NEW MEDIA 2000年5月号 (2000年4月1日発売)より転載

【The Challenged とメディアサポート】(30)

養護学校の情報教育をNPOが支援


障害児教育における情報教育の取り組みの転換を表明した2・15大阪フォーラム

養護学校の情報教育推進を図る事業をNPOが受託するという全国でも初めての試みがこの1月、大阪でスタートした。

2月15日には、この事業で手を携えた社会福祉法人プロップ・ステーションと大阪府・大阪 市の各教育委員会、大阪国公立養護諸学校長会の4者が、「チャレンジドの情報教育と就労を考える」と題するフォーラムを開催。東京から文部・厚生・労働各省の関係者が駆けつけ、大阪の自治体・養護学校・障害当事者のパネリストとともにテーマについて語り合った。

これまで、パソコンの導入を初めとした情報教育環境の整備は普通校偏重で、多くの養護学校では、情報教育に取り組もうにも機材が質量ともにまったく不足している。そんな現状に、今回の大阪の試みはどんな変化をもたらすだろうか。

(報告:中和正彦=ジャーナリスト)


少ないマシンに子どもたちの熱心な眼差しが注がれる実態をつぶさに調査


コンピュータ環境調査で和泉養護学校を訪ねたプロップ竹中理事長と中内さん


プロジェクトについて関係者と語る竹中理事長(左端)。その口調は自然と熱がこもっていく


37歳までSEとして会社勤めをしていた中内さんは几帳面に調査項目を書き込んでいく

キッカケは雇用対策だったが

今回、プロップ・ステーション(以下、プロップ)が大阪府から「養護学校の情報教育の推進に資する事業」を受託することになった。そもそものキッカケは、昨年の10月にスタートした政府の緊急雇用対策だった。国が予算を投じる「緊急地域雇用創出特別交付金事業」の教育情報化促進事業を大阪府教育委員会が申請し、養護学校(盲学校・聾学校を含む)の情報教育を進めるための事業をプロップに委託したのである。

プロップの活動の柱は、このページで度々紹介したとおり、コンピュータセミナーを通じたチャレンジドの就労支援。政府の緊急雇用対策は、この大阪の件では、プロップで腕を磨いたチャレンジドたちが大阪府から委託された事業で就労の機会を得るという形で結実する。就労機会の創出効果という面から見れば、人数も期間(2002年3月末終了)も限られたもので、広がりのある話ではない。

それが関係各方面から注目されるのは、養護学校とNPOの連携ということの背景に、新しい時代の要請や可能性がいろいろと含まれているから。2月15日のフォーラムは、そういう面をアピールするために催されたもので、定員300名の会場は満席になった。

基調講演に立った文部省大臣官房政策課長の寺脇研さんは、「いま二つの意味で喜んでいる」と切り出した。その一つは、公教育3団体がプロップと連携したこと。

「障害児学校に限らず、すべての学校が、いままで閉鎖的といわれてきたので、文部省としては、これを機会に学校にNPOの力を導入したいという思いがありました」

まさにその一つのモデルのように立ち上がったのが、今回の事業というわけだ。

チャレンジドにも生涯教育と情報教育を

寺脇さんがもう一つの喜びとして挙げたのは、基調講演に続くパネルディスカッションで厚生省と労働省からのパネリストとともにチャレンジドの問題を考えられること。

「いままで、文部省は障害者の問題を話し合う場にいませんでした。(中略)文部省は障害児学校について小学校・中学校・高等学校の各段階を整備すれば事足れりとしてきました。しかし、いまはその先も、厚生省や労働省と一緒になって整備して行かなければいけないと考えているんです」

勉強は学齢期だけのものではなく、自分の能力を向上させたり生き甲斐を育んだりするためには、一生涯、必要な時に必要なことを学ぶ必要がある。この「生涯学習」の意識は、一般にはかなり浸透してきた。文部省はその機会を保障すべく、労働省や厚生省とともに、職業訓練と学校教育の連携、一度就職した人の復学を可能にする仕組みづくり、高齢者の学びの場づくりなどに取り組んでいるという。

しかし、チャレンジドに生涯学習を保障する取り組みは、明らかに遅れている。寺脇さんはそれを文部省の責任と認め、厚生省・労働省との連携を図る姿勢を示した。

そして、「情報教育」については、パソコンの導入が普通校偏重になっている現状についても文部省や教育関係者の考え方が間違っていたことを認め、その転換を訴えた。

「情報機器は、障害を除去する役割がある。そのことを、文部省を始めとする教育関係者は、いま深く認識する必要があります。障害児学校に行くと、いままで出来なかった意思伝達がコ ンピュータを使うことによってできるようになっていたりする。そういう取り組みを見ると、 『こういうところにこそ必要なんだ』だと思います」

今回の事業に参加するプロップのチャレンジドたちは、まさにそういうことを深く認識させる存在だ。

仕事のできる技術を身につけた彼らは、養護学校の児童生徒にとっては自分たちの先輩。その先輩たちが、学校の先生たちと意見交換しながら情報教育の推進に貢献する。この事業は、ともすれば実社会と乖離した学齢期だけの温室にもなる養護学校に、実社会の風を送り、年齢に関係なく必要な時に必要なことを学ぶ大切さと情報機器がもたらす可能性を伝える。そういう意味で、大きく教育改革の舵を切っている文部省にとって、実によくモデル的要素を兼ね備えた内容になっているのである。

ちなみに、プロップは厚生大臣認可の社会福祉法人だが、活用の柱であるセミナーは老若男女や障害の度合いを問わない生涯学習の場であり、そこで育った人への就労支援では労働行政との連携も図っている。そして、この活動は多くの企業によって支援されている。

また、後のパネルディスカッションでは、羽曳野市の福谷剛蔵市長が、同市の事業として取り組んでいるチャレンジド就労支援について紹介したが、これは労働省の制度を活用し、プロップで育ったチャレンジドをコンピュータ講師として推進している。

こうしたさまざまな形での官民連携のチャレンジド支援ネットワークに、いま支部行政もアクセスして来ようとしている。そんなことを感じさせる文部省・寺脇さんの講演が印象的なフォーラムだった。

質量とも劣る環境で奮闘する教師たち

さて、今回プロップが受託した事業では、具体的には次のようなことが企画される。

府下の全養護学校を訪問してのコンピュータ環境調査、Web検索による障害児の情報教育に有益な情報の収集と提供、教材開発、教師・父兄・児童生徒へのアドバイス、モデル授業の実施など。

「まずは現状を把握しなければ」ということで始められたコンピュータ環境調査は、プロップ理事長の竹中ナミさん自らが、プロップのコンピュータネットワーク・リーダーの中内幸治さん(進行性筋ジストロフィーで車椅子)とともに、府下のすべての養護学校を訪ねて回っている。単に機器環境や利用状況を聞くだけでなく、代表としての挨拶や事業全体への協力要請があるからだが、竹中さんは訪問の目的をこうもいう。

「機械が足りない、なかなか新しいのを入れてもらえないという中で、コンピュータの好きな先生が『何とか子どもたちに』と大変な努力をして教えているのが現状ですが、そういう先生と出会うと心強く感じて、うまく力を合わせられるのではないかと感じます。気持ちとしては、そういう先生とたくさん出会いたくて回っているようなものです」

養護学校で情報教育に取り組む教師たちの状況は、大阪に限らずどこでも似たようなものだろう。自分のマシンを教室に持ち込んだり、生徒に使わせてみたくて自腹でソフトを買ったり、有志でお金を出し合って校内ネットワークを構築したり・・・。

フォーラムの翌日、和泉養護学校(知的障害)と岸和田養護学校(肢体不自由)への訪問調査に同行させてもらうと、やはり同様だった。和泉養護はWindows95がたった3台。あとは古くて使われていないMacが何台か。

たまたま、授業で名刺の版下を作るところを見学させてもらったが、1人が作業するのを皆が早く自分も触りたそうに目を輝かせて見ているのが印象的だった。案内してくれた教師は、「いたずらは、したら使わせてもらえなくなるのがわかっていますから、しません。問題は、すぐ取り合いになることです」と苦笑していた。岸和田養護もWindows95がたった2台で、あとは古いマシンばかりだった。

どちらの養護学校からも、使えば生徒たちの意欲を伸ばせると思うが、絶望的にモノが足りなくて十分に機会を与えてやれないという苦悩が聞かれた。

2年後にはもっと大きなうねりに

今回の事業への交付金は人件費を対象にしているので、ハード・ソフトの購入には充てられない。しかし、竹中さんは「日ごろプロップを支援していただいている企業に協力を呼びかけるなどとして、何とかしたい」と語る。もちろん、企業の協力を当てにするばかりではない。「機材が足りないだけでなく、情報が足りないのも問題」ということで、内外のWebサイド 検索による障害児の情報教育に有益な情報の収集に取りかかった。

機器類にしても教材にしても指導法にしてもアメリカのチャレンジド向け情報教育事情は日 本より進んでいるということから、プロップがオンラインで行う「在宅スキルアップセミナー・翻訳講座」の修了生グループに英語のWeb検索を指示。ゴールデンウィーク明けには翻訳してまとめた情報をWebやCD-ROMで教師たちに提供できるようにしたいという。

また、各養護学校の教師たち相互やプロップとの意見交換や相談・アドバイスを行うためのメーリングリストも立ち上げる予定。

「ここで教材の情報などについてもご意見をいただいて、もし既存のいいものがあればそのメーカーと連携を図るようなこともしていきたい」(竹中さん)

なければ、プロップのチャレンジドが作る用意もある。直接今回の事業とは関係ないが、プ ロップ所属のチャレンジドのグラフィック製作グループ「バーチャル工房」は3月、初心者向けのホームページ作りのハウツーや自分たちが描いたフリー画像などをパッケージしたCD- ROM作品『おもいおもいのeレター』(2,000円)を発売した。養護学校の生徒にも楽しくホームページを作ってもらえる内容。そして、バーチャル工房が養護学校の教材づくりにも力を発揮できることを証明する内容でもある。

ちなみに、前述翻訳者グループやバーチャル工房も、ほとんど在宅のチャレンジド。竹中さんからメールで指示が飛ぶと、お互いにメールで連絡を取り合い、議論をし、作業分担をし、各人の作業に入る。重い障害のために行動に制約のある人たちが、インターネット空間で距離と時間と障害を越えてテキパキと仕事を進めていく様は、コンピュータ&ネットワークがチャ レンジドの可能性をいかに拓くかという認識のない人たちには、まったく想像できないことであろう。

しかし、そういうチャレンジドの可能性についての認識は、急速に広がりつつある。今回の事業が修了する2002年3月末にどんな結果が得られていると思うかと竹中さんに問うと、いつも以上に力強い答えが返ってきた。

「いまどきの変化の速さから考えたら、2年も経ったら状況はものすごく変わっていると思います。今回プロップがこういう事業ができることになった時代のうねりというか、こういうことに目を向けるようになった人々の意識の変化というか、そういうものが2年の間にはものすごく大きく広がる。間違いなくそうなるという予想がしています」

中和正彦(なかわまさひこ)

1960年神奈川県生まれ。明治大学文学部卒。出版社勤務の後、フリー編集者を経て取材執筆活動に専念。障害者支援の問題の他、バブル崩壊後の経済や社会、教育問題を幅広く執筆中。

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