NEW MEDIA 5月号より転載

特集 地上デジタル放送と字幕とCMと

ビジネスチャンスを逃しているCM聴覚障害者およそ1,971万人(*)にCMが届いていない

(*)2003年時点

「CM字幕に関する提言」と題した講演が、2月8日、国際ユニヴァーサル協議会(IAUD)(*1)の2007年度活動報告会で行われた(会場:トヨタユニバーサルデザインショーケース)。講演したのはIAUDの研究開発企画部会に所属する「余暇のUDプロジェクト(*2)」である。同プロジェクトと弊誌は共同でCM字幕に関する企業の意識調査を行ったことがある(2007年10〜11月号掲載)。今回、CM字幕を万人のためのサービスとして推進するプロップ・ステーションの竹中ナミ理事長とIAUDで字幕を研究テーマとしているメンバーが、CM字幕実現に向け座談会を行った。

*1:ユニヴァーサル社会(UD)のさらなる普及と実現を通して、社会の健全な発展と暮らしづくりを目指し、2003年11月に設立された。
*2:「うれしい、楽しい、面白い」をキーワードに余暇生活が充実する社会づくりを目標に活動しているワーキンググループ。
(進行・写真:吉井勇・編集長、構成:吉山千恵・編集部)

西室泰三氏の写真

左から3人目の竹中ナミ(社福)プロップ・ステーション理事長と、国際ユニヴァーサルデザイン協議会のメンバー〔左から :植松豊行・松下電器産業(株)上席審議役(デザイン担当)、大澤隆男・(株)日立製作所デザイン本部本部長、飯泉規子・ソニー(株)クリエイティブセンター、一人置いて、土屋亮介・パイオニア(株)ソフトウェア技術統括部ユーザビリティ・ラボ〕。それに聴覚に障害を持つIAUD会員賛助の松森果林さん(右から二人目)。松森さんは実践女子短期大学生活福祉学科講師をはじめ、UDコンサルや(株)シームス商品企画顧問、執筆活動など、幅広く活躍している

 

健常者の約5割が字幕をほしがっている

--- 報告会で講演された飯泉さんに報告内容について伺います。

飯泉規子・余暇のUDプロジェクト主査 報告会では、海外の状況や、放送局および広告主である企業のCM字幕に対する意識調査の結果(ニューメディア誌と共同調査)、生活者(聴覚障害者、健常者)に行ったアンケート結果(有効回収人数:330名)を報告するとともに、CM字幕がどういうものかイメージしていただくために、会員企業の協力を得て作成したCMを上映しました。上映したCMは、(1)字幕付き音声なし、(2)字幕付き音声あり、(3)聴覚障害者が経験している字幕なし音声なしの3パターンです。字幕付き音声なしCMは展示会場でも上映しました。

土屋亮介・余暇のUDプロジェクト副主査 CM字幕を体験した聴覚障害者の声を紹介します。「初めて字幕の付いたCMを見たがとても素晴らしい。ただ、私(高齢者)には操作が難しいそう」「CMに字幕が付くとわかりやすくてとても良い。情報が得られてうれしい」「聞こえる人たちはドラマの合間にもCMで感動しているんですね」「CMに興味がなかったけれど、それはCMそのものの意味を知らなかったからで、字幕付きのCMは短いドラマを見ているようでおもしろかった」など、CMの内容がわからずに困っている切実さが伝わってきます。一般的には、CMはトイレタイムだとか、スキップするとか、なくてもよい存在のようにいわれますが、それは健常者がすでにCMの情報を得ているから言えることなんです。

飯泉 「健常者の自分にとっても字幕が役立つものだとわかった」と、PJの以外の方から声をかけられたのですが、われわれが行った全国330人への調査でも、健常者の約5割近くは聞き取れない言葉を補えるという理由などから、字幕がほしいという回答がありました。

植松豊行・IAUD研究開発企画部会部長 字幕の陰のヒットは大河ドラマなどの時代劇なんです。「祝着至極」とか普段聞き慣れない言葉は、文字で表現した方がわかりやすいからです。

大澤隆男・余暇のUDプロジェクト担当理事 CM自体も変わってきています。以前は商品やサービスなどをダイレクトに訴求した内容が多かったのですが、最近ではイメージを膨らませるようなものが多く、音声がないとわかりづらくなっています。例えば、ソフトバンクの「ホワイトプラン」のCMは、犬がしゃべることで大ヒットしていますが、聴覚障害者には字幕がないと、犬がしゃべっていることがわかりません。

--- 松森さん、いかがですか。

松森果林・余暇のUDプロジェクトメンバー 聴覚に障害のある私には犬が吠えているとしかわかりません。何を言っているのか気になっています。でも、最近はオープンキャプションの増えていて、エステー化学の消臭剤のCMでは「部屋一面消臭〜♪」のフレーズが映像とともに繰り返し出てきます。伸ばす「〜」と「♪」マークが付いているので、無意識に頭の中でメロディー化していて、気が付くと、頭の中でフレーズがグルグルと回っていることがあります。私は中途失聴なのですが、聴こえているころ見たCMを今でもよく覚えています。15秒あるいは30秒の中に情報が凝縮されているCMの影響力って、ほんと大きいんです。

竹中ナミ・プロップ・ステーション理事長 企業は一人でも多くのユーザーを獲得するためにCMを作っているはずなのに、ある一定層にCMが届いていない。そのことに気が付いていないなんて、実に不思議だし、もったいない話です。だって、CMに字幕を付けることで、新しいユーザーを掘り起こすことができるんですよ。これは重要なビジネス戦略であり、そのための費用は先行投資であって、余分な経費じゃないはずです。

--- 2003年当時の調査によると難聴者は1,971万人と推定されています。これは当時の総人口の15.4%に相当するんです。

竹中 そんなに多くの人にCMが届いていないんですか。もったいない話ですね。

土屋 企業の宣伝担当者にアンケートしたところ、実に77%がCM字幕を検討したことがないばかりか、CM字幕について知らなかったという回答が15%もありました。いかに字幕に対する認知なり議論が不足しているか、わかります。

飯泉 CM字幕実現への期待感はありますが、それは企業というより、まだ個人レベルです。今は共通認識をしている段階なので、今後のアクションが大事だと思います。

大澤 今後は会員企業の宣伝担当者に関心を持ってもらえるよう働きかけていきたいと考えています。

土屋 集めたデータは広告主として放送局に伝えていくことになるでしょう。植松IAUDは148社13団体52名(2008年2月現在)の会員で構成されていますが、会員企業はCM字幕に対して大変前向きです。彼らはCM字幕の対象を聴覚障害者だけに限らず、高齢者や健常者、将来的にはパソコンでテレビを見る人たちを対象にした活路を見い出しているようです。

竹中 志のある企業がリーディングカンパニーとしてやる姿勢を見せてくれるといいですね。影響力が広がりますから。

--- 以前から竹中さんは、CM字幕の取り組みをビジネスにつなげることが大事だと話してきています。

竹中 それを一番強く感じたのは、20年前に日本のバスにリフトを付けようという障害者運動が起きた時です。普及に弾みをつけようと、当時、すでにアメリカ・カリフォルニア州で運行バスの約半分の台数のリフトバスを納入している会社の方に講演をお願いしたんです。主催者は社会貢献とか福祉的な発言を期待したんですが、講演当日、リフトバス会社は「わが社のリフトバスを日本でも買っていただけるよう営業に来ました」と言ったんです。企業とはそういうものなんです。リフトバス会社は利益を計算した上で事業として行っている。だから、CM字幕を企業戦略に組み込めるようにすることを提案しているんです。企業戦略になるということは、予算も人材も付けて、企業の営業活動の一つとして企業の本流で戦略として考えるということなんです。日本の福祉に対する考え方は特定の弱者のためのものであって、アメリカのようにすべてのためという発想ではないんです。弱者をもユーザーにする方法を考えたらビジネスにつながるんです。企業はビジネスとして展開し、行政はすべての人たちにサービスを展開する企業を応援する。そういう企業の存在が国にとって必要であることを、行政は国民に伝える。そういった制度をつくることが重要なんです。

 

操作方法がわからない!

--- アナログとデジタルでは、テレビの対応力が変わります。聴覚障害者はどう受け止めているのでしょうか。

松森 アナログのときはテレビから字幕レコーダーを通して録画していました。デジタルになって直接録画ができると聞いているんですが、操作手順がよくわからないので、まだ録画したことがないんです。

大澤 操作に関してはよくわからないという声が多く聞きます。高齢者もいますし、リモコンのボタンの数も増えていますが、字幕表示の操作方法など告知する必要があります。と同時に、字幕放送に対する認知度を上げることも必要です。特に一般の人は知らない人が多いですね。

松森 手話サークルでデジタル放送と字幕について話した時、地デジ対応のテレビに買い替えた人は多かったんですが、使い方がよくわからない、字幕の表示の仕方はわからないという人が大勢いました。操作方法などを説明する機会は必要だと思います。

 

機運の兆し

--- 昨年8月に発表された情報通信審議会の第4次中間答申に「CMが最新の品物の情報を伝えるものであるということから、聴覚障害者からCMへの字幕付与の期待がある」と行った文言が初めて記載されました。行政の理解が深まったということですか。

竹中 字幕は地デジの大きなメリットだと、わあわあ騒ぎましたからね(笑)。10年前にビル・ゲイツからもらった「障害を持つ人のためになることは、万人のためになる」という手紙を配ったり、それはいろいろやりましたよ。やっと最近は、総務省が推進しているICTを利用した字幕をすべての人を対象としたサービスにすることで、目指すユニバーサル社会になる、ということを理解してくれる官僚が増えてきました。今、総務省は積極的にリサーチをはじめています。企業任せではなく、国が何らかの基準を設けないといけないと思い始めているんです。

松森 10年前にCM字幕を提案した時は、放送番組への字幕付与が優先課題とされましたが、やっとCMに注目を集まってきました。今回の報告会には、聴覚障害者が過去一番多く参加しています。彼らは企業の違った一面を見たと評価しています。そういった意味でも有意義だったと思います。補聴器のCMなのに聴覚障害者にはわからない。こんな不思議な矛盾がなくなるようにしたいですね。

飯泉 ビジネスという観点で字幕を見ると、表現力やビジュアルについての議論が必要です。

土屋 字幕をユーザーが選択肢をいっぱい持てるようなサービスにすること、UDの標準化とカスタマイズをいかに折り合いをつけていくかなどの課題もあります。

竹中 解決すべき課題はありますが、変化の機運を生かしていきたいですね。

--- この機運に乗って行きましょう。

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