週刊ポスト 2000年10月20日号(2000年10月6日発売)より転載

【世界の読み方 竹村健一】(第925回)

IT時代に障害者の在宅勤務と納税を可能にするバリアフリーのための「チャレンジド革命」

<社会福祉法人『プロップ・ステーション』竹中ナミ理事長に聞く>

いま住宅建築や街づくりでさかんに提唱されるバリアフリー化。障害者や高齢者の過ごしやすさを考慮して、住宅内の段差をなくしたり、階段に手すりをつけたり、駅構内にエレベーターを設置したりすることを指す。しかし快適な生活環境の実現だけが、バリアフリーなのか。障害者の教育や社会参画活動を展開している社会福祉法人『プロップ・ステーション』理事長の竹中ナミ氏と語り合う。

「神様から挑戦される人々」

竹村

プロップ・ステーションのキャッチフレーズは「チャレンジドを納税者にできる日本」だそうですね。このチャレンジド(challenged)って、どういう意味ですか?

竹中

近年、アメリカで用いられるようになった障害者を指す造語です。「神様に挑戦するという運命を与えられた人たち」というポジティブな意味を込め、こう呼んでいます。ちなみに障害者を納税者にするというのは、ケネディ大統領の選挙公約だったんです。

竹村

つまり障害者の人たちも、仕事をする機会があれば、収入を得、税金が払えると?

竹中

そうです。IT(情報技術)のコンピュータ・ネットワークなどを活用すれば、重度の障害のために家族の介護を受けている人でも、きちんと勉強し、技術を磨くチャンスが生じ、何らかの仕事ができるようになる。中には技術的に非常に高度な仕事ができる人も出てくる。それを私たちは活動を通じて実証してきました。

竹村

戦国時代の武将・山中鹿之介(しかのすけ)が人間的により成長するために、「我に七難八苦(しちなんはちく)を与えたまえ」と月に祈った故事を思い出させるね。障害者にはつらいことも多いと思う。それだけに、「神様に目をかけてもらっているのだ」「何くそ、負けないぞ」という立場で生きていくべきだという考えに、私は非常に共鳴する。まさに現在の福祉に対する逆発想ですね。

竹中

現在は、健常者と障害者を区分して、とにかく障害者は気の毒だと位置づけている。運賃の割引制度などのような、彼らのハンディを埋め合わせることを中心とした福祉の形はおかしい。日本の国全体にとっても大きなマイナスだと思うんです。

かりに1日3時間なら働ける障害者がいたとする。それなら働かなくてもよいというのでなく、「3時間はあなたも誇りをもって社会を支えて。残る時間は社会があなたを支えるよ」というように、彼らに働く意味について考えてもらう。そうすれば少子・高齢化による労働力不足にも一定の歯止めをかけられるのかなと。

竹村

たしかにね。

竹中

私自身、重度心身障害の28歳になる娘がいます。私をどこまで母親と認識しているかも不明で、100%保護がないと生きていけません。でも、世の中には働ける障害者もたくさんいるのです。そういう人たちは働いて収入を得て納税し、100%保護が必要な障害者を支える側に回りましょう、とチャレンジドに呼びかけています。

スウェーデンの国営企業「サムハル」とは

竹村

日本では、民間企業〈従業員56名以上〉における障害者の法定雇用率を1.8%と定めている。だか、その現実を見ると、企業側はとにかくこの基準をクリアするために障害者を形式的に雇っておこうといった意識が強いようだ。

竹中

障害者側にも基準をクリアするために自分たちを雇えという意識が少なくない。

竹村

障害者も働ける人は働く。50万円だろうが1000万円だろうが、とにかく働いて収入を得た人は国民の義務として税金を納める。それもバリアフリーの考え方だと私は思うね。障害者に対する労働と納税のバリアを取り除かなければ。

竹中

たしかに企業の人事担当者は、「ウチは〈法定雇用率の〉ポイントが少し足りないので、誰かいい人はいませんか?」という相談にくる。「どんな仕事ができる人が必要なんですか」と聞くと「とりあえずポイントが不足しているので、車椅子の人を」と返ってくる。これには怒りを通り越して呆れるしかない。

そうではなく、企業側から「こんな仕事をしてくれる社員がほしい」、チャレンジド側からは「自分はこんな仕事がしたい」という声が聞かれる社会に変わっていく必要がある。

竹村

海外に参考になる国はあるんですか?

竹中

スウェーデンでは、30年ほど前に、サムハルという障害者の雇用を目的にした国営企業が生まれています。この企業は社員3万2000人のうち2万9000人がチャレンジドで、家具製造を中心に年間売上高は約1200億円にのぼります。

竹村

障害者の雇用促進を国全体で進めているんだね。

竹中

プロップ・ステーションでは、企業や自治体に働きかけてチャレンジドの仕事を受注している。グラフィック、プログラム、翻訳などの受注してきた仕事をチャレンジドたちに割り振ります。発注側からの細かい仕事の指示なども、全部ネットワークを用いています。

たとえばホームページ制作の場合、文字入力やグラフィックなどの作業を、それぞれ得意な人が担当します。中にはベッドから起き上がるところから介護が必要という人もいますが、パソコンを使えば在宅勤務が可能です。すでに40〜50人の、さまざまな障害のあるチャレンジドたちが活躍しています。

竹村

つまりIT時代の到来で在宅勤務の障害者の仕事も増える。まさに「チャレンジド革命」だね。ただ一社会福祉法人がやれることには、限界がある。スウェーデンの成功例もあることだし、関係省庁や企業側の意識革命が待たれるところだ。

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