毎日新聞 2012年1月1日より転載

未来予想図・対談

支え合う共生社会

障害者基本法が昨年7月に改正され、法の目的が「障がい者の福祉の増進」から「互いに尊重しあって共生する社会の実現」に変わった。「障害者=福祉の対象」という発想から抜け出して、共に支え合う社会を目指す福祉行政への転換だ。法改正に関わった内閣府政策統括官(共生社会政策担当)の村木厚子さん(56)と、民の立場から障害者の就労を支援する社会福祉法人「プロップ・ステーション」理事長の竹中ナミさん(63)に、「共生社会の未来予想図」を語ってもらった。

【立会人・二木一夫毎日新聞神戸市局長】

落語の長屋のイメージ:村木さん 自立でみんなで知恵:竹中さん


内閣府政策統括官 村木厚子さん
むらき・あつこ 1955年、高知県生まれ。高知大理学部卒、78年旧労働省入省。厚生労働省雇用均等・児童家庭局長などを経て10年9月から内閣府政策統括官(共生社会政策担当)。郵便不正事件で大阪地検特捜部に逮捕、起訴されたが、一貫して無実を訴え無罪が確定。163日拘置され、国は違法捜査の責任を全面的に認めた。


「プロップ・ステーション」理事長 竹中ナミさん
たけなか・なみ 1948年、神戸市生まれ。社会福祉法人「プロップ・ステーション」理事長。重度の脳障害を持つ長女を授かったことから、独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。「障害者を納税者に」を提唱し、IT教育などで障害者就労を支援する。09年、米国大使館から「勇気ある日本女性賞」を贈られた。NHK経営委員。愛称ナミねぇ。

立会人
障害者基本法の目的から「福祉の増進」が消えた背景を。
村木
改革の中心となったのは障がい者制度改革推進会議メンバーの人達。「障がい者の福祉の増進」という表現は、障害者が福祉の受け手の存在だけに見られてしまうという強い思いがあって、削ろうということになった。当事者でないとそこまで思い切ったことは言えなかった。役所はむしろ抵抗したというか怖かった。じゃあ、何を目指していくのか。議論を進めていく中で、障害があってもなくても権利と人格・個性が尊重されてお互いが支え合っていく共生社会という高い目標を掲げることになった。
竹中
91年にプロップ・ステーションを設立した時、「障害者が納税者になれる日本」と訴えたけど、「税から手当てしてあげなければいけない人たちに税を出せというのは何事や」というのが当時の考え方だった。社会でもまれたり、傷ついたりする中から人は成長していくというプロセスを障害者には経験させてはいけないと思われていた。税金を当たり前に払えて、主権者になって意見を言う。私たちにとって納税者というのは主権者とイコール。「あなたたちは主権者になるのは無理よ」と言われることはすごい理不尽。それを、当事者自身が変えようとして自分たちが主権者の責任を担おうとしているのなら、非常にいいことだ。
立会人
共生社会のイメージは。
村木
イメージは、落語の中に出てくる江戸時代の長屋。熊さんがいる、ご隠居さんがいる、浪人さんもいる。落語ではみんなハンディがあるけれど一人一人の人格が認められていて独立して暮らしている。だけど、何か困ったら他の住人に助けてもらう。これに困ったらご隠居さんに聞いてみよう、これは浪人さんという感じで。障害のある人も自分のやれる部分では支える側に回って、支えてもらわなければいけない時は堂々とサービスの提供を受ければいいし、お互い様でいい。
竹中
少子高齢化が進み、支えを必要としている人が増えている。これは逆に、長屋のような支え合いができる仕組み作りのチャンスだと思う。これまで社会的弱者といわれていた人たちが自立するためにはどうしたらいいか、みんなで知恵を働かせたい。
立会人
共生社会に向けた具体的政策は。
村木
基本法で議論となった一つは教育。人生のスタート部分なので、どんな障害があってもきちんと教育が受けられる環境づくりと、できるだけ障害がある人もない人も一緒に学べる環境づくりをしっかりやらなければいけない。学校で一緒に学びふれあうことが、就労の時のバリアを低くする。大学へ行くという選択肢も広げていかなければならない。教育のスタートでハンディがないようにすることが大事。厚生労働省が障害者雇用率を定めているが、その中で一番苦労している分野は教育だ。教員は大学を出ていないと絶対取れない資格。もし先生がハンディのある人で、子供たちがその先生の姿を見ていたら、障害のある人たちのイメージが変わるのに。
竹中
大学を出ないと取れない資格が世の中にいっぱいあり、大学に行けないというだけで、あきらめなければいけないものがある。米国ではブッシュ政権時代に、すべての大学に10%のチャレンジド(障がい者)がいるようにするという方針を出した。ところが日本の場合は、一部の大学が特別に門戸を開いているだけ。社会全体として、大学に行けなかったらすごくハンディを背負うことになる、という議論にならない。知的ハンディがあれば大学に行けないのは当たり前という議論に落ち着いている。

できることして元気:村木さん 役割が誇りもたらす:竹中さん

立会人
支え合いが共生社会の重要なキーワードになりますね。
村木
東日本大震災の1カ月後、蓮舫行政刷新担当相と福島県へ行った。大臣は、避難所の中を回って、「大変でしたね、がんばってくださいね。政府もきちっとやりますから」と励ましていた。私は後ろについてたんだけど、避難所の人が私を見つけて、「あっ、村木さんがいる。がんばってくださいね」と言う。大臣が励ましている人から励まされてすごく恥ずかしかった。だけど、自分たちが大変なときなのに私を励ましてくれて、東北の人って強くてやさしいなと思った。してもらうだけ、励まされるだけでは本当の元気が出ない。誰かを励ますことで元気になれる。避難所にいても、何か自分ができることをすることから元気が出て、復興が始まる。やっぱり「福祉の増進」じゃないほうがいいなと納得した。
竹中
社会の中で自分の役割があって初めて誇りを持てるが、今までの福祉から見ると誇りは無視されていた。ちょっとしたことでも相手の喜ぶ笑顔を見た経験がないと、人生は持たない。みんなが誇りを持てるよう励まし合わんと。
村木
最近小規模多機能の福祉施設ができてきた。お年寄りへのサービスが基本の施設だけど、子供を預かったり、障害のある人や生活保護を受けている人たちも来る。そこで一緒にいると、お年寄りが子どもの面倒を見たり、生活保護の人が子どもに勉強を教えたりとか、支えられていた人が支える側に回るという現象が起きる。サービスを提供する人と、受ける側の関係だけだったらこの現象は生まれなかった。そういうことが地域や社会でも起こったら面白い。みんなが支える側に回る、そして必要な時には遠慮なく支えてもらう、そんな共生社会ができたらいいな。
改正障害者基本法
06年に国連総会で採択された、就職や教育などあらゆる機会での差別を禁じる「障害者権利条約」の批准に必要な法整備の一環。障害の有無にかかわらず人格と個性を尊重する「共生社会」の実現を掲げた。改正案の取りまとめには、当事者も議論に加わった。基本的施策では、円滑な投票のための投票所の整備や、裁判など司法手続きの際に手話など障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保することの配慮などを義務付けた。政府は今後、障害者差別禁止法と障害者総合福祉法の制定も目指す。

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