週刊東洋経済 2009年4月25日より転載

障害者を納税者に変えてしまおう

社会福祉法人 プロップ・ステーション理事長 竹中ナミ

力を借りながら「自立」する
障害者支援の新しいあり方
障害者も能力を伸ばせば仕事に就ける。応援団をいつの間にか作り、障害者を納税者に変えてしまう゛竹中流 ″。

ナミねぇの写真
ソフト開発の教育を受けている身体障害者と。
教育を受けて自立していく障害者が竹中の自信になっている

 記者には忘れられない光景がある。「口で話せないことはかわいそうなことじゃないの。私たちにはできない手話が、あの人たちにはできる。個性なのよ」。

 4年前、東京の地下鉄で手話で話す女性たちを見た幼い子どもが、「かわいそうね」と傍らのお母さんに話しかけたときのお母さんの言葉だ。「できない」にではなく、「できる」に注目すること。こんな母親がたくさんいる社会であれば、竹中ナミ(60)のような人物が、日本で出現することはなかったのかもしれない。

 障害者が持つ隠れた能力を見出し、資格の取得や就労支援を進めてきたのが竹中だ。心身障害者の娘を持つ竹中が、1991年に神戸で設立した社会福祉法人プロップ・ステーションの目標は「チャレンジドを納税者にできる日本!」と明快だ。実際、竹中の下で技術を学んだ多くの障害者を納税者に変えてきた。「チャレンジド」とは、米国などで広まった障害者に対する呼び方で「挑戦する使命を与えられた人」という意味だ。

 先行きの見えない経済状況は、当然、就労を目指すチャレンジドにとってもよくない。だが竹中は「仕事なんて何もできないと思われていたチャレンジドにとっては、経済状況なんてずーっと底の底、どん底やったんです」と笑う。

 その言葉どおり、道のりは厳しかった。プロップ・ステーションを設立した91年はバブル崩壊と重なる。応援してくれていた企業は程なくバタバタと倒産。95年には地元・神戸で阪神淡路大震災が起き、竹中もチャレンジドも多くが被災。新世紀前後にわいたITバブルもあだ花と消えた。竹中やチャレンジドの環境は、絶えず底ばいだったのである。

 とはいえ「震災では、普段はバスにさえ乗れないチャレンジドが、『何か助けることができるんちゃうんかな』と異様に前向きに考えていた」と振り返る。「前向きな気持ち、今こそ必要なんちゃいますかね」。

 チャレンジドは前向きー。竹中は活動当初から気づいていた。「アンタのウリは何やねん? と尋ねると、これやっ、と言える方向に生きていこうとする人が多いんです。起業家精神はチャレンジドのほうが旺盛かも」。たとえば「(健常者である)嫁さんの収入だけで食わせてもらうのは納得いかない」「障害者年金をもらうだけの人生はつまらない」と、働く意志を持ったチャレンジドは多い。その意志こそ大事という。

 だからこそ「障害=気の毒」では決してない。障害者であれ、その人の意志と秘める可能性を発掘すれば、あとはITなどの道具を利用すれば十分に仕事をこなせる。そういう実例を、竹中はチャレンジドとともに残してきた。

 マイナス面ではなく、プラスを伸ばす。自分の持つ可能性というタネに気づいて、水を与えるような行動を誰もがしてくれたら。竹中は今のような時代だからこそ強く思う。

 ただ、竹中の言う自立とは「他人の力を借りない」ということではない。自分の人生は自分の意志で切り開くが、必要な力は他人から貸してもらいながら自己実現していくことが自立だと説く。

 「(タネが)ないと卑下して終わりではなく、今ある意志とタネをどう生かすかを考える。人が必要なら、応援団として引きずり込むぐらいの気持ちがなければね」

 これまで自らの活動に多くの応援団を引きずり込んできた。「口と強心臓だけが私の武器」と笑うが、そんな自分を竹中は「メリケン粉」と呼ぶ。社会とチャレンジドをくっつける接着剤ということだ。

協力者の言葉と考えで
自らの目標を達成する

ナミねぇの写真

 そんなメリケン粉の゛おいしさ″を発揮した最近の例が、「神戸スウィーツ・コンソーシアム」(KSC)だ。これは「スウィーツの聖地・神戸を生かした就労支援ができないか」と企画したプロップ・ステーションに、日清製粉や日東商会など製粉関連の企業が協力して08年に立ち上げたものだ。

 「一言一言が明快で胸に響く。自然と腰を上げざるをえなかった」と、日清製粉営業企画課長の田子敏也は語る。障害者自立支援施設の多くで菓子作りが行われ、製粉会社にはいわばお得意様。だが協力という点で接触は多くはなかったという。

 製粉会社の者さえ動かす「メリケン粉」の中身は、「こちらの事情を察し気持ちにまで配慮し、動きやすいような提案・要望をしてくれるもの」と田子は打ち明ける。だからこそ「そこまでおっしゃるのならやりましょう、となってくる」。KSCで世界に認められたパティシエなど一流講師陣が協力したのも、竹中メリケン粉の魅力なのだ。

 竹中は「応援団になってほしい人たちは、それぞれ独自の言葉を持つ」と指摘する。行政や企業、団体ごとに価値基準や思考方式も違うし、立つ位置もこちらとは違う。そのため、「あなたと組めば私たちはこうなり、あなたもこうなる」ということを、相手の言葉で理解し話す能力が大事なのだ。

 だから「私は翻訳者」と言い切る。相手の立場を理解し相手に通じる言葉で交渉する翻訳力。一方的な主張で事足れりとする風潮が蔓延する現在、この翻訳力こそ必要な気がしてくる。

 竹中を「グレートアジテーター」と評するのは、大阪経済大学客員教授の末村祐子だ。NPO論などが専門の末村は、障害者は何もできず、福祉とは補助金などを与え続けることという固定観念に風穴を開け、社会通念さえも変えていく竹中の活動を「NPO本来の役割」と評価する。だが、竹中が目指すのはチャレンジドのためだけではない。

 高齢社会となり、障害者ではなくても身体機能が衰える人が増えてくる。だからこそ障害の有無にかかわらず、すべての人が持てる力を発揮できる社会、「ユニバーサル社会」を−。それが理想だ。

 「でも、モデルがないと誰も納得して変われないから、当面はそのモデルづくり」。竹中のチャレンジは休みなしだ

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