クローズアップ2010:郵便不正・元局長公判 検事の誘導、批判

毎日新聞 2010年5月27日記事

 ◇あらかじめストーリー「記憶あやふやなら多数決だ」
 厚生労働省の元局長、村木厚子被告(54)が偽証明書作成に関与したとされる郵便不正・偽証明書事件で、大阪地裁は26日、重要証人の供述調書について信用性を否定して証拠採用せず、村木被告に無罪判決が言い渡される可能性が強まった。横田信之裁判長は「あらかじめストーリーを描き、検事が誘導した可能性が高い」と指摘、ストーリーに供述調書を強引に当てはめたなどとして、大阪地検特捜部の捜査手法を厳しく批判した。【日野行介、苅田伸宏】

 横田裁判長が検察側請求の供述調書をすべて却下した証人は、厚生労働省元係長の上村勉被告(40)▽障害者団体「凜(りん)の会」(解散)代表、倉沢邦夫被告(74)▽凜の会メンバーの元新聞記者(68)−−の3人。強引な取り調べを受けた経緯を記録した上村被告の「被疑者ノート」や、元記者の弁護士が出した申し入れ文書などの物証を根拠に証拠採用しなかった。

 上村被告は偽証明書を作成した実行行為者で、検察・弁護側とも「最重要証人」と位置づけていた。村木被告の関与を認めた捜査段階の調書が採用されない場合、事件そのものの構図が崩れることになり、採否が最も注目されていた。

 上村被告は今年2〜3月、3回にわたり村木被告の公判に証人出廷。04年6月に当時上司だった村木被告から指示を受けて偽証明書を作成し、村木被告に手渡したとする検察側主張について「凜の会側から発行を催促され雑事を早く済ませたい一心で偽証明書を作成した」と否定した。

 村木被告の関与を認める調書に署名した理由については「別の公文書偽造について再逮捕をちらつかされ、勾留(拘置)が続くのが嫌で認めてしまった。村木被告から指示されたとする調書は検事のでっち上げ。村木被告に申し訳ない」と涙ながらに訴えた。

 拘置中の供述経過について、上村被告は被疑者ノートに記載していた。横田裁判長は「公判証言に合致する」と指摘し、供述調書よりも被疑者ノートに高い信用性を認めた。

 さらに横田裁判長は、逮捕直後に村木被告の関与を否定した上村被告に対し、検事が「他の人たちが(村木被告の関与を)認めている。記憶があやふやなら多数決だ」と迫ったと認定。上村被告の供述調書15通すべての証拠請求を却下した。

 凜の会の設立に関係した元記者は2月に証人出廷した。

 04年2月下旬に倉沢被告と一緒に議員会館を訪れ、石井一・民主党参院議員(75)に証明書発行の口添えを頼んだとする検察側主張について「行っていない。検事の調べにもそう言ったが聞き入れてくれなかった」と証言。元記者の弁護士は検事の調べの直後、強引な取り調べを改めるよう特捜部に申し入れた。

 上村被告と元記者の取り調べはいずれも同じ検事が担当。公判にも出廷し「適正な取り調べをした」と主張していた。しかし横田裁判長は「元記者の公判証言と弁護士の申し入れは符合する。検事の証言は信用性が低く、取り調べにも疑いがある」とまで述べた。

 「証拠能力までは否定しない」として調書を証拠採用した証人についても、横田裁判長は「(村木被告の)関与を否定している間は供述調書を作成していない。意向に沿う供述だけを調書にしており問題がある」と指摘。捜査のあり方を厳しく批判した。

 ◇村木元局長、一貫し無罪主張 書類授受、事実認定が焦点
  村木被告は逮捕段階から「偽証明書発行の手伝いなどするはずがない」と一貫して無実を主張。公判では村木被告を含め厚労省関係者や取り調べをした検察官ら計18人が証人出廷したが、村木被告の共謀を裏付ける証言は出ず、検察側は窮地に追い込まれていた。

 事件で起訴された4人の公判は分離されているが、いずれも横田裁判長ら同じ裁判官が担当し、倉沢被告や凜の会発起人の河野克史(ただし)被告(69)には既に1審判決が言い渡されている(いずれも控訴)。倉沢被告の判決(4月)で横田裁判長は、今回と同様に供述調書の信用性について「客観的証拠と合致せず、疑いがある」とほぼ否定し、無罪とした。

 ただし、倉沢被告は公判で「(偽)証明書は村木被告から手渡された」と、村木被告の「関与」があったと述べ、1審判決もこれを認定。検察側は村木被告の有罪への一縷(いちる)の望みをこの証言に託す。その一方、上村被告は村木被告の公判で、自らが「(倉沢被告ではなく)河野被告に証明書を渡した」と食い違う証言をしている。偽証明書は村木被告から倉沢被告に渡されたのか、それとも上村被告から河野被告に渡ったのか。村木被告の判決での事実認定が注目される。

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