日本経済新聞 大阪夕刊 2011年5月9日号より転載

障害者雇用 進(深)化論

職選び もっと バリアフリー

アートやIT 興味重視

障害者一人ひとりの興昧や能力を重視した職を提供する関西発の取り組みが注目されている。絵画を描いたり、パソコンで企業のホームページを作成したり。腕を磨いてパティシエ(菓子職人)として働く人も。「もっと多様な働き方を」。そんな思いから始まった試みが広がりつつある。

「アートに障害者と健常者の区別はない。知的障害を持つ方には才能が眠っている」
(社会福祉法人「素王会」の今中博之理事長)

「アートに障害者と健常者の区別はない。知的障害を持つ方には才能が眠っている」(社会福祉法人「素王会」の今中博之理事長)

大阪市平野区で同会が運営する「アトリエ インカーブ」。平日の昼間、27人が絵画や版画などを思い思いに創作している。「アーティスト」と呼ばれる知的障害者らだ。年齢は20代から50代まで様々。スタッフは制作環境に配慮するが、指導は一切しない。

2003年4月に開設したこのアトリエでは個人の作品が売れると、本人の収入になる。アーティストが手がけた絵やデザインを基にした雑貨やポストカードなどのグッズも扱い、その収益は27人に均等に分けている。

多くのアーティストの月収はグッズ販売の分配で1万円程度。ただ、国内外で絵画1枚に100万円前後の値がつき、年によっては収入が500万〜600万円になるアーティストもいる。

今中理事長は「国は雇用率という物差しで企業に障害者雇用を促しているが、それでは不十分」と指摘。「障害者本人がいかに楽しく働けるかを重視する必要がある」と強調する。


障害を持つ人達のアート制作や作品の発表、販売などを支援する「アトリエ インカーブ」(大阪市平野区)

 

「チャレンジドをタックスペイヤー(納税者)に変えたい」
(社会福祉法人「プロップ・ステーション」の竹中ナミ理事長)

神戸市東灘区の六甲アイランド。そこに、二十数台のパソコンがずらりと並ぶ部屋がある。草の根団体、プロップ・ステーションの「神戸ネットワークセンター」だ。

数人が企業のホームページ作成や、ソフトウエアの開発、イラスト作成などIT(情報技術)分野で働く。担い手はいずれも障害者だ。このほか在宅勤務者は全国で常時50人近い。延べ約5000人が就労につながる研修を受講。プロップ・ステーションを通じて仕事をした経験のある人は500人を超えた。

「障害者が尊厳を持って生きられ、経済的に自立できる社会に」。重度の障害がある娘を持つ竹中理事長。1991年から障害者の自立支援の取り組みを志し、パソコンを使った在宅就労に可能性を見いだす。個人では仕事の受注が難しいため、98年、任意団体を法人化して本格的な取り組みを始めた。

竹中理事長がいうチャレンジドとは、米国で「障害を持つ人」を表す新しい言葉「the challenged(挑戦するチャンスや資格を与えられた人)」が語源。障害をマイナスと捉えず、自分自身や社会のために前向きに生かしてほしいとの思いを込める。

洋菓子の世界で活躍する障害者を育てる講座も始めた。名付けて「神戸スウィーツ・コンソーシアム」。関西の菓子業界や日清製粉と手を携え、神戸や東京などで開催。通信回線を使い、各会場を結んだ遠隔講習も実施。一線で活躍するパティシエが指導し、二十数人が修了した。福祉施設が設けたカフェでケーキ作りをして働く人も出ている。

竹中理事長は「働きたいと考えているチャレンジドは多い。その人なりの働き方を生み出したい」と意気込む。


昨年9月に開かれたパティシエ養成講座。神戸、東京などで同時開催し、中継で結んだ

こうした事例を参考に行政なども動き出した。大阪府は昨年、アートの分野で障害者の才能を発掘し、作品の販売を支援し始めた。

視覚や聴覚、知的障害など障害の種類は様々。働きたいと願う障害者にとって、どんな「雇用のかたち」が望ましいのか。一人ひとりに寄り添って考えようとする先進事例にはヒントがありそうだ。

(奈良支局長 川上寿敏)

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