弁護側冒頭陳述要旨及び全文

2010年1月27日

弁護側冒頭陳述

要旨

基本的主張

 被告は無罪。共謀したこともないし、上村勉に証明書作成を指示したこともない。そもそも上村が書類を作っていた事実自体を全く知らなかった。

 被告は国家公務員になって31年間、常に法規を順守してまじめに取り組んできた。国会議員の依頼にも、法規に違反してまで従ったことはない。当時、証明書の不正発行をしてまで国会議員の機嫌をとらなければならない事情もなかった。

作られたストーリー

 上村、倉沢邦夫、河野克史は、被告とかかわりなく犯行に及んだ。倉沢の引っ張り込み供述をきっかけに、検察官は被告が関与したとするストーリーを作り上げ、3人を誘導し、記憶に反する供述調書に署名押印させた。厚生労働省関係者についても記憶に反する供述調書を作成し、署名押印させた。

 以上のことは次第に明らかになった。倉沢は自身の公判で、証明書が虚偽だったとの認識を否認した。上村の弁護人は、予定主張記載書面で被告との共謀を否認し、上村の単独犯行であること、上村が証明書を河野に交付したこと、検察官に虚偽の自白をさせられたことを明らかにしている。

物証は無罪を裏付ける

 被告の手帳やパソコンで作成していた業務日誌には、平成16年2月、5月、6月のいずれも倉沢との面会をうかがわせる記載はまったく存在せず、証明書の発行指示や交付についての記述も一切ない。倉沢の手帳にも被告との面会をうかがわせる記載は一切存在しない。

 16年5月中旬ごろ、被告が企画課から日本郵政公社東京支社に電話をかけたとの検察官の主張についても、通信記録は存在しないし、支社長も電話を受けたと述べていない。倉沢も自身の公判で否定した。

 上村が証明書を作成した日時は、フロッピーディスクに記録された文書ファイルのプロパティによれば、16年6月1日未明(午前1時20分06秒)以前であることが明らかである。従って、上村が6月上旬ごろになって、被告の指示をきっかけに証明書作成に踏み切ったという検察官の主張は破綻(はたん)している。

 16年6月上旬ごろ、被告が「凛の会」に証明書を取りに来るよう連絡した事実はない。通信記録は存在しないし、被告の依頼で連絡した人物は存在しない。「凛の会」で連絡を受けた人物は存在しない。被告の連絡を受けて倉沢が被告より証明書を受領したという検察官のストーリーは前提を欠き、ありえない。

ストーリーの不自然性

 元部長が被告に不正な手段を用いてでも証明書発行をするようにと指示をしていないことは、検察官も前提としている。被告の段階で指示を逸脱し、突如不正に証明書発行に踏み切ったことになるが、そうする合理的理由は考えられない。

 検察官の主張では、被告は上村だけでなく企画課あるいは社会参加推進室のスタッフにも不正な証明書発行を指示していたという。しかし、上村1人が悩み、ひそかに稟議書を捏造(ねつぞう)したり、深夜に証明書を作成して翌朝早朝押印するという経過は、他のスタッフの容認があり得ないことを示している。

 検察官の主張は関係者を脅したり懐柔したりして作り上げた個々の虚偽の供述調書をつなぎ合わせただけのもの。方々でほころびが顕著になっており、全体のストーリーとしては支離滅裂で、破綻している。

結論

 被告の無罪は明らかである。1日も早い無罪判決を下していただきたい。

 

全文

1,基本的主張

(1) 被告人は本件につき無罪である。
 被告人は,虚偽の内容の証明書発行について,上村,倉沢,河野らと共謀したこともないし,上村に作成を指示したこともない。そもそも,被告人は,上村がそのような書類を作っていたという事実自体を全く知らなかった。
被告人は,本件で逮捕後,長期間勾留されて厳しく取り調べを受けてきたが,良心に基づいて,一貫して,無実であることを主張してきた。
(2)被告人は,1978年に国家公務員になって以降,31年間にわたり,常に法規を遵守して真面目に仕事に取り組んできたものであり,本件の前後を通じて,虚偽公文書作成などに関与したことは一度もない。
 国会議員から依頼を受けたような場合にも,法規に違反してまで国会議員の意向に従ったことはなかった。国会議員の依頼に対しては,できることはできる,できないことはできないとして,対応してきた。また,本件当時,被告人において,証明書の不正発行をしてまでも国会議員の機嫌を取らなければならないような事情もなかった。

2,検察官のストーリー作り

(1)上村,倉沢及び河野らは,被告人と関わりなく本件犯行に及んだものである。
 しかるに,倉沢の引っ張り込みの供述を契機として,検察官は,キャリア官僚である被告人が本件犯行に関与していたとするストーリーを作り上げ,取調べを通じ,上村,倉沢及び河野らを誘導し,その記憶に反する内容の供述調書に署名押印させ,厚生労働省関係者等についても,その記憶に反する内容の供述調書を作成し,署名押印させたものである。
(2)上村は,取り調べを受けた当初から,検察官に対し,「凛の会」の関係者から証明書を発行するよう言われて,自らの独断で,企画課長の公印を無断で使用して本件証明書をねつ造し,「凛の会」の関係者に手渡したという事実を供述していた。その後も,上村は,繰り返し,被告人の関与を否定し,上村が本件証明書を交付したのだと供述していた。
 それにもかかわらず,検察官は,上村に対して,身体拘束及び執拗な取調べを行い,別件での再々逮捕をちらつかせて脅したり,あるいは検察官のいうとおりにすれば早期に保釈が可能であるかのように利益誘導をしたりして,上村を精神的に追い詰めて,被告人と共謀したとする内容虚偽の供述調書に署名押印させたのである。
 なお,その供述調書の作成も,検察官があらかじめ作り上げていた調書に署名押印させただけであり,上村自身の口から出た供述内容に基づいて供述調書が作成されたものではない。これは上村以外の関係者についても共通することである。
(3)検察官は,他の関係者に対しても,脅しや利益誘導により,虚偽の内容の供述調書にサインさせた。例えば,共犯者の一人とされた河野に対しては,テーブルを叩いたり,「逮捕するぞ」とか,同人が取り組んでいた「ピアノパラリンピック」の支援をできなくしてやると脅したりした。
 他方で,検察官は,河野に対し,検察官のストーリーどおりに供述すれば保釈保証金100万円で保釈できるようにしてやると持ちかけた。この結果,河野は,検察官の作成した内容虚偽の供述調書に署名押印することとなったものである。
 本件関係者の供述調書は,このような取調検察官の脅しや懐柔策により作成されたものであり,およそ信用性がない。
(4)以上のことは,その後の手続きにおいて次第に明らかになってきた。
 例えば,共犯者の一人とされた倉沢は,平成21年11月5日の倉沢自身の公判期日において,本件証明書が内容虚偽の公文書であったことの認識を否認する陳述をした。
 また,上村の弁護人は,その予定主張記載書面において,被告人との共謀を否認し,上村の単独犯行であること,上村が本件証明書を河野に交付したこと,上村は検察官により虚偽の自白をさせられたことを予定主張として明らかにした。

3,本件で収集された物証は、全て被告人の無罪を裏付けている。

(1)被告人の手帳には当時の予定が詳細に記述されていたし,またパソコンで作成していた業務日誌には,自分のための備忘録として,自身が職務上担当した案件の処理状況が詳しく記録されているが,それらには,平成16年2月,5月,6月のいずれについても,倉沢と面会する予定があったとか,面会したことをうかがわせる記載はまったく存在しないし,本件証明書の発行指示や交付についての記述も一切ない。
 また,倉沢の手帳には,日々の予定や重要案件の検討状況についての詳細な記述がなされているが,そこにも,平成16年2月,5月,6月のいずれについても,被告人との面会を窺わせる記載は一切存在しない。
(2)被告人は,倉沢の名刺を受領したことがない。本件にかかる捜索差押えにおいても,被告人が所持していたと認められる倉沢の名刺は押収されていない。
 倉沢についても,本件にかかる捜索差押えにおいて,倉沢が所持していたきわめて多数の人物の名刺が押収されたが,そこに被告人の名刺はなかった。
 そして,倉沢は,倉沢自身の公判において,被告人と名刺交換をした事実のないことを認めたのである。
(3)平成16年5月中旬ころ被告人が企画課から日本郵政公社東京支社に電話をかけたとの検察官の主張についても,そのような通信記録は存在しないし,日本郵政公社東京支社長の森隆政も,被告人から「凛」を低料第三種郵便物と承認しても大丈夫である旨の電話を受けたなどと述べてはいない。
 そして,倉沢も,倉沢自身の公判において,被告人が「モリ」に電話したとの点を否定したのである。
(4)上村が本件証明書を作成した日時については,上村のフロッピーディスクに記録された文書ファイルのプロパティによれば,平成16年6月1日未明(午前1時20分06秒)以前であることが明らかである。
 したがって,上村が6月上旬ころになって,被告人から指示されたことを契機として,本件虚偽証明書作成に踏み切ったという検察官の主張は,この点でも破綻している。
(5)平成16年6月上旬ころ,被告人が「凛の会」に対して証明書を取りに来るように連絡した事実はない。そのような通信記録は存在しないし,被告人の指示や依頼を受けて「凛の会」に連絡した人物は存在しない。また,「凛の会」においても,連絡を受けた人物は存在しない。
 したがって,被告人からの「取りに来るように」との連絡を受けて倉沢が厚生労働省に赴いて被告人より虚偽の証明書を受領したという検察官のストーリーは,およそ前提を欠くことであり,あり得ないことである。

4,検察官ストーリーの不自然性

(1)本件では,被告人に対して証明書発行の指示をしたとされる塩田部長は共犯者として起訴されてはいない。したがって,塩田部長が,被告人に対して,不正な手段を用いてでも証明書発行をするようにとの指示したものではないことは検察官も前提としていると考えられる。そうだとすると,被告人の段階で,指示されたことを逸脱して,突如不正に内容虚偽の証明書発行に踏み切ったことになるが,そのようなことをする合理的理由は考えられない。検察官はその点について何の説明もしていない。
(2)また,検察官の主張では,被告人は上村に対して密かに不正に証明書発行を指示したということではなく,北村,金井,田村,村松ら企画課あるいは社会参加推進室のスタッフに対しても,不正な証明書発行を指示していたということである。なるほど,被告人と上村との間には何の人間関係もなく,職務上の接点もなかったので,検察官としても,被告人の行為について,それらの中間の立場にあるスタッフを巻き込んでの行為とする以外に組み立てようがなかったのであろう。
 しかし,そうであれば,上村としては,他のスタッフも容認していることを前提にして行動すれば足りたはずである。上村一人が証明書の問題で悩み苦しみ,密かに途中経過の稟議書をねつ造までしたり,深夜誰もいなくなったころを見計らって証明書を作成して,さらに翌日早朝,他の職員が誰もいないことを確かめて密かに課長の公印を持ち出して押印するなどという一連の事実経過は,他のスタッフが容認していたなどということがあり得ないことを示している。
(3)さらに,そもそも,「議員案件」として,無理を承知で証明書発行をするというのであれば,せめて申請書を出させて規約や名簿,刊行物などの形式的な書類を提出させた上で,実体についての審査を大幅に緩やかにして形だけ整えるというのが普通であり,誰でも考えつくことである。特に本件の場合には,「凜の会」は,それらの規約,名簿,刊行物を一応整えて所持しており,これを障定協に提出して,承認を得たという状況にあったのだから,それらの資料提出はきわめて容易なことであった。検察官のストーリーはこの点でもおよそ合理性を欠く。
(4)また,本件犯行動機が,検察官の主張するような「議員案件」であったことにあるのであれば,被告人との信頼関係も厚く,常に業務遂行について相談しあう立場にあり,また,障害保健福祉部において議員案件を含む国会関係の業務を担当していた間課長補佐(当時)が,そのことについて,被告人から全く知らされなかったなどということも考えられないことである。
(5)要するに,検察官の主張は,関係者を脅したり懐柔したりして作り上げた個々の内容虚偽の供述調書をつなぎ合わせただけのものである。このために,前述して指摘したとおり,方々でほころびが顕著になっており,全体のストーリーとしては,支離滅裂のものとなっていて,それ自体で破綻しているといっても過言ではない。

5,結論

以上のとおり,被告人の無罪は明らかである。早期に審理を行い,一日も早く無罪判決を下していただきたい。

 

 

ページの先頭へ戻る