日本経済新聞 2000年9月29日より転載

e経済の実像

ITで生活イキイキ

情報技術(IT)は、日常生活に急速に浸透している。インターネットなどのネットワーク技術を使って様々な商品やサービスを購入する「eコマース」の市場は急拡大。仮想商店は出店ラッシュが続き、生鮮食品から自動車まであらゆる商品を購入できる。ネットを駆使して生き生きと過ごす高齢者や身体障害者、子供たちも相次ぎ登場。ITは我々の生活を着実に変え始めている。

ネット通販充実

「モノ」以外に「知識」も売買


CDや損害保険も申し込みできる端末が置かれたコンビ二(東京・港区のローソン芝浦4丁目店)

「フィンランド製のドアはいかがですか……」。空調部品やドアの販売を手掛けるアイエム(大阪市、松岡晃一郎社長)は、このほど世界のドアをインターネットで売り始めた。ホームページ「アイエムドア─コレクション」(http://www.imdoor.com)を開設、10カ国以上の約二千種類のドアを販売する。

書籍、音楽CD、衣類、食品、ワイン、自動車、家具、チケット、映像──。eコマースの急速な普及に伴い、ネット通販の品ぞろえが充実してきている。

野村総合研究所のまとめによれば、最終消費財を扱う仮想商店の数は1999年末には2万店だったが2000年6月には2万7千店に増加した。郵政省の通信白書によると99年の「インターネットコマース最終消費財市場(消費者向けeコマース市場)」の規模は3千5百億円で98年の2倍強に増えた。

今年に入り、ソニー、松下電器産業といった家電メーカーや、セブン─イレブン・ジャパンなど大手コンビニエンスストアが相次ぎ消費者向けのeコマースに参入。ソニーのネット通販会社、ソニースタイルドットコム・ジャパン(東京・港、佐藤一雅社長)は「初年度百億円の売り上げ目標は達成できる」(佐藤社長)。来年にかけて市場は一段と膨らみそうだ。

既存の流通システムではなしえなかった“商品”の売買も始まっている。「知識」の売買市場を作り出したのはリアルコミュニケーションズ(東京・千代田、谷本肇社長)。同社のホームページ「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp)ではコンピューターからマネー、健康、趣味など幅広い分野の相談や質問を受け付ける。

約3千人の「エキスパート」が回答者として名を連ね、高度な専門家としての回答や体験談風の回答を利用者に返す。エキスパートは利用者の満足度に応じて星の数で格付けされる。既にサイトを通じた質問のやりとりは1万件を超えるまでになった。

今年6月には日本オラクルがIT関連の知識の売買サイト「知恵の輪ドットコム」を立ち上げるなど、大手企業も追随し始めている。

個人間で商品を競売にかける「ネットオークション」でも様々な商品が買える。例えばネット上の住所を表すドメイン名。わかりやすい単語を組み合わせたドメイン名は高値で売買されることもある。またアルバイト情報を入手する権利といった商品までネット上で流通する。

ネットオークション大手のヤフーでは常時130万点が出品され、1日の落札総額は4億円に達している。消費者間のネット売買の可能性はさらに広がりそうだ。

在宅就労手助け

身障者らも仕事に意欲


在宅就労に向けパソコンの講習を受ける障害者(三重県久居市の「Pep-Com」)

「次はこれを立ち上げてみてください」。パソコンに向かう車いすの障害者。同様に車いすに腰かけている谷井亨さん(33)は眼鏡に装着したレーザーポインターで画面を照らし、操作を指導する。

障害者の在宅就労を支援する非営利組織(NPO)「Pep-Com」(三重県久居市)が行っているパソコン教室。代表を務める谷井さんは高校時代のバイク事故で、首から下がほとんど動かなくなった。谷井さんの失意を救ってくれたのはパソコンだった。

最初は入院中に見舞いに来てくれた友人に手紙を書きたいと思った。プラスチック棒を口にくわえてワープロを打った。その後、独学でパソコン操作を習得、苦労の末にプログラマーとして仕事ができるまでに上達した。

実績が認められ、1998年5月、三重県の在宅勤務検討委員に選ばれた。「県の担当者が福祉関連の部署でなく、能力開発室だったのが新鮮な驚きだった」。昨年県などの支援を受けて今の団体を設立。障害者向けにパソコンを使った技術習得セミナーやインターネットを利用した在宅学習を手がけている。

「パソコンの世界はバリア(障害)が極めて少ないから、障害者にも色々可能性が出てくる」。谷井さんは障害者の社会参加、自立に向けて意欲を膨らませている。

ロボットがロボットを次々と作りあげていく──。「まだ完成してへんけど」。大阪府堺市の吉田幾俊さん(43)はパソコンで描いたグラフィックを前に照れ笑いする。「SFのヒーローが大好きだった。パソコンのおかげで少年時代のあこがれが自由に表現できるようになった」

吉田さんは幼いころ脳性マヒと診断された。右手以外ほとんど動かない。加えて、体が思う通りに動かない震えに襲われることもある。養護学校の高等部で、油絵を始めた。「自分にも何かできる」と生きがいを感じたが、腕が上がるにつれて、筆遣いなどに不満が出てきた。

96年1月、パソコンを活用した障害者の自立を支援する社会福祉法人「プロップ・ステーション」(神戸市)のセミナーに参加。「これなら失敗した絵を簡単にかき直せる」。パソコンを購入し、猛勉強した成果は意外なほどすぐに出た。同年8月、企業からの発注を受けたCG(コンピューターグラフィックス)で、生まれて初めて「仕事」をすることができた。

現在はCGで何か面白いキャラクターを作れないか思案中。「勉強することが多くて大変」と愚痴る表情は晴れやかだ。

プロップ・ステーション理事長の竹中ナミさん(51)は「障害者を取り巻く環境は高齢化を迎えた日本の縮図。障害者が誇りを持って働けるシステムを作っていくことで、高齢社会のアイデアも生まれるはず」と障害者が働く意義を強調する。

子供もラクラク

学校や家庭で大人顔負け


課外活動でプログラムを組みブロックを動かして遊ぶ子供たち(東京・北区の赤羽台西小学校)

月曜日の午後、六時間目。東京都北区立赤羽台西小学校のパソコンルームに「コンピューターお楽しみクラブ」のメンバーが集まってきた。今年4月にできたばかりのクラブで、4年生から6年生までの16人が参加している。

現在取り組んでいるのは、自分たちで「指令」のプログラムを組み、ブロックでできたロボットを動かしてみようというもの。「2秒間直進したら石に曲がって、さらに2秒間進んで…。そこで停止してブザーを鳴らしてみよう」。プログラムを組むパソコンの前に数人が集まり、ロボットの動きを話し合う。

5年生の小原広輝君は、障害物を乗りこえて進むロボットを製作中だ。なかなか複雑な作業だが、「プログラム次第で思い通りに動かせるところが楽しい」と、夢中になっている様子。若い頭脳は技術を素早く吸収していく。

パソコンルームには21台の端末があり、「外で遊べない雨の日の昼休みなどは、子供たちに開放しているんです」と、クラブを指導する内田忠康教諭。ほかにも算数や理科の授業で学習用のパソコンソフトを利用したり、インターネットで調べ物をしたりと、同校では活発に「パソコン授業」を実践中。着実に「コンピューターに関心を持つ子供が増えてきています」。

最近は学校の中だけでなく、家庭でパソコンを使う子供が目立ってきた。クラブのメンバー、5年生の小野寺陽祐君も「夏休みに地震をテーマに自由研究をした時、わかりやすく地震の起こり方を解説しているホームページを見つけて、とても参考になった」と目を輝かす。

日本の子供たちのIT利用は、もともと「キーボード文化」が浸透している米国などに比べて遅れがちだと指摘されていた。しかしここへきて学校や家庭でパソコンの導入が急速に進み、インターネットも子供たちにとって身近になってきた。

ネット上には子供向けサイトが数多く登場。例えば、NTT東日本とNTT西日本が共同運営する「こねっと・ワールド」がそれ。(http://www.wnn.or.jp/wnn-s/)のぞいてみると、「わくわく体験館」のコーナーでは博物館や科学館などの情報を集めており、水族館の生き物の映像をリアルタイムで観察することができるなど好奇心を刺激する内容が詰まっている。

子供同士が距離の壁をこえ、ネット上で気軽に交流できるのも人気の一因。「環境」「スポーツ」などテーマごとに子供たちが思っていることを書き込むと、それに返事を寄せるかたちで会話が広がる。

「母の実家の近くの海が年々汚れていきます。皆さんはどう思いますか?」「わたしは、海が汚れるっていうのは環境破壊だとかゴミの問題だと思うんだけど」──。気後れしない子供たちが言葉をキャッチボールしていく。

文部省の調査によると、今年3月現在でインターネットに接続している公立学校は全体の57%。特に小学校では、前年同期の27%から49%へと大幅に増えている。家庭でのパソコンの普及も考えあわせると、今後、大人顔負けにITを駆使する「デジタル・キッズ」が加速度的に増えていくかもしれない。

ページの先頭へ戻る