NEW MEDIA 2000年6月号 (2000年5月1日発売)より転載

【The Challenged とメディアサポート】(31)

特別鼎談●チャレンジドとNPOの可能性を語る

政府、企業にできないことの受け皿になるNPO

2000年5月1日、マイクロソフト日本法人では、8年半にわたって社長を務めた成毛真 氏が取締役特別顧問に、常務取締役だった阿多親市氏が代表取締役社長に就任した。

成毛氏は社長在任中、売上高を約19倍(1999年度1,690億円)に伸ばす一方、独自の社会貢献観で、NPOを支援し社員のボランティア活動を奨励する企業風土を育んだ。そんな中で、まず成毛氏個人として応援してきたのが、この欄でもおなじみの社会福祉法人 プロップステーションである。

阿多氏は、そんな成毛氏の腹心の部下だった。社長交代に先立つ4月4日、成毛・阿多両氏とプロップ理事長の竹中ナミ氏の鼎談が実現。3氏はチャレンジドとNPOの可能性を中心に新しい時代のビジョンを語り合った。

(構成:中和正彦=ジャーナリスト)

竹中ナミ(たけなか・なみ)

社会福祉法人プロップ・ステーション理事長

1948年神戸市生まれ。1972年に重度心身障害の娘を持ったことをきっかけに、数々のボランティア活動に携わる。1991年コンピュータ技術でチャレンジドの就労を支援する団体、 プロップ・ステーションを設立。1999年社会福祉法人認可を受け、理事長に就任。

成毛 真(なるけ・まこと)

マイクロソフト(株)取締役特別顧問

1955年札幌市生まれ。中央大学商学部卒業。1981年潟Aスキーに入社。1982年潟Aスキーマイクロソフトに出向。1986年マイクロソフト鞄社。1991年代表取締役社長に就任。2000年5月、取締役特別顧問に就任。潟Cンスパイアを設立。なお、1999年より社会福祉法人プロップ・ステーションの理事も務める。

阿多親市(あた・しんいち)

マイクロソフト(株)代表取締役社長

1958年神戸市生まれ。島根大学法文学部法学科卒業。アイワ鰍経て、1987年マイクロソフト鰍ノ入社。1998年1月、常務取締役に就任。2000年5月、代表取締役社長に就任。

「すごい会社」から「いい会社」へ

竹中

阿多さんに初めてお目にかかったのは、もう4〜5年前でしょうか。出身の話をしたらお互いに神戸で、「実は聞いて欲しい話があるんやけど」というのでお聞きしたら、ご親戚の重度のチャレンジドの方のことで、とても強く印象に残っています。

阿多

今年18歳になる甥のことで、だんだん将来どのようにやっていくという問題が差し迫った時でした。竹中さんの活動は成毛さんから聞いていましたので、お目にかかった時に相談しました。

竹中

チャレンジドの母親は、わりといろいろなところに行って「ウチの子はどうしたらいいんでしょう」と相談していますけど、ビジネスの世界にいる男の人はなかなかそういう話題は出しにくいものだと思います。阿多さんの場合は自分のお子さんのことではないですけど、初めてお目にかかった時にそういうお話をなさったので印象的でした。

その阿多さんが、プロップがお世話になってきた成毛さんの跡を継いで社長になられるということをうかがって、不思議なつながりを感じました。次期社長としての抱負を聞かせていただけますか?

阿多

成毛さんとは10年以上一緒に仕事をさせていただきましたけど、ものすごい勢いで駆け抜けてきた10年で、今は組織も仕事も見直しの時期に来ていると思います。もちろん、いままでやってきたことが間違いだとは絶対に思いません。設立25年が経ち、当初掲げていた「コンピュータをすべてのオフィスと家庭に」という目標もほぼ実現して、いまは次のステージに上がらなければならない時期に来ているんです。多分これまで「すごい会社」とは言われてきたと思うんですけど、これからは「いい会社」と言われるような成熟した大人の会社にならなければいけない。そういう時期に差しかかっていると思うんです。そのためにはぼくに何ができるかは、まだ分かりませんが、とにかく正直に本音でぶつかっていこうと思っています。

竹中

日本全体が、戦後ものすごい勢いで経済発展した後の転換期ですね。

成毛

組織というのは、企業であれ国家であれ、一種の人格を持ちます。そして、放っておくとどんどん老化します。企業では、その流れを断って一番手っ取り早く変化を起こせる方法は、トップの交代なんです。

恐らく日本の組織は、自分で変われないところは金融ビックバンのように無理やりにでも変化させられる時期が来ています。その中で福祉の世界は、恐らく一番自分からは変わりにくい世界ですね。

ぼくがプロップを応援しているのは、単に「チャレンジドを納税者に」という考えに共鳴しただけではなくて、これは日本の福祉を変えるという期待があるからです。

竹中

ありがとうございます。

税金を払うのは誇りの問題

竹中

阿多さんには初対面で障害を持たれた甥御さんのことを相談されて少し驚きましたけど、同時に「きっと成毛さんが会社でプロップのことを話してくれているんだな」と感じて、嬉しく思いました。でも、成毛さんは、表立ってプロップを応援しているというお話をなさることはないですよね。

阿多

成毛さんは、プロップへの応援の他にも、災害時の支援をなさったり「社員が公益活動に寄付をした時は会社も同額の寄付を出す」というマッチングギフトの制度を作ったりなさいましたが、それをPRネタにはなさいませんでした。「こういうことは黙ってやるものだ。それが、ぼくらの誇りだ」というお話を聞いた時は、この会社に勤めていることが涙が出るほど嬉しかったですね。

成毛さんがまいた種は、社員の中でいっぱい育っています。いろいろな形で社会貢献を考えている社員がいて、プロップの活動に思い入れのある人もいっぱいいます。

竹中

「黙ってやる」というのは、どういうお考えからですか。

成毛

慈善事業的な行為を使って、自分あるいは自社のイメージをアップさせようという偽善的な行為は嫌いなんです。

それと、会社としては、儲けを出して相応の税金を払うことが先決なんです。日本の会社の6割ぐらいは赤字で、税金を払っていませんでしょう。非常に儲けている会社が、決算を赤字にして、ちゃんと税金を払っていない。そういう会社が、一方で社会貢献を掲げて寄付行為などをしていたりする。これは、株主に対しても社員に対しても、いいことではありません。不正義だと思います。

また、往々にして経営者は、自分の好きなところに会社のお金を出しますね。ぼくはそれも嫌いなんです。会社は私物ではないですから。だから、ぼくはまず自分のお金から寄付をして、その時に会社も同額を寄付するという制度にしたんです。

まあ、そんなことで、寄付は声高に言ってやることではないと思っているんです。

竹中

税金を払っていない会社が多いというお話がありましたが、そんな社会の中でプロップは「チャレンジドを納税者にできる日本人」というスローガンを掲げています。これに「共感するよ」と言ってくださる方が、成毛さんを始め、すごく広がっています。

成毛

障害を持った人にとっても、一番大事なのはお金ではなくて、人として誇りだと思います。そこを考えない支援は、偽善的な行為かバラまき型の福祉かということになるでしょう。そういう意味で、障害を持った人も社会に出て働いて税金を払うというのは、極めて正しい。ただ、このスローガンは過激ですよね(笑)。

竹中

そうですね(笑)。でも、プロップのチャレンジドは真剣に納税者になろうとしています。それはやはり、この社会を支える一員でありたいという、人として誇りの問題だと思います。

一般には福祉の保護を受けなければ生きていけないと思われている人たちが、実はいろんな潜在的なパワーを持っている。本当の福祉というのは、そのパワーを引き出して社会の中で発揮してもらって還元されるものではないか、というのが、このスローガンに込めた意味なんです。

それに、働いて収入が得られるようになれば、当然、消費者としてのパワーも出てきますよね。福祉というと、どうしても「気の毒な人に手を差し伸べよう」という感じで、経済の枠外で考えて来ましたけど、それでは続かないと思います。

やる気は教育から

阿多

仕事の話になって恐縮ですけど、ぼくらがパートナーに自分たちの製品を売ってもらおうとする時、「この製品は儲かりますよ。売ってくれたら、これだけリベートを出しますよ」というやり方をすると、最初は売上がいいんですけど、もう翌年はダメですね。それでもリベートを出し続ければならなくなって、コストが高くなるばかりです。だから、ぼくらはそういうやり方はしません。その代わり、先方の社員の方々が当社の製品を勉強していただくためのコストを当社が持つというやり方をしています。そうすると、最初は売上よりもずっと教育コストが大きくなるかも知れませんけど、いずれ逆転します。

プロップでも、チャレンジドに最初に技術を身につけてもらう段階ではお金がかかると思うんですけど、その人たちが技術を身につけて前向きな気持ちになって、仕事をするようになるなら、高いコストではありませんよね。そういう意味では、私たちと同じ考え方かなという気がします。

竹中

そう言っていただけると嬉しいです。実は、重度のチャレンジドにとって仕事をすると言うことは、いままでは憧れにとどまっていたんです。「仕事をしたい」と切望しても、「年金をあげるから働かなくていいんだよ」「お父ちゃんお母ちゃんが一生困らないようにしてあげるから、そんなこと考えなくていいんだよ」という環境の中には、何らかの知識や技術を身につけて自分にできる仕事をつかんでいくステップがなかったんです。そこでプロップがやったのは、第一歩から、それこそパソコンのキーを覚えることから始めて、自分に合った道を発見してもらって、仕事に必要な知識や技術を身につけてもらうこと。パソコンセミナーをしていますけど、パソコンが上手になることを目的としたものではなく、パソコンを手段にして自分を表現したり能力を発揮したりすること、要するに自己実現に向かうための場なんです。

阿多

自己実現が人間の幸福だとしたら、そのためには能力開発が必要です。当社は、ワールドワイドな会社としては教育熱心な会社だと思いますが、アメリカ流の教育が日本人に合うかどうかは、よく考えてやらないといけない。アメリカ人の望む自己実現のあり方と日本人の望む自己実現のあり方は違うんです。どっちがいいかということではなしに、人の望みに応じて教育は変わっていくべきだと思います。ただ、教育を軽んじることは、どんな国に対しても、どんな人に対しても許されません。

竹中

その勉強するチャンスが、チャレンジドの場合は障害のない人に比べて非常に少なかったんですよね。それはもう学齢期ですから。だから、プロップに来てコンピュータの勉強は始めたけれども、ソーシャルスキルが全然できていないというケースが、かなりあるんです。そこをどうしていくかは、いまも大きな課題です。ただ、パソコンは手段だと言いましたけど、コンピュータの手段のほうの進歩はすごいですね。これからどうなっていくんでしょう。

成毛

コンピュータの能力は、恐らく今後10年で1000倍ぐらい上がると思います。そうなると、音声入力や視線入力といったさまざまな操作方法が洗練されていって、もうキーボードなんか使わなくても操作できるようになります。いまは教えてもらったり手助けしてもらったりしなければ使えない人も、独りで使えるようになります。

ただ、コンピュータを使うこと自体は、機能面の向上を持っていればやさしくなりますけど、使って何をするかは難しい問題ですから、早く始めたほうがいいですね。

NPOと政府、企業がどれだけ連携できるか

竹中

早く始めたと言えば、マイクロソフトに入った全盲の天才・細田和也君がいます。彼はこの春から、地域の視覚障害者にパソコンを教えるボランティアを始めたそうです。彼が言うには、自分はマイクロソフトでアクセシビリティ技術を担当させてもらって、技術者としての満足感を得ることができた。ところが、だんだん製品が実際に使われている現場のことが見えなくなった。そこでボランティアを始めたということです。で、やってみて、「自分が技術者として会社の仕事でやれること以外に、まだまだこういうボランタリーな活動で埋めなければならない部分があるなあと感じた」と言っていました。

成毛

それはNPOでやるべきか、会社でやるべきかという問題はありますね。会社でやるというのは、細田さんが自分で会社を興してやるということも含めて、視覚障害者の方からきちんとお金をいただいてやっていくという道もあるかも知れないと思うんです。また、地域特性や障害の特性に合わせてやるということにかけてはNPOのほうが効率がいいんですけど、全国的に展開していくということにかけては会社のほうが早いです。だから、NPOと企業がどれだけ連携できるかという問題もあると思います。

竹中

成毛さんは早くからNPOの役割に目を向けられていましたよね。

成毛

これまでは、国が皆から税金を集めて必要なところに再配分するというシステムでやってきました。ところが、各省庁バラバラにものごとを考えていて、しかも複雑化しているので、どこにどれだけ配分すれば一番平等になるか、わからなくなってしまっています。同時に「もっと政府の役割を小さく」という時代の要請もあります。そんな中で、政府にも企業にもできないことの受け皿になるのが、NPOだと思います。

それに合わせて、再配分のシステムも変える必要があります。たとえば、400万円税金を払っていた人は、それを200万円にしてもらって、もう200万円は自分が支援したいNPOに寄付するというような形にしたらいい。そうすれば、もう少し住みやすい世の中になると思うんですけどね。

竹中

そうですね。いま中央省庁の縦割りの話が出ましたけど、プロップの活動はまさにそれに直面してきました。「重度のチャレンジドが」というと、まずは厚生省の話なんですけど、「パソコンを使って」と言えば通産省の話になり、「ネットワークで」と言えば郵政省の話になり、「納税者に」と言えば大蔵省の話になる。そういう活動をしているので、どこに「あんたらはウチの管轄だからね」と言われても困るんです。

だから、企業や個人に、いままで税金として納めていたお金の一部を「こういう目的のためにプロップに」といって出してもらえるようになったら、とてもありがたいです。そういう形で、いろいろなNPOが出てくればいいと思います。日本はまだ、欧米に比べてNPOが社会のニーズに応えている規模が小さいと思います。

成毛

それと、欧米ではNPOをもっと広い意味で補えていますよね。学校や病院はもとより、町内会みたいな組織もそうです。たとえば、カナダのカルガリー市の話があります。カルガリー五輪の時にできたボランティア団体が、その後もいろいろ町おこし活動を続けて、その結果、カルガリー市の経済成長率はカナダの中でトップクラスになっているんです。観光収入が上がっていますし、なにより市民が前向きになっているんですよね。

竹中

プロップも前向きにやっていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。今日は、ありがとうございました。


「いろいろなNPOが出てくればいいと思います。日本はまだ、欧米に比べてNPOが社会のニーズに応えている規模が小さいと思います」 (竹中)

「ぼくがプロップを応援しているのは、単に考えに共鳴しただけではなくて、日本の福祉を変えるという期待があるからです」 (成毛)

「自己実現が人間の幸福だとしたら、そのためには能力開発が必要です。教育を軽んじることは、どんな国、どんな人に対しても許されません」 (阿多)

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