生きて行きましょう、一緒に。
(今日は、娘マキの病棟での誕生会・・・)

2011年3月17日

兵庫県小野市にある「国立病院機構 青野原病院 重症棟」で生活する娘マキの、今日は「お誕生会」でした。
神戸の自宅から約100q、車を飛ばして病院へ。

娘マキは2月2日で38歳になったんやけど、今日の「お誕生会」は、2-3月生まれのチャレンジドたちの、合同誕生会。
悠久の時を生きるチャレンジドたちにふさわしい、穏やかで、ゆるやかで、まったりした「誕生会」。
看護師さんたち手作りの、温かさにあふれる「誕生会」でした。

重症心身障害のマキは、38歳にして、まだ私のことを「おかん」とは認識できない、
ベイビィ・タイプ。
視覚は「明暗だけが分かる全盲」
聴覚は「聞こえるけど意味は全く理解不能」
言語は「機嫌の良いときと悪いときで声の調子が違う」
身体は「手を引くと、少し歩ける」

でも最近、話しかけると笑顔をいっぱい見せてくれるようになり、時々手を握り返してくれるなどなど、私にたくさん、たくさんの喜びをくれてます。

今日のマキのトピックは「帽子がかぶれるようになった」こと。
頭に何か乗っかると、すっごく嫌がって(怖がって!?)、速効で払いのけてたマキが、なんと38歳にして「帽子をかぶれる」ようになたんです。
寒いときの「フード」も、OKになりました。

記念の写メを撮ったんやけど、残念ながら超ピンぼけでご紹介できず、ゴメンなさい!
次なる機会には、自慢たらたらの写メを見せるから、乞うご期待!!

38年間かけて、生後数ヶ月分発達したマキだけやなく、重症棟のチャレンジドたちは、みんなみんな悠久の時を生きています。
なにしろ、トップを走るのは今日の「誕生会」のために、何ヶ月も練習して「おあああう〜(おめでとう)」と言えた「まりちゃん(40歳)」なんやからね(^_^)
まりちゃんの「おあああう〜(おめでとう)」には、病棟中の看護師さん、家族から「おおおおぅ〜!!!」という、感嘆の声が上がり、拍手が送られました。

どの子も、両親にとっては宝物。
何歳になっても、何十歳になっても、お誕生日はスペシャルデー。

今日の小野市は、ぼたん雪が舞う寒い一日やったけど、病棟に集うすべての人が、ほっこり温まって帰路につきました。

「生きているだけで素晴らしい!」
それが我が子、それが家族です。

でも大震災は、多くの人から家族を奪いました。
愛する人を奪いました。
こんなに悲しいことはありません。
こんなに理不尽なことはありません。
そんなん、絶対あってはならんことです。

でもそれが起きてしもうた。
16年前の神戸でも、今、東北・関東全域でも・・・

私たちは、乗り越えられるんやろうか・・・
私たちは、こんな理不尽なできごとから再生できるんやろうか・・・

きっと出来る。
きっときっと出来る。
きっときっときっと出来る。

亡くなった人たちの分も、生きてみせるという意志を持って。
亡くなった人たちを、心の中で大切に大切にしながら。
亡くなった人たちと、心の中で向き合い、語り合いながら。
あなたたちの死を、絶対無駄にせぇへんで!と、唇を噛みながら。

悲しいけど。
苦しいけど。
人間に与えられた、イマジネーションという名の、再生への翼を羽ばたかせて。

生きて行きましょう。
生きて行きましょう。
生きて行きましょう。

一緒に。

<by ナミねぇ>

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