産経新聞 12月17日より転載

ゆうゆうLife 訪問介護事業所 ──生き残りをかけて (中)

障害者向けサービスで専門性磨く

 売り上げを伸ばすため、障害者向けのヘルパーサービスに乗り出した訪問介護事業所があります。地域に競合他社が増え、利用する高齢者の奪い合いになっていることや、制度改正で軽度者の長時間利用が制限されたことなどが背景にあるようです。事業所にはどんなメリットがあるのでしょうか。あるグループの取り組みを紹介します。

(清水麻子)

「障害をお持ちの方のケアを担当すると、いつも新たな気づきがある。やりがいを感じます」

東京都北区の商店街にある訪問介護事業所「ビーステップ王子神谷」で、サービス提供責任者として働く根本光さん(28)は、うれしそうに話す。

責任者として登録ヘルパーらをまとめる一方で、自らヘルパーとしても出向く。障害者に触発され、今は「その人らしいケア」とは何か、考える機会が多いという。

「高齢者は黙ってケアを受ける方が多く、どんな人も同じケアになりがちな面があります。しかし、障害をお持ちの方は、車いすへの移乗の仕方から小物の置き場所に至るまで『自分のやり方』があり、ヘルパーにしてもらいたいことが明確です。逆に、意思表示が難しい方のお宅に伺ったときも、常に相手が自分に何を求めているか考えるようになりました」と根本さん。

「ビーステップ王子神谷」の高橋由美子所長は「身体障害者から知的障害者、自閉症のお子さんなど、対象が幅広く、さらにその方が望む介護がそれぞれ違います。ヘルパーに求められる介護技術が違うし、高齢者介護で培ってきた技術が通用しないこともあり、難しい部分もありますが、逆に専門性を磨くチャンス。ヘルパーの多くは、障害者の現場に赴くと必ず、『もっと勉強したい』と言います。やりがいにつながっていると思います」と話す。

一方で、課題もある。同事業所には登録ヘルパーが15人いるが、障害者に対応できる技術があるのは5人程度と少ない。今後、内部研修を強化し、対応できるヘルパーを増やしていく意向だ。

利用者確保し売り上げ減を解消

高橋所長と根本光さんの写真
高橋所長(左)から研修を受けるサービス提供責任者の根本光さん(右)
=東京都北区のビーステップ王子神谷

ビーステップグループは、東京都などの首都圏の8拠点で高齢者の訪問介護(ヘルパーサービス)を中心に介護事業を展開する。同グループは平成18年の介護保険法改正の影響で減収が予測されたため、同年の障害者自立支援法施行と同時に、重度者を含む障害者向けホームヘルプサービスに乗り出した。

ある事業所では一時、470万円あった月の売り上げが390万円まで減少したが、障害者サービスを開始し、売り上げが450万円まで回復したという。訪問介護事業の売り上げ減を埋めつつある。

厚生労働省の障害福祉課によると、介護保険の訪問介護事業所の指定を取れば、申請で障害者を対象にしたヘルパー事業所の指定も受けられる。新たにを設置したり、責任者やヘルパーを置いたりせずに済むので、介護と障害の双方を取る事業所は多い。しかし、実際には依頼が来ても受けられない「形だけの事業所」がほとんどだ。

同グループの外山泰通社長は「障害者を対象とする自立支援法の報酬単価は介護保険に比べて低い。障害者へのサービス決定は、ケアマネジャーではなく市区町村が行うなど、制度の違いもあり、業務は複雑になる。だが、新規の利用者が確保しやすい」と、進出の理由を話す。平成20年のグループ全体の売り上げは約6億円になり、全拠点で10%の利益率が確保できているという。

背景には、障害者のホームヘルプサービスが十分でないことがある。社会福祉法人プロップステーションの竹中ナミ理事長は「障害者のホームヘルプサービスは、地域によっては不足している。事業所が少ない地域では、家族が介護を全面的に引き受けざるを得ない。地域差をなくすことが求められている」と指摘する。


経営コンサルタントで、訪問介護事業所の経営に詳しい船井総合研究所の鈴木精一さんは「障害者向けヘルパーサービスを併設する事業所は最近、目立っている」としたうえで、「事業所にとっては、障害者に対応できるヘルパーを確保し続けること、利用者や家族の所得に応じて利用負担金が異なること、利用者の要求レベルが高いなど、収益確保には課題があるだろう。地域によっては、既存の障害者施設が利用者を確保しており、参入は難しい。新規参入には、それなりの覚悟がないと成功しない」とも。

外山社長は「ハードルが高いからこそ、他との差別化につながる」と意気込む。竹中理事長は「ユニバーサル社会に近づくために、障害者自立支援法にも対応できる訪問介護事業所が増えていってほしい」と期待を込める。

介護保険を、高齢者も障害者も利用できるようにする「統合」について、厚生労働省の「介護保険制度の被保険者・受給者範囲に関する有識者会議」は中間報告(平成19年)で「十分な理解が得られていない」と見送り、与党のプロジェクトチームも「統合はしない」と結論づけた。

しかし、竹中理事長は「双方の財政基盤の安定性、利用者の選択肢が増えるというメリットを考えた場合、統合すべきだとの声も多い。現段階では見送られているが、統合の可能性がまったくないわけではない。事業者が将来を見据えて、今から障害者サービスに対応力をつけていけば、将来も地域で選ばれる事業者になるはずだ」と話している。

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