Newletter 1998年12月20日 より転載

インターネットを駆使して社会を変容する"チャレンジド"

社会福祉法人プロップ・ステーション 理事長 竹中 ナミ氏

「チャレンジドを納税者に」をスローガンに

この8月初旬、私たちプロップ・ステーションは、神戸で「チャレンジド・ジャパン・フォーラム国際会議」を開催しました。
これは、外出や移動が困難でも、コンピューターネットワークを武器として自立し、ビジネス社会に参入しようとするチャレンジド(障害を持つ人たちの意)と、彼らを取り巻く産・官・学・民及び地域コミュニティーとの情報交換や出会いの場を創ることが目的でした。国の内外からチャレンジドや産学、中央、地方の行政関係者など300人が集い、NPO、産業、行政が連帯して、障害者の社会参加について具体的な政策提言「神戸8・9宣言」を発表できました。
プロップ・ステーションは、大阪を基点にチャレンジドの自立、とくに就労促進のために活動しているNPO組織です。プロップとは支え合いを意味し、チャレンジドが単に支えられるだけの存在でなく、彼らも社会を支える一員として、活動できるような状況を生みだしていこうという思いも込めています。
ここの代表の私、通称「ナミねえ」が障害を持つ人たちの問題に関わったのは、72年、娘の麻紀(現在25才)が重症心身障害児として生まれたのが最大のきっかけでした。麻紀を通してたくさんのチャレンジド達と出会い、重い障害を持っていても、適切な支援さえあれば自立できる人がいることや、さまざまな才能を持っているにもかかわらず、それを発揮するチャンスが限られているため、麻紀と同じように保護や同情の対象として、隔離されているという日本の福祉の現状に、気がつきました。障害を持っていても、働ける人は働いて社会を支える側に回ってほしい。自分も社会を支えている一員だという誇りを持てる国にしたいと思い、「チャレンジドを納税者にできる日本」というプロップのキャッチフレーズが生まれたのです。

道を拓いたコンピューター

プロップの活動の第一は、91年にチャレンジドを対象にしたコンピューターセミナーです。就労支援の手段をコンピューターにしたのは、全国の重度の障害者の声を集めた結果、8割の人が「働きたい」また「武器はコンピューター」という希望にそっての決断でした。障害を持つ人にとって絶望的な問題点(勉強の場がない、能力が正しく評価されない、仕事をくれる会社がない、在宅で出来ない)をクリアすることを目標に、活動拠点を西宮から大阪に移しました。私たちの支援の依頼には、全国から多くの企業や団体が名乗りをあげてくれましたが、とくにアップル社から提供された10台のコンピューター(1000万円相当)のおかげでセミナーを開催することができました。活動の第二はこのセミナー修了者と企業(仕事)をコーディネイトすることでした。社会経験の少ないチャレンジドと、チャレンジド特有の事情をよく知らない企業が直接交渉し合っても、実りある結果を得るのは難しいものです。プロップはチャレンジド側の事情を把握して、企業に支援をお願いしたり、就職したいチャレンジドには、人材を求めている企業につないでいます。障害を持っていても適切なサポートがあれば、仕事をしたり社会参加ができる潜在能力と、やるでという意欲を持つチャレンジドは多いのです。プロップのチャレンジドは、コンピューターと通信ネットワークを活用して、その障害を乗り越えようとするパイオニアです。私たちもそのチャレンジド共々汗を流してこの社会を変えていこうやないかと活動しています。

インターネットとの出会い

インターネットのパワーを理解したのは、阪神大震災の時でした。慶応大学の金子郁容教授が、被災地支援では個々のネットがバラバラに情報を持つのではなく、お互いの意思の疎通を図り、情報を交換して、協力し合った方がいいと、インターVネットという被災地情報の共有システムを作られたのを目の当たりにして、すごいなあと思いました。
インターネットではなにができるか。大阪市大の中野秀男先生も「障害のある人こそ、インターネットによって様々な可能性が広がるはずだ。仕事を開発するのにも役立つと思う」と言って下さいました。その後、先生の協力でプロップ・ネットをインターネットに接続して、電子メールのやりとりができるようになりました。95年9月にホームページを開設すると、毎日50〜100通のメールが届くようになり、その威力をつくづく感じました。同じ年の秋には、野村総研が慶応大学と共同で設立した、実験プロジェクト「障害者リモートワーキング(在宅就労)プロジェクト」を、プロップと組んでやりたいという声がかかりました。それは在宅のチャレンジドに、インターネットを使った業務を実際にやってもらって、その可能性や課題を探り、得た成果はチャレンジドの在宅就労促進のために公開して、社会への提言とするということでした。この野村総研との実験プロジェクトを終えて、私はチャレンジドの在宅就労のための教育の必要性を、強く感じるようになりました。そこで受験生の募集も授業も課題提出もすべてインターネットで行うという新しいセミナー「在宅スキルアップ・セミナー」を企画したのです。その後、NTTとはパートナーシップを組んで、WNN(ワールド・ネーチャー・ネットワーク)のメニューの一つボランティア活動支援のためのホームページ「WNN−Vハローねっと・ぼらんてぃあ」を開設しました。プロップも96年末から参加しています。このホームページにプロップのチャレンジドが交代でエッセイを掲載していて、人気コーナーになっています。また昨年末の「地球温暖化防止京都会議(COP3)」には、環境への取り組みを紹介する環境庁のホームページのキャラクターの作成をプロップが受注しました。マルチメディアの可能性を拓くために始まったNTTとの関係は、チャレンジド達に次々と、在宅でできるユニークな仕事を生み出しています。

21世紀の新しい社会システム・パートナーシップを目指して

第一期の在宅スキルアップ・セミナーが順調に進んで、企業に在宅勤務の形で雇用された人が2人、残りの人もNTTやプロップの受注した仕事のプロジェクトで活躍しています。マイクロソフト社から在宅で翻訳できる人がほしいという相談があり、同社から提供されたソフトで力をつけていた九州のチャレンジドが採用されました。東京に本社がある企業が大阪のプロップに相談し、長崎に住んでいるチャレンジドを雇うなど、インターネット時代ならではのことです。その後、マイクロソフト社から「もう少し人数を増やしてほしい。人材育成も支援したいので連帯してやっていこう」という申し出があり、新たに翻訳者養成コースを開講しました。これからの21世紀は対企業や行政とも戦いの時代ではなく、パートナーシップの時代だと思いました。そんな中で、マイクロソフト社のウインドウズが、視覚障害者には使えないという話が飛びこんできた時はショックでした。やっとDOS−Vの音声化で健常者と同じ文字環境を手に入れたのに、ウインドウズが普及してまた取り残されようとしたのです。その頃、渡米した全盲のチャレンジドは、視覚障害者が音声化されたウインドウズを当たり前のように使っているのを見て感動したそうです。彼は「ウインドウズがこれだけ普及した時代に、それを使えなければ、仕事ができないということだ。どうしてもウインドウズを視覚障害者にも使えるオペレーション・ソフトとしたい」とマイクロソフト社に訴え、彼の強い意志と技術力が高い評価を受けて、コンサルト契約を結ぶことになりました。彼は契約時に「僕はユーザーになって、メーカーを利用しようと思います。でもマイクロソフト社も僕を利用することで、視覚障害者のニーズを知ることが出来ます。お互いを利用することでいいものが出来、いい状況に変わっていけばと思います」と言いました。このチャレンジドとのショッキングな出会いが、マイクロソフト社の大きな意識改革につながったようです。成毛真社長も「営利企業は利潤を追求すればするほど税金にとられますから、NPOに金を出した方がよいのです。企業が非営利組織に金を出すということは、社会貢献することになり、そこで企業の意志を社会に伝えるという目的を達しやすいのです。21世紀はさまざまなNPOが活躍し、NPOがカバーできない部分だけを政府がやる、そういう社会になっていくと思います」と話してくれました。

チャレンジドが社会を変える

<神戸プロジェクト、インターネット、セミナー>
私が生まれ育った神戸の街が、阪神淡路大震災で一瞬のうちに瓦礫の山と化してしまいました。表通りの復興が進む中、まだ仮設住宅から脱出できない人たちが一万人余もいます。しかも、阪神地域以外では早くも震災の傷も風化しかけています。「これでええんか。何か私たちにも出来ることがあるはずやろ」という共通の思いが、プロップのチャレンジドから生まれたのが、子どもたちのためのインターネット・セミナーです。未来の神戸を担う子どもたちが、障害を持つ人と共にコンピューターを学んで、将来は障害を持つ人も持たない人もごく自然に支え合って仕事をする、そんな神戸になってほしいという願いをこめた企画です。毎週土曜日の午後、神戸市のポートアイランドにある神戸市情報通信研究開発支援センターで、障害を持つ3人の講師が地元の小学生を指導しています。 「ここのパソコン教室はな、チャレンジドの先生が来て教えてくれるんやで。
先生は手が不自由だけど足だけ使ってパソコンですっごい絵描くで」そんな会話がおかしくない街になってくれることを願っています。
「高齢化が急速に進む中、お年寄りや障害のある人でも、働く意欲のある人々の自立の支援を急がなければなりません。私たち市民の1人ひとりが、政府の取り組みに委ねるだけでなく、産業界、官庁、大学、NPO、そしてチャレンジドといったさまざまな立場の人たちと共に、21世紀の新たな社会をつくろう」という東大社会情報研究所助教授の須藤修さんの呼びかけを、みなさんにも伝えたいと思います。

ページの先頭へ戻る