NEW MEDIA 5月号より転載

特集 地上デジタル放送と字幕とCMと

地デジ時代の広告

字幕でメッセージの多様性を図る

地上デジタル放送に対応したテレビは字幕放送を表示でき、
字幕付与可能な放送番組もほぼ100%となってきた。
が、放送の20%を占める広告には字幕が付いていない。
ユニバーサル社会を目指す上で、ぜひ考えたい点だ。
「チャレンジドを納税者に」を掲げて活動をされている
社会福祉法人プロップ・ステーションの竹中ナミ理事長は、
総務省の情報通信審議会委員会でこの問題を取り上げている。
そこで、日本の広告主が参集する広告団体である
社団法人日本アドバタイザーズ協会(JAA)の西室泰三理事長と
竹中ナミ理事長にユニバーサル社会と放送、広告、
そして字幕をテーマにそれぞれの立場から話していただいた。

(構成:古山智恵、写真:森下泰樹)

西室泰三氏の写真

Nishimuro taizo
西室泰三
社団法人日本アドバタイザーズ協会理事長
1935年山梨県生まれ。61年4月慶庖義塾大学卒業。 同年4月東京芝浦電気株式会社(現・株式会社東芝) 入社。96年6月代表取締役社長、2000年6月代表取 締役会長、05年6月相談役に就任。
〈主な社外職歴〉
2002年5月社団法人日本経済団体連合会副会長、 03年2月社団法人日本アドバタイザーズ協会理事長、 05年6月株式会社東京証券取引所取締役会長、06 年6月同社代表取締役社長、07年8月同社グループ 取締役会長兼代表執行役など歴任。その他、総務省 郵政審議会委員、内開府地方分権改革推進会議議長、 日米経済協議会会長、文部科学省中央教育審議会臨 時委員、財務省財政制度など審議会会長代理など歴任。

竹中ナミの写真

Takenaka nami
竹中ナミ
社会福祉法人プロッフ・ステーション理事長
1991年草の根グループとしてプロップ・ステーション発足、98年厚生大臣認可の社会福祉法人格を取得、理事長に就任。ICTを駆使してチャレンジド(障害を持つ人の可能性に着目した、新しい米語)の自立と社会参画、とりわけ就労の促進を支援する活動を続けている。「チャレンジドを納税者にできる目本」をスローガンに、95年より毎年チャレンジド・ジャパン・フォーラム国際会議を主宰。社会保障国民会議委員、財務省財政制度など審議会委員、総務省情報通信審議会委員、内閣府中央障害者施策推進協議会委員、国土交通省「自律移動支援プロジェクト」スーパーバイザーなどを歴任。

企業存続のために広告に投資せよ

竹中ナミ 手の甲の包帯はどうされたのですか。

西室泰三 職業病のようなもので、手首を酷使し過ぎたようです。手根管を開く手術を受けまして、もうだいぶいいんです。私は若い頃に余命7年と宣告されて、死と真剣に向かい合ったこともあるんです。

竹中 え、そうなんですか(驚)。全然知りませんでした。西室理事長とは7年ほど前から財務省の財政制度等審議会でご一緒しているんですが、そうそうたるメンバーの中でもひと際威風堂々としていながら、優しいお人柄で、私は西室ファンなんです。

西室 ありがとうございます。今日は日本アドバタイサーズ協会(JAPAN ADVERTISERS ASSOCIATION INC/JAA)の立場で参加していますので、JAAについて、まずお話しします。

 JAAは50年の歴史があります。設立は1957年で、以前は日本広告主協会という名称でしたが、昨年の50周年を機に改名しました。会員社数は約300社で、広告の質の向上や健全な発展のために、さまざまな課題を広告主個々ではなく、みんなで考えて解決していくことを目指して活動しています。

竹中 現在の広告業界をどうご覧になっていますか。

西室 近頃では広告のあり方も変化してきました。これまでの製品やサービスを売るという利益追求型から、社会のためにできること、企業の存在意義や社会貢献を発信するものへと変わりつつあります。さらに、これまでは企業からエンドユーザーに一方的に発信していたのが、ICTの発達により双方向化してきています。

 広告業界は、よくわからない世界だといわれます。これは、広告主が広告に精通する広告会社などに制作から出稿までを丸ごとお願いするため、どこにどれだけのコストがかかったのか、よくわからないためです。さらに、メディアの多様化で費用対効果が不明瞭なこともあり、企業の広告担当者は社内をいかに説得して広告費を捻出するか、苦労しています。私は交際費、交通費、広告費を「不況時代の3K」といっているんです。なぜなら、不況になると、この3つがコスト削減のターゲットになるからです。ですが、広告費というのは設備投資や研究開発と同じで、企業が存続するために必要なものです。交際費と交通費のように活動の質を変えることでカバーできるものではないんです。また、そうでなければいけないと思います。コストの透明性と広告の位置づけが今後の課題でしょう。

竹中 エンドユーザーとして広告を見ていますので、広告を発信する側からの今の話は大変興味深いものでした。

 私たちエンドユーザーにとってこれからの広告は、製品やサービスが欲しくなるだけじゃなく社会性も必要です。すごく美しい映像やステキな音楽が使われているということで高い評価を受けた広告でも、一番言いたいことを、誰にでも伝える努力をしているものが、広告としての価値が高いのじゃないかと思います。

西室 ですから、JAAでは「消費者のためになった広告コンクール」というのを1961年より設けているんです。

竹中 消費者のために「なる]ではなくて、「なった]なんですね。

西室 そうです。広告主は常に消費者のためになる広告を作っているつもりですので、わざと過去形にして、結果として本当に「ためになった」広告を評価しているのです。今年で48回目を迎えますが、先ほども申し上げた通り、これまで使い勝手の良さをフィーチヤーしていた広告から、企業としての姿勢を映像や自社製品あるいはサービスに反映させて訴える広告が増えてきています。

竹中 よくわかりました。

福祉という観点だけでは発展はない

竹中 立場は違いますが、世の中の変化を私も感じています。私は「チャレンジドを納税者に」をキャッチフレーズに 「袖肋金いらんから仕事ちょうだい!」と言い続けていますが、この考え方は、福祉のメジャーな考え方とは真逆なもので、反感を買うことが多いんです。それが近頃では、障害者への同情=福祉ではないという社会の風を感じるんです。とりわけ社会で働いた経験のある中途障害者の方々は、白分たちに必要なのは同情や慰めのお金ではなく、社会の中での位置やできる事であって、誇りを求めているんです。

 私には35歳になる重症心身障害の娘がいます。娘は、私を母親として認識することができないんですが、私にとっては誇りであり、宝なんです。同情の対象だけで見られるのはものすごくイヤなんです。

 障害というマイナス面だけを見るのではなく、可能性に注目して、社会人として働き手として一般消費者として見てほしい。こんな考え方の私が政府のいろいろな委員をやっていること自体、時代が変わってきているんでしょうね。

西室 人間が一番幸福なときは、自分か存在することにプライドが持てるときだと思います。政府が竹中さんを委員に選んだのは、政府の一つのメッセージではないでしょうか。

竹中 私は総務省情報通信審議会の委員もやっているんですが、実際に地デジを体験した上で意見を言わないと前向きな議論ができないので、家のテレビを地デジに買い替えたり、ケータイをワンセグに買い替えたり、出費のかさむことばかりです(笑)。

 地デジのサービスの中で一番興味を待ったのが、字幕放送です。アナログでは字幕放送を見るために数万円もする特殊な装置が必要だった上、字幕付きの番組が少なかった。ところが、地デジではボタン一つで見ることができるし、番組数もぐんと増えました。やっと、です。アメリカでは10年以上も前からCM含め放送番組に字幕を付与することが義務であり、字幕表示ができるテレビしか国内では販売できない法律が制定されていたのに。この違いは何なのかって思ってきました。

 アメリカで字幕が一番活用されているのは、スポーツバーなんです。喧噪で音声が聞こえないからです。ほかに、病院や公共機関、掃除機をかけているときなど、日常生活の中で活用されているんです。

西室 文化や環境の違いだと思いますが、アメリカでは、音の大きい掃除機が好まれるんです。日本とは逆ですね。

竹中 おもしろいですね。アメリカでは、番組の最後に番組のスポンサー名、その後に字幕のスポンサー名が表示されますが、これは、字幕がビジネスとして成り立っているということです。目本のように字幕を福祉だとか、障害者のためだとかいっている限り、ビジネスにはならない。ビジネスにするためには、放送番組やCMに字幕を付ける企業にとって何らかのメリットがなければいけない。その仕組みが必要なんです。

西室 CMに字幕を入れることはメッセージに多様性を生みますし、字幕付与のための技術的困難度は低くなっていますが、コストの問題など解決すべき課題があります。できる限りのお手伝いはしたいと思っています。

地デジの有効性を理解されるまで何度も

西室泰三氏と竹中ナミの写真
東芝本社の役員応接室にて

竹中 ありがとうございます。西室理事長は東芝の相談役でもあります。地デジ時代のテレビの変化をどう見ておられますか。

西室 地デジになるということは、これまでなかった新しいテレビの世界が電波を使って開かれるわけで、生活が豊かになります。HD(高画質)はいくつもあるサービスの一つで、ほかにも双方向やチャンネル数の増加など、いろいろあります。これまではインターネット経由で利用していた世界が、テレビの大画面でも楽しめるようになってくるわけです。

竹中 地デジは国策ですが、今ひとつ地デジについて国民にうまく伝わっていない気がしています。

西室 確かに説明下手な部分があるかもしれません。限られた電波を有効に使い、国民生活を豊かにするためには地デジにする必要があること、地デジにしたときのデメリット・メリット、しないときのデメリット・メリットを、本質に戻って理解されるまで何度でも説明する必要があると思います。

竹中 ぜひ、一緒に頑張っていきたいと思います。今日はありがとうございました。

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