朝日新聞 1999年2月11日より転載

障害者と支援の輪 大阪のNPO

私たちは挑戦する

今村映画の助監督 ビデオに撮った


押田興将さん

障害児の母親が7年前に始めた草の根運動が、大企業にも影響を及ぼす民間非営利組織(NPO)に育った──。パソコンを使った障害者の就労支援で先駆的な試みをしている大阪市北区の「プロップ・ステーション」の活動が、ドキュメンタリービデオになった。今村昌平監督が監修し、今村映画の助監督で、ダウン症の弟をもつ押田興将(こうすけ)さん(29)が7カ月かけて追いかけた。題名は「Challenged」(チャレンジド)。変容する日本社会の一側面も描き出している。


パソコンに向かってセミナーを受けるプロップ・ステーションのメンバーら

誇り持ちパソコン仕事


大阪府内の自宅でパソコンに向かうプロップ・ステーションのメンバー
(いずれも「challenged」のスチール写真から)

プロップは1991年5月、重度の心身障害の娘をもつ竹中ナミさん(49)の呼びかけで始まった。障害者は働きたいと思っても、働く場がない。だが、障害者だって、やりたいことも、できることもある──。竹中さんは、座ったままで様々な機能を発揮できるパソコンに着目し、技術の修得から仕事の受注まで、一括した支援を始めた。

「障害者を納税者に」が合言葉で、これまでに約40人がパソコン関係の仕事に就いた。「立場は同じ」と、最近は高齢者の支援もしている。

ビデオの制作は、支援者たちが今村監督の映画スタッフに持ちかけた。

今村監督の最新作「カンゾー先生」で助監督をした押田さんは、7歳下の弟の清剛(きよたか)さん(22)がダウン症。横浜市内の実家で一緒に暮らしている。仕事が好きで、今は横浜の農園で野菜作りや牛の世話をしているという。しかし、今後も仕事があり続ける保障はない。押田さんは、従来の福祉の概念とは違う新しい発想で実績を上げるプロップの活動に衝撃を受け、昨年1月からスタッフと大阪に泊まり込んで撮影した。

「チャレンジド」は障害者を指す米語。「神様に挑戦という運命をもたらされた人たち」という意味が込められている。パソコンのマウスを足で動かす人、音声化装置を使って操作する人。ビデオには、五人のチャレンジドが登場する。

元暴走族のヤマちゃんは、19歳のときに事故で首の骨を折り、手足が不自由になった。同級生と結婚してから仕事を探したが、どこにもない。そんなとき、ラジオでプロップの存在を知り、電話をした。第一声は「仕事できますか。金もうけできますか」。今はプロの在宅プログラマーだ。

脳性マヒの幾(いく)くんは、独特な感性のコンピューター・グラフィックス(CG)が人気だ。「この人がお金をもうけてくるなんて、夢にも思わへんかった」と、母親は屈託なく笑う。

与えられるだけの存在から、人に何かしてあげられる存在へ。登場人物がみな、底抜けに明るい。

支援の輪は、企業関係者や官僚、学者らにも広がっている。パソコンソフトの最大手「マイクロソフト」の成毛真社長もその一人だ。同社は、プロップのメンバーのアドバイスを受けて、「日本語版ウィンドウズ95」の視覚障害者向けの開発などにも取り組んだ。「社会全体のシステムを考えると、政府に金を出すより、NPOに出した方がいい」とビデオで語る。

押田さんは「ぼくだって、年をとったり、交通事故に遭ったりすれば、手足が動かなくなるかもしれない。それでも大丈夫なんだ、夢をもっていいんだという、そんなうれしさを実感できた。人間の誇りを取り戻す運動だ」と話す。

ビデオは67分で1万円。問い合わせは、地域活性化研究所(03-5251-0155)へ。ホームページ(http://www.prop.or.jp)で一部を見ることもできる。

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