[ニュースが気になる!]被疑者ノート取り調べ詳述 不当捜査対抗の武器にも

読売新聞大阪朝刊 2010年3月23日記事

 虚偽有印公文書作成などの罪に問われた厚生労働省元局長・村木厚子被告(54)の公判で、共犯とされる元係長・上村勉被告(40)の「被疑者ノート」が証拠採用された。村木被告の関与を否定した内容が注目を集めたが、本来、被疑者ノートとはどのようなものなのか。

 被疑者ノートは、捜査機関による自白強要や利益誘導を防止するために大阪弁護士会が2003年に考案した。現在、日本弁護士連合会が全国の弁護士会に配布している被疑者ノートはA4判56ページ。弁護人が拘置先に差し入れ、毎日の取り調べ内容を被疑者自身がボールペンなどで手書きする。

 主な記入項目は、取り調べの日付、時間、取調官名のほか、事件についてどんな質問を受け、どう答えたかなど。調書で訂正されなかった点や、印象に残った取調官の態度や言葉などをメモする欄もあり、「おかしいと思ったら調書にサインはしない」といった注意事項も記されている。

 取り調べの録音・録画が一部にとどまる現時点では、その内容を知り得るのは取調官と容疑者だけ。裁判になって、被告が「取り調べで暴行を受けた」と主張しても、取調官が否定すれば水掛け論になってしまうが、被疑者ノートがあれば信用性が格段に高まる。実際、ノートで不当な取り調べが明らかになった例もある。

 「土下座の姿勢で、靴で頭を10回、顔を1回けられ、唇が切れた」。04年12月、大阪市内のマンションで女性を刺殺したとして殺人容疑で逮捕、起訴された男は、被疑者ノートにこう記していた。検察側は「男が自分で頭を机に打ち付けた」などと反論したが、大阪地裁は08年3月、男を有罪としながらも、負傷状況とノートの記載が一致することなどを理由に自白調書の一部については「任意性がない」と証拠採用しなかった。

 村木被告の公判では、上村被告の証人尋問で被疑者ノートの存在が明らかになり、弁護人が法廷のモニター画面に映し出した。「冤罪(えんざい)はこうして始まるのかな」「村木被告の指示の部分の訂正を求めたが、訂正されなかった」。拘置中、ほぼ連日記したというノートには、検事への不満や自身の心情の変化などが詳細につづられており、村木被告の弁護人は「上村被告が追い込まれた経緯がよくわかる。捜査段階の供述を弾劾する有力な武器になる」と話した。

 ただ、被疑者ノートは改ざんも可能で、公判で信用性が認められなかった事例もある。大阪弁護士会刑事弁護委員会の森直也弁護士は「弁護人が接見のたびノートのコピーを取り、公的機関で日付を確定させるなど証拠能力を高める工夫が必要だ」と指摘する。

 関西学院大法科大学院の川崎英明教授(刑事訴訟法)は「被疑者ノートの証拠採用が増えている背景には、捜査機関に委ねていては取調室で何があったかを知ることができないという裁判官の危機感がある。ノートが普及すれば、検察側にも取り調べの可視化を容認する動きが生まれるのではないか」と話している。

(社会部 日比野健吾)

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