公明新聞 2000年8月30日より転載

ヤングホームページ 情報通信立国をめざして

だれもが誇りを持って働ける社会に

障害者を支援するNPO「プロップ・ステーション」の活動から


講師の岡本敏己さん(右側奥)は、プロップ・ステーションのセミナーの第1期生。中学生の時にポリオに感染し、両手が全く動かないが、足の指で巧みにキーボードやマウスを操作しながら、生徒に教えている

IT(情報技術)を活用して、障害者や高齢者の就労と自立を支援するNPO(非営利組織)「プロップ・ステーション」の活動が注目されている。パソコン技術を習得できるセミナーを開催し、在宅でできる仕事をコーディネートすることで、だれもが誇りを持って働ける社会づくりを目指す活動に、産・官・学・民の各界に協力者の輪が大きく広がっている。きょうから東京都内で、米国防総省の最新技術を障害者の自立支援に応用するプロジェクトのリーダーを招いてのシンポジウムも開催する。「プロップ・ステーション」のセミナーを訪れ、理事長の竹中ナミさんにインタビューした。

パソコン・セミナーを開催し“チャレンジド”(障害を持つ人)の就労を支援


足の指でキーボードやマウスを操作する岡本さん。「右クリックのないマウスの方が使いやすいね」と

プロップ・ステーションは、神戸市東灘区の人工島・六甲アイランドの神戸ファッションマート6階にある。緑豊かな六甲山系を臨むこの地で毎週土曜日、パソコン・セミナーは開かれ、受講者たちは、潮風に吹かれながら集まってくる。

受講者の多くは、障害を持つ人たちや高齢者で、パソコン技術を身に付けることで、社会参加、とりわけ就労を志している。てんかんや内臓疾患などの難病で、「8時間フルタイムでは働けないが、パソコンを使った在宅ワークならできる」という人たちも多い。

セミナーの内容は、初心者向けの電子メールの送受信のやり方から、上級者向けのデータベース開発、ホームページ、ポスター、アニメ-ションの制作までと幅広い。在宅で勉強できるオンライン・サービスもある。

講師はプロのSE(システム・エンジニア)らで、実際のビジネスで役立つように、マニュアル本にも載っていない高度な裏ワザも教授する。受講者も「将来は、ビジネスができるようにしたい」と、難しい技能の習得にも懸命に取り組んでいる。

「チャレンジド」──ここでは、障害を持つ人たちのことを、こう呼ぶ。“挑戦すべき課題を神から与えられた人々”という意味の米国での呼称だ。「その人に与えられた課題が大きければ大きいほど、立ち向かう力も大きく備わっている」。こう語る竹中さんは、これまでに、約400人の卒業生を送り出し、そのうち約50人が企業や役所からの仕事を受注するまでに成長した。


聴覚障害を持つプロのマンガ家の安藤美紀さん(左側奥)もスタッフの1人。プロップ・ステーションの機関誌のマンガを担当しながら、聴覚障害者の受講生に手話で教えている

企業と行政を柔軟に結ぶNPOの特性を生かして

竹中さんがプロップ・ステーションを創設したのは1992年。障害者を支援するボランティア仲間と実施した全国の重度障害者の意識調査が、きっかけになった。8割の人が「働きたい」と答え、その大半が「コンピューターが武器になる」と回答した。

「能力も、意欲もある人が多い。あとは障害者が働けるシステムをつくればいい」。パソコンを寄付してくれる企業を探し、ボランティアの講師を募集した。

その矢先、バブル崩壊で計画は中断しかけたが、竹中さんは「不景気は永遠には続かない。いつか景気はよくなる。その時に備え、今しっかり勉強しておくことが大事」と活動を立ち上げた。

そして、訪れたIT革命の奔流。支援企業は、アップルコンピューター、マイクロソフト、NEC、松下電器、富士通、IBM、NTTなど、大手50社以上に広がり、98年には社会福祉法人の認可を受けた。

プロップ・ステーションは今年、大阪府から、養護学校の情報教育を推進する事業の委託を受けた。当初、限られた予算の中で一部の養護学校だけが対象だったが、竹中さんが支援企業に寄付を呼び掛けた結果、約一億円分の機材が提供され、府内の全養護学校にパソコン・ネットワークが整備されることになった。

「このノウハウを、全国の養護学校や作業所が使えるように、大阪府という広域の自治体単位で、ちゃんとした結果を出したかったんです」と、竹中さんは語る。企業と行政を柔軟に結ぶNPOの特性を生かしたこのプロジェクトは今、全国の注目を集めている。

“一人発”の運動、今、協力の輪が大きく広がる
新たな可能性を求めて日米シンポジウムを開催

プロップ・ステーションは、「チャレンジドを納税者にできる日本」をキャッチフレーズに掲げている。「プロップ」とは、「支える」という意味で、これまで障害者は“支えられる側”とされてきたが、パソコンを活用して働くことで“支える側”になれるという思いが込められている。

「納税者に」という言葉が誤解される時もあるが、竹中さんは「政治の話ではなくて、人間としての誇りの話。言い換えれば、『チャレンジドが誇りを持って生きられる日本』ということです」と語る。

きょう、あすの両日、都内で開かれるシンポジウムには、米国防総省で重度障害者の就労支援プロジェクトの責任者であるダイナー・コーエンさんが講師として招かれる。国防総省が障害者支援に取り組む理由について、「すべての国民が誇りを持って生きられるようにすることが、国防の第一歩です」と語るコーエンさんの考えに、竹中さんは深く共鳴している。

竹中さんの長女は重度の障害児として生まれた。以来、障害者支援活動に取り組んできた27年間。「自分でやる。一人でできなければ、二人、三人でやる」。一人で始めた小さな運動が、いま世界に大きく広がり始めている。

ITを「人間のための道具」にする知恵を
竹中ナミ理事長にインタビュー

ユーザーが発信しなければ変わらない

──IT革命が急速に進んでいますが。

竹中さん

ITは、人間が生み出して、人間自身のために、人間が知恵を絞って使い方を考えていくべきものです。しかし、今はちょっと過熱したITブームというか、ITという言葉だけが、一人歩きしているように思います。

いろいろな立場の人が、どういうふうに、この“道具”を使っていくのか。それを真剣に考えなければ、危ない方向へ行ってしまうかもしれません。

危ない方向というのは、一つは、ごく一部の人にしか使えないものになっていくこと。もう一つは、単にビジネスの道具として使われてしまうということです。営利追求そのものが悪ではありませんが、人間の生活に役立つという視点がなくなることが心配です。

IT が「革命」とまで言われるようになった今、ITをどう使うのかという、はっきりした方向性を持たないといけません。それは、政治、行政、企業、研究者の役目であり、また、ユーザーの役目です。

特に、ユーザーが発信しない限り、作っている側の人たちには分からない部分があります。日本の消費者というのは、何かあった時にはモノを言う、“つっつき型”です。ユーザーにとって、困った結果にならないようにするためには、どんどん提言することです。

プロップ・ステーションがやっていることは、巨大なユーザーの集まりとして、どうすれば使いやすい道具になるのかを発信していく運動とも言えます。

「自分には今、このようなできないことがある。じゃあ、その『不可能』を解決するために、だれに何を伝えたらいいのか」。こう自覚するのが、真のユーザーです。科学技術は「不可能」があるから進歩してきたのです。

技術者も、ユーザーが何に困っているのかということが見えた時、すごく力を発揮します。だから、ユーザーが発信しないといけない。一人で発信できない人は、集まって発信すればいい。

いろいろな立場の人の知恵を結集しないと、一部の立場の人の知恵だけでは、全方向に向けてのプラスにはならない。

ある人は良かったけど、その陰で、泣いている人もいるというのが、これまでの図式です。ITこそは、皆が良かったと言える道具にすべきです。「一人の犠牲者も出さない」が、プロップが望むことなのです。

IT革命は、「ドッグイヤー」と言われるほど、早いスピードで進んでいるだけに、軌道修正もキメ細かく迅速にしないと、あっという間に犠牲者が出てしまいます。

使いやすい機器の開発には制度的バックボーンが必要

──政治、行政にできることは何でしょうか。

竹中さん

米国では、就職の段階から、チャンスを平等にしなさいという法律を定めました。目が不自由な人には使えないという道具が開発されたら、国の機関はそれを買い上げないという規制をしました。業界は反対しましたが、その法律を守ったところほど、よく稼ぐという結果が出たのです。

日本でも、チャレンジドや高齢者にとって、使いやすい道具をつくろうと思うなら、行政的なバックボーンが必要です。

国民は「自分たちの国なんだから、こういう国であってほしい」というビジョンを出し、政治家や行政もうまく使っていくというように、いい意味で戦格的に動かないといけません。

自分に自覚がないのに、政治や行政に自覚せよと言っても無理なことです。まず自分が自覚して、発信し、そして政治、行政、企業もそれを真剣に受け止める──こうした関係が求められていると思います。

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