毎日新聞 2000年1月6日より転載
ミレニアム快談4 政治の混迷をこえて
富の再配分は「民」が担え
成毛真氏
──成毛さんは最先端企業のトップですが、障害者がパソコンを習得し、仕事に就くという活動を進めておられる。NPO(非常利団体)の推進役としての顔も持っていますね。
◆それは「プロップ・ステーション」という団体で、かかわり始めてもう5年くらいになる。NPOと言っても、おしゃもじ運動系とか、左翼系は、ちょっと付き合いきれないな、と。そんな中で「障害者を納税者に」というキャッチフレーズが、いい感じだったんですね。パソコンという自分の仕事を生かしたい気持ちもありましたけれども。
──なぜ今、NPOなのでしょう。
◆私が言っているのは広義のNPOで、私学とか、病院、町内会も含まれる。これから「小さな政府」を目指すとなると、おのずと国の機能は低下していきます。特に従来、国、官が引き受けていた「富の再配分」をどうするか。受け皿は「民」というか、個人が担った方がいいのではないかと思います。
──現状では、国民はほとんど選択の余地がないまま税金を払って行政サービスを受ける。そうではなくて、個々人がお金の出し方とサービスを選択できるよう、NPOが行政の肩代わりをするという発想ですね。
◆そう。当社では「マッチング・ギフト」といって、社員があるNPOに寄付したら、会社も同額を寄付するようにしてます。その方が励みになる。今後はその分、税金が全部控除されるようになればいい。ベネフィット(利益・恩恵)がないと長続きしませんから。
──NPO優遇税制の導入ですね、懸案になっている。
◆ええ。そうなれば、NPOへの寄付を通じて国民一人一人の判断が示され、その結果、大量の富の再配分が起きる。
──それで本当に「小さな政府」になりますか。
◆実はこれ、情報通信革命に関係しているんですよ。インターネットに象徴されるように、「N×N」(不特定多数×不特定多数)のコミュニケーションが時間を超えて可能になった。1980年代までは、政府も会社も、情報をトップに吸い上げて判断し、下に降ろす方がよかった。でも、今は中央省庁の役人より国民の方が良質かつ大量の情報を持っています。
──国の「かたち」自体が変わるということでしょうか。
◆国に対する帰属意識すら、あやしくなってくる。「マウンテン・フォーラム」といって、世界中の山岳地帯に住む人たちがインターネットを通じて交流している。そこでは、アメリカにしろ、ロシアにしろ、自分の国に対してよりも、フォーラムの仲間に対する帰属意識の方がはるかに強いんです。
──そうなると、中央省庁の役割とは何でしょう。
◆治安、外交、安全保障かな。
──経済政策はどうですか。
◆どれだけ財政を膨らませても、金利を下げても、動かないということがバレちゃった。マクロ経済運営をどうするか。国単位で、それができるかどうかということ自体、分からなくなってきています。
──経済政策も「民」が決めていくことになりますか。
◆問題は、世界がどうなるのか。ここ10年くらい、世界の秩序はメチャクチャになります。米国の経済体制が本当にいいかどうか。欧州では社会民主主義が台頭してきた。日本は、しばらくは米国型に走って、オーバーシュート(行き過ぎ)が起きると思う。できて間もない、売り上げもほとんどない会社が株式公開し、時価総額が100億円だなんていう、人類史上見たこともない資本主義が来ます。でも、3年後くらいには揺り戻しが来るでしょうね。そういう過程を経ないと、本当には変われない。
──激動の時代へ、日本政界の対応は鈍いと思いますか。
◆いや、今の局面は世界史的に見ても面白いんじゃないですか。アメリカも、イギリスも、政治家が「オレたちが決めた」と言って2党体制になった。しかし、2党体制がいいのか、連立がいいのか、それ以外であるべきか、まだ、分からない。日本は政治家の体たらくのおかげで、結果的に(政治家でなく)国民が(政治体制を)選んでいる状態になっている。
──「自自公」は国民が選んだとはいえないと思いますが。
◆国民の間で「自自公」の評判が悪いのは、イデオロギーの次に来るかもしれない宗教、民族といった問題の影を感じているから、という気もします。
──政治が落ち着くまで、時間がかかると見ますか。
◆あと5、6回選挙をしないと決まらないかもしれない。2党体制といっても、もはやイデオロギーに基づく対立だとは誰も思わないし、1党体制の方が効率がいいという論も成り立ちます。長い目で見れば、こういう状況をくくり抜けることは、国民にとって得なことではないでしょうか。
【聞き手・与良正男、写真・山下浩二】=つづく
- ホスト敬白 国への帰属意識人々は希薄に
- 成毛真(なるけ・まこと)さんはパソコンソフト最大手、米マイクロソフトの日本法人「マイクロソフト」の社長である。札幌生まれの44歳。中央大卒業後、アスキー社を経てマイクロソフトへ。70年安保当時、「思想的には分かっていなかったが、かっこうをつけて、国家とは何か考えていた」高校生だった。「これからは人々の国に対する帰属意識が薄くなる」と予測してみせながら、「外資系の企業にいると、そこはかとない人種差別がある。国とか、国民とか考えていないと戦えない」と語っていたのが印象的だった。