読売新聞 2012年7月18日より転載

希望の扉・鳥取 障害者就労の現場から <5>

発想転換で雇用創造

神戸 OAで成果

神戸市東灘区にある高層ビルの一室に親しみのある関西弁が響き、笑顔があふれた。社会福祉法人「プロップ・ステーション」代表の竹中ナミさん(63)。障害者の在宅就労を目指し、パソコンが普及していない時代から、社会で通用する操作技術を伝えてきた。それから21年。「『支えられて当たり前』の障害者が、社会参画や納税で支える側に」と訴えるなど、講演で全国を飛び回る竹中さんの活動に込めた思いを紹介する。

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長女・麻紀さんとの写真を前に、「チャレンジド」の就労や社会参画への取り組みを振り返る竹中さん(神戸市の「プロップ・ステーション」で)

竹中さんは24歳で重症心身障害を持つ長女・麻紀さん(39)を授かった。障害者の就労について考え始めたのは麻紀さんの入院費が税金で賄われていると知ってから。「高齢化社会を迎え、いつまで娘を支える今の仕組みが続くのだろうか。子どもを残して安心して死ねない社会はおかしい」。娘の将来への不安が活動の力となった。

1991年に障害者や家族らと就労を支援する「プロップ」を設立。翌年、全国の重度障害者にアンケートすると、驚くことに、多くの回答に「障害者でもOA機器を駆使すれば仕事はある」と記されていた。自らはOAの知識に疎かったが、「これだ」とひらめき、「就労の手助けができれば」と翌年からセミナーを始めた。

セミナーではエンジニアらを講師に、基礎的な操作からデザインを手がけるまで、習熟度に応じて学ぶことができる。これまでに数千人が巣立っていったといい、イラストレーターになった人や企業と在宅就労者の架け橋として働く人もおり、セミナーの講師を卒業生が務めるケースもある。

6年前から「プロップ」で働く宮崎智弥さん(24)も卒業生の1人。初めは漢字も読めなかったが、障害を持つ先輩らの指導もあり急成長。細かな図面や設計図を難なく処理し、エクセルも使いこなせ、「いつかは誰かにパソコンを教えたい」と意気込む。

また、「プロップ」は、2008年から製粉大手・日清製粉と、神戸や東京などで、有名ホテルや店のパティシエから、菓子やパンの作り方を学ぶ講座も始めた。

一流の技術を学んでパティシエなどとして独り立ちしてもらう一方、障害者が事業所などで作る菓子やパンの味を一流に近づけ、客に「福祉の店だから」ではなく、商品を目当てに買い求めてもらうことが狙いだ。

米国の新語で「挑戦する使命を与えられた人」を意味する「チャレンジド」という言葉を障害者に用いる竹中さんは、09年に米国大使館から「勇気ある日本女性賞」を受賞。障害者の社会進出の重要性を訴えるため、鳥取県を始め、各地に出向くなどで、全力疾走を続ける。

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県内はパソコンなどを使った障害者の在宅就労が進んでいないのが現状だ。しかし、竹中さんは「『チャレンジド』が社会のために何かできるよう、とことん動くという人がおり、知恵と発想の転換さえできれば、そこはもう地方ではない」と訴える。

そして、こう付け加えた。「私はこう願ってるんや。でけへん理由を探すんやなくて、その地域に合ったやり方で、新たな雇用の場や働き方を生み出してほしいって」

(進元冴香、岡田健彦)

(おわり)

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