毎日新聞 2012年10月28日(書評欄)より転載

好きなもの

竹中ナミ

@娘、マキ

 39年前、重い脳の障害を持って授かった彼女の存在は、すべてのパワーの源である。

 この障害が治るものではないと知ったとき、私の好奇心は「なぜ?」に向かった。図書館に行ったり、医者に尋ねたりして、どうしてこのようになるのかを調べた。例えば、皮膚にところどころ白い箇所がある。娘のような障害では、そのような症状が現れることがあるという。それは皮膚と脳が同じ外胚葉(はいよう)から分化してできるから、というのだ!

 マキは私の知的好奇心をいつも刺激してくれる。

A歌

 マキが泣き叫ぶと、抱っこして揺らせばぴたりと止まった。だから、団地の階段を5階から1階まで昇り降りしたり、エンジンをドゥドゥいわせて一晩中車の中にいたり(これはご近所からえらいメーワクやと言われました)。あるとき、マキはリズムが好きなんだと気付いた。そこで初めての贈り物としてリズムボックスをプレゼントした。次にリズムだけではつまらん、と歌もつけ始めた。おんぶして有馬の山の中を散歩したこともあった。第一、歌うとスカッとするのだ。

 最近の楽しみはバンド活動だ。その名も「ナミねぇバンド」。ライブで歌うのはシャンソン、ポップス、昭和歌謡、ジャズ。4年前、還暦を記念して、プロのミュージシャンが集まってくれたのが始まりだ。今や「しゃべれば上沼恵美子、歌えば和田アキ子」と言われる(笑い)。

B乱読

 読む物がなければ電話帳にも手を伸ばした。小遣いのほとんどは本に消えたが、勉強は嫌いだった。だがマキが生まれて、初めて知りたいことができた。初めて「この知識がほしい」と自覚的に書籍を求めた。

 私の人生のさまざまなできごとの入り口は全部、マキだった。彼女がいたから今の私がある。障害者(チャレンジド)のために、ではなく、彼らが社会のために何かをなせるように、私は活動している。

 最近、手を握ると、私の指をぎゅっと握り返してくれるようになった。彼女にもうメロメロである。

(社会福祉法人理事長)

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