国土交通 2005年9月号より転載

寄稿

ユニバーサル社会の実現に向けて

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社会福祉法人
プロップ・ステーション理事長

竹中 ナミ

みなさん、こんにちは、ナミねえです。私はITを駆使してチャレンジドの自立と就労を促進する社会福祉法人プロップ・ステーション(自称プロップ)の活動を15年前から続けています。「チャレンジド」というのは「障害を持つ人」を表す新しい米語で、「挑戦という使命や課題、あるいはチャンスを与えられた人」を意味します。障害をマイナスとのみ捉えるのでなく、障害を持つゆえに体験するさまざまな事象を自分自身のため、あるいは社会のためポジティブに生かして行こう、という想いを込めて、プロップでは「障害者からチャレンジドへ!」と提唱しています。

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6月6日 小泉総理視察にて

私とチャレンジドとの出会いは、32年前に重症心身障害を持つ娘を授かったことから始まりました。彼女は重度の脳障害のため一生赤ちゃんのような状態が続くのですが、そんな娘がとても愛おしいと同時に「私が死んだ後も、社会が彼女を護ってくれるようなシステムを生み出すために、私は何をしたらええんやろ!」と考えた時、「一人でもたくさんの人が、身の丈にあった形で“支え手”になれる社会の創造」という「ことに、思いが至りました。

超少子高齢といわれる時代を迎え、娘のように高度なケアを必要とする人たちの人口比率が高まる中、働く意欲のある人が、チャレンジドであれ、女性であれ、高齢者であれ、就労のチャンスを得て、社会参画や納税というかたちで“支え手”に回ることの出来る社会システム。そういうシステムの構築が、これからの日本には必要なのではないか。そんな社会を創造する活動を、自分自身で始めてみよう!と思ったのです。

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チャレンジドが講師を務めるセミナー風景

「支え手を増やす」ためには、何よりも先ず「働く意欲を持つ人が、就労のチャンスを得ることのできる仕組み」が必要です。バリアーの大きいチャレンジドの就労におけるさまざまな障害を取り除く知恵や努力は、チャレンジドのみならず、多くの人たちにとって、「自己実現可能な未来」への道を切り拓くとともに、「持続可能な社会」生み出す原動力になるのではないかと思いました。

私はこのような想いから「すべての人が持てる能力を発揮し、支え合って構築する、ユニバーサル社会」の実現を目指してプロップの活動を開始しました。「ユニバーサル・デサイン」という言葉は、かなり多くの人や企業に理解されていますが、「デザイン」という部分が、どうしても「形有るもの」をイメージしてしまうので、私はあえて「ユニバーサル社会」という言葉を使わせていただいています。なぜなら「デザイン」という言葉は、本来、考え方や哲学、法律や制度などまでもを表すにもかかわらず、「ユニバーサル・デザイン」と言うと、「バリアフリーと、どうちゃうねん」という議論が必ず起きるからです。

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6月19日 神戸実証実験開始式にて

例えば、教育機関の建物の入り口をスロープにするとバリアフリーになります。でも、その機関で障害を持つ人や持たない人が一緒に学んだり、一緒に教師として教育に携わることができない制度や慣習があれば、それは「バリアフリーではあっても、ユニバーサルではない」というのが先進諸国の共通認識です。米国も北欧およびヨーロッパ各国も、すでに40年前から「バリアフリーからユニバーサルへ」思想と制度の転換を行って来ました。欧米のみならず、タイ国でも、校長はじめ教員のほとんどがプロフェッショナルなチャレンジドであるという「公的なチャレンジドの職業訓練校」が誕生しています。「日本は先進国である」と多くの日本人が考えていますが、大変残念なことに、実は「ユニバーサル」に関してはとても後進国だということを、私はプロップの活動を通じて出会った世界各国の人や制度から、思い知らされました。

プロップでは今、コンピュータを学んでプロの技術を身に付けたチャレンジド自身が講師となって、次々と技術者を育て始めています。スタッフの多くも、在宅や施設で介護を受けながらITを駆使して働いています。「ユニバーサル社会の実現」への道を、プロップ自らが切り拓くために、産官政学民のすべての分野の人たちと提携し、かつ欧米、アジア各国の人たちとも情報を共有しながら活動を展開しています。そうした実例を広く知っていただくために、チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)国際会議を毎年のように全国各地で開催しており、今夏は阪神淡路大震災10年目の兵庫・神戸で、第10回のCJF国際会議記念大会を開催しました(8月18日・19日)。

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8月に開催した、CJF国際会議

この大会では、昨年から国土交通省が取り組んでいる「自律移動支援プロジェクト」の発表も行われました。北側国土交通大臣、佐藤事務次官、上野政策統括官、坂村健プロジェクト委員長(東京大学教授)たちがご参集下さり、このプロジェクトの神戸における実証実験の成果が発表されました。このプロジェクトは、どんな障害のある人も、日本語が分からない外国人も、あるいは初めて行った土地で目的地にたどり着きたいすべての人までもが、自分の持つ携帯端末から、道路や壁に埋め込まれたICチップの位置情報や移動情報を簡単に取り込めるという、ユビキタス技術を駆使し、安全かつ思い通りに行動することができるシステムの構築を目指しています。住む人、訪れる人のすべてが、日本の国を好きになり、誇りに思えるような国土を生み出そう!というこの「自律移動支援プロジェクト」は、ユニバーサル社会実現への大きな一歩だと実感しながら、私もこのプロジェクトのスーパーバイザーとして参画させていただいています。神戸には、来年2月に空港が開港しますが、私たちは「神戸空港を、世界一ユバーサル&ユビキタスな空港にしよう!」という目標も掲げています。神戸から、日本から、「世界に向けて、ユニバーサルの風を発信しよう!」これが、第10回CJFのスローガンでもありました。

プロップの活動は「ナミねえの個人的な願い」いわば「重度障害児の母ちゃんの我が儘」で始まりました。でもその「我が儘」に対し、「このままでは、日本の未来は危ない!」という危機感を持たれる多くの人たちが共感して下さり、活動の輪が広がってきました。何よりの原動力は、重い障害のために家族の介護を受けたり、病院や施設で生活しているチャレンジド自身が、コンピュータ技術を学び、自己研鑽に励んで就労を果たされるという結果を自ら生み出したことです。チャレンジドの底力、チャレンジドの可能性が今、新たな時代を生み出そうとしている、といっても過言ではありません。

生まれつきであれ、事故や病気や加齢が原因であれ、すべての人は「障害をもつこと」に無関係で生きて行くことはできません。「障害をもつこと」が同情の対象になるのではなく、ケアの必要なときには適切なケアを、働く意欲のあるときには就労のチャンスが得られるという柔軟な社会システムを、「夢物語」と笑わずに、みんなで力を合わせて生み出しませんか!「ユニバーサル社会」の実現に向けて、私もチャレンジドたちとともに、歩みを止めることなく、前進して行きたいと思います。

プロフィール

チャレンジド(障害を持つ人達)の自立つと社会参加を目指して活動を続けている。神戸学院大学客員教授。平成14年度情報化月間記念式典にて総務大臣賞受賞。「ラッキーウーマン〜マイナスこそプラスの種」等著書多数。

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