毎日新聞 2011年2月10日より転載

時代を駆ける

長女の脳に重い障害

竹中ナミ [3]

たけなか・なみ 社会福祉法人理事長。62歳(写真は昨年11月、兵庫県内で撮影。20歳から重度心身障害で入院中の麻紀さん<左>と=竹中さん提供)

 兵庫県西宮市にあった文化住宅の4畳半一間で、16歳の新婚生活が始まりました。ちょうど阪神高速道路の真下にあって年中、騒音がしてましたね。貧乏だったけど、楽しかったです。結婚して5年後に長男宏晃が誕生しました。さらに3年後、24歳の時に長女の麻紀(まき)が生まれました。

 《麻紀さんの誕生がその後の人生を大きく変えることになった》

 実家近くの助産師さんのところで出産しました。少し低体重だったんですが、病院に搬送するほどでもありませんでした。だけど、すぐに産声を上げず、おっぱいに吸い付く力もない。助産師さんは「ちっちゃく産んで大きく育てたらいい。大丈夫や」と言ってくれましたが、体もぐにゃっとしてて、声もか細いんです。3カ月健診で「脳に重い障害がある」と言われました。大変なことを言っているなと思ったけど、実感は全然ありませんでした。

 《麻紀さんの誕生を機に両親とも和解。両親も麻紀さんをすごくかわいがっていた》

 どないしたらいいもんかと思い、両親のところへ相談に行ったんです。すると父がいきなり私から麻紀をひったくりました。そしてブルブル震えながら真っ青な顔でこう叫んだんです。「ワシが麻紀を連れて死んだる。こういう子を育てたら、おまえが大変な目にあって不幸になる」。父は私を溺愛し、いつも穏やかな人やったけど、その時は普段の様子とは全く違いました。このままでは本当に死ぬやろうなと思った私は「幸せか不幸かは私が決める。私は絶対に、元気で楽しく幸せに暮らしてみせる」と言って父を安心させました。

 《育て方を知るために医者巡りが始まった》

 障害者施設を利用したり、訓練所に通うためには障害者手帳が必要で、手帳をもらうためには診断書が要りました。お医者さんは麻紀をどう診断したらいいものか悩んでいましたけど、最終的には「侏儒(しゅじゅ)症」(小人(こびと)症)ということになりました。体幹は普通なんですが手足が小さいので、それでいいだろうと判断したようです。でも、育て方は、お医者さんでは分からないままでした。

2011・2・10

 聞き手・近藤諭/今週は火〜金曜日掲載です

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