月刊NEW MEDIA 2006年3月号より転載

特集 ユニバーサルな街づくりとIT活用 (上)

ユニバーサル社会の実現は
働く意欲のある高齢者、障害者、女性の社会参画で 生産年齢の減少問題を解決することになる

今後減り続ける生産年齢人口は、日本の国力を奪い、社会の活力を衰退させる。早くから人口減少時代に対するビジョンを模索していた国土交通省で、「自律移動支援プロジェクト」を立ち上げた大石久和(当時、技監)・東京大学教授・(財)国土技術研究センター理事長は、「ユニバーサル社会の実現が、その危機的問題を解消できる」と訴える。

(聞き手:吉井 勇・本誌編集長、構成・写真:渡辺 元・本誌編集部)

[写真]大石久和 Ohishi Hisakazu
東京大学教授
(財)国土技術研究センター 理事長
1945年兵庫県出身。1972年京都大学大学院修士課程修了、建設省入省。1996年大臣官房技術審議官、1999年道路局長、2002年国土交通省技監を経て、2004年より国土技術研究センター理事長に就任。早稲田大学大学院公共経営研究科客員教授、2005年東京大学大学院情報学環特任教授を兼務。近年、「国土学」「多様学」を提唱

生活見通し悪化の背景に生産年齢人口の減少が

内閣府は「今後あなたの暮らしは良くなるか、悪くなるか」というアンケート調査を毎年行っています。〔図1〕を見てください。

〔図1〕1995年を境として「将来は悪くなる」と感じる人が多数に

この回答の傾向に顕著な変化が出てきたのは、1995年です。「将来は悪くなる」が「良くなる」をぐんぐん引き離し始めたのです。1970年代、80年代は「良くなる」と「悪くなる」が交錯してきたのですが、1995年からは一貫して「私の暮らしは悪くなる」と思う人が多くなっているわけです。

1995年――この年は、1月に阪神淡路大震災があり、3月に地下鉄サリン事件がありました。IT社会を変化させたインターネットの普及と、Windows95の登場もありました。ある意味では、IT社会が一気に広がるとともに、一方で不安の増大する社会へ突入していったわけです。

この「不安」のバックには、生産年齢人口の減少によって支える側の人間が減っていくという時代の転機を、国民が感じ取ったことがあると思います。今ごろ少子化だ、高齢化だと騒いでいますが、問題は以前から生産年齢人口が減り始めているということです。生産年齢人口はちょうど1995年に8,700万人強とピークを迎え、それから年間約50万人ずつ減っています。2004年に生まれた赤ちゃんが110万人強ですから、毎年50万人減っているというのはとんでもない数字です。「皆で支える側に回れば、この国の将来は暗くないんだ」というビジョンを政治と行政が出さなければいけませんが、それに成功していません。

高齢者・障害者の社会参画は世界の高齢社会モデルになる

1995年当時、日本の総人口は約1億2,500万人で、国力を支える生産年齢人口は8,700万人強でした。ところが2030年には、総人口は約1億1,000万人に減少し、生産年齢人口は約6,900万人に減ると推計されています。1995年当時の総人口に占める生産年齢の比率を2030年でも維持するためには、さらに約1,200万人を社会に動員しなければなりません。その1,200万人の動員は、65歳〜69歳の若年高齢者約720万人と学生約500万人の参画で可能になります。

また、1995年の生産年齢人口と同じにするには、2030年の推計生産年齢人口にさらに1,700万人を動員しなければなりません。それは若年高齢者、学生に加え、障害のある方約600万人に参画してもらえば十分に可能です〔図2〕。

〔図2〕生産年齢人口の減少は高齢者、学生、身体障害者の社会参画でカバーできる

障害者の方々に聞いてみると、「働くのが好き」という方が大勢おられます。高齢者の方も「社会に貢献したい」という方がたくさんおられます。また、女性についても、就業希望はあるものの職業に就いていないという多くの潜在的労働力が存在しています〔図3〕。

〔図3〕多くの女性労働力が潜在的にある

特に、20代後半から40代半ばまでの結婚、出産、育児の期間、働く環境にないという日本独特のM字型を示しています。その原因は、育児の社会的サポートが不十分であることや、税金の制度面も深く関連しているからです。

社会を支える側に参画したいと思う人が、すべて参加できる社会をつくらなければいけません。高齢者、障害者の方が働き続けたいと思う理由は、経済的な理由もありますが、「社会の中で役立ちたい」という気持ちがあるからです。そのためには物理的なバリアを取り除くだけでは不十分です。社会に参画させるための制度面も含めた仕掛けが必要です。

働きたいという意思のある方々に参画してもらえば、「日本の将来は明るい」と感じる人が増えるはずです。高齢化、少子化は世界中どこの国でも起こることで、すぐに日本を追いかけてきます。今、我々がこれを凌げば、日本は情けない老大国になるのではなく、世界のモデルになることができます。その具体的なビジョンとして、電子タグを利用する「自律移動支援プロジェクト」を立ち上げたわけです。

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