日本経済新聞 2000年6月23日より転載

ネットワーク化で地域社会 飛躍へ

地理的制約解き放つ

全国各地で急速に進むネットワーク化の動きが、地域社会や経済に飛躍へのチャンスをもたらそうとしている。どんなに離れていても瞬時に情報をやり取りできるネットの力は地域社会を地理的な制約から解き放ち、個人や企業、非営利組織(NPO)の活躍の場を地元にいながら全国へ、世界へと広げつつある。地域の潜在力を引き出すネット化の奔流は、長く問題視されてきたビジネスや情報の“東京一極集中”を是正するだけでなく、日本を覆う閉そく感を地方から打ち破る可能性すら秘めている。


幅広い年齢層を対象にしたプロップ・ステーションのパソコン講習会(神戸市東灘区)

「東京一極集中」是正の好機

「この部分をクリックしてください」──。神戸市・六甲アイランドのビル6階。パソコンとインターネットを活用し、障害者の自立を支援するNPO「プロップ・ステーション」のパソコン教室だ。障害を持つ技術者が近隣の障害者や高齢者らに講義をしている。

プロップは自らも障害者の長女を持つ竹中ナミ理事長が「障害者には素晴らしい能力がある。能力を生かせば社会を支え、納税者にもなれる」との思いから1991年に活動を始めた。自立手段としてパソコンとネットに着目。パソコン教室の卒業生は400人を数え、うち50人は外部から仕事を請け負うまでに成長した。

ネットは障害者に在宅就労の機会を提供するが、竹中さんはさらに「人と人のつながりもネットが支えてくれる」と話す。活動に賛同してプロップの理事を務めるマイクロソフトの成毛真取締役特別顧問や後援会長の金子郁容慶応大教授らとはすべて電子メールで打ち合わせをする。

竹中さんは今、8月末に東京で開く日米会議の準備に大忙しだ。昨年、米国での国際会議で知り合った米国防総省のダイナー・コーエンさんらを講演に招く計画。コーエンさんは最新の防衛技術を重度障害者の自立に応用するプロジェクトのリーダー。電子メールを50回以上やり取りして出席の承諾を得た。

 

「ネットがなければ、とてもこんな無謀なことはできない」と竹中さんは笑う。関西を拠点に地道に活動を続けてきた真性の熱意はネットの力を借りて軽々と国境を越え、共感の輪を世界に広げつつある。

ネット化の動きが地域活性化への起爆剤になろうとしている。ネットの最大のメリットは場所を選ばず瞬時に情報を交換・収集し、自在に活用できる点。ネット上では現実世界の地理的条件は問われない。東京の後塵(こうじん)
を拝してきた地域も、ネット上では対等に競争できる可能性がある。

国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの公文俊平所長は「ネット化は地域社会にとって大きなチャンス。飛躍するための技術基盤も整ってきた」とエールを送る。公文所長は地域の住民全員が安価に利用できる新しい通信インフラを地域の手で構築する「コミュニティ・エリア・ネットワーク(CAN)」構想を提唱。地域のニュービジネス育成や伝統産業の活性化、学校や家庭での情報技術(IT)教育の機会拡大を目指している。

こうした取り組みに呼応するかのように、地域の挑戦も始まっている。

総合デジタル通信網(ISDN)の普及率が全国第3位の石川県金沢市。日本電信電話(NTT)と松下電器産業の両グループが共同で、一軒一軒の家庭に高速の光ファイバー回線を引くFTTH(ファイバー・トゥー・ザ・ホーム)の実験を5月から始めた。

参加を希望した約150世帯は、操作が簡単な新型端末やパソコンを使い、最大毎秒10メガ(メガは100万)ビットの光ファイバー網で常時接続する。電子メールや商店街のお買い得情報などを利用できるほか、市民も市内に設置した入力端末から自作のコンテンツ(情報の内容)を簡単に発信できる。

金沢市のデザイン会社、エヌ・プランニングの長田健一社長も実験に参加する1人。「製版会社や印刷会社と連携し、光ファイバーを利用して業務を革新したい」と力を込める。西日本電信電話・金沢支店の明田吉憲システムエンジニアリング部長は「地元ミュージシャンが自作の音楽をネット配信し始めた」と手ごたえを感じている。

 

地域の生活や仕事に豊かさをもたらし、飛躍の契機にもなるネットだが、厳しい一面を持つことも忘れてはならない。

日本総合研究所の藤井英彦調査部主任研究員は「ネットは各地域を物理的な制約から解放するが、それは国内外の地域が企業誘致や活性化を巡って同じ土俵で激しく競争することでもある」と指摘する。地域住民の意識やネットの活用法、国や自治体の政策の巧拙によっては地域間でデジタルデバイド(情報化がもたらす経済格差)が顕在化する恐れがあるというのだ。

ネット化の流れはもはや止めることはできない。ネットは個人や組織に大きな力を与え、秘めた可能性を引き出し、世界に雄飛する機会を提供することもまた事実だ。恐れることなくネットの本質を見極め、ネットの世界に一歩を踏み出すことが、地域社会に求められている。

(大阪経済部 前田隆志)

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