会報 少林寺拳法 2010年1月号より転載

未来をつくる Create Our Future

私が死んでも娘が誇りを持って
生きていける世の中にしなくちゃ

未来をつくる 文 まつながえみこ 担当 よこかわあいこ

松永詠美子(まつながえみこ)プロフィール:フリーライター歴13年。転職情報誌での人物インタビューをはじめ、デイリー新聞でのサラリーマン向けコラム連載、各種情報誌、実用書などで執筆中。

竹中ナミの写真

社会福祉法人プロップ・ステーション理事長
竹中(たけなか)ナミ氏

1948(昭和23)年、兵庫県生まれ。中学生のころから飲酒をし、家出を繰り返した元・不良少女。16歳で同棲(どうせい)、高校から学籍を抹消される。24歳で出産した長女・麻紀(まき)さん(現在36歳)が脳に障害を持って生まれ、重症心身障害だったことから障害児医療や福祉を勉強し、91(平成3)年に、障害を持つ人たちの自立と支援を手助けする草の根グループ「プロップ・ステーション」を立ち上げる。98年には法人格を取得し、理事長に就任、年々活動の幅を広げている。2009年にはその功績が認められ、アメリカ大使館から「勇気ある日本女性賞」を贈られた。著書『プロップ・ステーションの挑戦』(筑摩書房)、『ラッキーウーマン〜マイナスこそプラスの種』(飛鳥新社)。

 

私が死んでも娘が誇りを持って
生きていける世の中にしなくちゃ

 

"チャレンジド"という言葉をご存じだろうか。「神様から、挑戦する使命やチャンスを与えられた人」という意味を持つこの言葉は、アメリカで生まれたものだ。「障害者」ではなく「チャレンジド」。竹中さんこと"ナミねぇ"は、障害をマイナスに捉(とら)えるのではなく、できることに注目していく前向きな生き方を追求している。かわいそうだからしてあげる、という今の支援ではなく、誰もが能力を生かして働ける社会をつくろうとしている。もっといえば、国や人の意識を変えようとしているのだ。

 

私はメリケン粉

 自分の子供が障害を持って生まれてきたら、少なからず人生や世の中を悲観するんじゃないだろうか。しかしナミねぇは、「自分に何ができるのか」と前向きに捉(とら)え、今まで無縁だった行政にも物怖(ものお)じせずに飛び込んで、チャレンジドの就労・自立支援に尽力している。昔はヤンチャだったと自他共に認める元不良少女が、なんと社会保障国民会議委員、内閣府中央障害者施策推進協議会委員、国土交通省「自律移動支援プロジェクト」スーパーバイザーなどを歴任し、社会の仕組みを変えようと取り組んでいるのだ。「障害者年金をあげるから、あんたらは働かんでもええよ、というような今の日本の福祉行政はおかしい。何もできないと決めつけないでほしい。どんな障害があっても、可能性やできる能力はあるんです。特にICT(情報通信技術)の世界は、手が不自由でも足を使ってキーを打つことができるし、声で入力することも可能。そういう道具を作ったり、働ける場所が当たり前のようにある世の中にしていくことが、本当の支援だと思うんです」

 ナミねぇが理事長を務めるプロップ・ステーションの活動の中心は、チャレンジド向けのパソコン指導と、習得した能力を生かし在宅でも働けるようにコーディネートすること。働く場所を開拓し、能力によってその仕事を振り分ける一方、納期やセキュリティーなどに責任を負っている。

 「私はパソコン苦手。でも、専門家を呼んでくることや、いろんな企業に行って"こういうことができるから仕事をください"と交渉することもできる。自分ができることは何かを考えていったら、人に会って、その人たちを縦や横につなぐこと・・・・・・いってみればメリケン粉や。そんなこんなで6省の委員会にも首を突っ込んでいるわけ(笑)。仕事の半分以上は、人と会うこと。年間2000枚も名刺配ってますよ〜」。不良は世の中のルールを疑ってかかるもの。ルールなんて関係ない、という不良精神を、いい意味で今に生かしているのがナミねぇなのだ。

プロのパティシエを育成

 08年から始まった「神戸スウィーツ・コンソーシアム」も、プロップ・ステーションの活動の一つだ。一流のパティシエを講師に迎え、チャレンジドをプロとして育成するプロジェクトで、昨年度の神戸に続き今年度は東京で開催された。

 「お菓子を作るのが好きで、施設や作業所でいつも作っているというチャレンジドの人は多いですが、一般のお菓子屋さんやケーキ屋さんで売れるようなものが作れなきゃ、本当の自立にはつながらないんです。そのためには、プロ仕様の道具や材料をそろえて、一流のプロに教えてもらわなければいけないと思いました。だから、全面支援をしてくださる日清製粉会社の調理室をお借りし、本格的なオープンを使い、材料を扱っている企業に協力していただき、粉やバター、卵までプロ用を使って、お菓子界の中でも屈指のパティシエの方々を講師にお願いしているんです。皆さん、快く引き受けてくださいました。本当にありがたいです! お陰さまで、神戸ではもう、一般のケーキ屋さんに卸しているチャレンジドもいます。障害を持った人が作ったものだから買ってあげようじゃなく、単純に、おいしいから食べたいと思ってもらえるものが作れて本物。そこを目指しているんです」

 技術だけじゃなく、材料も道具も、そして流通や販路まで考えなければプロとしては成り立たない。それを踏まえて、チャレンジドができない部分をフォローしながら彼らの能力を発揮させる、そんな支援の輪がナミねぇの活躍によって確実に広がっている。「私は、チャレンジドの実情を知りたくて、あらゆるタイプの障害の人たちに会いました。彼らが求めているのは同情じゃなく、誇りを持って生きることなんです。私が死んでも娘が誇りを持って生きていける世の中にしなくちゃ。そう、麻紀が私を更生させてくれたんです(笑)」。ナミねぇの魅力に会う人がみんなが引き込まれていくようだ。

 

神戸スウィーツ・コンソーシアムの写真

「神戸スウィーツ・コンソーシアム」のチャレンジドは、お菓子作りの経験者で熱意があり、名前や顔を公表してもいいことを条件に選抜されている。「ここは、単なるお菓子教室じゃない。この場だけで終わらせず、今日教えたものでどんどんアレンジを広げていってくれることをベースに考えています」と講師も本気。材料調達に協力した企業も、"将来の取り引き先"となるかもしれないチャレンジドの手さばきに注目していた。竹中さんは、「〜してあげる」福祉に頼るのではなく、「チャレンジドが仕事を得て納税者になれる日本」を目指している。
http://www.prop.or.jp/

 

修了式・成果発表会の写真
11月30日、神戸スウィーツ・コンソーシアム(KSC)in 東京「チャレンジド・プログラム Vol.2」修了式・成果発表会が行われた

 

ICTセミナーの写真
ICTセミナー

まきさんとの写真
愛娘(まなむすめ)・麻紀(まき)さんと

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