厚子さん第22回公判 「最終弁論」(要約)

2010年7月6日

 

「最終弁論」(要約)

第1 総論
1 検察ストーリーの不合理性
(1) 不合理な動機の設定とその変遷

 検察官は、冒頭陳述で、国会議員の要請を受けた元厚生労働省障害保健福祉部長(以下「元部長」)は「国会において紛糾することなく予算や法案を成立させるなど円滑な行政運営を実現するためには、常日頃から有力国会議員の機嫌を損なうことなくその依頼案件を処理するという配慮が必要であると考え」たと主張し、その元部長から指示を受けた被告人は、本件は「凛の会」の実体がいかなるものであれ、「凛の会」に対し、公的証明書を発行することが決まっている「議員案件」であるという動機を有していたと主張した。
 しかしながら、「円滑な行政運営の実現」のために「有力国会議員の機嫌を損なわない」ようにするという一般的な要請は、犯罪の動機としてあまりに薄弱であり、このような検察官の主張によれば、すべての行政が常に「有力国会議員の機嫌」によって左右されることになるのであって、常識外れの主張というほかない。
 この動機の点について、検察官は、元部長の検察官調書においては、「平成16年2月下旬ころには、厚生労働省障害保健福祉部は、・・いわゆる障害者自立支援法を迅速、かつ、円滑に成立させて、障害者福祉行政の円滑を図らなければならないという最重要、かつ緊急の課題を抱えていました」として、元部長は「緊急の課題である障害者自立支援法を円滑に成立させる」ために、(口利きをした有力)国会議員(以下「議員」)の機嫌を損ねたくないと思い、凛の会への公的証明書の発行を引き受けたと、具体的な動機を記述していた。
 しかし、障害者自立支援法の制定経過からして、上記のような事情が本件の動機となる余地は、全くない。すなわち、本件当時の平成16年2月ころは、前年の4月に始まった支援費制度が予想以上の利用の拡大から財政難に陥りつつあることが次第に判明していた時期である。厚生労働省障害保健福祉部において、その点の一般的理解を得るために、その財政上の問題をとりまとめて発表したのが平成16年4月30日であった。その後、この問題の解決の方向は、財源を介護保険に求めることになり、同年8月ころには、そうした趣旨の提案が審議会にかけられるに至った。しかし、そこでの議論は期待されたように進まず、根本から議論をやり直すこととなり、その結果、障害者自立支援法につながる考え方が、同年10月にグランドデザインとしてとりまとめられた。そして、それに基づく法案が同年12月ころに作成されて、翌年1月に始まる国会に提出された、というのが障害者自立支援法の制定経過である。
しかし、このような経過を把握していなかった大阪地検特捜部は、「障害者自立支援法の円滑な成立」という動機を設定し、主任検察官の指示のもとに、平成21年6月7日付け、翌8日付けで、一斉に、当時、障害者自立支援法の成立が緊急の課題であり、元部長や被告人がその成立に向けて奔走していて、そのため民主党有力者の意向を過度に尊重せざるを得なかったかのような、まったく客観的事実に反する検察官調書を多数作成した。その上で、前記のように、同月15日付けで、動機を「自白」する元部長の検察官調書を作成したのである。
ところが、平成21年6月下旬に至って、ようやく、平成16年2月ころには障害者自立支援法など影も形もなかったことに気づき、「障害者自立支援法の円滑な成立」に代えて、きわめて漠然とした「議員案件」を動機として据えることとなったものである。
この本件犯行の動機に関する迷走ぶりは、検察官が、合理的な犯行の動機が見出せなかったことを示している。

(2) 組織ぐるみの犯行という主張の矛盾
検察官は、冒頭陳述で、倉沢の要請を受けた議員は、元部長に対して公的証明書の発行を要請し、元部長はこれを了承して、被告人に対して公的証明書の発行に向けた便宜を図るよう指示し、その指示を了承した被告人は、「凛の会」の障害者団体としての実体に疑念があることを知りつつ、(当時の)社会参加推進室長補佐、係長ら(以下「部下」)に公的証明書の発行を指示し、その結果、部下は、その団体の実体がどのようなものであれ、公的証明書を発行せざるを得ないと認識した、と主張した。そして、検察官の主張によれば、被告人及び部下の間では、「凛の会」の実体がいかなるものであれ、公的証明書を発行することが決まっている「議員案件」と位置づけて対応に当たることとなった、ということである。端的に言えば、虚偽有印公文書の作成・交付をすることについて、組織ぐるみの共謀が成立していたということである。
しかし、このような検察ストーリーには、次のような大きな矛盾がある。
第1は、被告人より上位の立場にあり、被告人にこの違法行為を直接指示した元部長について、大阪地検特捜部が刑事責任を追及していないという点である。元部長においては、「凛の会」の実体に疑念があるとは思っておらず、被告人への指示も、実体に疑念がある場合には公的証明書の発行をしなくてよいという趣旨であったということなのであろうか。しかし、検察官冒頭陳述によれば、被告人は、元部長の指示の直後に「凛の会」の実体に疑念を持ったということなのであるから、仮に元部長の指示がそのような趣旨であったのであれば、被告人は、当然、部下への指示を差し控えるか、証明書発行の件をどうすべきかについて、元部長に相談したはずである。議員の要請を直接受けたわけでもない被告人が、元部長から指示されたことを元部長に相談もせず勝手に逸脱し、多数の部下を巻き込んで、違法行為の実行に踏み切ることを決断したとする筋書きは、あまりに不自然、不合理である。
第2に、部下が「凛の会」の実体にかかわらず証明書を発行すると決意していたのであれば、「凛の会」に対して障定協に加盟することを指導した理由の説明がつかないという点である。「議員案件」であったがゆえに実体にかかわらず証明書を発行することにしたのであれば、「凛の会」に名簿や規約を提出させて、決裁をして証明書を発行すればよかったはずである。障定協は、外部のNPOであり、「議員案件」におよそ関心があるはずがない。したがって、障定協に行かせれば、通常通り、まじめに審査をすることが予想されたはずである。すなわち、「議員案件」として実体にかかわらず証明書発行に動くということと、障定協への加盟を指導することとは、相容れないことなのである。しかも、部下としては、障害者団体の規模が一定以上であれば、障定協に加盟する意味がないことは分かっていたはずである。それにもかかわらず障定協への加盟を指導することは、「凛の会」に無駄な労力を費やさせ、貴重な時間を失わせることになりかねず、これは、「有力議員の機嫌を損なわない」という基本目標に全く反することでもある。
第3に、「議員案件」として、実体にかかわらず公的証明書を発行することを決めたのであれば、上村の前任係長の異動後は、事情を熟知している課長補佐が、直接「凛の会」と連絡するなり、あるいは上村に対して具体的指示をするなどして、迅速に証明書発行の事務を進めたはずであるという点である。この問題を、新たに赴任してきたばかりで事情を理解していない上村に任せきりにし、その結果、「凛の会」をして進捗の遅さに不満を募らせる事態に陥らせたことは、とうてい理解できないところである。
上村は、ついには、稟議書の偽造や、資料も決裁もないままでの証明書の作成に踏み切ったのであるが、その行動も、同僚や上司の目を強く気にして、深夜や早朝にこっそりと実行したものである。組織ぐるみの共謀に基づいて行う犯行と、この上村の行動態様とはあまりにかけ離れている。検察ストーリーは、まことに不自然、不合理きわまりないものである。
なお、検察官は、論告で、この上村の深夜早朝の行動について、「議員案件」であることを認識していない他の職員の目を気にしたかのように主張したが、検察官の主張によれば、決裁ラインのスタッフはすべて「議員案件」であることを認識していたというのであるから、決裁書を作ることはきわめて容易であり、また決裁書があれば公印の押捺を得ることは造作もないことであるから、その主張は失当というほかない。また、もし「議員案件」であることを認識していない他の職員の目を気にしなければならない状況なのであれば、被告人が業務時間中の企画課の課長席において公然と倉沢に本件証明書を交付したとするのは不合理きわまりないのであって、検察官の主張は矛盾に満ちているといわざるを得ない。
第4に、公訴事実第1の偽稟議書作成事件が上村の単独犯行とされていることとの整合性に欠ける点である。検察官冒頭陳述によれば、上村がこの偽稟議書作成に踏み切ったのは、実体に疑いのある「凛の会」に内容虚偽の公的証明書を発行することにためらいがあり、その実行を先送りするためであったということである。仮に、2月下旬の段階で、実体に疑いのある「凛の会」に内容虚偽の公的証明書を発行することについて、企画課及び社会参加推進室のメンバーで合意しており、かつ、その点について上村への引き継ぎもなされていたというのであれば、なぜ、上村が偽稟議書を作らなければならなかったのか、また、上村が証明書の発行をためらっていたのであれば、そのことを他のメンバーがなぜ放置していたのかは、とうてい理解できるところではない。

(3) 決裁を取らずに証明書を発行するよう指示したとすることの不合理性
検察ストーリーによれば、被告人は、決裁を取らずに本件証明書を発行するよう上村に指示したというものであるが、このような筋書きは不合理きわまりないものであって、この一事をもってしても、真相からかけ離れたものであることが自明である。
企画課長であった被告人は、公的証明書の作成名義人であり、最終決裁権者である。仮に、被告人が「凛の会」に対する証明書を発行しようと考えたのであれば、「凛の会」に最低限の資料の提出を求め、決裁の手続を取ることは可能であったのである。
被告人が、最低限の資料の提出すら求めず、自らが権限を有する決裁を省略して、あえて明白な犯罪行為である公的証明書の偽造を指示しなければならない理由などどこにもない。
しかも、偽造された公文書を、わざわざ被告人自らが、業務中の企画課の課長席で公然と手渡ししたなどとする検察ストーリーは、荒唐無稽というほかないものである。

2 本件の捜査に関する看過しがたい問題
(1) 議員からの事情聴取を行わなかったこと

検察官の主張によれば、本件は、議員からの要請を受けた元部長が、被告人に公的証明書の発行を指示したということであり、その後、元部長、被告人及び他の職員も、民主党の有力議員からの要請であったことから、「議員案件」として、「凛の会」については、その実体に疑いがあることを承知で、内容虚偽の証明書を発行したというものである。
そうであれば、議員の「口利き」こそが事件の発端ということになるのであるから、そのような「口利き」が真実存在したのか否かがきわめて重要であることは自明であり、当然、このことについて起訴前に捜査を尽くすべきであった。
しかるに、検察官が議員から事情聴取を行ったのは、被告人を起訴した後、公判前整理手続開始後でもある、平成21年9月11日になってからであった。しかも、その事情聴取は、ほとんど事案の究明に至らない短時間の形式的なものであった。それでも、仮にその時点で、検察官が、平成16年2月25日の議員の行動を確認していれば、同日議員は千葉県のゴルフ場に所在した事実も明らかとなり、したがって、検察ストーリーが成り立たないこと、ひいては本件が冤罪であることも、早期に判明したはずである。このような当然行うべき捜査を行わなかったことは、厳しく批判されるべきである。

(2) 録音・録画の不実施と取調メモの廃棄
本件で、被告人が逮捕後一貫して否認していたこと、また、共犯と目された河野らが、弁護人を通じて、取調べの不当性を指摘し、録音・録画の実施を要求していたことは、証拠上明らかである。また、重要証人である上村や倉沢らの供述調書の内容が、重要な点で変遷していたことも、明らかであった。本件事件の重要性とそれらの点を考慮すれば、証人尋問が予想される重要証人については、取調べをすべて録音・録画するべきであった。
また、取調べ時に検察官が作成するメモは、取調べ及び供述の経過を裏付ける重要証拠であることは明らかである。すなわち、最高裁平成19年12月25日第三小法廷決定は、取調べ警察官が作成したメモは「取り調べの経過その他参考となるべき事項が記録され、・・・個人的メモの域を超え、捜査関係の公文書ということができる」と判示しており、最高裁平成20年6月25日第三小法廷決定も、「供述の信用性判断については、当然、同人が従前の取り調べで新規供述に係る事項についてどのように述べていたかが問題にされる」と指摘して、取調べメモの証拠としての重要性を認めている。上記各決定は、警察官の取調べメモに関するものであるが、検察官の取調べメモについても妥当することは、上記判示内容からして明らかである。そして、本件で取調べを担当した各検察官は、当然、上記最高裁決定を知っていたはずである。
しかるに、本件では、すべての検察官が、弁護人の証拠開示請求の前に、取調べメモを廃棄し、その結果として、本件では、取調べ時の検察官作成メモがすべて消失する結果となったということである。しかし、このようなことが偶然起こるとは信じがたいから、このメモの廃棄は組織的に実施されたものと考えるのが当然であろう。
本件で、検察官調書が検察官の強圧的な取り調べや強い誘導により作成されたことについては、多数の証人が証言しているところであるが、このことと、メモの破棄あるいは録音・録画の不実施とをあわせ考えるならば、大阪地検特捜部の捜査は著しく正義に反するものであったといわなければならない。

(3) 客観的な証拠の軽視
本件で収集された物証、たとえば、被告人の手帳、被告人の業務日誌、倉沢の手帳、倉沢の保管していた多数の名刺などの中に、被告人の関与を裏付けるものは一切なく、これらを検討すれば、被告人が無実であることが当然に推認されたはずである。
また、本件では、検察官において、犯行現場とされた厚生労働省社会援護局障害保健福祉部企画課についての実況見分を実施した形跡がなく、その結果、現場の客観的な状況の解明は、もっぱら弁護人が作成した報告書添付の図面や写真に基づくこととなった。
さらに、本件証明書の文書ファイルのプロパティの写しが添付された捜査報告書は、偽造された公文書の作成日時を示す重要な客観証拠であるにもかかわらず、弁護人請求証拠として提出されることとなった。検察官は、論告でこれを引用して「上村は、平成16年6月1日午前1時14分32秒に本件公的証明書と同一内容のデータファイルを作成し始め、同日午前1時20分6秒にいったん保存するという作業を行ったと認められる」と主張している。しかし、上村が6月1日の午前1時過ぎ、換言すれば5月31日の深夜に本件証明書の作成に踏み切ったということと、6月上旬になって被告人から指示をされたために、上村として本件証明書の作成に踏み切ったということとは、両立するはずのないことである。
このように、大阪地検特捜部は、客観的証拠を軽視もしくは無視する一方で、関係者を呼び出しては、検察ストーリーに沿った調書を作成することに力を注ぎ、その結果として、冤罪を発生させたものである。このような捜査のあり方には、重大な問題があるといわざるを得ない。

(4) 結論ありきの強引な捜査と起訴
検察ストーリーによれば被告人とともに倉沢と面会したとされる元室長は、平成21年5月26日、同月29日、同年6月1日と、繰り返し本件について否認する供述をしたが、検察官は、その供述を録取した検察官調書を作成しようとせず、検察官調書がようやく作成されたのは、同月19日になってのことであった。同様に、上村が何度被告人との共謀を否定する供述をしても、検察官が一切耳を傾けず、検察官調書に記載しようとしなかったことは、上村が詳細に証言したとおりであって、上村の被疑者ノートにはその状況が克明に記されている。
その反面、前述の通り、「障害者自立支援法の円滑な成立」が本件の動機であるとの見立てに基づいて、取り調べられる側としてはおよそ記憶になく、客観的事実に反する内容の検察官調書が、主任検察官の指示により、短期間に多数作成されている。
そして、検察ストーリーに沿った検察官調書を作成するために、検察官が、偽計を用いたり、脅迫的な言辞を用いたり、机を叩いて威迫したりするなどの強圧的な取調べをした事実は、多数の証人が当公判廷で証言したとおりである。
さらに、強圧的な取調べの状況について、検察官が虚偽の弁明をしている事実も看過できない。例えば、検事が脅迫して記憶に反する検察官調書に署名押印させた事実が当公判廷で証言されており、取調べの翌日に弁護人から送付された申入書によっても裏付けられている。取調をした検事は、脅迫して記憶に反する検察官調書に署名押印させた事実を否認する弁明をしたが、当公判廷における弁明内容は、大阪地検特別捜査部長作成の「取調べ関係申入れ等対応票」に記載された取調べ2日後の弁明内容と明らかに矛盾しており、検事の弁明が虚偽であることは明白である。
大阪地検特捜部は、強圧的な取調べにより、不合理な検察ストーリーに沿う内容の検察官調書を大量に作成する一方で、被告人から事情を聴く前から、被告人を起訴することを決定していた。被告人が、逮捕直後の段階、すなわち、被告人の説明を一言も聞かないうちから、起訴することが決まっていることを検察官から聞かされ、いったい何のための取り調べなのかと思って愕然としたことは、被告人が当公判廷で述べたとおりである。
以上のように、大阪地検特捜部が、女性キャリア官僚である被告人を起訴するという結論ありきで、強引な捜査と起訴に及んだのが本件ということになる。

第2 争点について(略)

第3 結語
以上のとおり、いかなる観点からも、被告人は無罪である。
本件では、公判審理を通じて明らかになった証拠と事実により、検察ストーリーが成り立たないことが明白になった。被告人は、大阪地検特捜部の違法・不当な捜査、起訴の犠牲者にほかならない。検察官は、潔く「被告人は無罪」との結論を認めることが、公益の代表者としての職責に適うはずである。
裁判所におかれては、1日も早く正義を実現するために、厳正なる無罪判決を速やかに下されるよう求めるものである。

 

(要約注)起訴されている人以外の人名は明示していません。

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