月刊建設 2006年1月号より転載

〈新春座談会〉

ユニバーサル社会を目指して

―ユニバーサルデザインの考え方を踏まえたバリアフリー施策の推進―

出席者
(敬称略、発言順)
  • 野村 歡
    (日本大学 理工学部建築学科 教授)
  • 竹中 ナミ
    (社会福祉法人 プロップ・ステーション 理事長)
  • 土野 守
    (高山市長)
司会
  • 鈴木 道雄
    (社団法人全日本建設技術協会 会長)

[写真]

野村 歡(のむら かん) 氏
(日本大学理工学部建築学科 教授)

[写真]

竹中 ナミ(たけなか なみ) 氏
(社会福祉法人 プロップ・ステーション 理事長)
重症心身障害の子供を授かったことから、障害児医療・福祉・教育について独学しchallenged(障害をを持つ人たち)の自立と社会参加を目指して活動を続けている。1991年5月、プロップ・ステーションを設立。7年間任意団体として活動を続け、98年9月、厚生大臣認可の社会福祉法人格を取得、理事長に選任された。

土野 守(つちの まもる) 氏
(高山市長)

鈴木 道雄(すずき みちお) 氏
((社)全日本建設技術協会 会長)

○鈴木(司会) わが国では急速に高齢・少子化や国際化が進展しているなか、高齢者、障害者、女性、外国人などあらゆる人々の社会活動への参画に対するニーズが拡大しています。また、生活者の視点から見て、暮らしやすい社会づくりや生活の基盤である住まいに対するニーズが多様化してきています。

これからの社会資本や交通整備にあたっては、障害の有無、年齢、性別、人種等にかかわらず人々が利用しやすいように、都市や生活環境をデザインするというユニバーサルデザイン(注1)の考え方を踏まえ進めていくことになります。国土交通省では、重点施策課題の一つとして、ユニバーサルデザインの考え方を踏まえた国土交通行政を掲げ、生活環境や連続した移動環境をハード、ソフトの両面から整備・改善を図るとされています。


図―1 国土交通賞重点背策概要図(国土交通省) (出典:平成17年 国土交通省重点背策(国土交通省))

本日は、このユニバーサルデザインについて、見識が深く、それぞれの立場で活躍の三名の方からご意見を伺うことにしました。

  • 注1. 「ユニバーサルデザイン」(universal design)
    年齢、性別、身体、国籍など、人々が持つ様々な特性や違いを認め合い、はじめから、できるだけすべての人が利用しやすい、すべての人に配慮した、環境、建物・施設、製品等のデザインをしていこうとする考え方。

ユニバーサルデザインの考え方

○鈴木 まず、「ユニバーサルデザインの考え方に基づくバリアフリーのあり方を考える懇談会」(注2)の座長を務められた日本大学の野村教授からユニバーサルデザインの考え方やバリアフリー(注3)との関係についてお聞かせ下さい。

  • 注2. 「ユニバーサルデザインの考え方に基づくバリアフリーのあり方を考える懇談会」
    今後のバリアフリー施策を検討するに当たって、ユニバーサルデザインという考え方に基づき、個々の施設が備えるべき基準のあり方や建築物と公共交通機関相互の連携、施設整備等のハード面のみならず人的介助等のソフト面も含めた施策の検討等が必要と考え、平成16年10月、国土交通省は関係者からなる懇談会(座長:日本大学理工学部教授野村歡)を設け、総合的な観点から、今後のバリアフリー施策のあり方について検討を行った。平成17年5月27日報告書を発表。
  • 注3. 「バリアフリー」(barrier free)
    障害のある人が社会生活していく上で障壁(バリア)となるものを除去すること。もともとは段差解消などハード面(施設)の色彩が強いが、広義には障害者の社会参加を困難にする障害の除去(ソフト面の思いやり、気持ち)を含む。

< ユニバーサルデザインとバリアフリー >

○野村 ユニバーサルデザインの定義ですが、ご紹介のあった懇談会の報告書から引用しますと、「年齢、性別、国籍、個人の能力にかかわらず、初めからできるだけ多くの人が利用可能なように、利用者本位の考え方に立ったデザインにすること」となっています。もっと簡単に言うと「いつでも、どこでも、だれでも」と表現されることもあります。バリアフリーとの考え方の違いは人によって随分解釈が違うのですが、私は大きく3つのポイントで説明をします。

1つには、初めから存在している「バリアを取り除く」ということがバリアフリーの考え方であるのに対し、ユニバーサルデザインは「初めからバリアをつくらない」という考え方です。

2つ目は、バリアフリーが今までは障害者や高齢者をかなり意識した言葉で使われていたのに対し、ユニバーサルデザインは「できるだけ多くの人が使えるようにしよう」ということですから、初めから対象が非常に広がっているということです。

3つ目は、バリアフリーというのは、できているバリアをなくすということが目的なのですが、ユニバーサルデザインは物をつくる初めの段階からみんなが参加し、意見を出し、一緒に考えていく方法がとられていることです。

< ユニバーサル社会について >

○鈴木 神戸を中心に、まちづくりやユニバーサルデザインの活用を実践されている竹中さんの考えをお聞かせ下さい。

○竹中 ユニバーサルデザインといいますと、どうしてもデザインの部分を物とか形あるものと思ってしまいますが、デザインという言葉の本来の意味は、考え方や哲学あるいは法律・制度までを含む概念の言葉だと思います。ユニバーサルデザインの方がよく知られていますが、幅広く考えることができる「ユニバーサル社会」という言い方は、私たちの活動のなかで使い始めて少し広まってきました。

私には、重度の障害を持つ32歳になる娘がいます。彼女を療育するなかでいろいろな障害の方と出会いました。この出会いで感じたことは、決して建物といったハード面だけを変えればよいのではなくて、社会の考え方そのものが変わらないと、その人たちはいつまでも弱者であるということに気付きました。建物の構造などだけではなく必要なことは、やはり、当人自身や社会全体の意識の改革と同時に、その意識を法律・制度という形に整備していくことがとても重要となります。つまり、弱者対策である福祉施策ではなくて、その人の可能性を引き出すような施策です。そうすると、バリアフリーとユニバーサルの違いが明確に見えてきます。

例えば、入り口に階段のある学校があったとします。階段をなくせば、確かに車いすの方は容易に入れ、点字ブロックをつければ目の不自由な方も入ることができます。しかし、それだけでその学校に健常者と共に学べるシステムがあるといえるのでしょうか。障害者でも知識と能力を持っていれば、その学校で教師や校長になれるシステムがあるのかというと、日本にはありません。バリアという障壁を除去するだけではなくて、すべての人が自分の持てる力を発揮し、支え合っていく社会を「ユニバーサル社会」と定義付けています。

< 4つのバリアの解消 >

○野村 日本では、バリアフリーという言葉が使われて約40年経ちますが、バリアフリー自体の考え方は当初とは変わってきて、最近ではユニバーサルデザインという意味で使われていることもあります。一方、ユニバーサルデザインの歴史は短いのですが、バリアフリーの意味で使っている方もおられます。使い方が混同されており、人によって少しずつ考え方が違うと思います。

当時は、段差をなくすとか、車いす用のトイレをつくるといったハード面のことから始まっているのですが、次第にバリアフリーという概念がハードのバリアだけではなくて、意識のバリア、制度のバリア、情報のバリアと、大きく4つの柱になってきました。それらのバリアをなくすのがバリアフリーであるという考え方が広がってきています。そのなかで、竹中さんが話されたような社会全体を変えていこうという動きが出てきているということです。

そしてもう一つは、バリアフリーを実際に進める形として、「福祉のまちづくり運動」の取り組みや「福祉のまちづくり条例」などの制度化が図られてきたことです。この「福祉のまちづくり」の最初の頃の「福祉」というのは、「非常に狭い意味の福祉」で、バリアフリーの中には「車いす使用者専用トイレ」という言葉があったくらいです。それが次第に身体障害者全体から高齢者にも広がって、今は「広義の福祉」、要するに「全ての市民の幸せ」ということを考えているわけですね。そういう制度の対象や内容そのものが変わってきているということを、国民の皆さん、行政の方にもぜひ、理解して欲しいと思います。

また、「福祉のまちづくり」の「まちづくり」ということは、かつてはスロープをつけること、車いす使用者用のトイレをつくることが目的だったのですが、現在は、それは手段であって、目的は地域社会の中で生活できるようにすることなのです。4つのバリアを解消し、市民がまちのなかでちゃんと生活できることが大事なのです。そうすると、竹中さんのお話しと重なってくるような感じがします。

ユニバーサルデザインの活用の取り組み事例


図―2 ユニバーサルデザインの考え方を踏まえた国土交通政策 (出典:平成17年 国土交通重点施策(国土交通省))

○鈴木 わが国でもハートビル法(注4)や交通バリアフリー法(注5)が制定され、一定の施設や範囲においてバリアフリー施策が進められています。この施策の推進は、ユニバーサルデザインの考え方を踏まえた施策展開の中でも重要な施策であると考えます。

まず、現地での具体的なバリアフリー施策やユニバーサルデザイン活用の取り組み事例、そして、その事例における問題点や課題、解決策などについてお聞かせ下さい。

  • 注4. 「ハートビル法」(高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律)(平成6年6月29日法律第四十四号)
    高齢者で日常生活又は社会生活に身体の機能上の制限を受けるもの、身体障害者その他日常生活又は社会生活に身体の機能上の制限を受ける者が円滑に利用できる建築物の建築の促進のための措置を講ずることにより建築物の質の向上を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とした法律。
  • 注5. 「交通バリアフリー法」(高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)(平成12年5月17日法律第六十八号)
    この法律は、高齢者、身体障害者等の自立した日常生活及び社会生活を確保することの重要性が増大していることにかんがみ、公共交通機関の旅客施設及び車両等の構造及び設備を改善するための措置、旅客施設を中心とした一定の地区における道路、駅前広場、通路その他の施設の整備を推進するための措置その他の措置を講ずることにより、高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の利便性及び安全性の向上の促進を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とした法律。

< 自立への支援活動の取り組み >

○竹中 どんな障害のある方にもその方なりの思いがあったり、ポテンシャルが隠れていたりするわけですけれども、どちらかというと不可能な部分、バリアの部分に着目された社会構造になっています。私自身は、逆に、その人の中に眠っている力を社会へ引き出す、そういう活動をしたくなり、プロップ・ステーションを15年前に立ち上げました。

ちょうどその頃からコンピューターが普及、当時はまだパソコン通信でしたが、今ではどのような障害を持つ方も、自宅に居ながらインターネットで社会とつながりを持てたり、他の人とコミュニケーションをとることができます。障害を持つ方が技術を身につければ仕事ができる、納税者になれるような社会にしようというのが、私たちの考えです。


図―3 自律移動支援プロジェクト概要図 (出典:平成17年 国土交通省重点施策(国土交通省))

自律移動支援プロジェクト(注6)の第一歩である実証実験の場所が神戸に選ばれ、私もスーパーバイザーとして国土交通省と一緒にやってきました。このプロジェクトは、ユビキタス技術(注7)、IT技術を駆使して、目や耳の不自由な方、車いすの方、外国からみえた方、そして、自分自身が初めて行った町でどこに何があるのかわからない状態であっても、手元の携帯端末で必要な情報を取り出せて、自由に目的を達成できるといったプロジェクトです(図−10)。また、厚生労働省の所管ですが、障害者自立支援法(注8)と障害者雇用促進法(改正)(注9)が平成17年4月に施行されました。障害を持つ方々が、弱者ではなくなっていくプロセスとしてのこれらの法整備のお手伝いもしてきました。

  • 注6. 「自立移動支援プロジェクト」
    国土交通省が進めるプロジェクトで、道路の点字ブロックなどにICタグを埋め込み、それを感知した携帯端末にサーバーから情報を送信するシステム。白杖や車いすにセンサーを取り付けての活用も可能で、人工衛星による位置探査システムよりも、きめ細かい情報が提供される。システムが完成すれば、視覚障害を持つ人も安心して外出できるようになり、就労や社会参加を促進する効果が期待できる。
  • 注7. 「ユビキタス技術」(ubiquitous)
    ユビキタスの語源はラテン語で、「いたるところに存在する(遍在)」という意味。インターネットなどの情報ネットワークに、いつでも、どこからでもアクセスできる環境を指し、ユビキタスが普及すると、場所にとらわれない働き方や娯楽が実現できるようになる。
  • 注8. 「障害者自立支援法」(平成17年11月7日法律第百二十三号)
    障害者及び障害児が、その有する能力を活用し、自立した日常生活又は生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービに係る給付等を行い、もって障害者及び障害児の福祉の増進を図ることを目的とした法律。
  • 注9. 「障害者雇用促進法」(最終改正平成17年7月26日法律第八十七号)
    身体障害者又は知的障害者の雇用職務等に基づく雇用の促進等のための措置、職業リハビリテーションの措置、その他障害者がその能力に適合する職業に就くこと等を通じて、その職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もって障害者の職業の安定を図ることを目的とした法律。

< 高山市の取り組み(現状と課題)>

○鈴木 福祉観光都市を目指し行政の責任者としてお取り組みの高山市長の土野さんお願いします。

○土野 地方公共団体の役割は、住民の方が安全で安心して、そして快適に暮らしていけるまちをつくることが基本的な考えとして必要と思っています。

私ども地方都市では、高齢化が進んできています。高山市の場合、平成17年11月現在、高齢化率(注10)が23.5%と非常に高くなっています。また、人口の5%弱の方が障害者手帳を持つような状況になっています。手帳を持っている方のうち、先天的に障害を持った方は1割程度であって、あとの方はほとんどが後天的な障害者で、生活習慣病の結果や交通事故などによるものが、大変多くなってきています。そういう方たちが街に出にくく、普通の生活の場で暮らしにくいという課題があります。

一方、高山市はおかげさまで全国的に知られた観光地でもあり、年間約300万人の観光客をお迎えしています。最近10年間で、外国人観光客が2倍以上に増え、平成16年は初めて6万人を超えました。また、高齢者や障害をお持ちの方も多くなってきています。

こうした状況のもとで、バリアのないまちづくりに取り組んできました。住民にとって住みよいまちをつくれば、来訪者にとっても、「訪れたいまち」、「行きよいまち」になるのではないかという考え方のもとに、まず、まちのなかのどこにバリアがあるのかを発掘し、これを解消していくこととしました。地元の障害者からの意見は常々要望として聞いていますし、一方では、地元の障害者は、地域も狭く、遠慮があります。そこで、バリアに直面しがちな高齢者・障害者の方々や在日外国人の皆さんにモニターツアーとして高山市に招いて実感したバリアを指摘していただくことを、平成8年から17年まで続けてきました。これまでに14回実施しましたが、300名以上の方に厳しい指摘や課題の発掘をしてもらい、それらに対応してきました。


写真―1 高山市モニター制度(実地調査の写真) (提供:高山市)

モニターツアーの始めの頃には、道路の段差が非常に多いとか、雪国ですから水路がたくさんあり、そのグレーチングの目が粗く車いすのタイヤがひっかかったり、女性のハイヒールがはまるといった意見がありました。また、街を歩くにはトイレが少ないという指摘もありました。外国人観光客からは、外国語による観光情報の不足や標識が日本語だけで読めないといった指摘がありました。こうした意見のなかから、財政的にも可能で必要性の高いものとして、まず、道路の段差解消を取り上げ、次に、車いすでも入れる公衆トイレの整備、外国人観光客向けのホームページの公開と観光パンフレットを作成しました。

道路の段差の解消は高山駅を中心とした1km圏内をまず整備していますが、今後もどんどん進めていくことにしています。トイレの整備については、最近では、だれもが使いやすいトイレとして、オストメイト(注11)も含めたトイレもつくってきています。現在、民間施設も含め市内全体で約120カ所を整備し、車いすでも使用できます。

また、民間の施設にもバリアがたくさんありますので、それらを解消していくため、例えば、民間のホテルでのユニバーサルルームの設置、タクシーの座席を外へ出して乗りやすくする改良、段差解消のための設備の設置などに対する助成制度を設けました。民間の方も前向きに協力をしていただいています。

もちろん、ハードの面ばかりではなくソフト面のバリアの解消が大変重要です。また、観光地ですから、お客様に対するおもてなしを粗相のないようにしていこうという「もてなしのあり方」などを含めたソフト面でのバリアの解消にも努めています。

外国人観光客に関しては、平成8年から始めたインターネットによる情報発信が効果的だったように思います。現在では、高山市のホームページの観光案内は、日本語のほか10ヵ国の言語に対応しています。

ただ、既存のバリアをなくすことだけではなくて、これからはバリアをつくらないまちづくりが必要であるとの考えから、平成17年4月に「誰にもやさしいまちづくり条例」を設けました。これは、ユニバーサルデザインの考え方に基づいて各種の取り組みを行うことによってバリアのない社会の実現を目指すものであり、ハートビル法の基準よりも厳しい負荷を加えた制度としています(図−4)。


図―4 高山市「誰にもやさしいまちづくり条例」の概要 (提供:高山市)

バリアのない社会を目指し、現在ではかなり取り組みは進んできていると思いますが、作業を進めているなかで、次から次へと新たな課題が出てきまして、エンドレスの仕事であることを実感しています。


写真―2 歩車共存型道路(左)とグレーチング(右) (出典:平成17年度版 高齢社会白書(内閣府))

例えば、地方都市ですので、道路幅が非常に狭くて歩車道を区分することが難しい道路もあります。そうした道路は歩行者・車共存道路の形とし、また、路面の色分けをするといった工夫もしています。歩道との段差は2cm以内としていますが、例えば、フラットにすると、今度は歩道上に駐車する者が出てくるなど、一種の弊害的なことも起こったり、また、目の不自由な方は段差がないのがかえって怖いというように、車いす使用者と視覚障害者ではその評価が分かれてしまうこともあります。障害の程度や種類によって意見が全く相反することもあり、あちらを立てればこちらが立たずといったことを一つ一つクリアしていくことになると、なかなか大変です。

それから、なるべくこうした事業に財源を充当する努力をしていますが、やはり財政面からの制約もあります。

もう一つは、地方都市では、専門的な知識を持った職員が少ないことから、いろいろな方の知恵をお借りしているのが現状です。今後は職員の専門知識の確保が課題であり、このためには多様な人材の確保、専門研修、交流人事が必要であり、積極的に取り組んでいます。

  • 注10. 「高齢化率」
    総人口に占める高齢人口(65歳以上)の比率。
  • 注11. 「オストメイト」(ostomate)
    直腸ガンや膀胱ガンなどにより臓器に機能障害を負い、腹部に人工的に排泄のための孔を増設した人のこと(膀胱又は直腸機能障害者)。

わが国の水準の変遷と海外との比較


図―5 世界の高齢化率の推移 (出典:国土交通白書2005(国土交通省))

○鈴木 わが国におけるバリアフリー施策やユニバーサル社会の成熟の度合いといいますか、ユニバーサルデザインの活用がどの程度の水準にあるのかをお伺いします。時系列でみた変化や外国と比較してどのように評価されていますか。

○野村 現状認識についてですが、このテーマに長く取り組んでいる立場で振り返ってみますと、「昔から比べれば雲泥の差」があると思います。

バリアフリーの研究を始めた40年前には、例えば、車いすに乗っている人が街に行きたい時には、今のように車いす用のトイレがないため2〜3日前から水分を我慢しなければなりませんでした。そういう時代のことを知っている者から見ると、時代の変わり様がわかります。ところが、最近、バリアフリーの研究を始めた方は、広範なバリアフリー、新しいユニバーサルデザインのことしか経験がないわけです。そのような方は、まだまだ不十分であるとのお考えでしょう。私は、両方ともそれは正しい見方であろうと思います。

先ほど、土野市長が述べられたように、このテーマはどんなにやっても完璧ということはないのですね。我々は、いつも次のステップに向けて今までやってきたことをきちんと評価をして、それを次につなげていくというスパイラルアップの姿勢がまず必要ではないかと思います。


図―6 全国へのユニバーサルデザインの普及(スパイラルアップ) (出典:平成17年 国土交通省重点施策(国土交通省))

日本の場合、初めの頃はバリアフリーという運動が出てくると、「それではハード面で考えてあげるからそれでよいだろう」ということで、心がついていきませんでした。ところが、今皆さんが言っていることは、そのハード面を補完する意味のソフトという言い方をよくされますね。そうではなくて、本当は心の問題がまず全部にあって、ハード面とソフト面があり、ハード面で足らない部分をソフトで補うという二段構えのソフトの考え方がもう少し浸透しないと、私はなかなか進まないのではないかと感じています。

○土野 心のソフトがベースにならなければいけないというお話でした。私どももハード面から行って、ハード面だけでは足りないからソフト面もというようなことで今まで進んできましたが、ご指摘のようなことはあると思います。

○野村 バリアフリーとユニバーサルデザインの違いは結果としてかなり同じようなものですから、その国に居住していない旅行者にとって、その国のユニバーサルデザインが進んでいるかどうかは判断ができません。また、バリアはないというには、そのプロセスも知らなければわからないわけですからね。

外国ではバリアフリーをある意味でさりげなくそういうことをやる、これ見よがしにやらないという部分があることです。もう一つは、欧米ではキリスト教という宗教がベースにあって、「汝ら隣人を愛せよ」と言うことで、困った人がいたら自然の形で助けるのです。

○土野 ニューヨークの施策が進んでいるということで、平成17年に私は同市を訪れました。市の担当部長さんの話をお伺いすると、その理念や制度面は非常にすばらしいのですが、現実には財政困難で街のなかはバリアだらけで、音声信号もまだ1ヵ所しかないということでした。制度と実施との落差を感じたのですが、いずれにせよ、野村先生が述べられたことを踏まえていかなければなりませんし、そこに住んでいる方たちがソフトの考え方を持たなければユニバーサルデザインの推進はできないということです。

○竹中 先ほども述べましたが、障害の重い方でもITの利用によって、社会とつながることができたり、自分の力を発揮することができるようにするための支援を目的に、活動の当初からコンピューターやソフトウェアの開発技術を持つ方々と一緒に、コンピューターのプロ養成のセミナーをやってきました。意識や制度と同時に、最新の科学技術の活用方策を取り組みのポイントにしてきました。

私たちのアメリカにおけるカウンターパートナーにペンタゴンのCAP(注12)というセクションがあります。そこは、NASAやペンタゴンで開発された最新の科学技術によって、重度の障害の方を政府職員、つまり官僚に登用したり、企業のリーダーに育て上げたりするという組織なのです。確かに、土野市長が述べられたように、アメリカの理念や制度は日本より非常に先行しており、逆にハード面は確かに遅れているかもしれません。ただ、例えば、学校、地域、職場でも、人口比率と同じくらい障害を持った方がいることによって、当然その人たちと一緒に生きていく社会だという意識が蓄積されているのです。例えば、アメリカではブッシュ大統領が「ニューフリーダム・イニシアチブ」(注13)というユニバーサル社会のための構想を出していますが、それによると、全米の大学における障害を持つ学生の比率を10%にすることを目標にしています。10%にするということは、ほとんど全ての障害者が高等教育を受けられるようにしようという施策なのですよ。現在、全米平均は4%ですが、ワシントン大学は既に7%に達しています。同大学では身体障害者に対する教育を受けるためのサポートは当然のことで、知的ハンディを負っている方、LD(注14)の方、精神障害の方などあらゆる障害を持つ方を学生として受け入れています。そのかわり、その人は当然、学費を払って勉強するということですね。

しかし、残念ながら今の日本の大学教育における障害を持つ学生の比率は、0.1%を満たしていません。逆に言いますと、「だからこそ障害を持つ方が働いたり、社会のなかでステータスを得ることができない」ということがあります。このように、ハードの足りない部分を補っているというところがあります。

日本では、まず、建物などのハードのバリアフリー化を何とかしなければ、そして、それは障害者のためにという考え方だったのです。アメリカやスウェーデンなどの考え方は、「障害者のために何かをする」というより、「障害者が障害を持たない人と同じように社会のために貢献できるようにする」という考え方なのです。ここが、とても大事なポイントだと思っています。

これから高齢社会が到来しますので、そこで蓄積された知識や考え方は、必ず明日の日本の高齢社会を救う道筋になるはずです。先ほども述べましたが、私は、「障害を持つ方をタックスペイヤー(納税者)に」をキャッチフレーズにしており、結構、過激だ(笑)と言われていますが、日本もそれくらいまで視野に入れて進めていければよいと思っています。

○土野 私どもが最初にこのバリアフリーの仕事に取りかかった頃のことですが、「障害者の方ばかりが訪れるようなまちになっても困る」といった障害をお持ちの方には失礼な意見がありました。しかし、バリアをなくしていこうといろいろ実施している段階で、やはり「意識のバリアフリー」が必要であるという認識が市民のなかに深まってきました。今は、民間の方もバリアをなくそうと積極的に取り組んでもらっています。

○竹中 私が生まれ育ち活動の拠点にしている神戸では、平成7年に阪神・淡路大震災を経験しました。以来、ハード面だけではなく、多くの人の力や思いによって、この10年間、復興の道を歩んできました。この経験により、これからは「全ての人が力を発揮して力を合わせてやっていく」といったユニバーサルの考え方を発信していく使命を持ったのではないかと思っています。数年前から兵庫県や神戸市は共同して、兵庫、神戸を世界一のユニバーサルと呼べるような地域にしようと、民と官が力を合わせ取り組んでいます。平成18年2月16日には神戸空港が開港します。ぜひ、世界一ユニバーサルな空港と呼べるように願っています。そして、私たちの町が、どんな人にも心地よく訪れてもらえる町、そして、当然、住んでいるどんな人も誇らしく思える町にしたいと思っています。

  • 注12. 「CAP」(Department of Defense Computer/ElectronicAccommodations Program)
    1990年に米国防省の健康管理活動の一環として開設されたもので、その任務、目的は、(1)国防省内の障害のある就労者に対して、公平にアクセスできる情報環境と機会を保障するための支援技術や調整(適応化)サービスの提供すること。(2)国防省並びに連邦関係省庁での障害者雇用とその維持をサポートすること。(3)公共のアクセシビリティ向上のたもの各種国防省プログラムとその活動を支援することなど。(出典:社会福祉法人プロップ・ステーション ホームページ)
  • 注13. 「ニューフリーダム・イニシアチブ」(new freedom initiative)
    2001年にアメリカのブッシュ大統領が政策発表した。障害者と障害のない人々の教育や失業率などの格差を問題点として明確にし、社会のあるべき姿に向けてのプログラムを打ち出している。
  • 注14. 「LD」(Learning Disabilities):学習障害。

ユニバーサルデザイン政策大綱について

○鈴木 どうも日本ではハードの方が先行して、ソフトの方が遅れていることが、あらゆることに多いと思います。すでにお話もありましたが、ここからはユニバーサル社会の実現を目指していくうえでの課題や配慮すべき事項などについて具体にお伺いします。

まず、法律や制度といった政策面についてご意見を伺います。

< 政策面に関する評価 >

○鈴木 平成17年5月に野村先生が座長の「ユニバーサルデザインの考え方に基づくバリアフリーのあり方を考える懇談会」の報告書が出され、さまざまな視点から論議がなされています。そして、平成17年7月に国土交通省で「ユニバーサルデザイン政策大綱」が取りまとめられました。この政策大綱では図−7のとおり、基本的な考え方として5項目、具体的施策として10項目が掲げられており、今後、これらを基本として具体的な施策が進められていくことになります。この大綱についての評価や感想、具体的な施策に向けての要望などをお聞かせ下さい。


図―7 ユニバーサルデザイン政策大綱概要図(5つの基本的考え方と10の施策) (出典:ユニバーサルデザイン政策大綱(国土交通省))

○竹中 この政策大綱では、「福祉のまちづくり条例」や「バリアフリー条例」などをユニバーサルデザインという形で制度設計をしていくように変えていく内容であり、大変うれしく思っています。

私は、いつも「人の意識」と「法律などの制度」は、コンニャクの裏表だと思っています。意識が変わることによって新たな制度も生まれ、新たな制度が生まれたことによって、また人の意識も変わっていくというように、より向上していく上昇スパイラルのような関係になって欲しいと思います。常に意識と制度の両面からアプローチしていかなければなりません。

ですから、私が取り組んでいる活動は、障害を持った方が単にコンピューターを使えて、稼げるようになるだけではなく、そういう働き方のできる制度を生み出すところにまでつなげていくことです。先ほども触れましたが、これまでの障害者雇用法が企業の雇用について示していたものを、在宅で働いたり、介護を受けている人も働けるようバックアップするような仕組みとか、これから社会にどしどし進出していけるような自立支援の法律もできました。ただ、この自立支援法に関しては1割自己負担となり、障害者の方々から反対の意見もあります。

私がここで述べたいことは、すべての先進国の運動を見てわかることですが、それは「自分が社会に対して何らかの負担ができるような社会人になっていく」という運動であることです。現在では、アジアのタイ国でもそういう運動に変わっています。しかし、日本では、まだ、「障害者は気の毒」という意識が「一般の意識」であると同時に、障害を持つ人たち自身も「自分たちは負担ができない」という意識があるところから出発していることを、私は残念に思っています。だれもが意識を変えなければと。

法律・制度のことですが、私たちは「ユニバーサル社会」という考え方を、きちんと基本法的に取りまとめていくという動きもしています。与党のユニバーサル社会形成のプロジェクトチームで3年間ほど取り組んできました。初めは女性の国会議員が中心で、2年前に正式な与党プロジェクトチームになり、私は専任講師という形で参画し、アメリカの視察にも行ってきました。できれば、全省庁のそれぞれの政策のベースにユニバーサルという考え方が入り、そのうえで政策が組み立てられていくような形にしたいという話をしています。

日本は議院内閣制の国ですから、私たち有権者一人ひとりがアイデアを持って行動し、よい結果が出たものを制度にするよう、政治を担う者にバトンタッチをする。できた制度を、国民の皆さんが加わって一緒に広め実施していく。こうした自治から始まるものを政策にして広めていく過程で不足することがあれば、国民、市民一人ひとりがまたアイデアを出し、新たな政策にしていくといった、国づくりのようなものがすごく重要であると思います。

ユニバーサル社会を考える国の財政担当部署の会議では、少子高齢化を見据えたニーズをきちっとして、物事の優先度(プライオリティー)を考えるべきであることを話しています。これは決して福祉ではなく、これはまさに経済なのです。日本経済の安定のためには、福祉の受け手ではなく送り手、支え手になる人が増えなければ、日本はもたなくなるという話です。

なぜ私が税制にこだわるかと言いますと、重症の娘を残して死ねる日本にするためには、私は常に自分の課題として考えざるを得ないのです。その時に、今の福祉観のように、みんなが何かにぶら下がる、減少する若い世代にぶら下がるような方式がこのまま続いていくようであれば、恐らく一番弱い人から切っていかざるを得ない国になってしまうと思うからです。私は、そんな国に娘を残して死ぬわけには絶対いかないので、一人でもたくさんの人が支え手になるような社会をつくっていきたいと思っています。


図―8 ユニバーサルデザインの考え方を踏まえたバリアフリー施作の推進 (出典:平成17年 国土交通省重点施策(国土交通省))

○土野 私ども地方都市としては、この政策大綱は、国における施策の推進が期待できることはもちろんですが、バリアフリーやユニバーサルデザインのまちづくりを実践している地方都市の後押しをしてくれる施策であると思っています。また、市民や民間事業者への一層の意識の啓発が図られるものと思っています。

高山市が進めている「誰にもやさしいまちづくり条例」での取り組みにおいて、不足している部分は何なのか、さらに何が必要であるかといった検証の参考にできるものと思っています。

また、今後、自治体がユニバーサルデザインによるまちづくりを推進するためには、国と自治体との連携が一層必要になってくると思いますし、広範囲にわたる施策でもありますので、補助制度など財政的な支援が重要であると考えています。

表―1 公共交通機関のバリアフリー化の現状

(出典:国土交通白書2005(国土交通省))

それから、バリアフリー施策の総合化のなかで、「できる限り対象を拡大する必要がある」と記載されています。ユニバーサルデザインの考え方を踏まえた具体的な施策における基準やガイドラインにおいては、例えば、駅の利用者5,000人未満の旅客施設を対象とした整備のあり方に対するガイドラインの策定などにも取り組むように示されています。JR高山駅の平日の利用者は5,000人に満たないのですが、休日や観光シーズンには大勢の方が利用される施設でもありますので、このような地域事情を考慮する必要があると考えています。先ほども述べましたが、現在、交通バリアフリー法に基づく基本構想の作成に取りかかっているところです。自治体として人数の多少にかかわらず、だれもが移動しやすい街にするためには、民間事業者への理解と喚起にもなり、一層の推進が図られるものと考えています。

○鈴木 この政策大綱は、野村先生が座長の懇談会の報告も援用されていると思います。大綱についての評価などをお聞かせ下さい。

< 国全体の政策大綱へ >

○野村 この政策大綱は、国土交通省の局長さんが多方面の識者の意見を参考にして、国土交通省として決められたものと理解しています。その意味で、私はこの大綱自体を大変評価します。

強いて言うならば、国土交通省のユニバーサル大綱ではなくて、国全体の大綱にして欲しいという気持ちがありますね。というのは、竹中さんのお話のように、大綱でハードのものだけできても、やはり他の部分ができないと生活ができないわけです。この大綱に書かれているソフトの部分は、ハードをある意味で補うソフトの部分が中心に書かれているような気がしますので、もっと大きな視点でこれを捉えて欲しいと思います。

例えば、欠格条項のことです。厚生労働省ではいろいろな法律を整備をしてきていますが、障害者の方から法律のなかで障害者を区別するといったことがまだあるという意見がありますので、この点について一つの整理をして欲しいと思います。

また、国土交通省の施策では、住宅基本法の制定の動きがあると伺っていますが、その際、この政策大綱の考え方がどういう形で反映されるのかも気になります。政策大綱では総括的に交通バリアフリー法とハートビル法の一体化ということが頭出しされていますが、それだけにとどまらないもっと大きな視点でのものの捉え方があるのではないかと思います。

< 災害弱者や子どもへの配慮 >


図―9 土砂災害による死亡・行方不明者に占める災害時要援護者の割合(平成11〜15年) (出典:国土交通白書2005(国土交通省))

○野村 それから、各論でみますと、例えば、災害弱者。「弱者」という言葉は好きではないのですが、災害時の考え方をもう少しわかりやすくして欲しいと思います。都道府県では防災についてのマニュアルづくりが義務づけられています。私どもの数年前の調査では、マニュアルのつくり方が、(1)高齢者、障害者のことが何もとり入れらていない自治体、(2)高齢者、障害者のことを別のマニュアルでつくっている自治体、(3)マニュアル自体に高齢者、障害者を含め配慮されている場合、のようにさまざまでした。どれがよいかというと、当然、(3)で、マニュアル自体に高齢者や障害者の情報が入っていなければユニバーサルではないわけですね。(2)のように別につくれば、大きな部分のマニュアルが先で、時間があればその次に高齢者等のマニュアルに取り組むということになりがちなのです。(1)の高齢者等のことが入っていないものは論外です。マニュアルなどもののつくり方一つをとっても、ユニバーサル化ということを考えてもらわなければ、具体の施策はどうしても後手に回ってしまうことになります。

もっと細かい話になりますが、例えば、阪神・淡路大震災の際の第1次避難所の問題です。これはメンタルなハンディキャップを持っている人がすごく苦労されたと聞いています。それから、次に第2次避難所の問題として仮設住宅のバリアフリーの問題がありました。こうしたいろいろな段階や状況ごとにさまざまな問題がありますので、大綱のなかで事業化していく時にはそれぞれの施策をもっと現場にブレークダウンして考えて欲しいと思います。

それから、対象者として子どものことがほとんど入っていません。平成16年12月に次世代育成支援対策推進法(注15)が施行され、これに基づき自治体ではさまざまなプロジェクトに取り組んでいますが、その文字句をこの政策大綱に写しているような感じがしました。それでは、次世代育成のことをどのように考えているのかが全く見えないのです。我々は現在、子どもの視点でのまちづくりに取り組んでいます。例えば、橋の欄干の下に子どもがすり抜け落ちそうなすき間のある場合があります。それから、側溝のところに網がなくて落ちてしまうような箇所もあります。特に、雪国では排雪のための大きな側溝があり、子どもが落ちれば簡単に流されてしまいます。こうした安全を担保されていないところがたくさんあるのですね。これから事業化を図っていく時に、ディテールにまでもっと気を使って欲しいことを特にお願いします。

○山田(※) 災害時におけるマニュアル策定の段階でユニバーサルデザインの考えを取り入れることは当然だと思いますし、国土交通省の政策大綱だけではなく国全体の大綱にしなければいけないとの指摘はとても重要なことと受け止めています。現在のやり方は、それぞれの地域において、ある特定の職員がリーダーシップを発揮し頑張ることによってうまくいくとか、マニュアルをつくる際にも、ユニバーサルデザインに関心の高い職員がいて、さらに、民間の方と共同すると、よりうまく進むという感じがしています。こうしたマニュアルをつくる際に、担当者のなかにはユニバーサルデザインということが頭に浮かばない人もいるかもしれませんし、だれに相談してよいのかわからない場合もあるのが現状ではないでしょうか。ですから、こうした問題に取り組む場合、官も民も人づくりがすごく重要であると思っています。竹中さんのような方がたくさんおられることを願っています。

  • 注15. 「次世代育成支援対策推進法」(平成15年7月16日法律第百二十号)
    わが国における急速な少子化の進行等を踏まえ、次代の社会を担う子どもが健やかに生まれ、かつ、育成される環境の整備を図るため、次世代育成支援対策について、基本理念を定めるとともに、国による行動計画策定指針並びに地方公共団体及び事業主による行動計画の策定等の次世代育成支援対策を迅速かつ重点的に推進するために必要な措置を講ずることを目的とした法律。
  • ※. 本誌編集委員会副委員長(国土交通省大臣官房技術企画官)

< 心の問題のこと >

○鈴木 最初にソフト面が足りないとのご指摘がありました。これからの具体的な施策として取り込まなくてはいけないと理解してよろしいでしょうか。ソフトの面というか心の問題になると施策化することがなかなか難しいですね。

○野村 昔から言われていて解決できない問題はやはり心の問題にあります。このことを教育だけにかぶせるわけにもいきません。我々の日頃の生活のなかで、例えば、親から子どもへ、子どもから孫へ伝えていくようなものをもう一度取り戻せないかという気がします。電車の中で騒いでいる子どもを叱ると、逆にこちらが怒られて注意ができないような状況があります。

そういう意味では、外国ではきっちりしていますね。先ほど竹中さんからアメリカの話がありましたが、アメリカは主に権利という考え方です。一方、北欧の方ではどちらかと言うとソリダリティー(注16)(社会連帯)という意識が入ってきて、そのなかで個人をすごく大事にするのですね。大人になってから自立とか、障害者になってから自立ではなくて、子どもの時から自立という考え方をきっちり教えているのです。そういう意識がしっかりしているから、電車のなかで子どもが騒げばみんなが注意をします。ですから、こうした権利や社会連帯も大事であるところに、日本的なものがうまく組み合わさった日本なりのものをこれからつくっていくことができればよいと思っています。難しいことですが。

○鈴木 教育の問題にも及んでくるのですね。戦後60年になりますが、「ユニバーサル社会」という以前の問題として、今の日本は国民の心がおかしくなっているような気もしますね。

○土野 高山市は、昔から、よそから来られた方を大切にする「もてなしの心」が根づいている地域ですので、全体としては、そういう心の問題を解決しながら、バリアフリー化に取り組めていると思います。

○野村 高山市の旅人をもてなすという気持、これはとても大事なことだと思うのです。そういう気持ちが失われないようにするには、やはり一人ひとりの心がけですよね。

○土野 日本の場合、3世代同居といった美談的な話もありますけれど、ヨーロッパでは、ほとんど親子で同居することなくそれぞれが独立しています。そういうところが基本的に違っていますので、国によってユニバーサルデザインのあり方が違ってもよいのではないかと思います。

○竹中 社会のなかで障害を持つ方々がいかにきちんとした役割を持てるかとの観点で見ますと、その人たちが、自分のことだけではなく他の人のため、社会のために何かをなしたという結果が得られ、社会的に評価も得られた時に、その人にとってはとても誇らしく感じられることです。こうしたことは、子どもにもすごく必要だと思うのです。私が貧しい子どもの頃は、お小遣い欲さに新聞や牛乳の配達をしたり、親が忙しかったことから年の離れた弟を背負って学校へ行ったりもしました。そのようなことは、別に不思議でも何でもなく、子どもにも大人から頼られるような役割があったのですね。

ところが、今日では子どもの数が少なくなり、また、物質的に豊かになり親が子どもに何でも与えることができるようになりました。親が子どもの役割を期待せず、期待するのは成績だけでは、「子どもは社会にとってすごく意義のある大切な人間である」ことを教える機会を大人自ら放棄してきていると思います。しかし、私たちは重度の障害の人が自分で働き稼いだ時に、その表情や態度がいきいきと誇らしく変わることを見てきています。役割を果たすことは同じですね。もう一度、子どもに対し何か役割を持たせることを考えてもよいのではないでしょうか。子どもにやさしくしようとか可愛がろうということではなく、子どもとして自分の力を発揮して、自分は尊い存在であるといったことを知らせるような機会がぜひ欲しいものです。

  • 注16. 「ソリダリティー」(solidarity):連携、団結、連帯責任の意。

< 仕組みづくりと人づくり >

○野村 内閣府に障害者施策推進協議会があります。メンバーの半数以上が障害者又はその家族の方々ですが、国自体の取り組みの考え方が変わってきているように感じています。それから、政策担当者も各省庁間で交流されており、その意味では、よい方向にあると思います。

もう一つ、今の若い人のなかにはとてもよいアイデアを持つ人がたくさんいるのです。そういう人たちの芽を摘まないで育てていくような仕組みづくりがとても重要な感じがします。


図―10 国土交通省荒川下流工事事務所の取り組み (出展:国土交通省関東地方整備局荒川下流事務所ホームページ)

最近、荒川区での親水計画やバリアフリーのことが随分評価をされていますね。担当は国土交通省の荒川下流工事事務所ですね。

○山田 治水資料館を拠点にしています。住民やNPOの方が自由に出入りできるところをつくり、そこでいろいろな議論をし、河川管理者だけの一人よがりでは事業を実施しないという仕組みは、これまで述べられた考え方に通じるものがあります。

○野村 その仕組みづくりとそれを育てる人がいてうまくかみ合うと、非常にユニークなよい活動がいくらでもできる感じがしますね。

○土野 今までは、道路の問題ですと土木部門とか、障害者対策だと福祉部門というように縦割り行政だったのですが、バリアフリーの問題は縦割りでは仕事ができません。市役所のなかでも福祉、土木や観光といった各関係部が横の連携を図ることによって、大変スムーズに仕事ができるようになりました。一つの目標に向かって、意識の統一と言いますか、チームをつくって連携をとりながら実施するようになりました。行政のやり方もかなり弾力的にやれるようになってきたと思っています。

○鈴木 そういうお話を伺っていますと、国土交通省の政策大綱だけではなくて、それが発展して、国全体としてユニバーサル社会を目指すという方向に展望が開けそうな気がしますが、言い過ぎでしょうか(笑)。

○竹中 いろいろな省の委員を引き受けていますが、その中では、国土交通省が一番力を入れて先進的に取り組まれていると思います。国土交通省では人の移動や生活のことを所管されているわけですから、ユニバーサル社会に向けての国土交通省の取り組みは、影響力がすごく大きいものと思っていてますので期待をしています。

○鈴木 先ほどのアメリカの話ですと、まず、制度を整備し、それから実施する方法のようですが、国土交通省はもともとハード面が得意ですから、そこに心といったソフト面がついていけばよいのではないでしょうか。結果として、ユニバーサル社会を目指し充実していく方向に向かっていると思います。

具体の施策を進めるにあたって

○鈴木 これまで制度面についてお話いただきました。これからは、現地において具体の施策を進めていくうえでの問題についてお伺いします。先ほどから、障害をお持ちの方、利用者そして住民のニーズは何かを利用者の立場に立って進めていかなければならないといったお話がありました。利用者や住民の参加、当事者としての参加、あるいは参加者の合意形成などで、皆さんはいろいろなご苦労を経験されておられると思います。特に、現地において着実に実施するための具体的な方法、問題点や対応方策などについてお聞かせ下さい。

< サービスの分担 >

○竹中 現在、例えば、アメリカ、フランス、イギリス、北欧では、第一のセクターの官、第二のセクターの企業、第三のセクターと言われるNPO、NGOが、それぞれ対等にやるべきことを持っていて、国民、住民はそれぞれのサービスを自主的に選ぶようになっています。そういう世界の動向の中で、日本は、平成7年の阪神・淡路大震災の時に初めて「ボランティア元年」という言葉が生まれ、また、「NPO」も活用されだしたように、住民の自治活動から生まれてきたものはまだまだ少ないですね。どうしても官がやってくれる、あるいは官にやらせる、そして、失敗すれば官が悪いと責める、そういった待ちの姿勢や「お上と下々」という関係がずっと続いてきたわけです。

< 人のネットワーク >

○竹中 阪神・淡路大震災時には、肝心の役所も壊れたり、機能が止まってしまったのです。結局、助け合うのは地域住民同士。その時初めて、日頃から自分たち自身がいかに備えをしていなかったか痛切に感じました。そうしたなかで、障害を持つ人たちが大変な目に遭ったとよくいわれますが、実は、いわゆる障害者といわれる人たちは、常日頃、作業所というチームを持っていたり、日常生活で外出するためのボランティアの仲間がいたりして、結構、ネットワークを持っていたのです。そうした支援者の人たちは情報を持っているので、助け合いがありました。役所の方が、支援者のところへ障害者の所在を尋ねてきたこともありました。

プロップに所属する障害を持つ仲間たちは、既にパソコン通信のネットワークで、自分たちの状況を発信したりしていたのです。ですから、震災後に電気と電話が通じた時点で、仲間たちはパソコンにより、安否情報から始まって、次には、どこで水やお弁当が支給されるとか、どこで車いすの人でもお湯を使わせてもらえるかといった情報の確保が、実は、ベッドの上にいた私たちの仲間から始まりました。

ところで、阪神・淡路大震災で亡くなった方の6割以上が家庭介護が必要な高齢者だったことに、私は心が痛みました。家庭介護が必要な高齢者の介護は、奥さんや娘さんがなさっており、その介護のことに精いっぱいで、介護している人同士のネットワークはほとんどなく、どこでどのような人が介護を必要とするかといった情報もなかったのですね。

ですから、特に、高齢者の家庭介護を受けている方々や関係者が、「いかに人同士のネットワークを持ち、人と人がつながっていることが重要か」、「情報を共有していることが重要か」ということを、どのように周知し広げていくかが大きな課題だと思います。こうしたことを官側に任せるのは違うと思うのです。自分たち自身がまずそういうものに取り組むという意思があって、そういう意思がネットワークをつくり、それをバックアップする法律や制度を生み出していく、といった広がり方が重要なのです。

そういう意味では、NPOによるボランティア活動などが少しづつ広がってくるまでは、日本では残念ながら自治意識はありませんでした。家族だけで何かをするか、官だけにやってもらうかしかありませんでした。これからはもっとスピードを上げて、そして、自分たちで何かアイデアを出すところにまでいかなければならないと思います。

○鈴木 そのネットワークをつくる第一歩はどのようにしたらよいのでしょうか。

○竹中 こうした話をするときに、役所とか警察で「どこの家のどの部屋におばあちゃんが寝ている」といった情報を得ることは難しいでしょう。ですから、地区の民生委員を始め地域の人たちに声をかけ、「自分たちの住んでいる地域のマップのようなものをみなさんで一緒につくりましょう」というお話をしてから取り組む。「それならみんなで取り組めますね」といったことはよくあります。 次に、お年寄りはパソコンが苦手かもしれませんが、これはSOSを発信したり、「どうしているの?」と声をかけることができる優れた道具なのです。高齢者でも簡単に使えるパソコンを開発していくことも障害者グループの役割でしょうし、パソコンの使い方を覚えてもらうような場ももっと広げていかなければと思っています。

< 個人情報保護法のこと >

○竹中 ただ、現在、私たちで困った問題が起きています。それは個人情報保護法(注17)の施行によって、個人情報の収集が難しくなってきたことです。「どこにだれがいて、家のどこに寝ているのか」などといったことはとんでもないという話になってしまいました。ですから、助け合いとか地域の連帯という意味では、ものすごい諸刃の剣になっており、しかも過剰な反応ですね。学校で子どもが怪我をして先生が病院へ連れていき、家族に容態を伝えるために病院側に聞くと、「その子どもの親以外には教えられない」と言われたというのです。この法律を何か勘違いしているようなところも出てきていますが、一方では、相変わらず知り得た情報を悪用する人もいますが…。ここまでくるとその地域の連携をどうすれば深められるかわからなくなってしまいます。

○野村 名簿がつくれないのですよね。

○土野 そういった方については原則的には、民生委員の方に大体把握してもらっています。それから町内会組織があります。しかし、町内会では、加入する人が少なくなったとか、名簿がつくれなくなったといった問題が起きています。

○野村 いずれにしろ、となり同士の関係があるかないかはものすごく重要で、ユニバーサルデザインの取り組みや実施運営などで大きく違ってくるのですね。

○竹中 実態をよく調査してもらいたいですね。一律に「すべし」というのはいかがなものでしょうか。適用の範囲など運用についてよく考えて欲しいですね。ガイドライン的なものが出されず、このままですと何もやれない、何の連携もできなくなってしまいそうな気がします。

○鈴木 まちづくりにおいて住民の意見を求めるにしても、また、住民参加にしても、参加者を選ぶ時に、障害をお持ちの方や高齢者などがどこにおられるのかわからないようでは、委員会などをつくろうにも難しいですよね。

○竹中 この法が施行されて、どんな問題が起きたか、よかったことや困ったことの両方をきちんと抽出して評価し、問題点を解消するようにお願いしたいものです。

○鈴木 いざというときにどこにおられるかわからないのでは、大変なことになりますし、それこそユニバーサル社会どころではありませんね。

  • 注17. 「個人情報保護法」(平成15年5月30日法律第五十七号)
    高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ、個人情報の適正な取扱いに関し、基本理念及び政府による基本方針の作成その他の個人情報の保護に関する施策の基本となる事項を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とした法律。

< まちづくりと住民参加 >

○鈴木 住民参加のことなどについてお聞かせ下さい。

○土野 一般的に役所では、有識者の方に1年位かけてどうするか検討していただき、翌年に役所内部で検討し、3年目で予算計上して実施に移すことになるのですが、それではスピード感に欠けます。

モニターツアー制度のことは先に述べました。この制度では、参加の費用を全部市側で負担すると、いろいろな意見を聞くのは難しいことから、旅費だけを市で負担し、それ以外は自己負担で来ていただいたことを付け加えておきます。厳しいご意見をいただいております。

高山市でも、最近は女性の方が非常に元気がよいものですから、審議会や委員会のメンバーにたくさん入ってもらっています。見ていますと、しがらみだと思いますが、地元で生まれ育った女性の方はあまり発言をしないのです。お嫁に来られた方とか転勤で来ている方は発言が多くて、かなりシビアなことも言われますね。しかし、狭い地域ですから、それほどぎくしゃくするようなことはなく、まとまってもいます。しかし、もう少し地元の方も本音を言えるような仕組みを作っていかなければとも思っています。

ただ、今までのやり方というのは、ハード面を行い、同時にソフト面もということでやってきましたが、やはり根っこにある心の問題のほうにもう少し力を入れていかなければと考えています。ただ、市民のなかに下地となる「もてなしの気持ち」のある地域ですので、少しずつ理解が深まってきており、よりよく進めることができるものと思っています。

○鈴木 バリアフリーの施策を進める時は、住民の意見を聞くとか合意を得ることになりますね。


写真―3 多目的トイレ内部及び多目的トイレサイン(ポッポ公園) (提供:高山市)

○土野 道路事業などでは比較的問題は少ないのですが、例えば、公衆トイレをつくろうとすると、必要性は認められるのですが、自分の家の近くにつくるのは困るという意見がでてきます。街のなかでどこかにつくろうとすると、どうしてもだれかの隣につくらざるを得ません。それを解決するためには最新の脱臭装置の設置とか、利用の多いところは1日2回の掃除などにより理解を得ながら整備を進めています。どうしても総論賛成・各論反対ような状況が出てきます。

○鈴木 そういう調整は行政側で行うのですね。

○土野 市で調整することになります。つくるだけなら土木、建築部門ですが、計画を調整する場合などでは、そこに福祉や観光部門も加わり横の連携を図ると、住民の理解を得るのがやりやすくなります。

< 役割分担や合意形成について >

○野村 一つ事例を紹介しましょう。一つはケア付住宅についてです。これは障害のある人にとって住みやすい構造とし、さらに、ケアするスタッフが一緒にいる住宅です。国際障害者年の1981年に、ある自治体が計画をしました。初めは福祉局と住宅局とで障害者団体と話し合いましたが、障害者団体と行政の双方をよく知っている私が中立的な立場で司会進行役をすることになりました。話し合いをとことんやりました。当然、敷地や費用などいろいろな条件があります。建物ができるまでには相当の時間がかかります。

ところが、建物が完成した段階で、そうした話し合いに参加していなかった入居の障害を持った方が使いにくさなどの苦情や不満を言ってきた時に、その委員会の話し合いに参加していた当事者である障害のある方が、「実はこれはこういう条件なのだよ」と説得してくれたのです。今までは全て行政に向かって発信されていたものが、その間にもう一つ委員会のメンバーが自ら事情を説明したり説得をしてくれるようになりました。そうすると、障害を持つ入居予定者は、「あ、そうでしたか」と納得してくれることもありました。

時間がかかっても当事者参加は、とても意味があると思います。委員会に参加の方は、自分の役割があり、それをある形で位置付けするわけです。それは、社会に役に立っているという意識を持つことですから、参加した意味があるし、その人はその人の責任で入居者に対して説明をする。そうしたことを繰り返すことによって、みんなが大人になっていくのです。失礼ですが、これまでの障害者の方は皆さん要求型でした。

○竹中 提案型ではありませんでしたか?

○野村 要求型なのです。現在は要求型から徐々に提案型になっていくプロセスにあると思うのです。ようやく、みんなが同じテーブルの上で話ができる状態になったと思います。

○竹中 市民運動も初めはほとんどが要求型でしたものね。

○野村 私は障害者と行政の人が話し合う時には、「ここは要求の場所ではない」ことを初めに言っておきます。「要求は別の場所でやって下さい。ここでは皆さん方の住むまちづくりのために何が必要なのかをみんなで提案していきましょう」という話をします。要求型ですと、行政の人は出るのは嫌ですよね(笑)。

○鈴木 その施設に入る予定の障害を持つ方もそうした委員会のメンバーに入っているのですか。

○野村 はい。建前は入居者とは別にするようにしていたのですが、委員会に加わった障害者も実は入居予定の方が何人か入っていました。しかし、自分たちはプロセスのなかで賛成をしているわけですから、後になってから行政に苦情は言えないのです。東京都のある委員会では精神障害や知的障害の方が立派に意見を述べています。それを受けて行政側も勉強するわけですからレベルが上がってきます。参加する委員は、そこで発言できる自分なりのものをもっと磨いていくといった相乗的な役割があるのです。そういう時代に来ていると思います。

もう一つの例として、先ほど震災の話がありましたが、高齢者、障害者を対象に、「もし非常時の場合にはどうしますか」といったアンケートを行ったことがあります。高齢者の多くは「あきらめています」と言うのです。私はそれは嘘だと思っています。だって、自分の命ですから。命が大切と思うなら、普段、自分のいる場所、家の構造やどの部屋に寝ているか、震災が起こったらどういう方法で救助されたいかといったことを消防署に申請しなさいと言いたいのです。自分で自分のプライバシーを明かすのです。これには問題ないわけですから。しかし、消防署側がその調査をしたら、完全にプライバシーの侵害になってしまいます。

ですから、同じ問題でも、どちらからどのように仕掛けていくかその仕掛け方が非常に重要だと思うのです。そうは言っても、先ほど話のあった個人情報保護問題に関しては、大学でも非常に困っていますが…。福祉関係ではもっと困っていて、ケースカンファレンスができないといった問題もでてきています。

○竹中 Aさん、Bさんということでは介護やリハビリ、医療問題の話はできないですね。

○野村 我々は実際の生活像を頭の中に浮かべ対策などを検討しなければならないのですが、そういう架空の名前ですと具体の生活像が浮かばないのです。「あの人の生活環境はこうなっている」という情報があって初めて、Aさん、Bさんにどういうサービスを提供したらよいかがわかるわけですから。

○竹中 これからの介護保険によるケアなどはどうなるのでしょうかね。

○野村 当事者以外はわからないわけですからカンファレンスできない、成り立たないのです。

○鈴木 竹中さんのところでの人と人とのネットワークづくりでは、例えば、行政との連絡役としてリーダーの方が別におられるのでしょうか。

○竹中 私どもでは重い障害の方が多く、スタッフ自身も在宅で介護を受けながらそれこそ何百人の方のアドレスを設けコンピューターネットワークをフルに使って行っています。ベッドの上で仕事の取りまとめもしているスタッフもいます。ですから、口と心臓と体を使うことは私が分担していまして(笑)、それ以外は「あんたらやってや」といった具合で役割分担をしています。

自分の娘を目の前にすると自分自身が全く非力なのですね。ですから私は、「彼女のためにどういう人のどういう知恵を借りようか」とか、「自分がすべきことは人と人をつなぐこととかコーディネートすること」といったことが自然に身につきました。官と民の間のコーディネート、官の中の縦割り部門間のコーディネート、障害を持つ人と持たない人の間のコーディネートができる「つなぎ役」をやらせてもらっています。自分のことを「つなぎのメリケン粉」と言っているのですが(笑)。行政の縦割りがよく非難されますが、福祉の分野こそがすごく縦割りになっており、障害の種別ごとに、小さなパイの取り合いみたいなこともやっています。これでは本当の意味での自立などできないというような場面もたくさんありましたね。

< 情報公開の重要性 >

○竹中 それから、情報が少なくて自分のことしかわからない時には、人間はどうしても限られたことしかできないし、そのことばかりが気になってしまいがちです。官と民の関係でもそうですが、やはりこれからは、情報はとにかく公開する。公開した瞬間から責任は情報を見た相手に行くことになりますよね。「ほら、あんたも見たやんか」って言えます。今までの行政の仕組みですと情報公開はなかなか難しかったり怖かったりした部分もあるかもしれませんが、自治意識を高めていく意味では、まず、情報公開をすべきですね。官も民も両方が情報公開することによって初めてよいアイデアが出てくるし、責任を持ち合った関係で付き合うことができる気がします。

行政職員の役割と期待

○鈴木 地域づくり・まちづくりにおいて、利用者優先の考えにたった住民参加は非常に大切ですが、国や地方自治体も重要な役割を担っています。本会の会員は、主に、住宅・社会資本に係る政策企画の立案から計画・調査・設計、現場第一線における公共施設の整備・管理に当たっています。また、まちづくりや都市計画・地域計画も担当していますので、ユニバーサル社会の実現に向け、何らかの形で係わり合いを持っています。

バリアフリー施策を実施したり、ユニバーサルデザインを活用・推進するうえで、こうした公的施設の整備・管理やまちづくりを担う市町村、県、国などの行政職員は大きな役割を担っていると思います。 ここでは、ユニバーサルデザインの活用に関する行政職員の取り組み姿勢、専門知識や調整能力などについて、日頃どのように感じておられるのかお伺いし、参考にさせて欲しいと思います。また、行政職員としての心構えなどのアドバイスをお願いします。

< 官側の重い役割 >

○竹中 これまでも述べてきましたが、「自治」ということが大切です。これまで住民自身のアイデア、意見、行動といったものが重要であると言いながらも、やはり日本では官側の役割が非常に大きいわけですね。住民以上に官の役割は重いと思います。行政の皆さんがユニバーサル社会を目指した新たな考え方や政策に取り組む時にはご苦労もあると思います。しかし、私がお付き合いしてきた方は皆さん熱心で勉強もよくされており、真剣に取り組まれていると思っています。その気持ちをこれからも持ち続けて欲しいと思いますし、理解者が増えることを望んでいます。私たちの側も自分を鍛え、もっと発言、提言ができる住民、国民になっていかなければなりません。双方のそうした努力がこれからは欠かせないと思います。

< 視野を広く持つこと、海外の情報も >

○竹中 先ほど諸外国の例をお話しましたが、日本の現状を見てみますと、やはり、日本の常識やしがらみからどうしても視野が狭くなってしまうことがあります。外国では、結構、斬新なアイデアを出してくるのです。先ほどアメリカの事例のところでご紹介しましたが、私は法律のできたプロセス、障害者政策の変遷や実施状況を現地で見てきてはじめて、「日本ではもう少し高等教育のことにも力を入れなければならない」とか、「この部分は根っこの意識から変えていかなければならない」といったことを学びました。

このように、海外の政策や施策、そして、それらの成立プロセスなども参考になります。国内の情報や考え方だけにとらわれずに、ぜひ、そういった諸外国の情報を取り寄せ、「よいとこどり」をする。日本にもよいところが必ずありますから、これらをうまくミックスさせていければよいと思っています。 ユニバーサル社会の実現に向け、私の考え方や想いを述べましたが、読者の皆さんが理解を深めそれぞれの立場で一緒になって取り組んでいく仲間になってもらいたいと思っています。

< 施策の推進に重要なこと >

○土野 まちづくりのなかでバリアフリー化を一部やっても、それでは「住みよいまち」にはならないわけですから、これらの施策を継続していかなければならないと思っています。


図―11 年齢3区分別人口とその比率 (出典:国土交通省白書2005(国土交通省))

先ほども述べましたが、地方都市では、今後、人口が減少し、高齢化がさらに進みます。こうした現実のなか、バリアのない社会に向かってさまざまな施策に取り組んでいます。国や県の適切な指導と充実した支援をお願いしたいと思います。

具体的には、まず、財政支援のことです。私どもも積極的に予算配分をしていますが、十分な事業を行うためには単独の予算ではなかなか難しい面もあり、さまざまな補助制度を活用しています。こうした支援措置を継続して欲しいと思います。また、ユニバーサルデザインに配慮ようとすると、今の段階ではどうしてもコストが割高になることです。何らかの標準仕様が設けられれば、もう少しやりやすくなりますし、民間事業者の方も参入しやすくなります。

それから、「政策大綱」のなかでも打ち出されていますが、IT等の新技術の活用に関する研究への積極的な取り組みが必要と思います。現在、高山市でも、障害のある方や高齢者など情報困難者に対する移動の円滑化を図るため、ハード面のごく一部ですが、光や音のIT技術を活用する「ユニバーサルe−ステーション構想」を掲げ、実証実験を平成17年11月から始めました。積雪寒冷地という地域特性にも配慮しています。このような先進技術について、官も民間事業者も互いに研究開発をしながら、よりよい情報を提供してもらうことが、今後の活用普及につながっていくものと思っています。先ほど歩道の段差を例に、車いす使用者と視覚障害者で評価が分かれ、使用の基準が障害の種別によって異なることがあることを述べました。こうした技術基準などは国において研究し積極的に地方自治体を指導してもらえるとよいと思います。

ユニバーサルデザインの活用にあたっては、やはり国、県、市町村の協力と連携が必要であり、その体制を一層強化しなければなりません。

外国人観光客に関しては、国も「観光立国」宣言をし、ビジット・ジャパン・キャンペーンが展開されています。高山市でも積極的に飛騨高山のPRと観光客の誘致に努めることとしています。

今日は貴重なお話を伺いましたが、やはり一番の基本は心の問題であろうと思います。私ども市行政ではいろいろと要望を受けて実施することが多いのですが、要望だけではなく、もう少し積極的な意見を取り入れて対応していけるかが大事であると思います。また、まちづくりの場合、どうしてもバランスのとれたまちづくりをしなければいけないという一方での要請もありますので、いろいろな意見の調整を図りながら、これまで述べられたような気持ちを持って行政を進めていかなければならないとの思いでおります。

○鈴木 最後に、野村先生、行政の職員へのアドバイスをいただきたいと思います。

< 行政側が断る三つの理由 >

○野村 行政の方には辛口の話になりますが、障害のある人たちが行政に対しバリアフリー対策をお願いした時に、行政側が断る理由として大体三つあります。一つは技術的にできない、2つ目は制度的にできない、3つ目はお金(予算)がなくてできない、です。 ところが、今は技術が相当進んでいますから、技術的にできないということは殆どありません。極端な例ですが、以前に障害者の方々が新宿駅にエレベーターをつくって欲しいと要望した時に、「そこには設置するスペースがない」と言って断ったことがありました。しかし、現在、その場所にはエレカレーターが設置されているのです(笑)。

2つ目の制度については、制度自体を変えればいいわけです。高齢者、障害者のことをほとんど考えていない制度がまだまだたくさんあるのです。 問題は3つ目のお金(予算)がないということですが、やはりお金は使い方、全体のお金のバランスの問題と思います。そう大きな理由ではないだろう、どちらかと言えば、事業を実施したくない理由として挙げているのではないかと私には見えるのです。

< 障害に対する正しい理解を―障害は一つの個性 >

表―2 身体障害者の数と障害の種類(平成13年、18歳以上)

(出典:平成17年版 高齢社会白書(内閣府))

○野村 なぜかと言いますと、実は障害者や高齢者の人たちを正しく理解をせず、要するに、障害者というともうそれで違う次元の人だという、これも心の問題になってしまうのですが、そういうところがあります。ところが、障害者の約9割の方が後天性ですから、明日にでもあなたやあなたの子供さんが障害を持つ者になるかもしれません。そういう視点から言いますと、実は違う存在ではなくて同じ次元での存在なのです。ということは、障害者ではなくて障害そのものに対する理解をほとんどの方がしていないのではないでしょうか。障害者サービスにはいろいろな問題がありますが、実はそこから始まっていて、行政の皆さん方には、障害に対する正しい知識をしっかりと持ってもらいたいのです。特別な人間ではない普通の人間だし、何ら変わったことはありません。「障害は一つの個性だ」という言い方もありますから、そのところを皆さんにわかってもらいたいと思います。

< ADLからQOLへ >

○野村 それから障害のある方々に対し何らかの政策を実施すると、「それは福祉である」といった考え方をしてしまいます。それは仕方のないことではありますが、その考え方のなかには、「最低限の生活の保障(ADL)(注18)をする」という考えがあります。福祉というのはそういう発想が強いわけですから。しかし、障害を持っている人は、あなた方の子供さん、障害のない人と同じ生活を望んでいます。コンピューターもやりたい、映画も見たいし、デパートにも行きたい。そういう視点にはなかなか立てないのですね。ですから、そのような視点で物事を考えてみることが必要です。「生活の質(QOL)(注19)」を考えていかなければなりません。私は、ものの考え方をADLからQOLに変える、それがない限りは、きちんとしたユニバーサルデザインはなかなか進まないのではないかという考えを持っています。そのことを皆さんに理解してもらいたいと思います。

○鈴木 これからのまちづくり、地域づくり、そして生活環境などの整備・管理にあたって、ユニバーサルデザインの考え方に立った取り組みが期待をされています。

本日は、公共施設の管理者やまちづくりを進める立場にあり、また、この施策の当事者の一人でもある行政側の職員、特に官公庁技術者に対して、貴重な意見や助言、ご示唆をいただきました。そして、ユニバーサルデザインに係る多くの情報を得ることができました。これからの業務に大変役立つものと考えております。

長時間にわたりありがとうございました。

  • 注18. 「ADL」(Activity of Daily Living):人間の基本的な日常生活動作。
  • 注19. 「QOL」(quality of life):生活や人生の質を重視する考え方。

<参考文献>

  • (1) 「ユニバーサルデザインの考え方に基づくバリアフリーのあり方を考える懇談会」報告書(平成17年5月27日)(国土交通省)
  • (2) 高山市「誰にでもやさしいまちづくり条例」(平成17年4月1日)
  • (3) ユニバーサルデザイン政策大綱(平成17年7月)(国土交通省)
  • (4) 平成17年版 障害者白書(内閣府)
  • (5) 「特集 ユニバーサルデザインと国土交通行政」、国土交通、2005.9、国土交通省
  • (6) 「特集 ユニバーサルデザイン」、JACIC情報76、2004. vol19. No4、(財)日本建築情報総合センター
  • (7) 「特集 福祉のまちづくりと土木」、土木学会誌、vol88. 6月号、2003、(社)土木学会

本座談会は、平成17年11月2日(水)に開催しました。

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