NEW MEDIA 2001年5月号 (2001年4月1日発売) より転載

【The Challenged とメディアサポート】(42)

厚生労働相らITとチャレンジドの自立を語る
〜第7回CJF三重大会に向けて〜

「すべての人が誇りを持って生きられるIT社会を語る」と題する催しが、2月17日、三重県久居市で開催された。この催しは、11月1日〜2日に三重県磯部町の志摩スペイン村で開催予定の「チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)2001イン・みえ」にちなんだプレイベントで、三重県では、これを契機に官民挙げてITによるチャレンジドの社会参加拡大にいっそう力を入れていくという。本稿では今後、その三重の取り組みを断続的に紹介していく予定だが、一回目は今回の座談会での発言をお伝えする。

(報告:中和正彦=ジャーナリスト)


成毛真・マイクロソフト日本法人特別顧問


坂口力・初代厚生労働大臣


竹中ナミ・社会福祉法人プロップステーション理事長


北川正恭・三重県知事

基調講演やパネルディスカッション


司会を務めた谷井享・第7回CJF実行委員長

CJFは、チャレンジド(障害者を表わす米語/神から挑戦すべき課題を与えられた者の意)が就労できるIT時代の社会システムを産・官・学・NPO・障害当事者らが既存の枠組みを超えて議論する会議体。今回のプレイベントの総合司会は、昨年チャレンジドによるIT企業「インテグラル」を設立し、第7回CJFで実行委員長を務めることになった谷井亨さん(バイク事故で四肢麻痺)が行った。そして、CJFの生みの親である竹中ナミ・社会福祉法人プロップステーション理事長の基調講演に続いて、坂口力・初代厚生労働大臣を迎えての座談会が持たれた。

列席者は坂口厚生労働相、第7回CJFを三重県に誘致した北川正恭・三重県知事、竹中理事長、CJFの強力な支援者である成毛真・マイクロソフト日本法人特別顧問の4人で、成毛さんが進行役になり、1時間あまりにわたって議論を交わした。

まず、坂口氏と北川氏の挨拶から。

坂口

竹中さんには、いろいろなことを教えていただいておりますが、やはり「チャレンジド」という言葉をお使いになって、障害をお持ちの方々に「納税者になろう」と呼びかけられたところに、たいへんなお考えがあると思っております。

障害者の皆さん方に非常に大きな希望を与えたのと同時に、いわゆる健常者といわれます一般の人々の中にもなかなかチャレンジしない人が多いわけですから、その人々への大きな警告でもあったと思います。そういう意味で、これは障害を持つ皆さんだけの問題だけではなく、日本の社会全体の根底を揺り動かす大きな運動の始まり。私はそんな風に感じております。

北川

20世紀は健常者ができるだけたくさんお金を儲けて元気の出る世紀にしようということでした。しかし、成熟した社会では、お互いが自尊心を持って参画できる社会を作り上げていくことが行政にとっての重要な仕事だと、そのように考えております。

私どもとしては、いま「ノーマライゼーション」「すべての人が社会参画を」という年のスタートにしていきたいと強く願っているところで、今日ご臨席をいただきました皆さんのお力をお借りして、この三重県から障害者が納税者になれる、あるいはすべての人が社会に参画していただく、そういう地域社会をつくっていきたいと考えております。そして、日本全体がそうなってくれればなという願いも込めて、今回のフォーラムを開催させていただきます。

「世界と競争できるような地域社会を」と北川知事

成毛

私はCJFの第2回からお手伝いをさせていただいていますが、ちゃんとした下心があってお手伝いをしています(笑)。

第一に、だんだん高齢の方が増えるという事情があります。マイクロソフトとしては、障害をお持ちの方や高齢の方が使える製品をちゃんと作らないと、どんどん売上げが減っていくわけで、「これは何としてでも大切なお客さまとして確保しよう」と。まず、そういう下心がありました。

もう一つは、ちゃんと働ける人が欲しいという事情があります。ナミねえ(竹中氏の愛称)は、「(科学技術は不可能を可能にして新しいビジネスを生むので、不可能をいっぱい持っている人は)障害があるがゆえにビジネスチャンスがある」とおっしゃっていますが、これは冗談ではなく、そうなると思います。その方々と一緒に仕事をやらないと、企業は存在できなくなるかもしれない。「コストではなく、企業の利益目的に合致するものとして、長期的な投資が必要だ」ということで、支援させていただきました。

――

成毛氏は「ITとチャレンジド」問題への関わり方を、企業人の立場からこのように明らかにした上で、企業が立地する自治体の環境整備について北川知事に問うた。

成毛

いまはチャレンジドが在宅勤務をしようにも通信費が高過ぎるという問題がありまして、そういう面で地域格差が出てくる時期だと思いますが、三重県はいろいろおやりになっているようですね。

北川

スペイン村でCJFを開催させていただくとなったのは、バリアフリーが進んでいるのも一つの要因ですが、もう一つは、あの近くに6本の海底ケーブルが揚がって来る。この6本の大ケーブルが日本一の高速大容量な通信環境を実現するということもあって、志摩の地を選びました。

これを土台にして三重県を情報先進県にしたいと思いますし、ITと障害を持つ方を結びつけて「在宅でも勤務ができますよ」と。そういうことを、志摩スペイン村でのCJFでお見せしたいと思っています。

成毛

チャレンジドがITで力をつけたとしても、皆が皆、在宅でソフトやホームページを作れるわけではない。そうすると、地元でのベンチャーの育成や外資系企業の誘致という政策も必要だと思うんですが。

北川

企業を誘致するのも有効な手段だと思いますが、企業は来なくても仕事を誘致するという道があります。企業も仕事も来なくても、人材を誘致するという道があります。すべてやる必要があると思います。

三重県では、圧倒的な高速大容量の光ケーブルが敷設されますと、それに向かってデータセンターなどがドッと押し寄せてくれるだろうと期待しています。従来の「土地が安い」とか「水があります」というのも重要なインフラですが、それに加えて太い情報ネットワークも、とても重要だと思います。

また、県ではいま、新たなIT産業が来られるときに、高等学校や実業学校でどういう勉強をすれば採用してくれるかということを、教育委員会と相談しています。「こういう人材がいれば必ず行きますよ」という企業さんが多いですね。人材なんです。

外資系企業の人に、「三重県のホテルはフロントに英語のしゃべれる人がいないので困ります」と言われたことがあります。また、「部屋でパソコンが使えませんね」ということも言われます。こういうことも全部直さないと、なかなか地方分権は進まないと感じています。やはり世界と競争できるような地域社会を作っていかないと、なかなか新しい企業は来てくれない。こういうことですね。

「人間を切り捨てるのかどうかいまが分かれ目」と竹中理事長

――

成毛氏は、続いて坂口厚生労働相に労働行政のIT時代対応について問うた後、医療つまり厚生の部分についても問うた。坂口氏の答えから、座談会は4氏が共有する問題意識へと収斂していった。

坂口

医療にもIT革命はかなり影響を与えるだろうと思います。一番大きいのは、ITによる解析力の進歩によって遺伝子に関する研究が大きく進歩することだと思います。そして、たとえば「あなたの高血圧は、これこれの遺伝子が原因ですよ」ということがすぐわかって、それに合わせた治療ができるようになってくる。

すると、さらに長生きできるようになるわけですね。いま平均寿命が80歳ぐらいですけれども、これからオギャーと生まれた人の半分は、少なくとも85歳まで、ひょっとすると90歳まで生きるかもしれない。そして、85歳の人の85%は自立している。そういう時代が、すぐそこまで来ていると思います。

そうなると、たとえばベビー用品よりも、60代、70代の"青年"の皆さんが使うものが売れるようになってくる(笑)。経済効果も非常に大きいわけです。

高齢化時代は医療に大変なお金がかかるというのも事実ですが、そのお金以上に、高齢者層が生み出す産業の活力というものがあると思います。ですから、これまでのような公共事業に投資するよりも、高齢化社会に投資するほうが、より大きな経済効果を生み出す。雇用も生み出す。そういうわけで、高齢社会は明るい社会になると、私は思っています。

北川

チャレンジドの問題でナミねえなどと一緒に勉強してきたことは、何でもかんでも官が面倒見た場合の費用と、仕事に就いて自己実現していただくのをサポートする費用と、どっちが高いかということです。これについては、必ず後者のほうが安くついて、効果は高いと、私は思っています。

竹中

重度のチャレンジドが家族の介護あるいは社会的なサポートを受けながらも働けるということは、女性や高齢者、あるいは家族を介護している側の人など、いろいろな人が働ける仕組みにつながると思うんです。ですから、私たちはチャレンジドを救済するためではなく、その人たちの力がいまこそ必要だということで活動しているんです。

私の娘(重症心身障害)のような存在は、100%保護が必要です。人間として、そうい う人を切り捨てるのか、それとも人間として認めて生きていってもらうのか、日本はどっちなのか。そのためにITをどう使っていけるのか。まさに、いま分かれ目の時代だと思うんです。

そのことを、今年のCJFではもう一歩踏み込んで、三重という場所で皆さんと一緒にやりたいなあと思っています。

――

今後、元気で意欲のある高齢者・障害者が増え、なおかつ多少の障害を持ちながらもITの活用で就労や社会参加が可能になる。その可能性を官民が手を携えて実現できるかどうかに、21世紀の日本の行方にかかっている。そのことを再確認した座談会だった。

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