ひょうご地域創生通信 2019 vol.04より転載

兵庫を元気に!!

「重い障害があっても働ける」
ICTを使って福祉の常識を覆す

社会福祉法人プロップ・ステーション理事長 竹中ナミさん

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兵庫を元気に!!
「重い障害があっても働ける」
ICTを使って福祉の常識を覆す
社会福祉法人プロップ・ステーション理事長 竹中ナミさん

「私は口と心臓だけがギネス級で、機械については今も全然駄目なの」。そう言って豪快に笑う竹中ナミさんは、コンピューターがまだ家庭に普及していない約30年前から、障害のある人がパソコンなど情報通信技術(ICT)を活用して仕事をする環境づくりに尽力してきた人物です。自身が理事長を務める社会福祉法人プロップ・ステーションでは、障害者を“挑戦という使命を与えられた人”を意味する「チャレンジド」と呼ぶことを提唱し、「チャレンジドを納税者に」をスローガンに、彼らにICTを学ぶ場や就業の機会を提供してきました。

始まりは、重度の障害で寝たきりだった知人たちの「働いて納税者になりたい」という言葉でした。心身に重い障害のある娘の麻紀さんを育てる中で障害者福祉活動に携わっていた竹中さんにとって、それは驚きの発言だったといいます。「軽い障害でも仕事が全然ない時代でしたから、重度のチャレンジドが稼ぐことは想定すらできていませんでした」。そして、その手段は何かと尋ねた答えが、コンピューターでした。

「一日中ベッドの上で介護を受けている脳性まひの人が、『このわずかに動く指先でコンピューターを扱う技術を持てたら、会社に通うのが無理でも仕事の方がこっちに来るやろ』と言うのです。福祉の受け手だった人が、ICTを使ってお金を稼ぎ、納税して支える側にもなる。そんな世の中の考え方ががらっと変わるようなことを本当に起こせたらすごいなって思いましたよ」と振り返ります。

早速、誰とでもすぐに仲良くなれる持ち前の性格を発揮し、人と人をつないでいきます。生まれ育った神戸の各地で場所を借り、最前線で活躍する一流の技術者を講師に招いて、障害のある人を対象にしたパソコンセミナーを全国で初めて開始。平成3年には仲間と草の根グループ、プロップ・ステーションを立ち上げました。

在宅での就労に向け、県の支援により開催しているICT技術習得セミナーの様子


早期の能力開発を目指し、中高生向けのICTスキルアップ講習会も。生徒たちはグラフィックソフトに挑戦しました。

趣旨に賛同したIT業界からの全面支援のおかげで事務所には常に最新鋭の高価なパソコンがそろい、それらを使って「働くなんて無理」とされてきた人たちが次々に新しい技術を習得。各人の特性に合わせた仕事をマッチングするとそれぞれの道で才能が花開き、視覚障害のための日本語音声認識ソフトを開発したり、プロのイラストレーターになったりと、今も多方面で活躍しています。

2年前に政府が「働き方改革」の取り組みを提唱したことでようやく障害者の在宅ワークに光が当てられ、プロップ・ステーションの活動も新展開を迎えます。県と国が進める「障害者の在宅ワーク推進モデル事業」に選ばれ、講習会などで希望者のスキルアップを支援するとともに、在宅で仕事をしやすいように企業からの受発注をインターネット上で円滑にやり取りできる仕組みを構築。これを活用し、これまでに約500人が仕事を得てきました。

大きな前進に喜ぶ一方、「まだ仕事が圧倒的に足りていません」と顔を曇らせます。「チャレンジドに対して、単に手を差し伸べるのではなく、『どうやったら持てる力を引き出せるだろうか』と考え方を変えることが必要です。彼らが働けるようになることは、間違いなく社会が元気になることでもありますから」

古希を迎えた今も、国や自治体の委員として数々の会議に出席し、各地を講演して回るなど障害のある人たちの就労促進のために精力的に活動している竹中さん。賛同者たちと手を携えながら障害者福祉の世界に新風を吹き込み、たくさんの人々の希望をかなえてきた彼女の「元気でいたら、『何であの人はこんなに元気なんやろ』と関心を持った人が自然と寄ってくるんです」という言葉は、地域創生のヒントにもなりそうです。

〜〜〜〜〜〜〜〜 元気数珠つなぎ 〜〜〜〜〜〜〜〜

CASE1_真野 剛さん
得意の語学力を生かし世界へ情報発信

親しみを込めて“ナミねえ"と呼ぶ竹中さんの講演を聞いて「自分もパソコンを使って仕事がしたい」と希望し、2年前からプロップ・ステーションで働き始めた真野剛さん。現在は週1回オフィスに通い、残りの日は在宅で働いています。

小学生の時にたまたまラジオ英会話を耳にして英語が好きになり、大学でも専門的に学んだという得意の語学力を生かし、すでに書き上げている自分史の英訳が現在の主な業務。全盲に加え、脳性まひの影響で点字の認識が困難なことから、小学2年生で練習を始めた音声ソフト入りのパソコンで入力作業を進めています。

「1つの言葉につき30ほどもある英単語の候補から、最も的確に伝わるものを選ぶのに苦労しています」と言いながらも充実の表情を見せます。今後は自分史のほか、竹中さんの講演録や同法人が紹介された記事などを英訳し、世界に発信していく予定です。

最近では講演会などで自身の経験を話す機会も。「ナミねえの講演で勇気をもらったように、自分の話で若い人たちを少しでも勇気づけられたらうれしいです」と、勇気のリレーを誓っています。

 

CASE2_榮井 涼太さん
本人も気付かなかった才能を発揮

パソコンに送られてきた患者一人一人のデータを基に専用ソフトで製図し、レーザーカッターで部品を切り出して骨盤の模型を組み立てていきます。整形外科手術のシミュレーション用に県立リハビリテーション中央病院の陳隆明さんが考案した骨盤モデルの製作を担当している榮井涼太さんは、この一連の作業を1カ月足らずでマスター。本格的な製品化に向けて、事業のリーダーとなることが期待されています。

ブロップ・ステーションで働き始めたのは、昨年12月。同法人が神戸市の委託で運営する、ICTを利活用した就労に特化した総合相談支援機関「しごとサポートICT」を訪れたのがきっかけでした。勧められたグラフィックデザインの講座を受講すると、初めて学ぶパソコンソフトを瞬く間に習得。素質を見込まれ、現在の仕事に誘われました。

「職業診断ではいつもグラフィック系と出るのですが、デザインが苦手で何をすればいいのか分かりませんでした。でも、今の仕事は自分にとても合っていると思います」と榮井さん。本人も気付かなかった才能が、兵庫発の新しい医療産業を支えようとしています。

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