朝日新聞 1999年7月28日 より転載

【ええ仕事できまっせ】(下)

変身 のせられ、やる気に


脳性まひのメンバーの吉田幾俊を「家庭訪問」し、作品のアドバイスをする竹中ナミ=大阪府堺市内で

社会福祉法人「プロップ・ステーション」(神戸市)のコンピューターセミナーは、しやべくり漫才のような明るく、軽いノリが特徴だ。

講師の1人は、ポリオで両手が全く動かない男性。右足で器用にパソコンのマウスを操作しながら、受講生のもとを回っていく。

「みなさん、足がニョキと出てきても驚かないでくださいねえ」

理事長の竹中ナミ(50)が突っ込みを入れる。会場がどっとわいた。

大阪府堺市の吉田幾俊(42)も、このノリにのせられた1人だ。幼いときから脳性まひ。3年前に初めて、セミナーに参加した。

絵が好きで、市の展覧会で賞をとったこともある。創作意欲は大きい。だが、右手以外、手足がほとんど動かず、体が意思通りにならない不随意運動も伴う。吉田はそんな自分を当時、「精神が肉体の檻かちはみだそうとしている」と詩に表現した。

電子メールでこれを読んだ竹中は直感した。「コンピューターで自由度を得たとき、大化けする」

吉田は、ダブルクリックという基本操作の修得に1カ月かかった。だが、コツを覚えると、独特な感性で作品を描き始める。

初仕事は、関西電力から依頼されたコンピューター・グラフィックス。初めて自分で稼いだお金で、一緒に暮らす母親好子(67)に包丁を買い、すし屋でもてなした。「この子がお金をもろうてくるなんて、思ったことがなかったねえ」と、好子は目を細める。

プロップは高齢者にもセミナーを開放し、インターネットで遠隔セミナーも始めた。遠くは九州や東北地方の人が、在宅のままで講義を受けている。

「コンピューターの知識のある人ばかり選んで、エリートを育てているんじゃないの」と言われることもある。確かに、受講した人がすべて、仕事ができるようになるとは限らない。しかし、竹中は「まずはやる気。自分はできるんやな、と思うときから変わり始める」と反論する。

軽い知的障害のある恵子(29)は半年間、グラフィックの初級コースに通った。だが課程についていけず、7月からもう一度受けている。パソコンで魚や動物を描けるようになった。夢は「漫画家」だ。

プロップの仕事はまだ少ないが、竹中は「いい仕事をして、道を切り開く。そうすれば、あの人たちでもできるんやという認識が社会に広まる」と言う。

支援者から「東京に移ってこないか」と誘われることもあるが、そのつもりはない。「ネットワークを駆使すれば、どこに事務所があっても同じ」。そして付け加えた。

「おもろさ、元気さ、明るさ。やっばり関西のノリが大切やね」

(敬称略)

(この連載は文=社会部・杉林浩典、写真=写真部・永曽康仁が担当しました)

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