月刊Mie 2000年(平成12年)2月号(2000年2月1日発行) より転載

【2000年新春座談会】(後編)

21世紀の三重を語ろう

自立した地球市民をめざして

2000年、新たな時代の節目を迎えました。
21世紀を目前にして、 三重県では行政と市民活動が対話を始めています
その積み重ねで、三重県はどう変わるのでしょうか。
北川県知事と、各自のビジョンを実現化する3人による 「21世紀の三重」への期待と提案。

先月号につづいて後編をお届けします。

――前編では、行政と県民の間で、行政改革のための対話と協働が始まっている三重 県の姿を確めました。  後編では、さらに企業も参画して、それぞれが生き生きと力を発揮できる社会につ いて探ってみます。

中村

知事が「バリアフリー」だとか「情報通信」だとかおっしゃると、県民の中には「北川知事、経済よりもそんなことに力入れてるぞ」と見る人もいるんですね。特に経済界の人たちは「俺たちの仕事に役に立たんやないか」と。

「もっと直接的に金が落ちるプロジェクトを考えるべきやないか」という声が出てく るんですけど。

北川

写真:三重県知事 北川正恭さん

先々、経済効果はじつはあがってきますよ。 「環境なんかで飯が食えるか」という、それが今までの論理だったんです。これが今 や環境やらないと生きていけないという時代でしょう。

中村

情報通信はどうです?

北川

僕はIT(=情報技術)革命は、お金もうけというより、むしろデモクラシーの再構築だと思ってるんです。ひとつの情報が、双方向に同じ時間で伝わるでしょう。

誰もが同時に情報を得られる世の中は、これまでのような階層型じゃなくなりますよ。ネットワーク型に変わるでしょう。

だからちょっと失礼な言い方したらね、今日みたいに知事が会談するというたら、昔なら商工会議所の会頭、農協の組合長、医師会の会長、そういう顔ぶれになったも んですよ(笑)。

中村

ほんと、そうですよね。

北川

ね?いっぺんに変わってるわけですよ。ネットワークがフラットだから。今日来てる人たちみたいに、自己実現する人が立派であるということになってきてるんですよ。

技術と未来への貢献

竹中

「空を飛びたい」、「宇宙へ出てみたい」と夢見たから、飛行機やロケットが できたでしょう。

科学とか文明とか技術が、不可能を可能にするために研究されてるんだとすると、不可能が多い人がじつはいちばん科学に貢献する人なんですよ。

中村

なるほど。

竹中

写真:社会福祉法人プロップ・ステーション 理事長竹中ナミさん

だとすると、私たちが「チャレンジド」って言ってる、障害のある人たちがいちばん科学に貢献する人なんです。そういう人が増える、明日の高齢社会にとってもすごく大きな貢献を果たしているんです。

知的ハンディの子どもさんたちで多動性、動きまわる子どもさんは、よく行方不明になって、親が探しまわって、大変なんですよ。でも、残念ながらこの経験を技術に変えようという議論はされなかったんです。まわりの目をどれだけ光らすかとか、施設の壁をどれだけ高くするかとか。そんなことばっかり。

今、高齢者の徘徊が問題になって、そういうお年寄りを発見する、守る技術が要るようになったでしょう。

多動性の子どもたちをそういう目線で見てたらね、もっと早く技術ができてたかもしれない。

そう考えるとね、重度のチャレンジドたちがきちっと社会に参画して仕事もできる技術は、産業への貢献でもあるし、科学への貢献でもあるし、人類への貢献でもあるんです。

中村

写真:鳥羽水族館 企画室長 中村元さん

神島の子どもたちといっしょにコンピュータ・ネットワークを進めてきたんです。

今までは文部省からお金もらってやってたんやけど、この後も自分たちの手で育てていこうということになって。先生たちがなんとかしようって、自分たちで教育委員会に言いに行くようになりましたからね。

子どもたちも、ちっちゃな島の外へ出ていくのを怖がる子が多かったけど、平気で『欽ちゃんの仮装大賞』なんて出て、島あげての応援で。

田部

鳥羽の離島が変わったんですね。

中村

変わったんですよ。いろんなところでバリアフリーをつくっとんのやね。

田部

私たちもね、青少年育成県民会議の理事したとたんに20万円くらいの助成金をいただいたので、それで「電子広場」をやろうとしてるんですよ。日本中の子どもたちがどうつながっていくのか。コミュニケーションの広がりを持ちだすでしょうね。

中村

野球やサッカーの広場じゃなくて、もっといろんなものつくっていける広場だとわかってるから、みんな集まってきますよ。

真の協働社会をめざすなら

中村

今、行政とNPOのコラボレーションは曲がりなりにも始まっていると思うんです。

でも、それに企業が加わらないと真のコラボレーション、真の社会のシステムにはならないような気がするんですね。

北川

たとえば所得税をうんと下げ、寄付を税控除の対象とすれば寄付が増えるはずですよ。

このような社会ではおのずと寄付が義務にならざるを得ないから。

選択の余地無しに、ばあんと消費税とられちゃうのではない、選択可能な社会をつくったほうがいいかもしれない。

個人の自由を保証する社会。自己責任問われるけれども、つらい社会だけど、ほんとにフリーな、自立した市民が住む社会でしょう。

選択の余地のない社会では、中村さんが言う、官とNPOと企業が協働する真の社会システムは生まれないでしょう。

多様な、それぞれの人生観を行政がどうサポートさせてもらえるか。需要が複雑多岐になれば、行政は多様な供給をしなきゃならない。

でも、それには限界があるんです。なぜならば税金という公金をお預かりしてやる ことだから。

だから、「特別な需要はNPOさんがやってください」、するとそれは単独セクターになるから、「どうぞNPOさんも情報公開してくださいね」と、クリアな社会に なるんです。

小さくなればなるほどコラボレーションは大きくなる。

そうなったときには、官、民、企業が参加しての、真の社会システムが生まれるはずですよ。

中村

ナミねえの活動はアメリカや日本の企業の協力をとりつけることをすでにしているんですよね。

竹中

うちは障害者の人がかわいそうやから「パソコンください」とか、「手伝ってちょうだい」とか言うたこといちどもないんですよ。
「おたくの会社が欲しくなるような人が、うちからぜったい育ってくるからね、先行投資しときや」って言うの。

経済人は先行投資はちゃんとするわけですよ。だけど、恵んでくれって言うとちがうのね。「暴力団対策の窓口へどうぞ」って。まあ、私も言われやすいタイプですか ら(笑)。

そう言われんようにいかに企業から積極的な投資を引き出すか。今は、外資系が多いけど、日本の企業でもそういう意識になってるとこ多いですよ。

田部

写真:子ども劇場三重県センター 常任委員長 田部眞樹子さん

国の、お金を握ってるところが、権力を手放さない方法を一生懸命考えるんじゃなくて、みんなが住みやすい社会をつくること考えれば、企業との対話はスムーズになるはずなんですよ。
つまり税制なんですよね。

10万円のうち、7万円は国へ納めなさい、あとの3万円は自分が支持したいことに出していいですよと。そういう選択権のある税制をつくっていく。
「自分はこれを支えている」という、生きがいを持てるお金の出し方、支えられ方ってあるんですよ。

それから寄付税制でも今、私たちは不動産なんか寄付してもらえない状況でしょう。そういうシステム変えなきゃいけない。

システム変えながら意識も改革していく。この両輪でいかないとNPOが経済を担えるまで発展していけないと思うんです。

知事さんがやってらっしゃることは、ゆくゆくの経済効果を生むことだと私は思ってるんですよ。今はそう見えないかもしれないけど。

私たちNPOが育って、経済効果を生めるようになっていかなきゃいけない。

自立した県民となって

中村

国は、三重県に刺激されてちょっとずつ変わっていくんですかね?

北川

三重県に限らず、地方自治体のメンバーはだいぶ生活者起点の考え方が出てきてますから、我々が提案する政策をどんどん取り入れてくれますね。

一気に変わるのではなくて、理想を実現させる道をどう見つけだすか、どう斬り込むか、その連続だと思うんですね。

中村

国が変わったときに、三重県はけっこう得してるなって思えるはずですよ。他県が「わあえらいこっちゃ、変わった」って慌ててるときに、三重県だけ「ほーら変わったぞ。前からわかってたんや」って。楽しみやな(笑)。

ナミねえ、外から見てて三重県はどうですか。

竹中

おもしろいと思う。すごく。全国にたくさん知事さんいるけど理論のはっきり見える人って少ないし、その中でとりたてて刺激的。言わはることもやらはることも おもしろい。

私らみたいな離れたところにいるもんでもそうなんだから、まして目の前にいては る人たちは・・・。

北川

辟易としてますよ(笑)。

竹中

まあ、しながらも、ビジョンが高いところにきっちりあったらみんなに目標が 見えるから。

線を低いところへ置いてしまうとね、ぐちゃぐちゃになるんですよ。

うちらの『チャレンジドを納税者に』もそうだけど「無理かもわからんぞ」みたいな大きいこと言っとくほうがいい。

中村

僕ら、ナミねえとか知事のやりかたは独裁的民主主義だと言ってるの(笑)。

北川

妥協からは新しいこと生まれないんですよ。

一同

うん、そうです。

北川

そうじゃないと閉塞感はなくならないよ。

中村

だからこそみんなついてくるんですからね。

北川

いや、ついて来ないよ(笑)。

中村

だって、僕ら知事がこういうことしなかったら、今やってるようなこと、やりたないですよ、めんどうくさくて。

田部

そりゃそうですよ。夢、希望、トンネルのむこうに明かりがあるからやろうと いう気になるわけで。

北川

人のせいにしないでください(笑)。

田部

いや、もちろん自分たちの問題だと思ってますけど、明かりがないとね、やっぱりときどき萎えますよ。

自己責任で考えようとしてない人にとってはきつい知事さんだと思いますよ。でも、これからの新社会に責任持っていこうとしてる人たちは共感してます。

北川

そのかわり、そういう人たちは僕にもきついですよ。それが自立した市民ですよ。おたがい自立してないとさ。夢みたいな話ばかりしてても誰もついてきてくれないし。

田部

お忙しいと思いますけど、ぜひそういう人たちとの接触をお持ちになっていただきたいなと思いますね。

北川

ぜひ教えてください。やっぱり現場で見ててね、刺激受けるんですよ。それでわかることだと思うんですよ。

中村

これまで政治は使うものやと思ってたでしょ、みんな。

それも金のある人しか使えなかった。
そうじゃなくて政治はみんなのものやと変わってきてるんじゃないですか。そういう「目覚め」に背中を押されて、ひとりひとりが、自分の持ち場で、自立した県民になる一歩を踏み出せれば、三重県の変革は速度を増すはずです。今日はみなさん、ありがとうございました。


(津市・津都ホテルにて)

ページの先頭へ戻る