、リモコンで操作可能になっている。

調査対象者B氏の生活体験レポート

2例目の調査対象者は、兵庫県で母親(78歳)やヘルパーらの手を借りながら自宅生活をする男性(45歳)在宅就労者である。進行性筋ジストロフィーの疾病により両上下肢の筋力低下があり、電動車椅子を使用している。プロップ・ステーションの在宅ワーカーである。

レポート

進行性筋ジストロフィー(ベッカー型というジストロフィーとしては軽度の型)による両上下肢の筋力低下により、現在は電動車椅子を常用しています(自宅室内の板の間では、半駆動装置付き電動車椅子を使用)。腕および指については、通常のパソコン操作上、概ね支障はありません。

17歳の時、診断によりジストロフィーだと知り、その後25年ほどかけて、ほぼ通常に歩行できる状態から杖を必要とする状態を経て、車椅子、電動車椅子と徐々に病状は進行しています。その間、12年ほどICT関連の企業でシステムエンジニアとして就労していました。その就労時の最後の1年半ほどは車椅子での通勤をしていましたが、病状の進行とともに仕事以外での身の回りの生活に時間がかかるようになり、通常の勤務時間確保が困難になり退職をしました。

その後2年ほどは、個人で営業しシステム設計や企業のコンピュータの運用相談などの業務を受けていました。何とか少しばかりの所得税を納付する程度の収入を得ることが出来ていました。当時1995年ごろWindows 3.1 のパソコンを購入し書類作成などに使用し始めました。企業就労時にMS-DOSのパソコンをいくらか触っていたせいもあり、多少の戸惑いはあるもののある程度馴染むのに、それほどの時間はかからなかったようです。インターネットも徐々に普及する兆しがあり、ホームページの作成も何軒か知人を頼りに請け負い始めていました。しかし、社会的な信用と言う面で個人での継続的な受注は難しく、かといって、会社組織を立ち上げるには体力的に不安があり踏み切れないでいました。

その頃、チャレンジドの就労を支援するプロップ・ステーションのあることを知り、その団体の主催するインターネットを介した通信講座を受講しました。それを縁に今ではお仕事を頂くようになりました。個人作業というよりは、全国各地のチャレンジドとの共同作業が主です。メーリングリストでの情報や指示の共有、テレビ会議を使用した打ち合わせなどを通して業務を進めています。

仕事をさせて頂くには、健康面や介護の面での留意も不可欠です。健康面では、食事の偏りに注意し、間食をせず、アルコールは嗜む程度です。介護の面では、公費による負担を出来るだけ活用させて頂いて、人の手による介護の負担軽減のため、「リフトの使用」や「簡単に上下の高さを変更できる車椅子使用の洗面台」、「電動ベッドの使用」をしています。自宅では自力で可能な洗面も旅先など自宅外では介護を要します。また、寝返りは出来ないのですが、電動ベッドを使用することにより、就寝の間の介護は不要です。不要ということは、その間自身の自由になる時間を持つことが出来、仕事に充てることも可能だということです。緊急を要する仕事という場合もありますが、共同作業では、工夫や進捗の調整で回避可能なことがあると考えています。

介護の負担軽減に知恵を絞っても、介護が全く不要ということにはなりません。身体のあちこちが弱くなっている高齢の母に介護の負担を掛けたくはないのですが、着替えと電動車椅子への移乗は手伝ってもらっています。母は歳のせいか、日中、ヘルパーの方に介護頂くのは良しとしても、早朝や夜に家人以外の人が家の中にいることには抵抗があるようで、この時間帯には負担を掛けています。(この点話し合う機会が多いのですが、なぜか最後は昔話を聞かされることになります。)母が旅行などで家を空ける際には、予定が分かっているので、※1 「全身性障害者介護人派遣事業」を利用して人の手配が可能ですが、母の急病や急用などの場合には手配が出来ず、仕事にも支障を来たします。現在までのところ友人などの手を借りてしのいでいますが、どうにもならない状況になったとしても不思議はありません。

この点、現在、お仕事をコーディネート頂いているプロップ・ステーションでは、事務所からの通勤圏内の作業者に対して、緊急に介護が必要になった場合に介護者を派遣するシステムを提供して頂いています。人の手配が付くまでのつなぎですが、介護を必要とする在宅ワーカーに、安定して仕事を行える環境を提供し、仕事の進捗を支える上で有効な仕組みです。もしもの時には心丈夫で、何よりの安心を得ることができ、ありがたいシステムです。このシステムは、介護事業を展開するというのではなく、作業者を対象としたものです。しかし、このシステムを長く継続して頂きたいとは思いません。要介護者に対して緊急時の介護人派遣を行える、公的なシステムやNPO、ないし、支援費制度においては、安価にこの種のサービス提供を行う事業者に担って頂きたいと考えます。そのようなシステムに後押しされて、就労に可能性を見出すチャレンジドの方々も多くおられるのではないかと考えます。

客観的な数値データの裏付けを示すことは出来ないのですが、メールを介して色々なチャレンジドと接した思いからすると、ある程度障害が重い場合、働ける残存能力があるにも関わらず、どのようなスキルを身につければ就労の可能性が開けるのか、また、自身がどのようなスキルを習得するのに向いているのかの判断が的確ではなく、回り道をされている方が多くおられるのではないかと考えます。身近に良いアドバイスを提供できる個人や相談機関があればいいのですが、全国津々浦々にそのような個人や機関を育て配置することは、難しい事と思います。チャレンジドの就労について、私はこうやってお仕事を得ることが出来たとか、このような工夫をして在宅ワークを行っている、とかいうような事例を、数多く公開出来るようなスペースが、インターネット上にあれば、必要とされるアドバイス機能の代替が可能、ないしは、代替に有用なのではないかと考えます。更に、今すぐに実現可能というわけではないですが、何千、何万の事例が集まれば、様々な角度からの分析により、障害別・年齢別・障害年数別などによる、より有効なアドバイス参考データを生み出すことも出来るのではないかと考えています。また、そのような事例に、個人の事例だけでなく共同プロジェクトの事例なども含まれれば、チャレンジドと仕事を橋渡しする支援機関の参考ともなると考えます。

チャレンジドの在宅ワークも含めその就労には、多くの解決すべき問題がありますが、就労の道を広げるために、今やれることも色々あると思います。その積み重ねがあれば、10年、20年後、今の若いチャレンジドの皆様が一般的な働き盛りと言われる年齢になる頃を楽しみに思わずにはいられません。

一日のおおよそのスケジュール(日曜日・祭日は休み)

時間 行動
7時30分 〜 9時過ぎ 起床、朝食(食事の支度は要介護、食は自力)、着替え(要介護)、洗面
9時過ぎ 〜 9時30分 新聞など
9時30分 〜 12時 在宅ワーク
12時 〜 13時 昼食、休憩
13時 〜 19時 在宅ワーク
19時 〜 20時 夕食、休憩
20時 〜 21時30分 トイレ、アトピーの治療
21時30分 〜 22時30分 着替え(要介護)、洗面など
22時30分 〜 24時 休憩(親の昔話を拝聴すること多し)
24時 就寝
補足
水曜日は、13時 〜 16時 週1回のリハビリを兼ねた入浴(ヘルパーさんによる介護)。水曜日は概ね休みとさせて頂いているが、入浴以外の時間、通常ワークを行う場合もある。
土曜日、通院(肝機能低下に対する治療、アトピーの治療)のため、半休する場合が多い。

参考(用語説明)

※1 全身性障害者介護人派遣事業
自立して生活する在宅の全身性障害者を対象として、当該障害者が推薦するヘルパーを派遣し、介護サービスを提供します。サービスを受けることのできる対象者は、家庭の状況などによる条件があります。また、所得状況により費用負担が必要な場合もあります。(現在の私の場合、費用の負担はありません。)

部屋の設備などの様子


図4−2−1 B氏の部屋の見取り図

アームリフトについて
身体の昇降は、スリング(釣り具)を胴に巻きつけるとともに大腿の下に入れ、スリングの先をリフトのフックに掛け、有線リモコンの操作にて行う。左右の移動はアームの支柱を人力で動かして行う。スリングの装着、移動には介護者を必要とする。
また、ベッドで使用するリフトのモーターは簡単に取り外しが可能で、入浴都度に風呂場に設置したアームに取り付け、共用している。アームリフトを複数箇所で使用する場合、モーターの費用を削減できる。

調査対象者C氏の生活体験レポート

3例目の調査対象者は、母親(77歳)に家事支援を受けて自宅生活をする京都市在住の女性(50歳)在宅ワーカーである。20年来の慢性関節リウマチのため全身の関節に障害があるが、身の回りのことはほとんど自分でできる。(障害2級)

レポート

リウマチのこと

29歳のときに発病。当時会社に勤務していましたが、そのまま無理を押して仕事を続け、5年後には全身の関節が破壊されて完全に寝たきり状態になりました。両膝、両股関節の人工関節置換手術など、十数回の手術を受けて何とか歩けるようになりました。その後、全身の炎症や痛みを薬でコントロールしながら、リハビリと自宅療養を続けてきました。

現在は症状が安定しているので、ベッドと椅子があれば不自由ながら自力で生活できますが、骨の破壊や症状の悪化を遅らせるために、関節に負担をかけないよういろいろな自助具を使って生活に工夫をしています。家事を引き受けてくれている母が高齢なので、最近では、できるだけ負担をかけないようにこちらが気遣いする場面が多くなっています。

コンピュータとの出会い、そして支援組織との出会いへ

体力が回復するにつれ、何かをしなければという気持ちが強くなり、仕事でワープロを使っていたこともあって、90年ごろから京都府の職業訓練センターでパソコンの講習を受け始めました。車を運転できることが幸いし、何度か講習に通うことができました。95年にはWindowsの講習も受け、コンピュータをより身近に感じることができました。それでも自分のパソコンは持っていなかったので、まだどう活用したらいいのかわかりませんでした。

インターネットが普及し始めた98年にパソコンを購入し、たまたま新聞でチャレンジドの支援活動をしているプロップ・ステーションのことを知りました。さっそくホームページにアクセスしたところ、インターネットを活用して自宅で受講できる「コンピュータ翻訳講座」の募集中でした。当時そのような講座は他にはなかったと思いますが、1年間じっくりと、翻訳のことだけでなくコンピュータのことも教えていただきました。

この出会いによって、生活が大きく変わりました。講習終了後は翻訳やそのほかの仕事をあっせんしていただき、現在は在宅ワーカーとして、電子メールやメーリングリストを通じて、時にはテレビ会議システムでお互い顔を合わせながら、他の在宅ワーカーと共同して仕事をしています。このような形でまた仕事ができるとは想像できませんでした。

チャレンジド在宅ワーカーとして日々感じること

体調に常に不安を抱えているため、障害を持つチャレンジドにとって、気兼ねなく通院や休憩の時間がとれる在宅ワークは、理想的な就労環境と言えるでしょう。回復しないまま無理をして職場復帰をし、他の人に迷惑をかけまいとしてよけいに体調を悪化させ、再入院・手術となった経験があるため、通勤や人間関係のストレスのない在宅ワークは、体力的にはほんとうに楽だと言えます。

とはいえ、引き受けた仕事を期限までに完了するには自己管理が必要ですし、時には体力的にかなりきついこともあります。また、仕事の内容を理解したり、支援組織や一緒に仕事をする他の在宅ワーカーとのコミュニケーションにおいて、毎日職場で顔を合わせて仕事をするのと違い大きなハンデがあります。メールや電話だけでは意思疎通にやはり限界があり、テレビ会議のシステムなどを利用すればある程度カバーできるでしょうが、なによりも、コミュニケーションに細心の注意を払うことが大切だと思っています。

仕事を処理することに追われて、新しいソフトをマスターするなどのスキルアップの機会が少ないことも不安要素です。新しい技術や知識を身につけたいと思っても、時間や体力、経済的な制約があり、なかなか叶いません。オンラインで必要なときに希望の講習を受けられたらどれほどいいでしょうか。

「何かをしたい」という思いから始まって、ここ数年の間に、偶然にも、というより幸運にも、可能になる条件が整ったことが在宅ワーク実現につながったようです。何よりも就労支援組織の存在が大きかったと言えるでしょう。

障害者の就労支援についてさらに制度的な整備がなされ、就労支援機関のサポートを受けて、もっと多くのチャレンジドが在宅ワーカーとして活躍できることを、心から願っています。

一日のおおよそのスケジュール(日曜日・祭日は休み)

時間 行動
8時 〜 8時30分 起床・洗面・身支度
8時30分 〜 9時30分 朝食・家事・新聞
9時30分 〜 11時 在宅ワーク・メールチェックなど
11時 〜 14時 買い物・家事・昼食・休憩
14時 〜 17時 在宅ワーク
17時 〜 20時 家事・夕食・休憩
20時 〜 21時30分 入浴など
21時30分 〜 24時 在宅ワーク
24時 〜 就寝準備・就寝
  • 注)通院や体調不良で休んだ場合は、日曜・祝日にも振替で作業することがあります。

自室で作業している様子。


図4−3−1 作業中の様子

調査対象者D氏の生活体験レポート

4例目の調査対象者は、家族に生活全般の支援をされながら、自宅生活をする大阪府在住の重度の筋ジストロフィーの女性(24歳)である。最近は、以前見学したことのあるプロップ・ステーションの在宅ワークメンバーとしても活躍する予定である。

レポート

生後4ヶ月で「先天性筋ジストロフィー症」と診断され、その後、3度の筋生検で「メロシン欠損による先天性筋ジストロフィー症」と診断されました。

現在は体調の良い日はコンピュータを使い、スーパーマーケットの食料品売り場で販売促進用に使われる商品特徴や値段などが書かれたプライスカード・ポスターを作成しています。

私は、小学校・中学校・高校は普通公立学校へ通い、高校卒業後は得意だった英語を学びたいと思い英語専門学校へ2年間通いました。その学校生活14年間の登下校は小学校・高校・専門学校は車で母が送り迎えをしてくれました。中学校は家から徒歩10分程の距離だったので電動車椅子で友人と登下校することができました。

私は力がとても弱く、介護なしでは1人で行動・作業することはほとんどできません。私が自分でできることは、電動歯ブラシでの歯磨き、食事、そして、コンピュータを使うことです。コンピュータは市販されている液晶ペンタブレット式のものを使用しています。しかし、コンピュータをセットするのは家族やヘルパーさんの手助けが必要です。

就寝中、床ずれ防止のために数時間おきに母に寝返りをさせてもらっています。風邪を引くとすぐに気管支炎となり1ヶ月ちかい入院となるので、健康管理は自分でできることとして朝・夕のうがいをしっかりとしています。そして、週2回の訪問看護で看護師さんに健康チェックをしてもらっています。その週2回の訪問看護の同時間にホームヘルパーさんをお願いしています。そして、看護師さんとヘルパーさんに足欲、気候の良い時は洗髪をしてもらいます。週1回、訪問リハビリ・マッサージも受けています。

月に一度、病院へ診察に行きます。その時は、母とガイドヘルパーさんの付き添いを必要としています。病院では毎月、血液検査を受けます。そして、その結果を担当の先生にチェックしてもらい、障害の状況の説明、これからのアドバイスを頂いています。
私がコンピュータを使い始めたのは高校1年生です。そのきっかけは、高校生になった時から私の苦手な科目を教えてくれていた家庭教師の勧めでした。でも、高校3年間は学校の勉強が精一杯でほとんど使用することはありませんでした。

本格的に使い始めたのは高校3年生で、進学先が決まった卒業前の1月頃です。ソフトの使い方はガイドブックを見て、ワープロソフト、表計算ソフトを中心に勉強しました。ガイドブックを読んでも理解できない時は家庭教師の先生に質問するか、ソフトメーカーに直接電話をして質問しました。

家庭教師の先生は私が英語専門学校卒業後までコンピュータの新情報を持って、毎週のように私の家に来てサポートしてくれました。
仕事を始めようと考えたのは専門学校に入学した年の夏休みのことです。私は、友人達のように夏休みに何かアルバイトがしてみたいと両親に話をしたところ、食品卸売会社に勤める父が、自分が忙しくてなかなか作成することのできないワープロソフト、表計算ソフトを使っての書類作りの仕事を私に任せてくれたことが始まりでした。

そして、もっと違った仕事もできれば嬉しいだろうと思い、ドローソフトを購入して勉強していると、父からスーパーマーケットで使用する商品特徴を書いたポップと呼ばれるカードを作ってほしいと言われ、必死に使い方を勉強したドローソフトでポップを作成しました。そして、その私の作品第一号が実際にスーパーマーケットで使われ、それが店員さん・お客さんから好評だったと分かり、父からいろいろな商品や野菜のポスターの作成依頼を受けるようになりました。

そして、それが、専門学校卒業後、私の仕事として続いています。私は自分自身の事、私が身につけた能力をより多くの人に理解してもらい、在宅で体に無理をしないようにコンピュータを使い、社会参加していくことができれば良いと考えています。

事前に行った聞き取り調査による補足
数年前、まだこの女性が専門学校生で通学が可能だった頃に、彼女の母親がプロップ・ステーションのセミナーを見学したが、その時は学校に通うのが精一杯で、セミナーに通うことまでは無理と断念した経緯がある。卒業後、全くの在宅になったことから、ぜひプロップ・ステーションで活動をしたいという本人からのメールと強い意志の表明を受け、家庭訪問と同時に、聞き取り調査及びレポートの対象として依頼をすることになった。この女性は重症の筋ジストロフィーのため、最近は外気にあたることが難しくなっており、ベッドの上に座って、ペンタッチ液晶パネルを使ってイラストや、商店のポップを描く仕事を請け負っている。長時間に及ぶ作業は体力的にも困難で、2〜3時間程度。
近々、自宅に光ファイバーを導入し、パソコンも最新のものに買い替える予定もあり、グラフィック系の仕事に対する意欲を見せている。またプロップ・ステーションのグラフィック系作業グループに新たに登録された。

業務依頼のある一日のおおよそのスケジュール(日曜日・祭日は休み)

時間 行動
7時 〜 9時 起床、洗面、清拭、着替え、超短波治療器で体のこりをほぐすなど
9時 〜 10時 朝食、歯磨き、など
10時 〜 11時30分 業務チェック、メールチェック
11時30分 〜 13時30分 休憩、昼食
13時30分 〜 15時 業務
15時 〜 16時30分 休憩
16時30分 〜 17時30分 メールチェック (余力のある時は業務)
17時30分 〜 19時 休憩、夕食
19時 〜 22時 自由時間
22時 〜 23時30分 着替え、洗面、歯磨き、超短波治療器で体のこりをほぐす
23時30分 〜 就寝
補足:
週2回、火曜日・金曜日、病院の訪問看護とホームヘルパーさんの介護を受けています。月曜日の14時半から1時間、訪問リハビリ・マッサージを受けています。

自宅室内にて液晶ペンタブレットを使い作業している様子。


図4−4−1 作業中の様子

就労後の生活実態調査のまとめ

通常、重度の身体障害を持つ者が継続的に職につくのは困難とされており、このような状況下で継続的に在宅就労している例は稀と言ってよい。これらの対象者を実態調査し、在宅就労が可能となった主な要因を調べることで、本当に必要なものは何か、を探り出してみる。

在宅ワークが可能になっている要因

A氏の要因

  • 高校時代に、コンピュータ関係の基礎は一通り学んでいてパソコンの操作にはそれほど苦労が無かったこと。
  • 精神・肉体的に安定して健康管理が出来始めたころに、ICTが発達し始めたこと。
  • 本人の活動をサポートしてくれる就労支援組織などが、本格的に活動を始めたころだったこと。
  • 全体の障害は非常に重いが、天井走行リフトなどをうまく利用し、作業時間を作り出せていること。

B氏の要因

  • 17歳のとき、自分の病状を知り、先を見越した進路・職業を選んだこと。
  • チャレンジドの在宅就労支援組織を知ったこと。
  • パソコン操作には支障が無かったこと、またシステムエンジニアとしての12年ほどの経験があること。
  • 実家が在宅ワークをするインターネット環境が、十分な地域であったこと。

C氏の要因

  • ワープロからパソコンへ、キーボードへの抵抗がなかったためスムーズに移行できたこと。
  • 移動手段として車を運転できたことが、講習に参加するなどパソコン技能習得につながったこと。
  • インターネットが普及したこと。
  • チャレンジドの在宅就労を支援する組織の存在。

D氏の要因

  • 本人も家族もまだ若いので、家庭教師や家族などの理解、協力が十分得られ、生活や仕事全般の支援を受けることが出来ていること。
  • 幼いころの発病だが、小中高と普通公立学校へと通い、コンピュータに知識のある家庭教師に出会い、その熱心なサポートがあったこと。
  • パソコンの操作に関してタッチパネルなど自分に合った機器を工夫しながらうまく使いこなせていること。
  • 光ファイバーの設置や最新のパソコンなど、在宅ワークに非常に適した環境があること。

要因の分析

要因をこう列挙してみると、これらの調査対象者は特殊な例に見えるかもしれないが、他の在宅ワークを望む障害者にも当てはまる、3つの要素とも言える手がかりが見えてくる。(図4−5−1)在宅ワークを可能にするポイントを参照

分析によるまとめ

時代背景などは幸運にも後押ししてくれてはいるが、上述の3つの要素がバランスよく機能して、初めて重度障害者の在宅就労の道が開けると言える。例えば、一般の営利を優先する企業などからの仕事を受注したと仮定してみる。その場合、いくら本人が優秀で生活環境が良くても、企業の利益を優先させることにより、在宅ワーカー本人のスキル・体調・障害から来る影響などを無視せざるを得なくなる。その結果、在宅ワーカー自身が健康や日常生活で大変なリスクを背負うことを余儀なくされる可能性が高い。現実に仕事を断りたくない一心で、無理な受注を受け、体調を悪化させたチャレンジドも少なくない。

現在の状況では就労支援組織などが、企業とチャレンジドのクッション的な役割を担うのが最も自然な形であろう。行政機関などがその役割を果たすには規制・法律などの縛りを受け機動性を欠く可能性が大きい。また、仕事上において本人に最低限の能力・自覚や責任感がない場合は、当然話しにならない。通信環境などは物理的要因とも言い換えることが出来る。つまり環境が悪ければそれなりの仕事しか望めない。(単発のデータ入力などの仕事)

しかしながら自分の重度の障害をうまく管理しつつ、仕事の品質も落とさず自己啓発を続けるのは簡単なことではない。それなりの社会経験や年数を積み重ねることが前提条件となる。また本人の希望とは裏腹に、健康の阻害や一部の悪質な営利企業に騙される、といったようなリスクを恐れる家族が、猛反対する場合も少なくない。初期の設備投資に相当な費用がかかるということも、思い切って一歩を踏み出せないひとつの要因になっている。

この要因のリスクについては、在宅ワーカーへのアンケートの【図a−5−6】「問6」の「健康管理」の回答に「特になにもしていない」は3件しかないことや、【図a−5−35】「問35」の「自由形式の記述」にも、「資金を払うのや、詐欺まがいのものが多く」とか「眉唾ものが多いように」などの回答があり、ある程度認識されているようである。また、費用についても、【図a−5−2】「問2」の「パソコンを使い始めた頃の苦労」の「パソコン本体や周辺機器購入に費用がかかる」の件数が最多であることから要因と考えられる。

在宅ワーク環境に関する考察

在宅ワークについて

パソコンやインターネットの普及により、チャレンジドの在宅雇用やSOHOなどの在宅就労が可能となってきた。通勤による体力的な負担やストレスが軽減され、より仕事に集中できるようになる。病気や怪我による障害のため従来の就労が困難になっても、在宅雇用なら可能な場合もある。重度のチャレンジドでも、自宅で家族やヘルパー、医療従事者の介護を受けながらも、仕事をすることによって社会参加が実現できることになる。

ただ、在宅ワークに就くことができても、仕事を継続するためにはさまざまな問題をクリアしなければならない。すさまじいスピードで進化するコンピュータ技能を次々と職能レベルで身につけることはチャレンジドにとって容易ではない。新しいハードウェアやソフトウェアは仕事を続けていく上でどうしても必要となってくるが、インターネットの接続費用とも合わせて、個人で負担するには重過ぎる。

在宅ワーカーへのアンケートの【図a−5−3】「問3」の「パソコンで在宅ワークを始めてから一番苦労したこと」についての回答では、「本体のアップグレードや通信費に費用がかかる」が最も多く、また「新しいソフトウェアを使うとき知識が追いつかない」と回答した在宅ワーカーも多かったことからも、スキルアップや費用負担が在宅ワーカーにとって重い負担となっていることが伺える。「問35」の自由記述欄への回答として記載された「仕事に結びつく高額ソフトへの資金援助制度およびネット上での安価な講習制度」への要望も、スキルアップと費用負担がチャレンジドの在宅ワーカーにとって仕事を継続するためのネックとなっていることが読み取れる。

また、健康管理も重要な問題である。在宅ワーカーへのアンケートの【図a−5−6】「問6」の「仕事をする上での健康管理」についての回答では、「特に何もしていない」人が3人しかなく、ほとんどの人が何らかの対策をとっていることがわかる。しかし、実際はいったん仕事を抱えると、納期に追われ、また次の仕事への配慮から無理をして健康管理はおろそかとなり、体調を崩して時には二次障害につながるケースもあり得る。在宅ワーカーのネットワークを通じて仕事の配分や調整のできるコーディネータの存在が必要であり、重要となってくるのである。

これまでチャレンジド在宅ワーカーへの支援活動は、プロップ・ステーションやトーコロ情報処理センター職能開発室などの社会福祉法人や、一部の民間支援組織などが担ってきた。在宅ワークによってチャレンジドの雇用・就労が促進されることはことさら言うまでもないが、本人や家族、民間の支援組織の努力だけでは対象となる人が限られてしまうことになる。当面は、先進的な就労支援組織の活動を公的機関が側面支援するという方策を探るとともに、将来的には、チャレンジドの在宅ワーカーが抱える問題にトータルに対応できる、公的な安定した支援システムが制度化されることが求められていると言えるだろう。

在宅ワークの利点 在宅ワークの問題点
  • 通勤による心身の負担が軽減される
  • 自分にあった安心できる環境(家族のサポート、トイレや身体を休めるベッドなど)で仕事ができる
  • 体調に合わせて仕事ができる
  • 重度障害者でも就労が可能となる
  • 生活の場と就労の場を区別できない
  • 健康管理がおろそかになり、二次障害につながるおそれがある
  • パソコン技能の進歩に追いつけない
  • ハード・ソフトウェアなどの経済的負担が重い

在宅介護について

在宅で介護を受ける必要があるチャレンジドは、差し当たりは家族が何らかの介護及び支援をする場合が殆どだが、様々な事情により、ヘルパーなどの公的及び民間の介護サービスなどの支援が必要になることがある。実態としては、サンプル数が少ないものの、在宅ワーカーへのアンケート【図a−5−31】「問31」において何らかの「介護が必要」と答えたチャレンジドの内、実に9割弱は家族が介護の中心を担っている。

本人の体験事例レポートにおいてもB氏やC氏のレポートでは、介護を必要とするチャレンジドが家族に気を遣いながら、家族の介護・介助を受けている。在宅ワーカーへのアンケート後のヒアリングでは、過度の気遣いは、「我慢」となり、障害を悪化させる場合が充分にあり得ることを示唆するものであった。一方、レポートにこそ報告されていないが、家族にとり高齢になればなるほど、その負担が増すことは一般的にも認知されるところであり、介護を一手に担う家族の負担は大きい。

介護を要するチャレンジドと高齢をおして介護する親との組み合わせには、安定した介護の供給に厳しい面がある。兵庫県在住B氏のその後のヒアリングによると、ヘルパーなどの手を借りながらも、高齢の母親に介護を受けている状況であり、首都圏近郊に住む姉夫婦とB氏の間での話し合いが持たれたという。姉夫婦の「介護は家族がするもの」との考えにより、その近くへの引越しが検討されたそうである。B氏は核家族化の定着した現代では、介護を家族内での問題として済ますべきではないとの考えを持つ。家族内での介護にも、もちろん、良い点があることは否定できるものではない。ただ、『緊急時の対応』をB氏の友人達に求めるということで、家族からの納得は得たものの、確実に対応が保証されるというものではない。

欧米などでは、第三者によるヘルパーの派遣サービスなどが既に当然のように行われているが、日本ではまだ馴染みが薄く問題点も多い。実際、国内のある民間の介護サービス組織が全国的に大規模なサービスを提供しようと事業展開を始めたが、計画通りいかず大幅なリストラの後、一部撤退を余儀なくされた経緯もある。また負担費用の大きさについても問題は残る。

訪問介護サービスを充分に活用するにあたり、問題となる要因としては地域社会の崩壊・核家族化、今まで介護を担ってきた、女性を中心とした家族たちの高齢化や意識の変化ではないだろうか。また介護サービスの人達が夜間自宅に入ることに拒否反応を起こす人も多く、国民性の問題とも言える。

家族介護を中心としながらも、介護保険制度の適用でのヘルパーや全身性障害者介護人派遣事業の利用も広がっており、家族に偏った介護負担も若干は軽減されつつある。D氏のケースでは、看護師とヘルパーの訪問を同じ時間帯に受け双方の負担をうまく軽減している。ご本人のお歳も若く、ご両親もまだ若いが、それでも夜間の2時間ごとの寝返りや介護の負担は重いと想像できる。

D氏も含め、定期的に家族以外の介護を受けているチャレンジドの場合、『緊急時の対応』への不安は残る。特に高齢の片親と介護を要するチャレンジドなどの家庭の場合、その不安は大きい。緊急時の発生とともに、急に生活が立ち行かなくなり、仕事どころではなくなる。この点について在宅ワーカーへのアンケート回答者の内、5名の方々に電話またはメールにより追加の聞き取り調査を行った。

表4−6−1 介護についての聞き取り調査結果
  E氏 F氏 G氏 H氏 I氏
同居ご家族

父(60歳代)

母(60歳代)

弟家族

父(50歳代)

母(50歳代)

母(70歳代)

父(60歳代)

母(60歳代)

祖母

ご本人の年齢 30歳代 20歳代 40歳代 50歳代 30歳代
主たる介護者
家族外の介護者 なし

ヘルパー

平日1〜2時間

特になし今後ヘルパーを利用したい ヘルパー週1回の入浴介護 ヘルパー週2回の入浴介助
緊急時の介護の依頼先 父や弟 なし
短期入所施設の利用を考えるが近くに無い
有料介護サービス、短期入所施設の利用
実情を把握していないので不安
姉妹、短期入所施設の利用
将来的な不安 あり あり あり あり 回答を得ていない

今回の聞き取りでは、G氏のように同居家族が1人だけでしかも高齢という差し迫った状況の方はほかにはない。日常主として介護を担う方の介護が受けられなくなった際の緊急時の対応は、血縁者と短期入所施設の利用である。しかし、どちらの対応にも不安は拭えないようである。血縁者の場合でもその時の状況で頼むことが難しい場合もあろうし、短期入所にしてもその時々の施設の都合で入所できない場合もある。在宅ワークの仕事を責任持って行うことを考えた場合、緊急の対応の選択肢に短期入所施設を入れることには疑問を呈する。入所できたとしても、その施設内で仕事を続けられるとは思えない。今のところ、特定の人物以外の代替が難しく継続的な在宅ワークを得ている方は、アンケート対象者にほとんどいないようであり、緊急時の対応を深く考える状況に無いためだと考える。しかし、将来的に、責任のある仕事を行うチャレンジドを増やしていくには、当事者や家族だけの問題ではなく幅広く社会システム全体の問題としての捕らえ方が必要となるのではないか。

一般の健常者の在宅、あるいは通勤の業務においても、病気や事故によるトラブルはあるが、チャレンジドの場合、さらに深刻な状況も考えられる。B氏のレポートにあるプロップ・ステーションが独自に行っている緊急時の介護者派遣は、介護を要するチャレンジドの安定した就労環境に有効であり、ICTの活用で広がりつつある就労間口をより一層広げることに繋がると考える。このような仕組みは、一つの就労支援組織における実験的な取り組みに留めることなく、早急に公的な制度とされることが必要である。

施設入所について

身体障害者療護施設は2002年8月現在全国に424箇所あり、年々その数を増やしている。通常、どこの療護施設も開所してから1年以内にはすべての床が満床となるのだから、その役割は非常に大きいと言わざるを得ない。だが、入所者のさまざまなニーズや時代の変化により、古い医療、養護政策ではすでに対応しきれなくなっている部分が多いのも事実である。

今の療護施設制度は、インターネットなどが普及するとは考えもしなかった時代に作られたものであり、最初から療護施設入所者は働けない、という偏見の上に成り立っているとも思える。今後、時代とともに施設内からでも就労できる可能性を持った入所者は増加すると思われる。処遇についても集団処遇型で、本人の自立を尊重するケアがなかなか行き届かない。現在は、療護施設利用者の為の療護施設というよりは、重度障害者の家族の負担を軽減するための受け皿、といった役割のほうがむしろ強い。※1 重度身体障害者授産施設という、働くために支援してくれる施設もあるにはあるが、現実には入所者は自己処理(自分のことは自分ですべてできる)出来なくてはならず、部分的であれ介助の必要な人は入所することが出来ないようになっている。

つまり障害等級1〜2級程度の介助の必要な重度障害者は、実質的に利用することが出来ない。おのずから、介助の必要な重度障害者は、なんらかの事情で療護施設での生活を余儀なくされた瞬間、働く能力や意志を残しながら、一部の物理的環境に恵まれた人達以外は、働くことを諦めるしかない現状である。今現在、こうした隙間とも言うべき箇所に、何らかの制度を盛り込む必要が生じているといえる。平成15年4月より、現在の措置制度から支援選択制度に変更されるのは、利用者の多様化するニーズに対応する、という意味では一歩前進の感があるが、どの程度効果があるかは今後を見て決めるしかない。

参考(用語説明)

※1重度身体障害者授産施設
重度の身体障害者のためある程度の作業能力を有しながら、特別な施設と職員を準備しなければ就業不可能な身体障害者に対して、入所により施設内で自活させることを目的とする施設。

納税のオンライン化について

納税のオンライン化についての現在の社会状況

国内の状況

パソコンやインターネットの普及拡大に伴う、社会全体の情報化及びペーパーレス化の急速な発展に対応し、現在、電子政府の実現に向けた各種取組みが行われている。

平成14年12月13日(金)に公布された電子政府・電子自治体の推進のための行政手続オンライン化法が、平成15年2月3日(月)から施行された。2003 年度までに1万件にのぼる行政手続きを電子化し、オンライン化の実施によりペーパーレスで行える基盤が構築される計画であり、2005年には全ての国民が、インターネットを活用して、情報の入手・処理・発信を安全・迅速・簡単に行えるように、環境が創造・整備される予定である。

電子政府の実現により、国民の誰もが行政サービスを時間や場所に関係なく活用でき、特に申請や届出などをするために費やされる時間・お金・労力が、より有益なことに使うことができるようという趣旨による。また行政サービスの質的向上、事務の効率化も期待される。

海外の状況

米内国歳入庁(IRS)は、2002年3月上旬の段階で、家庭から電子申告を行う者が前年度同時期と比較して、約480万人増加していることを明らかにした。これは、前年度比、約40%の伸びとなる。

IRSでは、個人納税者向けの無料電子申告ソフトは提供しておらず、電子申告を利用する者は、市販の納税ソフトを買うか、あるいは、IntuitやH&R Blockなどが提供する有料のWebサービスを利用する必要がある。 米議会は、2007年までに納税申告の80%を電子化するという目標を掲げている。

韓国では、昨年7月から法人税、所得税など、すべての税金の納付請求書をオンラインで受け取り、オンラインで納税できるシステムが実現している。 納税者が税務署を訪れるか、郵送でオンライン利用手続き登録を行えば、オンライン納税請求や、国税庁に対する電子メールで納税額を知ることが出来る。また、納税者がインターネットバンキングを利用して税金を払えるようにし、国税庁電算システムの故障によって税金納付期限を越えた場合には、税金納付期限を故障復旧日の翌日まで延長できるようにした。

重度の障害を持った就労者の納税について

現在においては、本人もしくは家族などが直接税務署の窓口に出向くか、郵送による申請しか対応していないようである。一般の健常者においても煩わしく時間のかかる手続きであり、重度の障害を持った者にとっては尚更多大な労力を要する。小額の還付金などを受け取るために、時間・労力・交通費などを支出するくらいならと、諦める場合も多い可能性があり公平性という面で欠けているともいえる。また申告漏れなどにより、加算税や延滞税の支払い義務が発生するというおそれもある。

すべての行政手続のオンライン化が待たれる。また、オンライン化に際し、様々な障害を持った人達のWebアクセシビリティについても、可能な限りは考慮に入れるべきである。納税について、在宅ワーカーへのアンケートでは、「 問27」、「問28」で確定申告に際してのインターネット利用を尋ねている。【図a−5−27】「問27」より半数以上が「確定申告をしたことはない」状況だが、【図a−5−28】「問28」では、7割弱がインターネット利用の意向を持っている。

オンライン化による主な利点

  • 手続きの負担軽減
  • 行政事務の効率化
  • 電子商取引促進及び教育情報化
  • チャレンジドのアクセシビリティ改善

インターネットバンキングについて

総務省郵政研究所が、2001年度に実施した全国調査「金融機関利用に関する意識調査」(第7回)を2002年4月17日に発表した。結果概要では、インターネットバンキングの利用について、インターネット利用者の約半数が「便利」としながらも「セキュリティ上不安」と認識している、と報告されている。

実際に利用した感想としては約80%が「24時間利用できるので便利」、「店舗に出向かなくてもサービスが受けられて便利」と利便性について高い評価をしている。また「インターネット利用者かつインターネットバンキング未利用者」でも、40%強がこの2点に期待をしているようである。

一日24時間、自宅のパソコンがATMのように使えるこのサービスは、物理的に移動が困難なチャレンジドや、忙しくて銀行に行く暇がない人にだけでなく、金銭管理に対してもメリットがある。

残念ながら、お金の出し入れは銀行に出向かなければ無理だが、使ってみてかなり便利だと感じるのは、入出金明細の照会などである。残高はもちろん、最近の引き落としや振込の結果などが確認できるのは、通帳記入などの困難なチャレンジドにとっては、非常に有用なサービスである。振込をするにしても、銀行へ出向く時間やコストを考えると、家にいながらにしてお金が動かせるというのは、革新的といえる。さらに窓口やATMより取扱い時間が格段に長いので、深夜でも振込予約をしたり、明細を確認することが可能である。毎月の基本利用料がかかる場合もあるが、振込手数料がATMより安価な場合が多く、頻繁に振込をする必要がある人の場合などは特に効果的である。

オンライントレーディングについて

オンライントレーディングで株や証券を売買することも、在宅就労のひとつの手段として数えられるのかもしれない。1999年10月に株式手数料自由化が実施された。従来の株取引は、実際の店舗を持った証券会社がメインで、手数料も一律で決められていた。そこに、手数料の自由化とインターネットの普及によって、格安な手数料と24時間自宅から簡単に操作できるオンライントレーディング(ネットトレーディング)を中心に提供するオンライン証券会社が参入してきた。

チャレンジドにとって最大のメリットは、自宅からパソコンで操作できることと売買手数料(株式売買委託手数料)の安さではなかろうか。殆どの場合、店頭よりも手数料が安価である。ただし、これとは別にネット利用料や情報サービス利用料などがかかる場合もあるが、無料というところが多数になりつつある。

当然ながら、パソコンと通信設備がないと利用は出来ない。セキュリティ面を考えても、自宅からパソコンでアクセスするか、iモードなどで利用できることが最低条件となるだろう。また、パソコンのトラブルや、サーバダウンなどの時に、思うように取引ができないという可能性もある。この場合は、コールセンターがあれば、電話でも注文できるが、サーバダウン時はネット料金で取引できる場合が多いのに対し、パソコン本体のトラブルの際には、通常の電話注文扱いになってしまい、売買手数料が高くなる。

投資相談が受けられないことも、デメリットのひとつである。また資産運用としてのリスクは大きいが、今後、株式売買の利益で生計を立ようとするチャレンジドが現れる可能性が無いとは言い切れない。

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