阪神淡路大震災から22年の今日、思うこと

2017年1月17日


*阪神淡路大震災で全焼したナミねぇの自宅。(神戸市東灘区)

阪神淡路大震災から22年が過ぎ、神戸では震災を体験していない世代が増えていますが、全国各地で大きな災害は頻発しており、東南海地震もリアルなものとして感じられる状況になっています。

毎年書かせていただいていますが、私の実家は22年前の阪神淡路大震災で全焼しました。
また昨年は、母の故郷熊本も震災にみまわれました。
東日本大震災で行方不明になった多くの方々は、未だ家族の元に帰っていません。

「日本という同じ船に乗る私たち」は、お互いの体験を共有し、支え合い、智恵を寄せ合って生きていかねばならない状況にあります。

災害は過酷なものではありますが、人と人が繋がり合う契機でもあります。
どうやって助け合うのか、支え合うのかを、改めて学ぶこともあります。

22年前の、阪神淡路大震災以降に使われ始めた「コンピュータネットワーク」は、今や誰にとっても身近なものになりました。
性別も、年齢も、国籍も、障害の有無も越え、支え合うことが可能になりました。
障害が重くても、ベッドの上から社会に参画し、働くことも可能になりました。

プロップ・ステーションでは、阪神淡路大震災を体験したことで、繋がり合うことの意義を体得したチャレンジドやその家族、関係者たちが、コンピュータネットワークを駆使して活動してきました。

マイナスの中に、プラスのタネがあることを、私たちは知っています。
災害を越えていくパワーを、私たちは持っています。

天災を無くすことは出来ないけれど、対処するすべを強化し、支え合う力を一層育んで行きたいと思います。
ぬくもりに満ちたコンピュータネットワークを構築し、一人一人の力が生かせるよう、プロップ・ステーションとして頑張りたいと思います。

阪神淡路大震災から22年の今日、改めて心に誓う、ナミねぇです。

<by ナミねぇ>

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