讀賣新聞 夕刊 2002年3月15日 より転載

【安心の設計 生活保障ほっとらいん】

体に障害があっても仕事には障害じゃない
パソコンとネット操ればプロの仕事

障害を持ちながら施設や自宅で仕事を始める人が増えている。「働きたい」という思いを仕事に結びつけたのは、パソコンとインターネット。どんな働きぶりなのか、彼らの仕事場を訪ねた。

(小山 考)

【在宅ワーク】ソフト開発、翻訳、編集……

左手だけで入力


障害者の就労を目指した「プロップ・ステーション」で勉強する車いすの受講生たち(神戸市東灘区で)=伊東広路撮影

徳島市の身体障害者養護施設「健祥苑」。吉野川を見渡す4階の1室が後藤田勇二さん(40)の住まい兼仕事場だ。

昨年末から取り組んでいるのは、大阪府の養護学校向けのソフトウエア開発。仲間や先生の顔写真を使ったパズルで、遊びながら名前と顔を覚えてもらおうというものだ。

「ソフト開発は初めて。力を付けるためにもずっとやりたかった」。左手だけでマウスを操作しながら満足そうに語った。

後藤田さんは22歳の時にバイク事故に遭い、胸から下と右腕が動かせない。事故後、施設で暮してきたが、物足りなさを感じていた。神戸市の社会福祉法人「プロップ・ステーション」(電話078・845・2263)を知ったのはそんなころだ。

91年に発足した「プロップ」は、パソコンを活用した障害者の就労を支援する草分け的な団体。毎年、パソコンセミナーを開くほか、企業や役所から請け負ったシステム開発やグラフィックデザインなどの仕事の情報を数百人の在宅ワーカーに提供している。

「パソコンが出来れば左手だけで仕事が出来る」。そう考えた後藤田さんは、97年にデータベース関連の通信講座を申し込んだ。

プロ向きの講座

電子メールで送られるテキストに1日4時間以上向き合った。内容はプロ志向で、8か月の講座が終わったとき、10人いた受講生で残ったのは半分以下。その後も勉強を続け、一昨年、プロップの仲介でホームページ作成などの仕事を請け負うようになった。

仕事は夕方から深夜にかけて。部屋にはケーブルテレビの回線が引かれており、大容量データのやり取りも可能、消耗品もインターネットで買うことが出来る。「施設にいる人は働けないと考えるかもしれないけど…」と後藤田さん。「でも今の時代なら、介護があれば働ける人はいる」

今回は兵庫、千葉などに住む3人と共同作業。メールで情報交換をするが会ったことはない。「ほかの人はどんな障害を?」との問いに、「そういえばよく知らないです。でもスキルがあれば障害は関係ないですよ」



長崎の自宅で働く森さん

坂道を上がること20分。長崎市街を見渡すマンションで、マイクロソフト社員の森正さん(47)に遭った。名刺に刷られた会社の所在地は、約千キロ離れた東京・渋谷だ。森さんは神経の病気で10数年前から車いす生活。1人では市外へ出ることも出来ない。しかし、インターネットが距離と障害の壁をなくした。

プロップの通信講座を受講していた96年、プロップを支援していた同社から翻訳の能力を買われて採用に。現在、翻訳や社員向けホームページのコラム執筆、記事の編集などを担当する。1日8時間、パソコンに向かい、障害者問題についての講義も数多くこなす。

「1つのことが出来ないと何も出来ないと思われるが、問題をクリアすれば仕事が出来る人は多い」と企業の意識変革を訴えた。


神戸・六甲アイランド。プロップの事務所で毎週木、土曜日にセミナーが開かれる。この日はホームページが作成テーマだ。

福井県三方町の山崎安雅さん(27)は家族の車で4時間かけて通う。事故でけいついを損傷し、肩の筋肉でかろうじて腕を動かせる。今、介護の9割は家族が担うが、「経済的に自立できればヘルパーを雇って一人暮しが出来る」と意欲的だ。

技術を磨き、働き始めた人たちを見守ってきた竹中ナミ理事長は「自分が変われば、社会も変わる。コンピューターを使った仕事はそれを実現させる大きな手段なんです。」と語った。

【口で鼻で】技術向上めざす毎日

沖電気工業(東京都港区)は1998年から重い障害を持った在宅社員を雇い始めた。現在、関連会社を含め7人が働き、近くもう3人雇う予定だ。

在宅勤務の仮想会社


沖電気で在宅社員として働く田中さん

「これから仕事を始めます」

午前10時過ぎ。同企業グループの人事部門を担う「沖ヒューマンネットワーク」の津田貴さん(42)にタイムカード代わりの電子メールが届く。差出人は、都内各地に住む障害を持った在宅社員「OKIネットワーカーズ」の面々。20〜30歳代の男女の社員で、けいつい損傷による体のまひや脳性まひなどの障害を持つ。沖電気に5人、沖ソフトウェアに2人が所属し、主に社内のホームページ、データベース作成など「後方支援」の仕事を担っている。

同社は当初、在宅ワーカーを社内の各部署へ配置することを考えた。しかし、打診に対して各部署から返ってきた返事は「ホームページ作成などの仕事は毎日あるわけではない。逆に仕事がある時は深夜に及ぶこともある」というもの。結局、社内に「仮想会社」を作り、津田さんらが「社内営業」をして仕事を引き受け、在宅社員の得意分野や体力に合わせて仕事を配分する形を取った。

採用は、就労を目指した障害者向けパソコン講座を実施している都内の社会福祉法人「東京コロニー」の講座修了者から募った。脳性麻痺の社員は鼻で、けいつい損傷の社員の1人は口にくわえた菜ばしで入力する。労働時間は1日6時間、時給は9百円台だ。

求められる付加価値

津田さんは、電話やメールで日々の仕事の指示を出すほか、社員の体調管理にも気を使う。「単純な入力作業ではなく、付加価値のある仕事を依頼しています。社内の認知度もだいぶ上がりました」と語った。

99年に採用された東京都西東京市の田中真一さん(27)は、中学時代にけいついを損傷し、車いす生活を送る。「能力があれば傷害の有無は関係無い。日々、技術を身につけていかないと価値が下がってしまう」と話していた。

【記者考】「働きたい」障害者に有力な選択肢

日本障害者雇用促進協会の報告書によると、パソコンを活用して在宅で働く障害者および希望者は全国に1500人と推計され、なお増加している。

こうした中で、問題点も明確になってきた。例えば、電子メールや電話だけでは意思の疎通で誤解が生じやすい。また、孤立感に悩んだり、納期を前に無理をして体調を崩す恐れがある…といった点だ。

多くが健常者の在宅ワークと共通した問題で、意思疎通を円滑にするためのテレビ会議システムの導入や雇用管理者らによるきめ細かい連絡で問題を軽減しようという動きもある。また、沖電気のように在宅ワーカーでチームを組み、仕事の分かち合いを行えば負担が過重になることも少なくなる。

障害者の在宅ワークで難しいとされるもう1つの課題は、仕事に欠かせないマナーの取得や人間関係の構築だ。障害者の中には、家族らの保護のもとで長く暮らし、教育や社会経験を積む機会を十分に得えられなかった人が少なくない。仕事上のやりとりで、トラブルが生じる場合もあるという。

だが、仕事上の人間関係を円滑にする技術などは、障害の有無にかかわらず社会経験を積む中で身につくものだろう。必要なのは、いかなる形であれ、就労する機会を増やすことだ。

パソコンを使った在宅ワークは、障害者の就労問題のすべてを解決するわけではない。しかし「働きたい」という思いを実現させる手段としては有力な選択肢だと感じた。

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