月刊「連合」 1月号より

インタビュー「働くこと」を支えあう視点とは?

誰でも、どんな働き方でも、
誇りをもって働けるようにすることが労働組合の役割

竹中ナミ(たけなか・なみ) 社会福祉法人プロップ・ステーション 理事長

 

 

誰でも、どんな働き方でも、誇りをもって働けるようにすることが労働組合の役割

 

「働くこと」で人はつながり支えあえる。働きたいのに働けない人のカベを取り除いて社会参画をバックアップする仕組みが安心社会の基盤になる。
では、どうやってカベを取り除けばいいのだろう。
神戸を拠点に、20年も前から、そのことに取り組んできた人がいる。ICT(情報コミュニケーション技術)を駆使してチャレンジド(障害を持つ人の可能性に着目した、新しい米語)の就労支援を続けるプロッブ・ステーションの、「ナミねぇ」こと竹中ナミ理事長だ。その設立の経緯から、最近の労働組合との接点に至るまで、たっぷり話を聞いた。

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竹中ナミ
(たけなか・なみ)
社会福祉法人プロッブ・ステーション理事長
1948年神戸市生まれ。重症心身障害の長女を授かったことから、独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。
1991年、草の根グルーブとしてプロップ・ステーションを発足、98年に社会福祉法人格を取得、理事長に。
ICTを駆使してチャレンジドの自立と社会参画、とりわけ就労促進を支援する活動を続ける。内閣官房雇用戦略対話委員、社会保障国民会議委員、NHK経営委員などを務める。
著書に「プロップ・ステーションの挑戦」「ラッキーウーマン」

 

仕事が自分のところへ来る

−チャレンジドの就労支援に取り組むきっかけは?
 私の、今年37歳になる娘は、生まれたときから重い脳の障害があって、丸抱えの手助けが必要だ。彼女を授かって、日本は、娘や娘のような人たちを、その尊厳を守りながら生かし続けてあげられる国だろうかと考えたときに、すごく怖くなった。ちょうど少子高齢化への一歩を踏み出したころだったが、少子化とは支える人が減るということだし、高齢化とは何らかのサポートを必要とする人が増えるということ。その備えがあるのかといえば、何もない。このままでは、私はこの子を残して安心して死ねない。安心して死ぬためには、娘を支えてくれる人を増やすしかない。そう思って、まわりにいたチャレンジドに「あなたには重い障害があるけど、働きたいと思ったことある?」と聞いたら、なんと8割が「本当は働きたいと思っている」と答えた。
 「働く」とは、自分で自分を支え、さらに社会を支える一員になりたいという意思だ。支えられるだけの存在だと思われてきたチャレンジドが、働く意思を持っていることを知って驚いた。
 「だったら、あなたが働くために必要な道具は何?」と聞いたら、「これからはコンピュータがその道具になると思う」という答えが返ってきて、もっと驚いた。「身体が自由に動かない自分たちにも、勉強できるところがあって、そこで技術を身につければ、自分が職場へ行くのは無理でも、仕事が自分のところへ来てくれる。そんな働き方ができるのではないか」と言うのだ。
 こういう人たちが働いてくれてこそ、安心して死ねる日が来る。私は、コンピュータなんてさっぱりわからなかったけど、「それやろうよ!」と・・・。

お金ではなく、人が支えてくれた

―何から始めたの?
 20年前は、まだ一般家庭にパソコンなんてなかった。業務用コンピュータがやっとダウンサイジングし始めたころで、使える人は、専門の技術者や研究者だけ。でも、私がコンピュータを使わせてくれる人や教えてくれる先生を探してくるから、あなたたちは自分たちが言ったようにやりなさいと、「プロップ・ステーション」を立ち上げた。
 企画したのは、一流の講師によるチャレンジド向けのコンピュータ研修。無謀だと言われたけど、ちょうど日本にIT業界が生まれようとしていた時期。若きベンチャーの志士たちは、「ナミねぇの言うことはおもしろい。応援するよ」と言ってくれた。機材を借り受けたり、一流の抜術者に講師になってもらえて、チャレンジドたちは、一から必要なことを学ぶことができた。そして、彼らがプロになり、教える側になって次のチャレンジドを育てていくという循環ができた。いま、プロップで講師をしている人、仕事をしている人は、9割以上がプロップでプロになったチャレンジドだ。

[写真]チャレンジド就労支援ICTセミナー(東京)

 人材が育ってきたところで、1998年に社会福祉法人の認可申請をした。草の根でやれるところまでやってみようと考えていたが、任意団体には仕事は出せないという。当時はまだNPO法はなくて、非営利の法人は社会福祉法人だけだったが、ほとんどは保育所や介護施設などの施設運営がベース。「施設を持たないグループが法人格を得るなんてあり得ない」と言われたが、理解してくれる人もいて、第2種社会福祉事業として認可された。
 でも、補助金は1円ももらっていない。「国や自治体が決めたルールに則って運営する」ことが条件とされているからだ。私たちはルールを変えようと思っているのに、補助金をもらうためにルールに縛られたら本末転倒だ。だから補助金なしで、機材も事務所も、活動に共感してくれる人たちの支援や浄財で賄っている。チャレンジドからも、この活動を支えてもらうという意味で、ちゃんと講習費を取っている。
 パソコン研修に参加したチャレンジドは、のべ4000人以上。3年ほど前からは、パティシエ(菓子職人)研修も始めた。また、技術習得セミナーの開催と並行して、企業や行政から仕事を受注し、在宅でそれが行えるようコーディネートすることにも力を入れていて、入力業務やホームページ作成、イラスト制作で活躍している人が次々出ている。「チャレンジドだから安く使われる]ことがないよう、価格交渉も大事な仕事になっている。
 だからこの20年、お金ではなく、人が支えてくれた。人の力がどれほどすごいものかを日々感じながら活動してきた。
―プロッブ・ステーションという名前の由来は?
 一緒に活動を始めた青年が付けた。彼はラグビー選手だったが、スポーツ事故で脊髄を損傷し、全身麻庫になってしまった。その彼のラグビーのポジションがプロップだった。最初はピンとこなかったが、調べてみたら「支えあう」という意味がある。
 いままで支える人と支えられる人の間には、厳然と線引きがあった。でも、この線はいらない。すべての人のなかにある支える力を引き出して、みんなが支えあっていく。そういう方向に視点を変えるステーションになろうという意味で、プロップ・ステーションと名付けた。

 

弱者を弱者でなくしていくプロセス

―視点を変える・・・。
 日本の福祉は、「弱者」を決めて、手当するというものだった。男女でいえば女性が弱者で、年齢からいえば高齢者が弱者。そして障害者は、そういう弱者のなかでも、もっとも弱い存在。そんな弱者に対して、弱者ではない人が何かをしてあげるのが日本の福祉だった。でも、私は、その考え方を180度変えようと訴えてきた。福祉とは、弱者を弱者でなくしていくプロセスであるべきだ。支えられる側が1人でも多く支える側にまわって、経済や社会保障に貢献するような循環する仕組みを考えていくべきだと。
 どんな働き方であれ、どんな人であれ、働く意思を持つ人は、社会にとって重要な存在だ。その人たちを弱者と位置づけて手当するのではなく、同じ土俵で同じように生活すること、遊ぶこと、学ぶこと、働くことが可能になるような支援こそが必要とされている。それを実践しようとしてきたのが、私たちの活動だ。

挑戦するチャンスを与えられた人

―「チャレンジド」という言葉は?
 この言葉に出会ったのは、1995年、阪神・淡路大震災の直後だった。アメリカにいる支後者が、最近アメリカでは「Handicadddded dderson」や「Disabled dderson」のように、できないことに着目するネガティブな呼び方をやめて、「Challenged(チャレンジド)」という言葉を使っていると教えてくれた。「挑戦する使命や課題、チャンスを神から与えられた人」という意味で、「すべての人間には自分の課題に向き合う力が必ずあり、課題の大きい人にはそういう力がたくさん与えられている。だから、日本でいう『障害者』だけじゃなくて、震災からの復興に立ち向かう人もチャレンジドだ」と励ましてくれた。
 私は、震災で自宅が全焼してぼう然自失の状態だったが、その言葉を聞いた瞬間、ごっつい元気が出た。それで「こんな言葉を聞いたよ」と言ってまわったら、みんなも「そうだ、僕らは障害者ちゃうねん。チャレンジドやねん」と元気になった。それで瓦礫の中からパソコンを堀出して、パソコン通信でつないで、「僕は生きている」「私は無事」という安否確認や、「車椅子でお湯を使わせてくれるところはないか」「今日はあそこで弁当を配っている」という情報を昼夜を問わず流し続けた。
 日本で初めてのパソコンボランティアは、被災した重度のチャレンジドたちが、この言葉に勇気づけられて、堀り起こしたパソコンから始まったのだ。そのとき私は、コンピュータはただの箱ではない、この箱の向こうに人がいて、人と人がつながる道具なんだということを実感した。プロップが発足するとき、彼らが「コンピュータが働くための道具になる」と言った意味が、はっきりわかった。

多様な働き方をバックアップ

―労働組合が一緒にできることは?
 いま、日本で、チャレンジドが働くことをバックアップする制度は、障害者雇用促進法の法定雇用率しかない。民間企業では1.8%で、これを満たせない場合は納付金を徴収するという制度だが、そもそも重度で介護を受けているようなチャレンジドは、その対象にもならない。想定する働き方のイメージが、「正規雇用されて、毎日出勤して、フルタイムで働く」という固定的なものであるからだ。

[写真]「神戸スウィーツ・コンゾーシアム」遠隔講習会メイン会場で受講生の作業を見つめる講師と遠隔中継のカメラクルー

 労働組合も、そんな働き方をしている雇用労働者のための組織であり、チャレンジドにとっては、まったく入れない世界で闘っている人たちだと、ずっと思っていた。でも、政府の会議などで連合の人たちと知り合って、連合が、非正規労働者もふくめて「すべての働く人たち」のために活動していると知った。これはちゃんと手をつないで一緒にやっていかなければと思うようになった。
 非正規労働者は正社員に比べて給料も安いし、簡単にクビになるし、教育訓練の機会も乏しい。でも、非正規と括られる働き方が「悪」だという捉え方は、絶対違うと思う。正規で働きたいのにアルバイトしかないという状況はもちろん問題だが、チャレンジドと同じように、家族や健康上の事情で正社員という条件では働けないけど、自分に合ったスタイルで働きたいという人はたくさんいる。「自分かいるところがオフィス」なら働ける、働きたいという人がたくさんいる。だとすれば、固定的な働き方にとらわれないで、誰でも、どんな働き方でも、誇りをもって働けるようにすることが、労働組合の役割ではないか。
 チャレンジドの就労支援の問題は、女性の問題と似ている。女性だって数十年前まで、参政権もなく、外で働くなんてとんでもないと言われていた。でも、「私たちも、男性と共に社会を支える一員になりたい」という女性たちが出てきて、いまでは多くの女性が社会のさまざまな分野で活躍している。
 私は、働きたくない人のお尻を叩いて「働け」という気はまったくない。ただ、働きたいという意思を持っている人を眠らせるほど、社会にとってもったいないことはない。女性だから働けない、障害があるから働けないのではなくて、その持てる力を発揮させるシステムがないから働けないのだ。だから、多様な働き方という切り口で、労働組合と一緒に「働く」ということを考え、そして、それをバックアップする制度をつくっていきたい。


チャレンジド就労支援ICTセミナー(神戸)

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