ひょうご人権ジャーナル きずな KIZUNA 2009年(平成21年)12月号より転載

心は空をかけめぐる

川本浩之さん(上育堂<WAKE-DO> 代表 京都市)

とにかく働きたい

[写真]
川本さん パソコンのキーボードはオリジナルの棒を使って口で操作します

元自衛官だった川本さんは、24歳の時、モトクロスのレース中に転倒。頸椎(けいつい)を損傷し肩から下の麻痺(まひ)という障害を負いました。中学、高校と柔道部、身体を動かすのが大好きだった彼は、一転、ベッドの上での生活を余儀なくされます。「とにかく働きたい」という気持ちから親に無理を言ってパソコンを買ってもらいました。ところが、スイッチを入れて1分後に「えらいもん買うてしもたぁ」。何しろ、操作方法が全く分かりません。当時、50万円近くもしたパソコン一式はあっという間にゲームマシンになってしまいました。

月日が経(た)つにつれて「これではあかん」という思いが強くなり、通信教育で簿記を猛勉強。努力が実り、3級、2級と合格しました。満(まん)を持(じ)して障害者職業相談所に行ったにもかかわらず、「手が動かない人に紹介できる仕事はありません」と言われます。「腹が立ったというより自分が悔しかった。『なんとしても自分の力で仕事を見つけてやる!』と思いました」。そんな時、たまたま、テレビで障害のある人の就労を支援する番組を見ました。そこで紹介されていたのが、(社福)プロップ・ステーションのパソコンセミナーでした(2008.10月号にて紹介)。川本さんは、すぐに教室を訪ねます。バス、電車を乗り継ぎ、かかった時間は2時間半。着くが早いか、迷うことなく「来週からここで勉強させてください!」。それから、週に1回、約1年間通い続けました。

上育堂<WAKE-DO>開業

「働くということはまず、働く場所が指定される、道具が指定される、動作が指定される。いざ雇われると効率が求められる。そんな条件下で障害者が能力を発揮することは難しい。だから自分で働く場所を作る。働ける道具をそろえる。働ける動作を身につける。そうすれば能力を発揮できます」と川本さん。2001年にホームページ作成代行業とオリジナルTシャツ販売のネットショップ「上育堂<WAKE-DO>」を開業しました。今では北は北海道、南は九州から注文が来ます。「香港やアメリカから注文が来たこともあるんですよ」。わっ!すごい。「海外への送り方が分からへんから丁重(ていちょう)にお断りしたけどね(笑)」。

自分にはまだ頑張れる余地がある

[写真]
伝えたいメッセージはこれ!

「野球の試合で頸椎を損傷した元PL学園の清水哲(しみず てつ)が友だちでね、結婚式に招待されて行ったんです。なんと、桑田、清原をはじめ、出席者が200人。その時悟りました。『こいつが一生懸命生きているからこれだけ人が集まってくれるんや』。いい人というのは、一生懸命生きている人の周りに集まってくる。僕は人とうまくいかない時『自分が一生懸命生きてないからや』と思うようになりました」。えっ? 人のせいにしないんですか? 「人のせいにしたらそこで終わり。先がない。うらやましい人間はたくさんいるけれど、その度に『あいつのほうが一生懸命頑張っている』と思うんです」。そんなに自分を追い込むと辛くなりませんか? 「いえいえ、自分にはまだ頑張れる余地があるってこと…。失敗に終わるのは諦(あきら)めた時。諦めないうちは失敗しているだけだと思っています」。

どこまでも前向きな川本さん。身体はベッドの上だけれど、心は空をかけめぐっているかのように見えました。

ページの先頭へ戻る