ガバナンス 2002年7月号(2002年7月1日発売) より転載
【現代を射ぬくコラム チャレンジドが「福祉」を変える!】(8)
「権利と同情」を超えて
プロップ・ステーション理事長 竹中ナミ
91年にプロップ・ステーションが「コンピュータを使って仕事ができるようになろう」とチャレンジドたちに呼び掛けたとき、「そんなこと、できるかい」と受け止めた人が多くいました。当時、「障害者の権利」は充実しつつありましたが、「納税者になる権利」への意識はまだほとんどない時代でした。
それでも「年金をもらっているだけでなく、仕事をして社会に評価されたい」と願うチャレンジドが5人、10人と集まって講座が開始されました。みんな、不自由な身体を会場に運んで必死に学び始めたのです。無理やり行かされる学校と違って、何かを掴むために来るんですね。
「手足がうまく動かない、意思を伝えるのにも苦労する人たちがこんなに成長するなんて」
そのうち、彼らをサポートするボランティアのコンピュータ・エンジニアたちが、感激してそう私に言ってくれるようになりました。熱心さに打たれて、教える側も熱のこもった指導を続け、そこには独特の支え合うパワーが生まれてきました。そうなると、技術もさらに向上するんです。
やっぱり、人間って熱い思いを持って取り組んだときに、共感し、応援してくれる人が現れる。私はそう思います。ただ、プロとしての技術を身につけることが目的ですから、レベルを上げるために講師たちはごっつい厳しい。毎日、真剣勝負が続くわけです。
その結果、例えばプログラム系で実力をつけてきた東京・大阪・熊本など各地に住むメンバーのグループは、請けた仕事を分担してオンラインで完成・納品することができるようになりました。お互い、会ったこともない間柄なんですけど。
アーティスト系も凄い。それまで生かせなかった制作意欲の情念みたいなものが、技術の獲得によってどんどん爆発するような感じがします。絵本作家になった人、シュール・アーティストとして成功した人、それから全聾で聴覚障害の人がもうじきマンガ作家としてデビューします。
彼女は、もともと「障害者枠」で大手企業に入社したんですが、不景気のあおりでリストラされそうになったんです。ところが、質の高いHPが制作できるとわかった途端に、今度は会社から引き止め工作。「君の条件に合わせる」とまで言われて、いまでもその会社の勤務を続けています。そして、ついに夢だったマンガ作家にもなるというわけです。IT技術が彼女の人生の可能性を押し開いてくれたんですね。
最初はプロップの呼び掛けにも否定的だったチャレンジドたちも、仲間に触発されて次第に講座を受けるようになりました。これまでに、1000人ほどが受講し、そのなかの1割がなんらかの形で仕事をし、収入を得ています。
そして、この100人の背後にはチャンスを持つ多くのチャレンジドたちがいます。「年金を振り込まれたときと、働いて得た報酬が振り込まれたときとでは、お金の価値が全然違う」。対価を得た彼らは一様に目を輝かせてそう言います。
一日も早く法制度を整備し、彼らが活躍できる社会システムとして定着するよう、プロップはこれからも頑張らなあかんと思うのです。
- たけなか・なみ
- 1948年、神戸市生まれ。娘が障害をもって生まれたことをきっかけに、以後30年にわたっておもちゃライブラリ運営、肢体不自由者の介護をはじめ、各種のボランティア活動に携わる。91年、コンピュータとインターネットを利用したチャレンジド(障害者)の自立と就労を支援するNPO「プロップ・ステーション」を立ち上げ、99年、社会福祉法人格を取得、理事長に就任。その活動には行政をはじめ経済界、研究者の間でも支援の輪が広がっている。著書に『プロップ・ステーションの挑戦−「チャレンジド」が社会を変える』(筑摩書房)。
- 社会福祉法人 プロップ・ステーション
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