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女性自身 2011年6月14日号より

娘の誕生が人生最大のラッキーや!

 

新連載
Powerful MADAM
パワマダ

新しいニッポンを作る「遅咲きマダム」のパワフル・エンジン
撮影/秋倉庫介

ナミねぇと麻紀さんの写真

ゆっくりと立ち上がる笑顔の娘に、
いとおしげに手を差し伸べる母。
竹中ナミさん(通称・ナミねぇ)と、
「重症心身障がい」の娘・麻紀さん(38)親子だ。
医者からは「一生歩けないだろう」といわれ、
微笑むことすらできなかった娘は、
今ではこんなに大きく笑うし、歩くことだってできる。
「でも私を。オカン々とは認識できへんから、
このコヘの愛は究極の片思いやね」。
そう言って明るく笑うナミねぇは、
"チャレンジド"(障がい者)の支援活動の傍ら、
NHKの経営委員や
官庁の委員も務めるパワフルマダム。
彼女を走らせるパワーの源とは──。

社会福祉法人「プロップ・ステーション」理事長
竹中ナミ(62)

 

ナミねぇと麻紀さんの写真
ふだんは兵庫県にある国立病院に入院している麻紀さんと、長期休暇のたびに退院し、家族との時間を持つ

チャレンジドとは?
「障がいのある人」を表す新しい米語で「the challenged(挑戦という使命や課題、挑戦するチャンスを与えられた人)」が語源。障がいをマイナスとのみ捉えるのではなく、障がいがあるゆえに体験するさまざまな事象を自分自身のため、あるいは社会のためポジティブに生かしていこうという思いが込められている

 

ナミねぇの写真

ナミねぇがパワフルマダムになるまで
(本人提供写真)
7歳ころ、神戸にて
七五三のお祝いで。阪神・淡路大震災で実家が全焼したため、幼少期の写真はこのほかに数枚しか残っていない
16歳で花嫁に
高1の夏休みにアルバイト先で出会った先輩と結婚。同棲がバレた時点で高校は退学処分になった。45歳で離婚
ナミ34歳、娘・麻紀8歳
麻紀さんが入院していた、障がい者養護施設が併設された病院で、同じく入院中のお友達と。右が竹中母子
42歳、プロップ・ステーション設立
ブロッブ・ステーションを立ち上げたころ。ブロップとはラグビーのポジションの名前で「支える」という意味
60歳、歌います!
「ナミねぇBAND」のボーカルとして、毎月ライプ出演を。十八番の『ろくでなし』はあまりにパワフル!

 

 初夏の風が吹き抜けると、竹中麻紀さん(38)は両手を振り上げて笑い、全身で喜びを表した。
「麻紀は小さいころから、風を感じるのが好きやった。でも、こんなふうに笑えるようになったのは最近のことなんよ」
  竹中ナミさん(62)は、そう言って目を細めた。
  障がい者を「チャレンジド」と呼び、自立と就労を支援する社会福祉法人「プロップ・ステーション」の発足人で、現理事長。また省庁やNHKの委員も務め、軽快な関西弁で発言する竹中さん。だが、幼な子のような我が子を見つめる目は、優しい"オカン"そのものだ。

 

不良少女から重度障がい児の母に

 1948年、神戸市生まれ。幼いころから"世間の常識"に反発を覚える性格で、中学時代に不良デビュー。家出を繰り返し、16歳のときには年上の男性と同棲。高校は除籍・退学になるも、同棲相手と結婚し、22歳で長男を出産。近所の子どもたちから「ナミねえ」と呼ばれ、楽しい毎日を送っていた。
  しかし、25歳のとき、大きな転機が訪れる。第2子・麻紀さんの誕生だ。2230cで生まれた娘は、おっぱいに吸いつくことができず、生後3ヵ月になっても体重がほとんど増えなかった。そして、医師から宣告を受ける。
  「脳に重度の障がいがある。回復の見込みはない」
  この事実に、彼女以上にショックを受けたのが、竹中さんの父親だった。娘を溺愛していた父は、麻紀さんを奪い取ってこう叫んだ。
「この子がいては、お前が不幸になる。わしが麻紀を連れて死んだる!」
  目が本気だった。この言葉で、竹中さんは腹をくくった。
「私が辛そうな顔をしていたらダメなんや。父ちゃんの前で、絶対に泣き言は□にせん」

 

岡本敏己さんの写真
講師の岡本敏己さんは、ポリオの後遺症で両手が動かないので、足を使ってパソコンを操作。竹中さんとはブロッブ設立時からの付き合い。得意料理はカレー

「プロップ」のセミナー講師は全員チャレンジド!
プロップ・ステーションでは、ITスキルを高めて就労のチャンスを得たいと考えているチャレンジドや高齢者を対象に、神戸オフィスと東京オフィスの2カ所でパソコンセミナーを開催している。パソコンを初めて使う人向けの基礎コースからワード/エクセルやデザイン分野の応用コースまであり、個別学習も可能。また、企業と連携したチャレンジドへの就労支援事業や、自立を望むチャレンジドの相談も受け付けている

セミナーの写真
(右)プロッブでは、教える側も教わる側もチャレンジドだ。障がいや体調に合わせ、個人授業やWEB講義を選ぶこともできる。
(左)大きなスクリーンを使いながら、机の下にマウスとキーボードを置いて講義をする岡本さん

 

介護、子育て、猛勉強、そしてボランティア

 麻紀さんは皮膚の感覚に異常があり、母親が触れるだけで拒否反応を起こして泣き叫んだ。"母と子の絆"なんて神話にすぎなかった。泣き続け、暴れる我が子の世話で、睡眠時間が2〜3時間という日々が何年も続いた。
  いちばんの味方であるはずの夫も、育児・介護の手助けはまったくしてくれなかった。
「『家事や育児は女の仕事』という……まあ昔の日本の男の人の典型やったんね」
  しかし、竹中さんは諦めない。医学書を読み漁り、いくつもの病院を回り、専門家に質問を繰り返しては「アンタ、しつこいな」と顰蹙(ひんしゅく)を買いながらも、障がい者医療や福祉を猛勉強した。同時に、重度障がい者施設でボランティア活動を始める。
「私、そういうときほどパワーが湧いてくるんよ。もともとワルで、世間のレールからはみ出していた。だから、絶対にレールに乗れない娘を授かったことで『これで私も、堂々とレールを踏み外せる』と。不遜な言い方やけど、解放されたような気がした。麻紀の視覚は光を認識する程度やし、今も私が母親であることをわかっていない。だけど、手を握り返してくれたり、はじけるような笑顔を見せてくれたりするようになった。ゆっくりやけど、確実に成長してる。悠久の時を生きる娘と一緒やから、私も焦ることがなくなった。麻紀は私を変えてくれた恩師や」

 

チャレンジドを納税者にしたる!

 娘が20歳のとき、離婚が成立。麻紀さんは国立病院に入院する。そして'91年、ボランティア活動で培った経験や人脈を生かし、チャレンジドの自立・就労を支援する「プロップ・ステーション」を立ち上げる。このとき、竹中さん42歳。
「日本の障がい者福祉は、チャレンジドを『保護すべき人たち』として福祉施策の対象としてきた。チャレンジド側も『社会から何をしてもらえるか』と受け身になり、障がい種別による組織間の確執も大きかった。私はそれを、すごく残念なことやと思ってました。それよりも、『自分が社会に対して何かできるか』を考えるほうが、素敵ちゃうかって。チャレンジドのなかには、社会を支える力になりえる人材がいっぱい埋もれてる。プロップのスローガン『チャレンジドを納税者にできる日本』には『チャレンジドの誇りを取り戻す』という意味も込めています」
  設立から20年。プロップはパソコンセミナーの講師を務める岡本敏己さん(64)や、イラストレーターで絵本作家のくぽりえさん(36)など、設立理念を体現する人材を多数輩出し続けている。

 

ナミねぇとくぼさんの写真
竹中さんが自慢げに見せてくれたのは、くぼさんがイラストを手がける「イオン化粧品」のカレンダー。この仕事は今年で7年目。

プロップから"プロ"になったチャレンジド
プロップ・ステーションのセミナーで培ったスキルで、たくさんのチャレンジドが職を得、納税者となっている。イラストレーターのくぼりえさんもその1人。企業広告などのイラストを手がけるほか、2冊の絵本も出版している。"障がい者だから"ではなく、プロとして実力を認められて仕事を受けることがプロップのこだわりでもある。

くぼさんの写真
(右)大阪府枚方市の自宅アトリエで、24時間介護が必要なくぼさんの傍らには、いつも母親がいる
(中) くぼさん2作目の絵本『およぎたい ゆきだるま』。透明感のある色使いが楽しい
(左上)腕は動かないが、指が動く。母親に手を移動してもらい指先で細かな作業をする。爪には美しいジェルネイルが
(左下)部屋にはくぼさんの描いたカードがたくさん。心に留まった風景を、その場でスケッチする

 

原動力は──娘を愛する"オカンのワガママ"


 だが、麻紀さんの脳障がいは非常に重い。彼らのように自立することは事実上不可能だ。それでもチャレンジドの地位向上のため、走り続けられるのはなぜか。
「麻紀の障がいが軽かったら、私は逆に娘のことにだけかまけていたと思う。麻紀は絶対に働けへん。だからこそ、自立できる人は自立して、麻紀のような人たちが尊厳を持って生きられる社会にしたい。ほんで、私が『麻紀を残して安心して死ねる日本』にしたいねん。まあ、言うたら、ただの"オカンのワガママ"やね(笑)」
  そんなオカンの愛のパワーが、日本の社会を変えている。

 

ナミねぇと麻紀さんの写真

マダムの転機 25歳、麻紀の誕生

この笑顔を見るだけで、
パワーがどんどん湧いてくるんや!

●プロップ・ステーションヘの問い合わせ
パソコンセミナーに参加したい方やチャレンジドヘの仕事依頼、竹中さんの講演依頼などはこちらから。
オフィシャルサイト: http://www.prop.or.jp/
(問)神戸ネットワークセンター Tel:078-845-2263 Fax:078-845-2918 E-mail:prop@prop.or.jp

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