ちくま 1998年10月号(No.331) より転載

障害者は挑戦する

櫻井よしこ

なにが人を豊かにするのか、人を倖せにするのか。人間はこのことを考え続けて走って来たような気がします。

日本人の私たちも例外ではなく、頑張りに頑張りを重ねて、ついに、国民1人当たりの所得が世界一にもなりました。それなのに、日本は、倖せでない人、倖せでないことに甘んじるようにされている人々が余りにも多いと思います。

弱い立場の人を守るという発想はあっても、どこか、ずれているのが日本です。その背景には、人間の価値を目に見えるものでしか測ってこなかった日本の文化があります。人間を、まず外面的な形によって品定めする文化とも言えるでしょう。

もっと踏み込んでいえば、社会の主流に属する人と傍流に追いやられる人、更には社会の隅っこに退けられる人というふうに、人間を区別峻別差別する文化でもあります。

私は、肉体的、或いは知的障害を持った人たちが日本の社会のどんな場所に居場所をもっているかを見るときに、この「区別する文化」を最も強く感じます。それがなまじっかの「優しさ」の衣を纏っていることに、私たちの社会の未熟さを感じとってしまいます。

たとえば、障害を持つ人々への社会の姿勢です。彼らに対する福祉政策は、何がしかの援助を与えることが基本になっています。それも大事ですが、そのことと同じ位、否、もっと大切なことがなおざりにされています。彼らの能力をひき出して活用するという発想です。

大阪に元気印を絵に描いたような素敵な女性がいます。竹中ナミさんという方です。彼女は、障害をもった人たちは、それを乗りこえることに挑む人々であってほしい、という発想から、障害者は挑戦する人々、「チャレンジド」であると言っています。

実は彼女はこの言葉をアメリカのお友達からききました。「挑戦すべきことを、神によって与えられた人」という意味が「チャレンジド」にこめられているときいて、「これだ」とヒザを打ったそうです。

ちょっと手が動かない、足が不自由だ、介助なしには容易に起きあがることができない、少し知恵おくれだ。こんな人々を、日本語では障害者といい、英語ではチャレンジドと言うのです。日本語の呼称にこめられた意味は、なにか「害」を及ぼすような人、「さし障り」のある人というネガティブなものです。英語の呼称にこめられているのは、「神によって課題を与えられた人」というポジティブな意味です。

ナミさんのすばらしさは、この2つの言語の呼称の意味合いの、天と地ほどの差に気がついて、英語圏の文化の前向きさに感動してそこから、即、行動をおこしたことでした。

彼女は「障害者じゃない。チャレンジドだ」と言って、日本の「障害者」を、真の「チャレンジド」に大変身させる企画に取り組んだのです。

その根底に、彼女が捉えたコンセプトは、「チャレンジドを納税者に」というものです。従来の日本の福祉政策の考え方は、先程も指摘したように、補助を与えるというものでした。強者である健常者が納めた税金で、弱者を救ってやるという視点です。そういう人たちから税金をとるなんて、とんでもないというのが日本型の価値観でした。

けれどそれは違う、とナミさんは言うのです。ハンディをもっている人も、自分のやりたいこと、出来ることがある。五体満足な人に較べると、欠けているところがあるのは事実だが、全ての能力が失われているわけではない。かえって他の誰ももっていない能力をもっている人もいる。だからこそ、残された能力を活用することによって、自立への道に踏み出したいと、多くのチャレンジドが考えているというのです。

彼女の言葉に強い説得力があります。ひとつは、彼女のお嬢さんが「重度の障害者」で、お嬢さんの介護をとおして多くのハンディキャップを持つ人々に巡り合い、彼らが、実に多彩な能力を身につけている人々であることを、実体験で識っているからです。

人間は人から愛され、何かして貰うことによっても倖せになりますが、自分のほうから、人を愛し、誰かの役にたっていくことも大きな倖せをもたらします。して貰うことの倖せと、してあげることの倖せの両方を、万人に可能にする社会こそが望ましいのです。

ナミさんの「チャレンジドを納税者に」という呼びかけは、まさにそういうことだと思います。

では、その想いをどう実現させていくか。ここでまた、ナミさんの尋常ならざる行動力と人なつこさが発揮されました。彼女はハンディのある人たちを支える、または彼らが互いに支え合うことの象徴として、「プロップ」(支柱)ステーションというNPO(非営利組織)を創りました。本の中ではコンピューターを武器にして、ハンディのある人々がどれほど華麗に能力を発揮していくか、多くの例が紹介されています。それは胸を打つ感動の物語です。この本を読んで、私はつい、手を握りしめて言ってしまうのです。「ナミさん頑張れ、全国のチャレンジドの皆さん、頑張れ!」と。

(さくらい・よしこ ジャーナリスト)

プロップ・ステーションの挑戦――「チャレンジド」が社会を変える
竹中ナミ 1810円(税別)

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