朝日新聞 2009年9月16日より転載

関西スクエア

新政権へ 期待と注文

8月の総選挙で自民が歴史的な惨敗を喫し、民主、社民、国民新の連立による新しい政権が生まれる。政権交代で私たちの暮らしや社会はどう変わるのか、それとも変わらないのか。政治への期待と注文が、これまで以上に高まっている。「朝日21関西スクエア」の会員に、それぞれの立場から思いを聞いた。

「友愛」 個人の力引き出せ


社会福祉法人理事長
竹中ナミ

約20年間、福祉の活動を続けてきた。目指すのは、すべての人が持てる力を発揮し支え合う「ユニバーサル社会」の実現だ。国会議員とも与野党問わず、ユニバーサル社会についての勉強会を続けてきた。議員立法による法整備も検討しているが、実現していない。それは政治家だけの責任ではなく、社会の共通意識が醸成されていないからだ。

私の娘は36年前に重い脳障害を持って生まれ、全介護を要する状態にあるが、彼女から私は「いろんな人がいる。それが社会なんや!」「人の成長のスピードは、一人ひとり違って当たり前」ということを学んだ。

人が個性や能力を社会で生かすには、個人の努力だけでは限界がある。社会全体が一人ひとりの可能性に着目し、それを引き出す技術や制度をつくることが必要だ。人は障害の有無や性別、年齢にかかわらず、誰かに期待されている時、自分に誇りが持てる。マイナスだけに着目する福祉は、いくらそこに「慈愛」が込められていても、人の誇りを奪うことになると思う。

鳩山新首相は「絆のある友愛社会を作り上げたい」と言う。未曽有の少子高齢社会に突入した今、政権与党となった民主党にはユニバーサル社会実現の推進力として、国民一人ひとりの力を引き出す政策を実行することを願う。

人がみな自分の身の丈にあった活躍ができ、互いに尊重し支え合う。それが持続可能な日本を生み出すと信じる。

神戸市出身。社会福祉法人「プロップ・ステーション」の理事長として、障害のある人の社会参画に取り組む。

ダム撤去事業で自然再生


アウトドアライター
天野礼子
(あまのれいこ)

民主党は、川辺川ダム (熊本)と八ツ場(やんば)ダム (群馬)の建設中止をマニフェストに掲げ、総選挙後、国土交通省は八ツ場ダム本体工事の入札を延期した。ダムの中止は、確かに無駄な税金の使用を止め、民主党のやりたい事業の財源確保にはなるだろう。

しかし、本当にダムが不要ならば、米国でオバマ政権ができる前から進んでいるように、「不要なダムの撤去」を公共事業にするべきだろう。欧州でも米国でも「自然再生」に税金が投入され、その代わりに不要な公共事業が停止されている。オバマ大統領は「グリーン・ニューディール政策」を打ち出しているが、今度大統領に会いに行く鳩山新首相は、その費用対効果分析をもらってきて参考にしてはどうか。

11年4月、高知県の四万十川本流にある唯一のコンクリートダム、家地川堰(いえじがわぜき)の水利権が切れる。10年前に大規模な撤去運動があり、そのため当時の橋本大二郎知事が「水利権は更新するが、通常30年の更新を10年にして10年後に考える」とした。この時になされた調査では「このダムを撤去すれば天然のアユが戻ってきて、年間36億円の経済効果がある」との試算が出されている。新政権もたとえば、このような試算を様々な「自然再生」について実行してみてはいかがだろう。

わが国には老朽した社会資本もたくさんある。そういったものや自然を直していく公共事業で経済を動かす工夫をしてほしい。

08年に養老孟司・東大名誉教授らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を結成。

地域意思 政策に生かして


NPO法人代表
藤井絢子
(ふじいあやこ)

私たちが当たり前に考えてきた化石エネルギー依存、使い捨ての20世紀型産業を根底から見直す運動を続けている。転作田などに菜の花を植え、そこから作った菜種油の廃食油を回収してせっけんやバイオ燃料に再利用する。滋賀の一地域で始まったこの運動は「菜の花プロジェクトネットワーク」として全国的な取り組みに広がった。

このように、私たちは地域で循環型社会の地域モデルをつくり、地域住民自らが実践するという「地域意思」を示すことで、国を動かそうとしてきた。しかし、これまでは地域意思を生かした政策や予算化はなかった。地域意思がまだ国家意思には届いていない。

政権交代を迎えた今、光が見えてきた。食料自給率アップ、農家への戸別所得補償制度、自然エネルギーの全量買い取り方式の固定価格買い取り制度など、ようやく制度に踏み込んだ公約が見られるからだ。

一方で不満もある。「子ども手当がいくら」という話よりも、女性が安心して働き、子どもを産み育てられる仕組みづくりが大事だ。産める状況がなければ、手当も意味がない。地域で子どもが育つ場所を拡充するなど子育ての安全網を張ってほしい。女性もきちんと稼ぎ、納税者になる社会であるべきだが、現実は雇用の調整弁にされている。

地域が壊れていく。このままでは、孫子の安心は保証できない。何とかして地域再生を図りたいという思いは切実だ。

琵琶湖浄化の住民運動をリード。政府の委員も務める。

改革全う 第二のブレアに


龍谷大数授
富野暉一郎
(とみのきいちろう)

鳩山政権について、少し引いた視点から期待を書いておきたい。筆者は今回の政権交代と英国保守党のサッチャー政権から労働党のブレア政権への転換の過程との共通点に注目している。

保守党の長期政権に乗って強いリーダーシップで新自由主義的な改革を断行した鉄の女性″宰相は、政権末期に格差社会の弊害などのために国民から強い反発を受けて降板し、同じ保守党のメージャーが政権を引き継ぐが、サッチャー改革の修正を試みたメージャー首相は国民から全く支持されずに短期政権に終わり、総選挙で労働党が圧勝して政権交代が実現した。

ところが労働党のブレア首相は、改革の手綱を緩めるのではなく、国民の持つ力を再生させ、国民の主体性を回復させることを通じて社会的矛盾を解決するという、公共政策の大転換 (パートナーシップ政策)を打ち出して、英国の再生を揺るぎないものにしていった。それは国民に信をおき、国民の生活実態を重視する労働党の社会民主主義に基づく政治思想があって初めて実現した社会構造の大転換であった。

民主党の政治思想が英国の労働党と同じとは言えないが、自民党長期政権では主要な政策とはなり得なかったパートナーシップ政策を生活者重視を掲げる新政権が実現できれば、国民の安定した信頼を獲得する可能性は高いだろう。鳩山新首相が民主党政権ならではの構造改革を主導して、第二のブレアと呼ばれることを期待したい。

神奈川県逗子市長などを経て99年から現職。

新産業の振興へ具体策を


大阪商工会議所
中堅・中小企業委員長
更家悠介
(さらやゆうすけ)

今回の総選挙は、初の本格的マニフェスト選挙だった。民主党のマニフェストは自公政権に対する国民の不満をうまくとらえたが、自民党は改革の実行力が暖味で、それが仇になったのではないか。

新政権には、霞が関改革や地方分権の本格的な推進をお願いしたい。官僚から政治主導へ指導力を発揮してもらい、道州制への移行により、自由に使える財源と権限を地方に移譲し、地方が自らの努力で生活の安定や産業競争力を確保するべきだ。

ただ、民主の政策に不満もある。例えば、製造業への派遣労働の原則禁止を掲げているが、これには反対。企業経営にとっては、需要の変化に備え非正社員を抱えておく必要がある。サラヤは洗剤や消毒液のメーカーだが、派遣社員を使えなければ、省力化や海外移転を進めるしかない。多くの企業が同じ対応をすれば働く場は減ってしまう。また、最低賃金を時給千円に引き上げれば、人件費が増え経営は圧迫される。3年ぐらいかけて段階的に上げるなど柔軟な対応をお願いしたい。

子ども手当の創設などで国民にお金を分配し、.消費を増やして景気を支えるという考えでは産業振興には不十分だ。環境や新エネルギー関連など新産業を振興する具体策を考えないといけない。

民主への期待は大きいだけに、失望に変わった場合の落ち込みも、それだけ激しくなる。政治が信頼を取り戻すためにも、期待を失望に変えることがあってはならない。

大阪市の化学工業メーカー「サラヤ」社長。

「脱下請け」夢見る町工場


航空機部品メーカー社長
青木豊彦
(あおきとよひこ)

オセロゲームの駒がひっくりかえるように民主党の衆院議員がたくさん生まれたのは、激動の時代に、日本の将来を真剣に考える人が増えている証しやと思う。

日本のお家芸である金型産業は、かつては「粗削りは中国、仕上げは日本」というすみ分けができていた。それが3〜4年前から完成品も中国が手がけるようになり、今では日本の大手メーカーの仕事も請け負っている。
太陽電池やエコカーは大手企業が中心で、町工場が割り込む余地はほとんどない。電気自動車の時代が来れば、エンジンもラジエーターもマフラーもいらんようになり、関連する中小も淘汰される。このままでは日本のものづくりは根本から崩れてしまう。

麻生政権の中小企業対策はスピード感があったが、未来のメシのタネは自分でまかないと。経営する「アオキ」も、世界不況で売り上げが一時3割落ち込んだが、部品だけでなく航空機づくりを目指そうと今春、宮崎市に工場をつくった。大きな投資やったが、大手が採用を絞るなかで技術者は逆に集めやすかった。

人工衛星「まいど1号」を大阪府東大阪市の中小企業の手でつくろうと考えたのは、ものづくりの面白さを若い人に知ってほしいと思ったからや。夢がないと人はついてこない。完成品を手がけて、下請けから脱するのが今の夢や。鳩山新首相には自分の目で中小企業の現場を見て、政治をしてほしい。自分の夢を描ける社会を待ち望んどる。

「まいど1号」を打ち上げた東大阪宇宙開発協同組合の初代理事長。

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