檸檬新報 創刊号 2017年7月14日発行 より転載

テーマ 21世紀を生きる君たちへ

世界は一人で変えられる

<緑陰対談>
津田塾大学客員教授、元厚生労働事務次官 村木厚子さん
関西大学客員教授 社会福祉法人プロップ・ステーション理事長 竹中ナミさん

 冤罪事件を乗り越えて、厚生労働省初の女性事務次官になった村木厚子さんが、今春から津田塾大学の教壇に立つようになった。長年の友人で、障審者の就労に取り組んでいる竹中ナミさんもゲスト講師の一人として熱弁をふるった。2人は「21世紀を生きる」学生たちにどんなメッセージを送ったのか。
(文/写真 原誠)


津田塾大学客員教授、元厚生労働事務次官 村木厚子さん

 1955年高知県生まれ。高知大学文理学部経済学科卒。78年労働省(現厚生労働省)入省。障害者支援、女性政策などに携わる、2009年に郵便不正事件で逮捕・起訴されるも、担当検事の捜査資料改ざんによる冤罪だったことが判明する。13年厚労省初の女性事務次官に就任し、15年10月勇退。現在、伊藤忠商事社外取締役、SOMPOホールディングス監査役などを務める。


関西大学客員教授 社会福祉法人プロップ・ステーション理事長 竹中ナミさん

 1948年兵庫県生まれ。重症心身障害の長女を授かったことから、独学で障害児医療・福祉・教育を学び、91年「障害者を納税者に」という理念を掲げてプロップ・ステーションを発足。障害者の自立と社会参画、とりわけ就労の促進を支援する活動を続けている。ユニバーサル社会を創造する事務次官プロジェクトを主宰するほか財務省や文科省など多数の政府委員を務める


 津田塾は日本における女子教育の先駆者とされる津田梅子が1900(明治33)年に開学した。

― 津田塾大学ではどんな授業を

 村木 今年4月に新設された総合政策学部で週1回、90分の授業を連続して2コマ受け持っています。生徒は1年生110人。[社会課題にチャレンジする人を育てる]というのがこの学部のコンセプトです。4、5月は計7人のゲスト講師を招いて前半の90分でお話していただいたのですが、ハンサム系の男性が続いたあとは、迫力のある女性がいいと考えて、ナミねぇ(竹中さんのこと)にお願いしました。そしたら、人の尊厳といったテーマをいつものナミねえ節でわかりやすく話してくれたので、第1タームの終りに何か印象に残ったか学生にアンケートしたら、ナミねぇの講義を上げた人がすごく多かったですね。

 竹中 私は、障害のある人たちが働けるようにするという活動をしていて、厚子さんと出会ったのですが、初対面のときに、「障害のある人が働きにくいのも女性が働きにくいのも一緒よ、『日本システム』だからよ」って官僚とは思えないことをズバッと言ってくれたんです。さらに、私の著書をお渡ししたら、読後に「これで上司と闘える」と言ってくれて、それで私の中で厚子さんの存在がど〜んと大きなものになり、親しくお付き介いさせていただくようになりました。だから。津田塾では厚子さんに恥をかかせないようにしゃべろうというのが努力目標。それと、関西人やからとにかく笑いをとろうとは考えました(笑)。

― 今の学生の印象は

 村木 びっくりしたのは国連の「SDGs(持続可能な開発目標)」(メモ@)を知っているかと聞いたら3割くらいの人が手を挙げるなと社会的なことに関心があり、よく勉強していることです。それと、ボランティア経験や留学経験をしている子がものすごく多い。あと。社会課題に対して自分は何かできるかというテーマでリポートを提出してもらったら、まず自分が勉強して知ったことをSNS (Social Networking Service)で発信すると書いた人が多かった。

<メモ@>
SDGs (Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)
@貧困をなくすA飢餓をなくすBすべての人の健康を確保し、福祉を推進する―など17の日標。2015年9月の国連総会で採択され、すべの国に適用される。

 竹中 考えてみれば、彼女たちは生まれたときから(他人に)つながる道具があるんですよね。最初からつながる道具を使いこなしている。私もSNSを利用していますが、相模原障害者施設殺傷事件のときなど、コメントを書くと一晩で約3000人がアクセスしてきてびっくりしました。

 村木 学生に限らず、ゲスト講師に来てくれた社会福祉法人の若い理事長や経営者を見ていると、いい企業に入って出世してお金を儲けるというのとは全然違う価値観を持っている人がすごく増えていると感じます。それと、女性の活躍ということで、企業に招かれて話すとき、「男性と女性の能力は一切変わりません。女性を排除するのは、『全日本の監督なのに、西日本だけから選手を集める』のと同じことです」と指摘したうえで、あえて男女の違いがあるとしたら。「競争」というエサは女性には効かないと、効くのは「成長」と「貢献」だと、話していたんですが、ここ数年で、ふと、男性も同じかなと思うようになりました。

 竹中 だって、兄弟が大勢いて、すき焼きの鍋を囲んだら、先に肉をとらなきゃなくなってしまうなんて暮らしをしている子は今はぜんぜんいませんからね。あなたの食べるぶんはこれです、などと一人前ずつ用意してくれる環境の中で育ってきているから、競争する必要がないんですよ。

― これからの福祉については
 村木 ナミねぇを筆頭にゲスト講師に呼んだ人たちが典型なんですが、現実に何か必要とされているかというのを感じて、その必要な福祉サービスを提供するということが求められます 提供主体も株式会社はいけないとかNPOは何だとかではなくて、本当に、この人たち、あるいはこの地域に必要なものは何かって考え、それをみんなで協力してとにかく提供する。そういうのが福祉の原点だと思います。いまの福祉がまずいとしたら、制度がとてもよくできてしまっているので、制度があるところはやるけど、なければそこで思考停止してしまい、見ないふりをしてしまう。だから財政が厳しくなったらやめてしまったりする。そうではなく、この人には何か必要で、それはプロでないと提供できないのか、ほかに代われるものがないのかとかを、福祉に携わる人全体で考えていかないと、お金がいくらあっても足りないし、サービスの質も上がりません

 竹中 今までの福祉というのは、弱者じゃない人が弱者といわれる人たちに何かをしてあげることでした。こういう人やああいう人を弱者と呼びましょうみたいな感じで、それに対して税だったり人情だったりいろんなことで手当てをして、制度化していく。だけど、私は、弱者と呼ばれる人が弱者ではなくなっていくプロセスを福祉と呼んでいます ですからその人ごとに一個一個アイデアを出さないといけない 弱者が10人いたら目的もそれぞれ違うので、10個のアイデアが必要です。つまり旧来型の福祉というのは、障害のある人にはこれ、高齢者にはこれ、子育て中のお母さんにはこれというように制度化しようとするけど、それでは私にとってはぜんぜん面白い福祉ではない、どんなに弱者といわれようが、その人が自分なりに弱者ではなくなっていくプロセスをみんなで作り上げていく。当然、自分自身も変わっていくというのが理想ですね。

― 若い人たちに一言を

 村木 ゲスト講師の一人の正宗エリザベスさん(株式会社「@アジア・アソシエイツ・ジャパン」代表取締役)というオーストラリアの元外交官の女性が授業の最初に「一人で世界は変えられますか」と質問したら、誰も手を挙げなかった。で、自分が関わっているグラミン銀行(メモA)の話をして、最後に「一人でも世界は変えられるから、みんな頑張ってね」と話したんですが、学生たちには印象深かったようです。

また、講師の人たちには、なぜ自分がこういうことに取り組んだのか、その第一歩のところを話すようにしてもらったのですが、学生たちは、「あっ、一人から始まるんだ」と気づいたようで、そう書いてきた人もいます。まず、自分から動く、自分という一人の人間が行動を起こすことから変えていける。本当の意味の福祉ってそういうことかなと思います。

 竹中 自分の中に.社会を変え得る可能性、回りを変え得るパワーが実はあるということに気づいていない人が多いだけで、気づけば変わっていけるんでしょうね。まだ学生の年齢だったら、そうした可能性を指摘されたり、自分で感じたりすることはあんまりないのかもしれません。でも、「そうか、できるんや」「自分だって」と思ったとたん、脱皮していく。だから、できるだけ若い時期に気づいてほしい 私はそれを「一億総不良化」と呼んでいます。決められたことだけをする、この道が正しいから若者はこの道を進みなさい、などというのとは違うんです。道をはずれていいんです。

 10月号に続く。テーマは「苦しいときには助けをもとめてもいい」

メモA
グラミン銀行
バングラデシュで、主に農村部の女性の貧困層を対象に無担保の少額融資を実施、「貧者の銀行」と呼ばれる。2006年に創始名・モハメド・ユヌスと銀行がノーベル平和賞を受賞した

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