NEW MEDIA 2016年12月号より転載

低音大増量+日本を代表する音響家の調整が生む、新しい体感
立川にある映画館の一つの挑戦

「聞こえない私が思わず耳をふさいでしまったほど」の
極上爆音と
日本語字幕付き上映

話題の映画『シン・ゴジラ』が立川に現れた。しかも並外れた音響サウンドと、根付きつつある日本語字幕付き上映を伴って、である。何を照らし、何を破壊しようとしているのか。その"地鳴り"ある取り組みをユニバーサルデザインアドバイザーの松森果林さんと社会福祉法人プロップ・ステーション理事長の竹中ナミさんの二人が、その噂の映画館、立川シネマシティを訪ねて観賞し、映画館運営を仕掛ける企画室の遠山武志室長と、「タメ口」ならぬ率直座談を行った。(構成:吉井勇・本誌編集部)

髪の毛も感じるほどの
"極爆"

竹中 映画「シン・ゴジラ」はお気に入りで、今日で3回目。これまでの2回と違って|音が体にまとわりつくっていうか、体全体で髪の毛からも感じました。「す〜ごっい」の一言です。

松森 私は高校生の時に聴覚を失っているんですが、この私が思わず耳をふさいちゃいました(笑)。ゴジラが歩く地響き、崩壊する建物、ミサイルの発射なんてお腹の底にズドンつていうように、あらゆる音が空気を震わせ、立体感をもって響いてくるので、もうびっくりでした。竹中さん、うるさすぎませんでしたか。

竹中 それはなかった(笑)。耳で聴く音と、体で感じる音、この2つがうまくミックスされているんで、映画館の音響とは思えなかったほどでした。極上爆音、納得です。

遠山 いいことに気づいていただき、大変うれしいです。単なる音響設備自慢にならず、作品の世界に没頭していただくことこそ第一に考えています。広く知っていただくために低重音大増量という言い方をしていますが、実は全体バランスを専門家に調整していただいています。

松森 一般の映画館では物足りなくなりました。

※聴覚障害者の松森さんと、聴者の竹中さん、遠山さんの座談は、今回は「UDトーク※という音声認識でリアルタイムに文字表示するアプリで進めた。手話との違いを考える狙いで取り組んでみた。
(本誌編集部)

極爆の音響調整は
専門家に依頼

遠山 シネマシティの音響設備は、サウンド・スペース・コンポーザーで知られる井出祐昭さんとサウンド・システム・デザイミナーの増 旭さんに開発してもらい、作品ごとの音響調整もお願いしています。ですから、単なる爆音ではなく、「極上」と付けて「極上爆音」、略して「極爆」なんです。

竹中 どっかライブハウスのような音響だなと思ったのは、そういうことなんですね。

松森 竹中さんはジャズライブを神戸や東京で行っているんで、その感じがよくわかるのですね。ところで、始められたきっかけは。

遠山 立川シネマシティのオープンは1994年で、社長が何か一つでもどこにも負けないものがほしいという考えで、音響にはとことんこだわった劇場を設計しました。今では有名になったTHX劇場も最初期に導入しています。そもそもシネコンというスタイルもまだ珍しい時期でした。

竹中 チャレンジングですねえ〜、その姿勢、共感します。

遠山 音にこだわった最初の興行は、2009年のマイケル・ジャクソンの記録映画『THIS IS IT』で、私自身がマイケル大好きなので真剣でした(笑)。ただ見るんじゃなく、マイケルのライブのようにしたいと考えて、サウンドシステムを最大限生かしたことが始まりでした。スクリーン下にウーファーを入れた極爆は、米映画『ゴジラ』の上映が最初です。

竹中 米『ゴジラ』から始まり、日本『ゴジラ』に繋がってきているとはオモロイです。ところで、映画館が独自に音響効果を変えられるんですか。

遠山 演出意図との齟齬がないように、可能な限りその作品の音響監督、整音の
方々に音響調整に立ち会っていただいています。海外の作品となると難しいですが(笑)。

竹中 家のテレビで映画を見るのもいいけど、映画館で見る良さはここにありっていうことを感じる一つです。

※「UDトーク」コミュニケーション支援・会話の見える化アプリ http://udtalk.jp/ <http://udtalk.jp/>

デジタル上映で
字幕表示も変わる

松森 私は邦画に日本語字幕を付けてと、機会あるごとに訴えているんですが、今日は日本語字幕からの挑戦を受けました!

遠山・竹中 それ、どういうこと?

松森 字数も多く、表示も速く、「全部読み切れるか!」という挑戦状でした。もちろん、挑みましたとも! もともと政府の専門機関名や固有名詞などのテロップが多いのですが、そこに字幕が加わって盛りだくさん。自衛隊同士の命令伝達の言葉とか、多分健聴者も耳で聞いただけでは理解できないような言葉が飛び交っていました。例えば、自衛隊が数字の「O」を「ひとまる」とか「ふたまる」と言うのは知りませんでした。私の印象に残ったのは、「出世は漢(おとこ)の本懐だ」というセリフの字幕で、おとこが「男」ではなく「漢」の表記に震えました。こっちの方がずっと男気がある!

遠山 楽しんでんでいただけてうれしいです。2006年当時、「いくお〜る」という聴覚障害者に関わる総合情報誌から、日本で最も字幕付き上映本数が多い劇場だと取材を受けました。

松森 2015年に上映された邦画581本の内、日本語字幕が付いたのは66本でした。

竹中 洋画では字幕は当たり前やけど、邦画の場合、字幕が付いてないから見たいけど見られへんという聴覚障害者は多い。映画館からみて何か問題はあるんですか。

遠山 映画の配給の仕方から紹介します。フィルム時代の字幕は洋画と同じように文字をフィルムに焼き込んでいました。今はデジタルデータの上映ですので、字幕もデータです。フィルムの場合は、配送は1作の映画フィルムを5〜6本の小巻に分けて送っていましたから、館側で1本化作業してから上映し、その後、再び小分けにして次へ送るという流れでしたので、上映の前後に3日間は必要でした。邦画の大作など年間5、6作しか字幕を付けていなかったことや、字幕付のフィルムの本数も少ないこともあって、3日〜4日上映しては別の映画館に送るという順番制でした。しかし現在はデータなので、ほとんどの映画館で、同時に何百スクリーンでも自由に上映できるようになりました。

松森 このところ、字幕のありなしに一喜一憂することが続いているのですが、字幕だってゴジラに負けないくらい進化できるし、もっと愛されるものになると確信しました。


「シン・ゴジラ」のポスターを間にシネマシティ滑驩謗コの遠山武志室長(左)とプロップ・ステーション理事長も竹中ナミさん(中)、ユニバーサルデザインコンサルタントの松森果林さん(右)

字幕付きの回の席が
余ったこと

竹中 仕組みは簡単になったんですね。遠山さんが連載コラムで問題提起されていることをお聞きしたいと思っています。記録的大ヒットの『君の名は』について、館の立場から書かれています。日本語字幕上映の回が売れ残ったそうですね。

遠山 そうなんです。日本語字幕上映の初日、9月17日、土曜の11時20分からの回ですが、382席中の約270席で約100席が余ったのです。この映画は公開からこの日まで平日も含め、すべての上映回がほぼ満席状態。それが土曜にも係わらず、しかもこの前の回も後の回も朝の時点で完売していたのです。この日は19時の回も字幕上映をしましたが、開始直前までに何とか満席になりました。この大ヒット作にして、これですからどう受け止めるべきか。

竹中 率直な考えを聞かせていただけますか。

遠山 邦画なのに日本語の字幕が付いているので、わずらわしいと感じる方もいたり、違和感があるのかな、と考えたりもしました。

松森 最近はテレビ番組のテロップなど字幕に見慣れているので、違和感というよりも聴覚障害者のための上映会と思って遠慮する人がいるのではないでしょうか。

遠山 それはあるかもしれません。字幕付きの上映を続けてきたので、特別なアピールをやらなくなっていたことも影響したのかも。やはり続けていくことがまだまだ必要なんでしょう。

竹中 テレビの字幕放送は「字幕ボタン」を押して必要な方だけが見るという仕組みです。映画の場合、それぞれの都合でON・OFFができません。最近、メガネ型のディスプレイ上に表示して自分だけで字幕を読みながら映画が見られる仕組みが出てきました。

松森 「UDキャスト」という仕組みで私も何度も体験しています。スマホやタブレットでも見ることができるもので、全国の映画館で採用が進むそうです。

竹中 この仕組みは演劇や歌舞伎、能などの舞台ものや、美術館などの展示でも活用できるということで、2020年に向けて必要な多言語対応にも役立つと期待されています。

遠山 技術革新によって、字幕鑑賞を他の方にデメリットなく選択できるようになることは大歓迎です。このメガネを使って新しく面白いこと考えようかな(笑)。

竹中・松森 どんどんと面白いアイデア、期待しています。こちらの館の姿勢は大好きです。チャレンジ続けてください!


スクリーン下で音を響かせたウーファーに「こんなにデカイ」と竹中ナミさん(左)と松森果林さん(右)

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