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週刊東洋経済 2011年4月9日号より転載

INTERVIEW 3 社会を導くリーダーシップとは

人を助けるのは人
「つなぎ役」が創造生む

震災の混乱で生まれた新たな英知。人ときちんと向き合うことが助けになる

プロップ・ステーション理事長
竹中ナミ
Nami Takenaka
たけなか・なみ1948年神戸市生まれ。重症心身障害の長女を授かったことから、障害児医療や福などを学ぶ。91年にブロップ・ステーションを発足、98年に社会福祉法人に。著書に「ブロッブ・ステーションの挑戦」、「ラッキーウーマン」。
撮影:梅谷秀司

 「チャレンジドを納税者にできる日本」。1991年に設立された社会福祉法人プロップ・ステーション(神戸市、以下プロップ)は、ICT(lnformation & Communication Technology)技術を利用することで、障害者就労の面で多くの実績を積み上げてきた。「ナミねぇ」こと竹中ナミ理事長が率いるプロップの活動が飛躍するきっかけは、95年の阪神・淡路大震災だという。

 「チャレンジド」(Challenged)とは米国などで広まった言葉で、「挑戦する使命や課題を与えられた人」という意味です。でも実はチャレンジドは「障害者」だけやないんです。「問題や困難に向き合うことができる人」という意味もあります。

 今回の震災で被害を受けた人たちも、まさに「チャレンジド」。財産をなくし、大事な家族さえ失って困難だらけやと思います。でも尋常やない課題や危機に正面から向き合って、必ず切り抜けていく力があると私は信じています。実は私も阪神・淡路大震災では実家を焼失するなど、プロップの活動から私生活まで、当時は困難だらけやったんです。

 今回の震災では、携帯電話を片手に誰もが当然のようにネットを使い、メールを使って情報収集をしていました。今では何かあればネットを利用するのが当たり前ですが、危機的状況の中でこれほどネットが使われるようになったのは、阪神・淡路大震災からなんです。しかも、チャレンジドの行動から始まったんです。

 プロップは阪神間で立ち上げたこともあり、阪神・淡路大震災では関係者すべてが被災しました。でも、「オレは生きてるで」「誰それは大丈夫なんか」と安否情報がパソコン通信で飛び交い、関係者全員無事であることが早い時期にわかりました。要介護で自分の身体を自分で動かせないのに、「これでええんか。何か自分にできることがあるはずや」と、彼らは考えたんです。

 当時はまだインターネットではなく、ニフティやPC−VANといった「パソコン通信」が全盛の時代。そこで思い浮かんだのが、パソコン通信の「掲示板」機能でした。この掲示板にアクセスすれば、一度に多くの人が同じ情報が得られます。たとえば、「車いすの人が入れるお風呂はないか」と質問を上げると、「どこそこの老人ホームのお風呂なら入れまっせ」と誰かが答えてくれる。その情報をボランティアに伝えて、パソコン通信を使っていない人のために張り紙などにしてました。1対1でしか伝えられない電話やファクスと比べると、非常に強力な伝達手段やったんです。

 自らも被災者だったチャレンジドが、通信ネットワークを駆使して仲間を支援するという、想像もしなかった活動が生まれた。そして「パソコンボランティア」という言葉が定着していったのも、彼らの行動が始まりやったんです。

 誰もが茫然自失だった中で、パソコンを通じて情報と人をつなぎ上げ、さらには人と人とをつないだ。パソコンに、そんな力があったんやと気づいたんです。「なんや、パソコンなんてただの機械の箱やんか」。パソコンが高価だった当時、そう揶揄されたこともありました。でも、そんな機械であるパソコンを通じて、人と人とが「向き合い」、人と「通じて」助け合えることができた。だから、プロップにとっては「IT」ではなく「ICT」なんです。

相手を思う「翻訳力」こそ
1+1=5の力に

 阪神・淡路大震災までは、障害者向けも含めた福祉事業は「官」がするもんやと思っていた。ところが、民どころか官も未曾有の事態で機能不全になってしまった。だから、地域のみんなで助け合わなアカンとなった。その答えの一つが、紹介してきたチャレンジドの行動です。彼らの行動が、神戸の復興の一助になったのは知られざる事実です。

 今回の震災でも、地域の一人ひとりが向き合って助け合っていけば、必ず光明は見える。つらい状況やけど、必ず希望はあります。阪神・淡路大震災から復興できたのは、「支え合い」の心と行動があったからです。

 プロップとはもともと、「支え合う」という意味です。阪神大震災でのチャレンジドは、パソコンという道具を使って支え合い、人と向き合うことができました。「人を救うのは人」。これが大震災復興のキーワードになりました。

 私はそんなプロップの理事長ですが、リーダーシップがあるかなあと考えると、違う気がする。強いパワーとカリスマ性で人を引っ張っていくのがりリダーシップと思うけど、私の場合はむしろ人と人とのつなぎ役に徹することやからね。

 私は自分のことを「つなぎのメリケン粉」と呼んでます。社会とチャレンジドをくっつけるメリケン粉のような存在や、と。だから、プロップの活動に誰かの力が必要となったら即、行動開始。強い心臓と□は私の特技やから、どんな相手でも「巻き込まなアカン」となったら、巻き込まれてもらいに行くんです。

 これまでプロップは、官公庁や企業をはじめいろんな人や組織と活動を共にしました。彼らはチャレンジドに就労し納税者になってもらうための、最大のパートナーだからです。

 とはいえ、ただ要求ずるだけでは絶対ダメ。どんな人にも、その人の思考方法や立場、組織の論理がある。相対する人が受け入れるような論理とメリットを伝えることが必須。「してくれないから」と攻撃しても、何も生まれてけぇへん。

 必要なのは「翻訳力」。これは、相手の立場に立って、相手の思考万式や論理構造を思いながら話すことです。「私たちが組んだら私はこうなり、あなたはこうなる。1十I=5にできる」ということを、相手の言葉で話す。これが「つなぎのメリケン粉」の役目。相手が身を乗り出してくれるような接し方をしないと、どこともくっつけません。くっついてこそ、何か新しいこと(おいしいお好み焼き!)を生み出せる。だからこそ翻訳力が必要やと思ってます。

 冒頭で「チャレンジドは障害者だけを指すんやない」と言いました。高齢化が進み、介護を必要とする人がますます増えてくる日本では、性別年齢、障害の有無や文化の違いなどを超えて、すべての人が、自分たちの持っている力で社会を支え合えるような「ユニバーサル社会」を創出せなあきません。日本人は今、全員がチャレンジドともいえます。「ユニバーサル社会」を構築するために、「つなぎのメリケン粉」がもっと広がればと考えています。

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