月刊ニューメディア 2013年7月号より転載

【特別座談会】鉄道の情報ユニバーサルデザインを考える

聴覚障害者を通して見えてくる情報提供の在り方

今回の座談会は、昨年11月28日7時55分頃にJR京葉線で発生した車両故障に、聴覚に障害のある松森果林さんが巻き込まれたことに端を発している。このトラブルで4時間にわたって京葉線全線が運休となった。当時の新聞紙面には最寄り駅を目指して線路上を歩く乗客1,500人の姿が掲載されている。松森さんは音声情報を聞き取れないために、状況を把握することができず、開いたドアから寒風吹きこむ車内で3時間じっと再開を待つことになる。松森さんはこの経験を基に、情報のユニバーサルデザインの在り方についてJR東日本に提案文を送付。ここからJR東日本とのコミュニケーションが始まった。

弊誌では、鉄道における情報ユニバーサルデザインの在り方について、松森さん(エッセイスト、ユニバーサルデザインコンサルタント)と、回答した東日本旅客鉄道株式会社サービス品質改革部長の阪本未来子さん、それにNHK経営委員でありチャレンジドを納税者にすべく活動している社会福祉法人プロップ・ステーション理事長の竹中ナミさんに座談してもらった。

(進行:吉井勇・本誌編集長、構成:古山智恵・本誌編集部、写真:川津貴信、手話通訳:江戸川手話通訳者協会・安保理一、飯塚佳代)


松森果林/Matusmori Karin
エッセイスト、ユニバーサルデザインコンサルタント


阪本未来子/Sakamoto Mkiko
東日本旅客鉄道株式会社 サービス品質改革部長


竹中ナミ/Takenaka Nami
NHK経営委員、社会福祉法人プロップ・ステーション理事長

聞こえないと情報がない!?


後方の時計に注目! 停車から2時間半以上がたっているのに「30分程遅れています」のままだ

松森

昨年11月28日の京葉線の車両故障で車内に3時間ほど待たされたのですが、状況を説明する車内アナウンスがあったらしいことは、乗客が一斉に耳を傾けるのでわかりました。だけど、私は中途失聴のため音声情報を聞き取ることができません。スマホで情報を探したのですが、「異常なし」か「30分程遅れています」の情報しかなく、駅員さんに聞こうと思ったのですが、電車内とホームに駅員さんの姿はなかったのです。情報が得られないので、どうしたらいいか判断することができませんでした。

2時間半ほどたったころ、開いているドアから吹き込んでくる冷たい風で体が冷えてトイレに行きたくなったので改札付近に行くと、そこに駅員さんが10人ほどいました。驚いたのは電光表示板です。既に2時間半ほどたっていたのに、「30分程遅れています」のままだったんです。思わず証拠として後方にある時計と一緒に撮っちゃいました(苦笑)。

今回の件で私が取った行動は3つです。(1)ネットで運行情報を検索する、(2)仕事先の人や友達に連絡して情報をもらう、(3)近くの人のケータイメールを覗く。これは、現在の状況をメールしていることが多いからです。現に周辺の駅まで何分かかるというアナウンスがあったとメールをしていました。

後日、同じように足止めされた友人から、電車から降りようと判断したきっかけとなったのが「乗客を線路に降ろす」「復旧の見込みはまったく立っていない」という車内アナウンスだったと聞きました。いつ運転が再開されるともわからない中で空腹と寒さに耐えながら待つのは辛いものでしたが、一番のストレスは、聞こえる人と同じ情報が得られないことで、これは想像以上でした。

もしあの時、音声情報と同じ情報が車内モニターやホームの電光表示板に表示されていたら、聞こえない人はもちろん、アナウンスを聞き逃した人にも便利だったと思うのです。改札付近でホワイトボードに手書きで情報を出している駅もありますが、これはホームや車内にいるとわかりません。タイムリーな情報が万人に届くように工夫をしてほしいと願っています。

竹中

果林ちゃんの話を聞いて、今回の経験で感じたことをJR(東日本旅客鉄道)に提案してみたらって勧めたんです。その根底には、私が同じような体験をしたときに、乗客の中に情報が得られない人がいるということを想像もしなかったという反省があるからです。それに、果林ちゃんは困ったことだけを叫んで何とかしてくれというんじゃなくて、相手の事情を受け止めながら自分から必ず提案する人だから。これって世の中を変えていくのにとっても重要なことやと思うんです。

サービス品質向上に努める


松森さんの声を受けて、今年第2号が発行された「声かけ・サポート」通信。お客様の声や好事例、対応のポイントなどが具体的に掲載されていて、わかりやすい内容になっている

阪本

弊社では、輸送の安定性から接遇、駅の設備や車両設備までお客さまに提供申し上げるものをサービス品質と位置づけています。鉄道事業は関連部署が多岐にわたるので、そこを横串にして、お客さまにいかに安定した高品質の輸送を提供するか、お客様にいかに安心・快適に鉄道をご利用していただけるかを遂行するセクションが、私が所属する「サービス品質改革部」になります。サービス品質改革部ではサービス品質をゼロベースで見直すという改革を進めています。

私どもの第一のミッションは輸送の安定性をいかに高めていくかです。そのためには、輸送障害を発生させないための対応と、発生した場合は対応力の向上がポイントになります。それともうひとつ、情報提供の在り方です。提供する情報は、(1)現在の状況、(2)運転再開見込み、(3)代替輸送機関のご案内の3つがあると考えています。これらの情報を提供するには、発生している現地の状況をまず把握することです。現場の社員等は「指令」という運行を管理しているセクションに状況を報告。現状を把握した指令は上記3つの内容を、車内モニターや駅のディスプレイ、ホームページ、ケータイなどの情報表示ツールに一括配信します。弊社ではATOS(Autonomous decentralized Transport Operation control System =東京圏輸送管理システム)を首都圏各線に順次導入しており、運行に関する情報の管理や機器の制御を行なっているので、一斉配信が可能です。ただ、京葉線はまだスタンドアロンなので、こちらから表示を更新することができませんでした。

竹中

果林ちゃんのように、いろいろな理由から情報が得られずに動けない人がいるかもしれないわけやから、ICTを活用して的確な情報を発信する方法はもちろんだけど、駅員さんが見回って声をかけることも大事じゃないかな。駅員さんの基本的配置というのはあるんですか。

阪本

今回、改札口付近に駅員が集まっていたということでしたが、改札口はインフォメーションの役割も果たしています。当日は、輸送が乱れていたため、情報を求めて改札口にお客さまが集中していたので、振替輸送などの案内が重要であると、これまでの経験則から判断しました。

松森

私が参加しているボランティアグループでは、駅などで音声案内をするときに「もし皆さんの周りにお年寄りや障害のある人がいたら案内してください」と最後に一言添えてもらえるように提案しています。

竹中

良い提案やね。特に緊急時は周りが見えなくなることがあるから。

阪本

サービス品質改革部では、一昨年9月に「声かけ・サポートハンドブック」を発行し、お困りのお客さまをお見かけしたら声をかけることを社員に浸透させています。併せて、お客さまに積極的にお声がけした際にいただいたお褒め・好事例を掲載した「声かけ・サポート通信」をグループ会社と全職場に配布しています。この1月に「聴覚に障害のあるお客さまへの声かけ・サポート」として第2号を出したのですが、それは今回の松森さんからいただいたご提案を全社で共有し、今後に生かしていきたいと思ったからです。

松森

聞こえないことを外見から判断するのは難しいので、こちらから聞こえないことを伝えますが、駅員さんの対応はとても良くなってきました。その裏にはこうした活動があったのですね。

情報提供をますます充実させて利便性を向上

4月より順次展開されるスマートフォン向けアプリとエリアワンセグ放送を通じて鉄道関連情報を提供


列車運行情報(画面イメージ)
JR東日本提供


新幹線発車情報(画面イメージ)
JR東日本提供

竹中

ICTを使って障害者を納税者にする活動を23年間やっていて思うのは、機器というのはあくまでも道具であって、道具に魂を込めるのは人間だということ。最終的にはヒューマンの問題なんです。

阪本

サービス品質改革部は広聴機能も持っていて、そのチャンネルがいくつかあります。そのひとつが、お客様から直接いただく声で、年間50万件ほどあるのですが、これをすべてデータベース化して改善するよう努めています。他にインターネットでいただくシステムや、電話でいただく「JR東日本ご意見承りセンター」。今進めているのは、ブログやツイッターなどSNSでささやかれる声のキャッチアップです。意見を寄せるまでもないけれど不満があるという声を、どう収集・分析し、施策に反映していくか。また、フェースブックを使って、例えば京葉線などで運転中止や速度規制などの回数を減らし、列車運行への影響を少なくするため暴風柵を設置したことを紹介し、お客様の反応をうかがったり、お客さまと直接対面しながらお話を伺う沿線モニターなど、さまざまな方法でお客さまとの双方向のコミュニケーションをしっかり取ろうと進めています。

竹中

NHKもJRも公共サービスという意味では同じで、ユーザーの声を上手に受け止めて、相手が納得するような対応をしなければいけないわけで、それには組織の柔軟性が大事。マニュアル通りにやることより、自発的にやったサービスが根付いていくんやと思うんです。人って、ちょっとした気持ちの問題で物事が進んだり遅れたりするでしょ。

阪本

弊社ではICTを活用したお客さまサービスの品質の向上に取り組んでいて、その一環として4月1日から公衆無線LANサービスエリアを順次拡大していき、東京駅構内全体をカバーしていきます。それに伴い、改札付近に設置している異常時案内用ディスプレイで提示している列車遅延や振替輸送などの情報、新幹線の発着情報を、スマホ向けアプリとエリアワンセグ放送で順次提供していきます。サービス名称は「山手線エキナカネット」です。情報を表示する形態は、これまでもいろいろありますが、基本的には同じ情報をマスに流してきました。これからは、スマホやケータイが普及拡大していますので、一人ひとりのお客さまにどれだけカスタマイズされた情報をお届けするかが課題だと考えています。

松森

必要な情報を選択できるのはとても便利だと思います。駅員さんがいる場所も提示されるといいですね。

聞こえない立場として一番望むのは、聞こえる人と同じ情報がほしいということです。今回JRさんに送った提案文に対し、誠実に答えてくださり、コミュニケーションができたのが一番うれしかったです。「声かけ・サポート」にも期待しています。

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