「月刊NEWMEDIA」2019年6月号に、ナミねぇと久元喜造神戸市長の対談が掲載されました。

2019年5月11日

月刊NEWMEDIA 2019年6月号より転載
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認知症の人にやさしいまち「神戸モデル」の詳細は下記プロップサイトをご参照ください
認知症の人にやさしいまち「神戸モデル」

世界が抱える
「認知症問題」に向き合う
「神戸モデルが動く」

厚生労働省の調べによれば、平成29(2017)年10月1日現在のわが国の65歳以上の人口は3,515万人であり、高齢化率は実に27.7%である。65歳以上の認知症患者数を見ると、平成24(2012)年時点の調査結果ではあるが462万人とある。7人に1人という割合で、有病率15.0%。これが2020年には17.5%に増加するという。さらに、認知症予備群とされるMCI(軽度認知障害)の患者数は、医療機関受診者だけで約400万人と推計されている。こうした状況の中で、神戸市は認知症診断助成制度「神戸モデル」を1月28日からスタートさせ、注目を集めている。“認知症にやさしいまちづくり”を目指した取り組みについて、神戸市保健福祉局局長の三木孝氏に説明してもらった。

(構成:古山智恵・本誌編集部、写真:松原卓也)


わかりやすい市民向けのチランには難解な行政用語も医療用語もない

新たな診断助成制度について

神戸モデルを策定するきっかけは、平成28(2016)年9月11日に神戸市で開催されたG7およびEUの保健担当大臣による国際社会が直面する保健課題について協議する会合において、認知症対策を盛り込んだ神戸宣言が採択されたことでした。加えて、平成19(2007)年に愛知県大府市で起きた、認知症の男性が電車にはねられ死亡した事故で、」R東海が振替輸送費などの賠償を求めて家族を提訴した裁判結果が、制度検討の発端の一つとなりました。

まずわれわれは、神戸市医療監の北徹氏を座長に、当事者家族をはじめ地元医師会や脳神経内科および精神科の認知症の専門医、民法や保障制度に詳しい有識者からなる 「認知症の人にやさしいまちづくり推進委員会」を立ち上げました。その下に法律家と認知症専門医で構成した「事故救済制度に関する専門部会」、「認知症の診断に関する専門部会」、「認知症初期集中支援事業運営関連部会」を設置。当事者関係者や医療関係者、専門家と行政ががっちりと手を組み、多角的な議論を行えるよ うにしました。

神戸市保健福祉局
局長の三木幸氏

その中で、認知症の早期診断を進めるためには「適切な診断」が最も重要であるということから、65歳以上の市民は無料で「認知機能検診」を登録医療機関(現在326機関)で受けてもらうことにしたのです。これは認知症の疑いを検出するスクリーニングで、第1段階となります。次に、第2段階として、認知症の疑いがある場合に受ける「認知機能精密検査」を用意しましたが、これも無料です。登録医療機関(現在53機関。認知症疾患医療センター7機関含む)で、画像検査や認知機能検査、血液検査、日常生活動作の評価などから判断します。このように2段階方式で診断することで、より適切な診断ができます。

また、適切な診断を行うにあたって、医師から診断ルールの設定要請がありました。というのも、日本では医師免許を持っていれば、専門医でなくても認知症の判断ができるからです。専門部会で協議し、診断ルールを決め、医師会の協力のもとで制度管理に努めています。

事故救済制度について

事故救済制度を設けたのは、既存の一般的な賠償責任保険ではカバーできない点があったからです。例えば、認知症による暴力や器物損壊、火災などは、一般的な保険では重過失でないと見舞金が出ません。見舞金を支給するために、事故救済制度は「給付金制度」の一次保険と、「賠償責任保険制度」の二次保険の2階建てにしています。これは全国初です。給付金(見舞金)は、賠償責任の有無に関わらず被害者となったすべての神戸市民に支給されるもので、最高3,000万円。賠償責任保険は、認知症と診断された方を対象に、責任を負った場合に最高2億円を支給します。さらに、認知症と診断された方を対象に、事故の相談を受け付けるコールセンターを24時間365日開設、所在がわからなくなった場合のGPS安心かけつけサービスも提供しています。

神戸モデルの実施期間は3年で、その費用と財源は個人市民税(3,500円)に均等割りした1人当たり年間400円を上乗せする方法を採っています。これは、市民の税金を役に立つ使い方をすること、財政のツケを将来世代に回さないという思いからです。こうした制度づくりで最も大事なことは、情報開示です。部会の情報を外部に広く開示し、保険会社の方にも参画いただき、議論を重ねた結果が神戸モデルにつながったのです。(三木孝氏談)

特別対談 「神戸モデル」が動く!

神戸市長久元喜造氏× 社会福祉法人プロップ・ステーション理事長竹中ナミ氏

誰もがなり得る病気“認知症”を
市民みんなで支えるという決意

「神戸モデル」を強い信念で制度化に導いた神戸市長の久元喜造氏と、ICTを駆使してチャレンジドの自立と就労を促進する活動をしている社会福祉法人プロップ・ステーション理事長の愛称“ナミねぇ”こと竹中ナミ氏に神戸モデルについて対談してもらった。ちなみに、二人とも神戸市出身である。(構成:古山智恵。本誌編集部、写真:松原卓也)

認知症を正しく理解する

ナミねぇ 平成という時代を振り返って思い出すのは、阪神・淡路大震災(平成7(1995)年1月17日発生)。家も丸焼けになって、何もない平場からみんなで一緒にスタートするんやと、悲惨な中で感じました。震災をネガティブに捉えなかったのは神戸っ子魂やった。だから今回の神戸モデルも、神戸やなかったら生まれなかったんと違うかと思ってます。


久元喜造氏

久元 阪神・,炎路大麗災は神戸にとって非常に大きな試練でした。神戸市内でも4,571人の命が失われています。一方で、この年はボランティア元年でもありました。市民の力、内外の支援により神戸の街は復旧・復興に向けて進んでいったわけですが、その過程で相互扶助の精神が市民性の中に根づいたと思います。

平成という時代を振り返ったとき、東日本大震災(平成23(2011)年3月11日発生)をはじめ、全国で地震が発生したほか、火山噴火、豪雨、豪雪、猛暑と自然災害の多い時代でした。

平成後半にさしかかると、急速に高齢化が進み、家族の在り方も変容してきました。神戸市の高齢者人口は、平成28(2016)年3月時点で41万人。そのうち要介護認定者は8.1万人、認知症高齢者(介護保険手続きにおける判定)|よ4万3,840人です。こうした社会にわれわれはどう立ち向かうのか、その対策が求められています。

ナミねぇ おかん(母)は認知症なんです。ひと事だと思っていた認知症が身近に起きて、家族だけで解決しなければいけない問題といわれてきたけど、違うと感じていたところに神戸モデルの提案やから、ぜひ広く普及してほしいと願ってます。

久元 私の母も認知症でした。祖父母の世代では認知症患者を家族が家で面倒を見ていました。しかし、今はそれが難しい時代です。認知症は加齢に応じて誰でもなり得る病気ですから、超高齢社会では増えるわけです。そうなると社会全体で支える必要性がますます高まると考えて「認知症の人にやさしいまちづくり推進委員会」を立ち上げ、その下に3つの専門部会を設置しました(12ページ参照)。医療、介護・福祉、大学などの研究機関はもとより、法律の専門家や損害賠償を補填するルールの専門家、さらに当事者のご家族や関心のある市民、保険会社にもオブザーバーとして参画していただく検討組織です。

なぜ、損害賠償の専門家に参画いただいたかというと、きっかけは平成19(2007)年に愛知県大府市で起きた認知症の男性が電車に はねられて亡くなった事故でした。鉄道会社が振替輸送費の請求を認知症患者の家族に求める訴訟を起こしたのです。この裁判で、われわれは救済の重要性を強く認識しました。さまざまな分野のエキスパートと審議をしっかり積み重ねた結果が、「神戸モデル」という画期的な仕組みになったわけです。

ナミねぇ 行政が開催する審議会や研究会に参加しているけど、結論ありきで進んでいることが多い中で、一つのテーマに対して多角的に意見交換を重ねて自分たちで結論を導き出す、これホント素晴らしい!

久元 私自身、役所がシナリオを著いてお膳立てをするという古いタイプの審議会方式の意思決定はやるべきではないと従来から思っていましたので、そういうアプローチを取りませんでした。

神戸モデルは初めてのテーマでしたから、さまざまな課題にぶつかりました。そのたびに検討部会の皆さんの知恵をお借りして議論を積み重ねました。

超過課税を決断した市長の思い

ナミねぇ 今回のことで一番感動したのは、神戸モデルの財源を確保するために、市民一人当たり年間400円を現行の個人税に上乗せする決断を市長がなさったことです。これは政治家として腹をくくらんとできんことで、よくやりはったなと思います。

久元 超過課税※を前提にしました。認知症の経費は3億円というかなりの高額な予算が必要となりますが、市の財政にそれほどの余裕はありません。これを既存の財源で賄おうとすれば、ほかの財源にしわ寄せがいきますし、財政のツケを次の世代に回すようなことはできません。とはいえ増税ですから、税金を引き上げる条例案を出す前に市民にアンケート調査を行いました。その結果、反対はありましたが、許容していただける範囲の反対であると判断することができましたので、決断しました。

ナミねぇ 市民が許容できたのはなぜだとお考えですか。

久元 認知症が誰でもなり得る病気であること、それと検討経過の情報を公開していたので、市民の役に立つ使い方であると理解していただけたのではないでしょうか。

ナミねぇ 財源が足りなくなったら、次どうしますか。私は値上げも含めて市民均等割を貫いてほしいと思っているんやけど。

久元 神戸モデルは3年という期間を設定しています。期限が来たら、改めて市民の判断を仰ぐことになります。税金に関しては、市長に決定する権限はなく、市民の代表である市議会が決めます。つまり、市民の皆さんが神戸モデルをどう評価されるかということです。

ナミねぇ 認知機能検診の申し込みが3月19日時点で6,039件だと聞きました。当初予定していた1年で6,000件を2カ月足らずで突破したそうで、すどいことやと思います。市民は待ってたんや、という感じです。

久元 神戸モデルが広く認知されていることはうれしく思います。認知症診断を、認知機能検診の受診を第1段階として、認知症の疑いがある場合は認知機能精密検査を受ける(第2段階)という2段階方式にし、65歳以上を対象に自己負担金ゼロで受診できることが良かったのかもしれません。

ナミねぇ 神戸モデルで認知症文化が変わったと思います。認知症に対する考え方や、人のアプローチが変わって、隠すもんから、誰でもなり得る病気だからみんなで支えようという、コペルニクス的転回ですよ、これは。パンフレットに難しい専門用語が入ってないのもいいし、賠償責任保険最高2億円まで、見舞金最高3,000万円と金額がはっきり示されているのもいい。

久元 法的損害賠償金を家族に負わせるのは酷です。みんなで負担し合うことが必要だと思ってはいましたが、見舞金と損害賠償金の2本建てを具体的に提案したのは検討部会です。法的損害賠償責任がなくても負担は大きいので、見舞金は必要であると判断し、専門家と議論を重ねて金額を設定しました。

保険の方式についても非常に議論があったところです。損害賠償保険に任意で加入している市民の保険料を負担する自治体はいくつかありますが、これだと任意加入者だけが対象になります。われわれは全市民を対象に考えていましたので、神戸市が一括して保険に加入することにしました。

手厚い行政サービスの実現に向けて

ナミねぇ 神戸モデルをFacebookで紹介した時に、うちの自治体でもやってほしいとか、神戸市に引っ越したいとか、反響がものすごくあって、こういうものが求められてたんやなって痛感しました。約153万の市民がいる大都市で始めはったのはすごいことだし、国民に与えるインパクトの大きさはすごいもんやと思います。

久元 市民の皆さんに増税を認めていただいた以上は、行政の効率化、パフォーマンスの向上を改めてやっていかなければなりません。阪神・淡路大震災からの復旧・復興によって財政困難な時が続きました。財政危機は乗り越えたものの、正直なところ、低下した行政サービスも一部あります。行政改革は本来、行政サービスを維持、改善しながら進めていくものです。そのために進化したテクノロジーを活用したいと考えています。例えば、マイナンバーやICT、AI、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などの要素を取り入れながら、コンビニなどとの提携サービスを行うことで業務の省力化・効率化を図り、効率化によって手の空いた職員をほかのサービスに振り分けます。そうすることで、より手厚いサービスが提供できます。

ナミねぇ プロップ・ステーションは30年前から情報通信技術(ICT)を使って障害者を納税者にする支援活動をやっています。久元市長になられて、平成29(2017)年10月にICTを活用した在宅就労支援に特化した「しごとサポートICT」を開設してくれはったことは、大きな変化でした。

最後に、神戸モデルを参考にしたい自治体に考えてほしいポイントを教えてください。

久元 参考にしていただくことは神戸市にとって名誉なことだと思います。しかし、この認知症問題は日本が抱える課題であり、本来は国がやるべきことです。神戸モデルを参考に全国民を対象としたモデルを、ぜひ国につくっていただきたい。その上で神戸モデルが国のモデルに吸収されることは厭いません。

ナミねぇ 本日はお忙しい中、ありがとうございました。市長の話を聞いて、改めて神戸市民で良かったなと思いました。

竹中ナミ氏

※超過課税:地方税法で標準税率が定められている税目について、地方公共団体が、条例で定めて、標準税率を超える税率で課税すること。

 

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